50/告白
重い足取りで城の中を歩く。
覚悟を決めたと言っても緊張はする。
怖くないと言えば嘘だし、逃げたくないと言えばやっぱり嘘。
――それでも逃げるという選択肢はない。そう、決めたのだから。
戦に挑むような気分で案内された部屋で待っているのは、緊張した面持ちのアンディ。
エリクを廊下に残し、部屋へと入る。
表面上だけはいつものように、私達はお互いに挨拶を交わして席に着く。
今日はアフタヌーンティーという趣向らしく、小さめの丸テーブルに椅子が二脚。
いつもはソファで対面に座り合うので、少し距離が近い。
(……クーデターとか婚約破棄とか、大声で話せる話じゃないものね)
きっとアンディもそう考えて、こうしたのだろう。
お茶を頂き、当たり障りのない世間話を始めながら、考えを巡らせる。
(ここまではいつも通り……でも、それで終わらせるわけにはいかないんだ)
内心でため息を吐きながら、彼に人払いを頼む。
彼は一瞬だけ顔を強張らせた後、素直に人払いをしてくれた。
本来なら婚約者同士でも、未婚の男女が密室というのは褒められたことじゃないけれど、今回ばかりは仕方ない。
情報が漏れてしまえば、それだけ危険が増すのだから。
(……でも念には念の為……)
そっと兄貴が以前使った音漏れ防止の魔法を発動させる。
こんな事もあろうかと、使えるように練習しておいて良かった。
(これで一安心)
ふぅ、と息を吐いてから改めて息を深く吸ってアンディを見る。
「――アンディ様、改めて申し上げます。どうか、私との婚約を解消して下さい」
言った瞬間、顔を強張らせて彼が口を開こうとするので、止めるように手のひらを彼へと向けた。
ここで口論する意味なんてないのだ。
「お願いします。理由をお話しますので、どうか聞いて下さい。――信じられないかもしれませんけれど……」
前置きのように言ってから、私は『魅了』の事を話す。
その効力、発動条件を包み隠さずに。
変に隠そうとすれば、信憑性がきっと減る。
そうなっては説得なんて出来ない。
発動条件については、抵抗があったので多少濁したけれど――恐らく意味は伝わったはず。
「誘拐されたあの日、貴方は私の血に大量に触れてしまいました。
……私にも予想外の事で、意図してではありませんが、貴方に魔法を掛けてしまったんです。
だから、貴方が私を想う気持ちは、押し付けられた感情なんです。……本当にごめんなさい」
否定されたり、馬鹿にしてるんじゃないかと怒られるかと思っていたけれど、私が話している間彼はずっと静かに聞いてくれた。
今、彼はどんな顔をしてるんだろう。
怒ってるのかな。
悲しんでるのかな。
信じられないと疑っているのかな。
怖くて視線を伏せてる私には分からない。
「……私には、誰かを愛する資格なんてないし、愛される資格もありません。
だから――婚約は解消しましょう」
例え私が誰かを好きになったり、好きになってもらっても、きっとゲームのエリクと同じように結ばれた時点でただの悲劇になる。
そんな想いをするくらいなら、私は恋なんてしないし、一生独身で良い。
――でも、呪いのようなこんな力だけれど、今だけは役に立つのだ。
「……あまり使用したくはないのですが、この力があればお父様――いえ、アイゼンシュタイン侯爵の企みを阻止する事が出来るんです」
そう言ってから、私はクラース家と共に計画している内容を伝える。
その前提条件が私の『魅了』による主要幹部の傀儡化。
説明し終わるとお互いに無言。
きっと悩んでいるのだろう。
国の平穏と『魅了』という忌避すべき力を受け入れ、利用することに。
何より――『魅了』に支配されていたなんて受け入れがたいだろう。
(……いきなり罵られないだけでも、幸せよね……)
私だったら逃げてる。
とてもじゃないが、受け入れられない。もしかしたら罵倒もするかもしれない。
(自分の心を信じられなくなったら……私はどうするんだろう)
それがきっと、彼の中で起きている。
なら、私に出来るのは彼の答えを待つだけ。
結構な時間を互いに無言のままで、なんとも落ち着かない。
(いっそ、罵倒してもらった方が気が楽だわ……)
それでも、彼にクラース家との計画を納得してもらわなければ。
あるいはこの沈黙こそが、私への罰だろうか。
「――確かに、君のその力を使えば全ては上手く行くかもしれない」
彼の言葉にほっとして視線を上げる。
アンディは眉をしかめてどこか不満そうだ。
「……そうよね。人を誑かす力ってだけでも気持ち悪いのに、それを実の親含めた大多数の人間を支配するために使おうとするんだもの。
しかも自覚を持って、だものね。最悪だと思うわ。
同じことが自分に降りかからないなんて保証はないし……本当にごめんなさい。
――もう貴方には近づかないから、安心して。そのうち『魅了』の効力もちゃんと切れるだろうし――」
「何の話をしているの?」
眉をぎゅっと寄せて、先程よりも不快そうな顔で彼が言う。
「え?」
「僕が気に入らないのは、血での『魅了』をするなら、君が血を流さないといけないことだよ。
――だからといって、口付けなんて絶対に許せないけれど」
なんか論点ずれてませんか。
普通『魅了』について嫌悪感を感じる場面じゃない?
「そもそも『魅了』を掛けた時に、君に危険がない保証もないし……。
でも――本当は止めたいし、すごく嫌だけれど……その計画を進めよう。
全てが上手く行けば、君やレオンハルトさんを守れるかもしれない」
(なぜそこで私の心配? 兄貴に至っては勝手に自分でどうにかしそうなんですけれど?)
困惑していると彼は説明をしてくれる。
「今回の件において、全ての元凶はアイゼンシュタイン家だ。
ただし、それを告発したのも、アイゼンシュタイン家の人間。
更に周囲の被害を最小限に留め、クーデター計画の阻止をするという功績まで加われば、君達の助命は十分狙える。
――いいや。陛下や宰相を説き伏せ、絶対に勝ち取ってみせる」
とても力強く宣言してくれた。
その気持ちは嬉しいけれど――正直疑問しか浮かばない。
だって、私は彼を意図的ではないにせよ洗脳していたようなものだ。
なのに何故こんなに心配してくれるの?
「どうして?」
零れるような小さな呟きだったけれど、彼には届いたらしい。
柔らかく、優しく笑いながら言う。
「大事な人を護るのは当たり前だろう?」
「わ、私は別に守られなくても……それにそんな資格も……」
最悪国を捨てて逃げるのも考慮に入れてある。
幸いな事に魔法だけは得意だから、逃げるくらいは出来るだろう。
「ねぇ、君は僕の気持ちを『魅了』せいだと言うけれど、僕が君に恋したのはいつだと思う?」
そう問いかけてくるけれど、分かるわけがない。
「君に初めて出会った、あの日だよ」
「……は?」
「別に一目惚れって言うわけじゃないよ。
あの日ね、僕は婚約者である君より、レオンハルトさんに会えるのを楽しみにしてたんだ。
……でも君が紫陽花を見て笑った笑顔が可愛くて、何より僕と趣味が合って。
こんな女の子他に居ない、って思ったよ。
そして、気がついたら君に逢える日がとても楽しみになってんだ。
証拠が欲しいなら、コルト達に聞いてごらん。
あの頃の僕は、君のことばかり話していて、惚気るなってしょっちゅう怒られてたんだよ」
何やってんだこの人。
一切の照れなしで言うセリフじゃないだろ。
「血の『魅了』よりも前からだから、君の『魅了』なんて関係ないだろう?
だから、この愛おしいと想う気持ちは僕自身のモノだ」
そんな訳がない。
信じられない。
拒絶する私に彼は困ったように問いかける。
「君が夏でも常に手袋を付けてるのは『魅了』対策だよね?」
「え、えぇ……」
「必要以上に僕や他の異性に近づかないのも」
「そうです」
「君の手がいつも冷えてるのも、出来るだけ汗をかかないためだったんだよね?」
「……はい」
「それだけ君が気を使ってるのに、僕が『魅了』されたと思ってるの?」
そう問われれば「はい」とは言えない。
今までは短期間で継続的に会っていたから、多少影響が長引いていると考えていた。
けれど、今回は一月は離れている。
――だというのに、彼はいつもとなんら変わらない。
「それでも納得出来ないというのなら、仮に魅了されてるとしようか。
だけれど、何か問題あるのかな?
僕の行動は多分何も変わらないよ。
きっと同じ事をすると思う。
そもそも君の『魅了』は好意を持ってる程、深く効果が出るんだろう?
今も効いてるというなら、それはそれで構わないよ。
あんなに君が気をつけていて、それでもほんの少しだけ出ているような『魅了』の効果で、君をこれだけ愛おしいと感じているのなら、僕が君を深く愛してるっていう証拠だろう?」
顔が熱い。優しく微笑む彼の顔を見ているのが辛い。
逃げ出したい衝動に駆られる。
「――これでも僕の気持ちを信じられない?」
「……」
なんと言えば良いのだろう。
分からない。
こんな展開を想定なんて一切してなかった。
気がつけば席が近い。
いつの間に椅子を近づけたんだろう。
「そう言われても……私は……」
どうしても彼の気持ちが信じられない。
好意を持ってくれてるのは分かる。
それでも、それが押し付けられたものか、本当の愛なのかなんて、どうやって確かめればいい?
そっと、アンディの両手に私の手が取られる。
まるで誘拐事件の時に私が彼にそうしたように。
「――ならせめて、友達としての僕を信じてよ。
友達の誰が君と同じ立場になったって、僕は絶対に友達を助けるよ。……それすらも信じられない?」
縋るような、悲しそうな眼が私を見つめる。
(――止めて。
そんな眼で私を見ないで)
シルヴィアが戸惑っていた気持ちがよく分かる。
私も彼女も、相手からの好感度を測り間違いしていたのだ。
だからこんなに戸惑うのだろう。
アンディは今も私を見つめている。
熱っぽさはあるけれど、とても真剣で、私を心配しているのがよく分かる。
(もしかして、本当に彼の言う通りなんじゃ……)
そう考えた瞬間、一気に頭が煮えてきた。
顔の熱さもさっきの比じゃない。
「し、失礼しますっ!!」
――気がつけば私は、帰路の馬車の中に居た。
* * *
馬車の中でも頭は煮えたままで、どうやって頭を整理すれば良いんだろうか。
自宅に帰り、部屋に戻ろうとすると兄貴が立っていた。
まるで待ち構えていたかのように。
「丁度良いところに帰ってきた。今から我が家に仕える者達に暇を出す。同席しなさい」
そう言って、返事など聞く耳持たず、私は手を取られ応接間に連れ込まれた。
兄貴に何事かと問おうとした時、部屋に緊張した面持ちのダイアンと、不安そうなレナがやってくる。
(……どうして二人が?)
問いかける暇もなく、兄貴は言葉を紡ぐ。
「よく来てくれたね。
ダイアン、レナ。――それから、エリク、君もだ。
三名共今日を持って雇を解く」
雇を解く? あ、解雇ってことですね。
――頼むから、煮えた頭を整理する時間を私に下さい。
ミーナ は アンディ の 本気 を 知った!
完全にフィルター掛けていた相手からの不意打ち。
そしてさらに兄貴からの不意打ち。
頑張れ、頑張るんだミーナさん。
* * *
お読み頂きありがとうございました。




