06/忘れていた重要人物
この世界での記録媒体の主流は二種類ある。
一つは植物紙――いわゆる普通の紙と羊皮紙。
羊皮紙は丈夫なので、貴重本や契約書等に使用されており、材料が羊等の動物の皮であるため大変お高い。
逆に植物紙は、名前の通り植物が原料のため、安価で出回っている。――といっても庶民には真っ白な綺麗な紙ではなくて、茶色っぽいわら半紙的な物だが。
私が今使用しているのは、ちょっぴりお高い真っ白な植物紙で作られてるノートだ。
やはり書きやすいし、羊皮紙はなんとなく扱いづらい。
(紙によってインクも使い分けなきゃいけないのは少々面倒だけれど、前世と同じ感覚で紙が使えるのは助かるな)
そんな事を考えながら、私は文字を綴っていく。
書いているのは『騎士物語~愛の絆~』の内容である。
最終的には覚えている限りの、イベント発生条件、イベント内容、そしてそこに出てくる敵の情報やら、ルートごとの物語の流れを書き出していきたい。
人間は忘却する生き物だ。
こうやって覚えている限りを書いておけば、いつでも確認することができるし、これをきっかけに忘れていた情報も思い出せるかもしれない。
まずは大雑把な流れを書いて、メインストーリーのイベントを書き出してみた。
その合間を縫うように細かい情報を追加して行く。
(――とりあえず、こんなもの……かな?)
幸いな事に何周もしたゲーム。
重要なポイントだけは、はっきりと覚えていた。
(……ゲーム本編開始まで後何年くらいだろう……)
まだ見ぬ未来を思い、少々ブルーになる。
正直不安しかない。
それにヴィルヘルミーナの過去らしき夢の内容。
設定資料集に載っていた情報もあったが、ゲームの設定として語られていないことも多々あった。
その最たる情報がレナとダイアンだ。
彼女たちのように、私が認知していない情報や差異があるかもしれない。
そういった情報を出来るだけ早く認識して、すり合わせて行くのも必要だろう。
(……出来るかしら……)
いや、出来るかではなく、やるしかないのだ。
弱気になる自分に、ため息を付いてペンを置く。
「ミーナ様。何を書かれているのですか?」
ふいに声をかけられ振り返ると、レナが紅茶を持って待機していた。
彼女は私が振り返るとそっとカップを置いて、私の手元を見る。
「これ? 私の趣味知ってるでしょう?
その小説の設定を考えて書いてたの」
本棚を指さしながらそう言って微笑む。
ここで狼狽えたら負けだ。
それに念の為、ストーリー部分の名前は置き換えたりイニシャルにしてあるので、この世界の事だとは思うまい。
キャラ設定の所だけは、そのままにしてあるので少し怖いが、名前を変えてしまっては間違える可能性がある。
(まぁ、兄貴だと解読しそうで怖いけれど……)
しかしだとしても、書かれているのは未来の情報ばかり。
名前が誰か特定の人物と見抜かれたとしても、未来に起きる事件が書かれてるとは兄貴だって考えない……と思いたい。
(どうにもあの兄貴は底が見えないし、目が怖すぎてよくわからないのよね……)
何をやっても見抜かれたり、出し抜かれる未来しか想像できないのだ。
苦手意識といえばそうかもだが、こればっかりは簡単に改善出来ないだろう。
「ミーナ様は読書が大好きですものね。
設定を考えてると仰ってましたが、調子はどうですか?」
「そうね……正直なところ、ちょっと詰まってる部分があるの」
「私に出来る事でしたら、お手伝いしますよ。
どういった部分でお悩みですか?」
「騎士や魔法使いの事も書いてみたいのだけれど、知識がなくて困ってるのよ。
やっぱり物語を書くなら、リアリティにもある程度拘りたいし、触りだけでも良いから体験してみたいのよね……。
でも、どうすれば良いか分からなくて」
これを口実に、戦闘訓練や魔法の訓練が出来たら良いなと、レナに聞いてみる。
確かゲームでヴィルヘルミーナは、攻撃魔法をメインに戦闘をこなしていた。
だから素養はあるはず。
問題はそれを鍛える手段。
期待を込めた目でレナを見つめていると、彼女はうーんと考え込んでから目を輝かせた。
どうやらいいアイディアが浮かんだようだ。
「お任せください!
私に良いアイディアがございます!」
「まぁ、本当?」
「はいっ! 期待してお待ち下さい。ミーナ様。
……その代り、書き上げたら私にも見せてくださいね?」
「えぇ、もちろん。
ちゃんと書き上げられたら見せるわ。……でも、恥ずかしいから言いふらさないでね」
「ふふふ。かしこまりました」
微笑むレナは本当に愛らしい。
あぁ、癒やされる。魔王兄貴の事を忘れさせてくれる彼女の笑顔は貴重だ。
その後は二人でどんな物語にするのか、どんな場面が素敵かなと話し合って盛り上がった。
まったりと出来る実に幸せな時間。
こんな日々がずっと続いてくれれば、私も未来に不安なんて抱かないで済むのにな。
* * *
ヴィルヘルミーナになってから数週間。
時折会う兄貴はやはり苦手だが、新生活にはそこそこ慣れてきた。
最初は構えていたが、幸いなことに勉強や訓練も無難にこなせている。
身体が覚えている部分もあるが、十歳児である彼女が覚えるべき事は、そこまで難度が高くない。
前世で成人して社会人になった事のある私からみれば、楽なものだ。
(でも楽器は少し焦ったわ……)
バイオリンなど、触ったこともない。
なのに、身体は無意識に弾けるのだからヴィルヘルミーナの努力が伺える。
私に出来るのは、彼女の今までの努力を無駄にしないよう、自分なりに頑張る事だけだ。
そんなある日の事、レナが私の髪を丁寧に梳ながら切り出した。
「ミーナ様。以前ご相談して頂いた件なのですけれど……」
「ん?」
「騎士や魔法使いを体験してみたいと仰っていた件です」
「あぁ……。それがどうかしたの?」
やっぱり無理だったのだろうか。
(こういうのは一般人である侍女よりも、兄貴に聞いたほうが良かったかな。
でも兄貴は怖いからなぁ……)
私が次案を考えていると、レナは少し嬉しそうに言う。
「都合が付きましたので、ミーナ様にご報告をしようかと」
「本当!?」
思わず振り返ると、満足そうに微笑むレナ。
「はい。つきましては都合のいい日を確認しようと思いまして」
「そうなの。……そうね。明後日の午後は予定がなかった……わよね?」
「はい。その日でよろしいですか?」
「お願い」
「かしこまりました。――楽しみにしてくださいね」
ふふふ、と楽しそうに笑う。
なんだかご機嫌な彼女につられるように、私も心が浮足立つ。
やっぱり魔法のある世界だもの。
使ってみたくなるのが、ゲーマー及びオタクの性だと思う。
* * *
そして三日後の午後。
自室で待っているとレナが私に戦闘訓練を付けてくれる教師役を連れてきた。
年齢は十五歳だとレナは言う。
幼さを残しながらも大人らしい体つきになってくる、少年と青年の間という印象を受ける男の子。
腰には剣を挿し、やや緊張した面持ちで私の前に立つ彼の名はエリク・フォン・フォレスト。
家名から分かるように、ダイアンの息子でレナの兄だ。
レナに良く似たダークグリーンの髪は短いながらもさらさらとしていて、華やかさはないものの好感を持てる顔立ち。
彼は私の前に跪いて頭を垂らして言う。
「本日より、ヴィルヘルミーナ様専属の護衛の任を受けました、エリク・フォン・フォレストと申します。
貴女の剣であり盾として、どうか御身の傍に」
「顔を上げて頂戴」
人に跪かれる経験など、当然前世ではなかった。
だから、最上級の礼を尽くしてくれているのは分かるが、大変居たたまれない。
私が慌てて言うと、彼は顔を上げて微笑む。
(……あぁ。この顔知ってる。
ヴィルヘルミーナの夢で少しだけ出てきた男の子だ)
「――お久しぶりです、お嬢様。妹と母がお世話になっております」
「えぇ、久しぶりね、エリク。
レナとダイアンはとても良く尽くしてもらっているわ」
そう答えてからある事に気づく。
……もっと早く気づくべきだった……。
「ミーナ様、うちのお兄ちゃんは凄いんですよ!
才能の塊だって、騎士団にもお誘いを頂いたくらいなんですから!
……まぁ、その……若様ほどではないらしいんですが……」
「若様は天才だからね。仕方ないでしょう」
「……なんだかそう言われると、複雑なんだけれど……母さん……」
「あんた、若様に並べると自分で思ってるのかい?」
「ないない」
家族特有のゆるい空気で談話する三人。
そんな彼らから距離をとってしまう。
しかしそれに寂しいなどと思っている余裕はない。
だってエリク・フォン・フォレストは、ファンブックで明かされたヴィルヘルミーナ唯一にして、最強の護衛騎士の名前だ。
そして――彼女の最初の被害者になってしまう人。
(この人『魅了』の犠牲者じゃん……っ!!
遠ざけなきゃいけないのに、護衛になっちゃうなんて……っ!!)
どういう経緯で彼が護衛になるか知っていれば断れたかもしれない。
しかし、一度決まってしまった事を私の一存だけで解雇してしまえば、何か不興を買ったとされてしまう。
侯爵家の娘から解雇された彼を、誰が拾ってくれるだろうか。
それに何より、ダイアンやレナが悲しい顔をするだろう。
……どうしよう……。
本気で『魅了』の対策考えないと……っ!!
ミーナ は 武術訓練 の 教師を 手に入れた!
(でろでろん~呪われたBGM)
魅了被害者 予定 の キャラだった!
* * *
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