閑話/アデル・憧れの対象
「ねーおばーちゃん。これ、よんで!」
満面の笑みを浮かべ、孫が差し出してくる絵本に、頬を引きつるのを感じる。
(なんでこの本がこの村にあるんだい……)
本そのものは、何ら変哲もない、子供向けの絵本だ。
問題は、その題材。
小説や絵本、或いは歌劇の演目として有名な女騎士の物語。
誰よりも強く、類まれな美貌を持ち、我儘かつ、自由気ままに生きた、女の話。
――ぶっちゃけ”竜殺しの戦乙女”の物語である。
(謳い文句は一切嘘はないけれどねぇ……)
かつて、その強さを誇った。
かつて、自分の容姿に絶対の自信を持っていた。
かつて――いや、今もなお、あたしは”あたしらしく”、思うがままに生きている。
(だから間違っちゃいないけれどねぇ……)
内心ため息を吐いていると、孫――エステルが不安そうにあたしを見上げていた。
「……だめ?」
「いや、構わないよ。ほら、こっちにおいで」
椅子に座っていたので、そのまま膝を叩いてエステルを呼ぶ。
いそいそとよじ登ってくる孫の姿に癒やされつつ、一つ聞くべきことを聞いておこう。
「ところで、この本はどこにあったんだい?」
「あのね、おとーさんがね、おみやげにくれたの!」
(あの馬鹿婿。今度あったら殴っておかないとねぇ)
心に誓いつつ、可愛い孫のためにページをめくる。
(……なんで自分の、物語を読み聞かせなきゃならんのだろうねぇ)
孫は可愛いが。
こうして、あたしはかつての己の所業を語るという、苦行を始めるのだった。
* * *
国を古くから支える名門、クラース侯爵家に一人の少女が生まれた。
その少女は女性的な習い事を好まず、親に命じられても拒否して逃げ回ったという。
その一方で剣や魔法、乗馬などを好んだ。
訓練場に忍び込み兵に混じって稽古をしたり。
馬術の訓練と称して勝手に遠乗りに出掛けたりと周囲を困らせる。
良く言えば、武勇を好む意思が強くて活発な少女。
悪く言えば、我儘でお転婆な令嬢らしさが欠片もないじゃじゃ馬娘。
はっきり言って困った娘だった。
家族は目の届かない場所で勝手をされるよりはと、指南役を付けて武術を学ぶ事を認めた。
そして、少女の才能は開花した。
彼女の逸話は数え出せばキリがない程にある。
曰く、才能において武術の指南役を唸らせ「己では不足である。もっと実力者を付けるべきだ」と一月足らずで職を辞した。
曰く、誰も飼い馴らせな野生の巨大暴れ馬を自分の物にしようと挑み、背にまる一日しがみついて勝負の果てに屈服させた。
曰く、ちょうど慰問に訪れた村が魔物に襲われ、兵士達が手を焼いていたところ「あたしがやる」と手にしていた日傘一本で叩き伏せた。
曰く、曰く、曰く……。
それらは全て、彼女が未成年の間の出来事であった。
* * *
絵本のページをめくる。
女騎士の少女時代を描いた絵がそこにある。
指南役と向かい合い、剣術の訓練をし、実力を評価されるシーンだ。
高潔な指導者と真面目な教え子の姿が描かれている。
二人は剣を交え、少女が勝利した。
「懐かしいわぁ」
絵に夢中になっている孫をよそ目に、ぽつりと呟く。
(あいつのアホ面は傑作だったね。
しっかしまあ……美化され過ぎだろうに)
この指南役。
元実力派の騎士とか言ってた、にやけ面の不真面目な男だった。
女だからか、子供だからか。
はたまたその両方か。
薄っぺらな指導しかしないクズだった。
だから、脛を木剣でぶっ叩き悶絶させてやったわけだが。
(キレて大人気なく殴りかかってきたもんだから、返り討ちにして庭先に転がしてやったんだったね)
ちなみにそいつは指導役をクビになった。
* * *
時が過ぎ、彼女は王都の騎士養成学校へと入学した。
そして試験にて優秀な成績を修め、主席入学を果たす。
その後、最短記録で騎士資格を取得し卒業する日まで独走を続け、一度たりとも譲らなかった。
彼女の記録は未だ破られてない。
その後、彼女は王家直属の騎士団に所属し、無数の戦果を上げる。
西の森に魔物の群れがあれば、日帰りで殲滅し。
東の街道で盗賊団が暴れていると聞けば、鼻歌を歌いながら壊滅させ。
北の国で武術の大会があると教えられれば、飛び入りして優勝する。
南の魔境で竜の王が目覚めれば、死闘の果てに群れごと葬る。
素行に多少の問題はあったが、その活躍ぶりは周囲を黙らせるに足るものだった。
* * *
(懐かしいねぇ……)
どれ一つとして嘘はない。
嘘はないが、書かれたこと全てが真実でもないとあたしは知っている。
(なにせ、自分自身の話だからねぇ)
困り顔のあたしと違い、エステルはそりゃもぅ、楽しそうで。
この様子を見てしまうと、次に「読んで」とねだられた時に断れる気がしない。
(一回で飽きてくれればいいんだけれど……)
なにせここは辺境の村。
子供が楽しめる娯楽など、ろくにありゃしない。
何より、この様子では――
「おばーちゃん、このきしさま、すごいね!
かっこいいよね!」
「そ、そうかい?」
キラキラと輝く目に、若干押され気味に問いかければ。
「わたしもこんなふうになりたいっ」
などと、宣言してしまうエステル。
予想通り、孫はこの小奇麗に整えられた物語に興味をもってしまったようだ。
(……どうしたもんかねぇ)
ガリガリと頭を掻く。
女騎士の物語を良く知っている。
それはもう物語として語られていない事まで。
(こんな小奇麗なもんじゃないんだけれどねぇ)
世で称えられているのは、あくまで見栄えと聞こえの良い物語だけ。
実際には、それなりにやんちゃしているし、やらかしている。
光が強いほど影が濃くなると言うが。
多分、影の方が本体と元仲間達も言うだろう。
なので、可愛い孫には、ぜひとも”こんな風”にはなって欲しくないのだが。
「騎士なんて、そんな良いものじゃないよ?
危険だし、きついし、野郎ばっかだし……」
「もー、なんでそんなこというの?」
どうにか説得を、と試みるも、口をとがらせる孫に口をへの字に結ぶ。
そんな可愛い顔で不満を言うんじゃないよ。
(というか、これで嫌われるとか、絶対に嫌だねぇ)
冷静に考えれば、辺境の村の子供が騎士になるなど、それこそ夢物語。
どれほど強くても、まずは騎士養成学校へと通わなければ、騎士にはなれない。
本気でなりたいというのなら、そのための旅費と学と、実力が必要だ。
「あー……それじゃあ、村の自警団の訓練を体験するところから初めたらどうだい?」
「じけーだん?」
「そう。いつも村を守ってくれてる人たちがいるだろう?
騎士になったら、村よりもっと大きな街を守らないといけないんだ。
小さな村くらいは守れなきゃ、騎士になんて成れないだろう?」
「うーん……」
あたしの説得に、考え込むエステル。
これは、もうひと押ししてやれば大丈夫そうだ。
「どんな事でも、一つづつ積み上げていかなきゃダメだろう?」
「うんっ! そうだねっ!」
……とりあえずはなんとかなったようだ。
この妥協案のまま、村の自警団で満足してくれればいんだけれど。
* * *
「エステルです! くんれん、たいけんさせてくださいっ!」
はきはきと、教えたとおりの言葉を言う孫は大変可愛い。
「えぇと……良いんですか? アデルさん」
「良いんだよ。ただ、怪我には気をつけてやってくれ。
面倒かけるね」
「まぁ、アデルさんが公認しているなら……」
元々村では、子供のうちから身を護るために、希望者に自警団の訓練(の下地)を施している。
今更エステル一人増えたところで、そこまで問題はないだろう。
万が一の時は、あたしが動けばいい話でもあるし。
「よろしくおねがいしますっ!」
元気に挨拶をする孫の姿に、頬が緩む。
――このまま、自警団の訓練で満足してくれればいいのだけれどねぇ。
まったく。
なんてやっかいで、可愛い孫なんだい。
竜殺しの乙女 も 孫 には 敵わない!
孫最強説。
* * *
お読み頂きありがとうございました。




