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悪役令嬢転生物語~魅了能力なんて呪いはいりません!~  作者: 緑乃
第四章 15歳 クラース領編
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閑話/アデル・憧れの対象



「ねーおばーちゃん。これ、よんで!」


 満面の笑みを浮かべ、孫が差し出してくる絵本に、頬を引きつるのを感じる。


(なんでこの本がこの村にあるんだい……)


 本そのものは、何ら変哲もない、子供向けの絵本だ。

 問題は、その題材。


 小説や絵本、或いは歌劇の演目として有名な女騎士の物語。

 誰よりも強く、類まれな美貌を持ち、我儘かつ、自由気ままに生きた、女の話。


 ――ぶっちゃけ”竜殺しの戦乙女(あたし)”の物語である。


(謳い文句は一切嘘はないけれどねぇ……)


 かつて、その強さを誇った。

 かつて、自分の容姿に絶対の自信を持っていた。

 かつて――いや、今もなお、あたしは”あたしらしく”、思うがままに生きている。


(だから間違っちゃいないけれどねぇ……)


 内心ため息を吐いていると、孫――エステルが不安そうにあたしを見上げていた。


「……だめ?」

「いや、構わないよ。ほら、こっちにおいで」


 椅子に座っていたので、そのまま膝を叩いてエステルを呼ぶ。

 いそいそとよじ登ってくる孫の姿に癒やされつつ、一つ聞くべきことを聞いておこう。


「ところで、この本はどこにあったんだい?」

「あのね、おとーさんがね、おみやげにくれたの!」


(あの馬鹿婿。今度あったら殴っておかないとねぇ)


 心に誓いつつ、可愛い孫のためにページをめくる。


(……なんで自分の、物語を読み聞かせなきゃならんのだろうねぇ)


 孫は可愛いが。

 こうして、あたしはかつての己の所業を語るという、苦行を始めるのだった。



* * *



 国を古くから支える名門、クラース侯爵家に一人の少女が生まれた。

 その少女は女性的な習い事を好まず、親に命じられても拒否して逃げ回ったという。

 その一方で剣や魔法、乗馬などを好んだ。


 訓練場に忍び込み兵に混じって稽古をしたり。

 馬術の訓練と称して勝手に遠乗りに出掛けたりと周囲を困らせる。


 良く言えば、武勇を好む意思が強くて活発な少女。

 悪く言えば、我儘でお転婆な令嬢らしさが欠片もないじゃじゃ馬娘。


 はっきり言って困った娘だった。


 家族は目の届かない場所で勝手をされるよりはと、指南役を付けて武術を学ぶ事を認めた。


 そして、少女の才能は開花した。


 彼女の逸話は数え出せばキリがない程にある。


 曰く、才能において武術の指南役を唸らせ「己では不足である。もっと実力者を付けるべきだ」と一月足らずで職を辞した。

 曰く、誰も飼い馴らせな野生の巨大暴れ馬を自分の物にしようと挑み、背にまる一日しがみついて勝負の果てに屈服させた。

 曰く、ちょうど慰問に訪れた村が魔物に襲われ、兵士達が手を焼いていたところ「あたしがやる」と手にしていた日傘一本で叩き伏せた。

 曰く、曰く、曰く……。


 それらは全て、彼女が未成年の間の出来事であった。



* * *



 絵本のページをめくる。

 女騎士の少女時代を描いた絵がそこにある。


 指南役と向かい合い、剣術の訓練をし、実力を評価されるシーンだ。


 高潔な指導者と真面目な教え子の姿が描かれている。

 二人は剣を交え、少女が勝利した。


「懐かしいわぁ」


 絵に夢中になっている孫をよそ目に、ぽつりと呟く。


(あいつのアホ面は傑作だったね。

 しっかしまあ……美化され過ぎだろうに)


 この指南役。

 元実力派の騎士とか言ってた、にやけ面の不真面目な男だった。


 女だからか、子供だからか。

 はたまたその両方か。


 薄っぺらな指導しかしないクズだった。

 だから、脛を木剣でぶっ叩き悶絶させてやったわけだが。


(キレて大人気なく殴りかかってきたもんだから、返り討ちにして庭先に転がしてやったんだったね)


 ちなみにそいつは指導役をクビになった。



* * *



 時が過ぎ、彼女は王都の騎士養成学校へと入学した。

 そして試験にて優秀な成績を修め、主席入学を果たす。


 その後、最短記録で騎士資格を取得し卒業する日まで独走を続け、一度たりとも譲らなかった。

 彼女の記録は未だ破られてない。


 その後、彼女は王家直属の騎士団に所属し、無数の戦果を上げる。


 西の森に魔物の群れがあれば、日帰りで殲滅し。

 東の街道で盗賊団が暴れていると聞けば、鼻歌を歌いながら壊滅させ。

 北の国で武術の大会があると教えられれば、飛び入りして優勝する。

 南の魔境で竜の王が目覚めれば、死闘の果てに群れごと葬る。


 素行に多少の問題はあったが、その活躍ぶりは周囲を黙らせるに足るものだった。



* * *



(懐かしいねぇ……)


 どれ一つとして嘘はない。

 嘘はないが、書かれたこと全てが真実でもないとあたしは知っている。


(なにせ、自分自身の話だからねぇ)


 困り顔のあたしと違い、エステルはそりゃもぅ、楽しそうで。

 この様子を見てしまうと、次に「読んで」とねだられた時に断れる気がしない。


(一回で飽きてくれればいいんだけれど……)


 なにせここは辺境の村。

 子供が楽しめる娯楽など、ろくにありゃしない。


 何より、この様子では――


「おばーちゃん、このきしさま、すごいね!

 かっこいいよね!」

「そ、そうかい?」


 キラキラと輝く目に、若干押され気味に問いかければ。


「わたしもこんなふうになりたいっ」


 などと、宣言してしまうエステル。

 予想通り、孫はこの小奇麗に整えられた物語に興味をもってしまったようだ。


(……どうしたもんかねぇ)


 ガリガリと頭を掻く。


 女騎士の物語を良く知っている。

 それはもう物語として語られていない事まで。


(こんな小奇麗なもんじゃないんだけれどねぇ)


 世で称えられているのは、あくまで見栄えと聞こえの良い物語だけ。

 実際には、それなりにやんちゃしているし、やらかしている。


 光が強いほど影が濃くなると言うが。

 多分、影の方が本体と元仲間達も言うだろう。


 なので、可愛い孫には、ぜひとも”こんな風(あたしみたい)”にはなって欲しくないのだが。


「騎士なんて、そんな良いものじゃないよ?

 危険だし、きついし、野郎ばっかだし……」

「もー、なんでそんなこというの?」


 どうにか説得を、と試みるも、口をとがらせる孫に口をへの字に結ぶ。


 そんな可愛い顔で不満を言うんじゃないよ。


(というか、これで嫌われるとか、絶対に嫌だねぇ)


 冷静に考えれば、辺境の村の子供が騎士になるなど、それこそ夢物語。

 どれほど強くても、まずは騎士養成学校へと通わなければ、騎士にはなれない。


 本気でなりたいというのなら、そのための旅費と学と、実力が必要だ。


「あー……それじゃあ、村の自警団の訓練を体験するところから初めたらどうだい?」

「じけーだん?」

「そう。いつも村を守ってくれてる人たちがいるだろう?

 騎士になったら、村よりもっと大きな街を守らないといけないんだ。

 小さな村くらいは守れなきゃ、騎士になんて成れないだろう?」

「うーん……」


 あたしの説得に、考え込むエステル。

 これは、もうひと押ししてやれば大丈夫そうだ。


「どんな事でも、一つづつ積み上げていかなきゃダメだろう?」

「うんっ! そうだねっ!」


 ……とりあえずはなんとかなったようだ。

 この妥協案のまま、村の自警団で満足してくれればいんだけれど。



* * *



「エステルです! くんれん、たいけんさせてくださいっ!」


 はきはきと、教えたとおりの言葉を言う孫は大変可愛い。


「えぇと……良いんですか? アデルさん」

「良いんだよ。ただ、怪我には気をつけてやってくれ。

 面倒かけるね」

「まぁ、アデルさんが公認しているなら……」


 元々村では、子供のうちから身を護るために、希望者に自警団の訓練(の下地)を施している。

 今更エステル一人増えたところで、そこまで問題はないだろう。


 万が一の時は、あたしが動けばいい話でもあるし。


「よろしくおねがいしますっ!」


 元気に挨拶をする孫の姿に、頬が緩む。


 ――このまま、自警団の訓練で満足してくれればいいのだけれどねぇ。


 まったく。

 なんてやっかいで、可愛い孫なんだい。


 竜殺しの乙女 も 孫 には 敵わない!


 孫最強説。


* * *


 お読み頂きありがとうございました。

 

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