閑話/フォルクマール・魔法クッキング
俺様は――俺は天才だった。
それを崩されたのは、十二歳の頃。
アンディの奴が前々から惚気けていた、婚約者のせいだ。
そりゃもう、ボッコボコにされたさ。
今にして思えば、あいつはあいつで努力をしていたんだから仕方ない。
あの頃の俺は、才能の上にあぐらをかいてほとんど何もしていなかった。
それでも同年代の魔法師見習いの中じゃ、一番凄かったんだが。
そんな訳で、あいつは――ヴィルヘルミーナ・フォン・アイゼンシュタインは。
――俺のライバルとなった。
* * *
(……今にして思うと、自分に様付けってどうなんだろうな)
昔のことを少し思い出しながら、道具の準備を進める。
今はもう、自分に様付けなんぞしたくないのだが、いきなり止めると何があったと、アンディ達にからかわれそうで止めにくい。
どうするべきか悩んでいると、使用人が来客を告げたので、通すように伝える。
待ってる間に必要な道具が揃っているか再度チェックしていると、ノックが響いて扉が開いた。
「こんにちは、フォルクマール」
「おぅ」
入って来たのは、予想通りアンディの婚約者であるミーナだった。
相変わらず、見た目だけはいい女だと思う。
今日は二人で魔法の鍛錬を行う予定だ。
……といっても、普通の鍛錬じゃねーけれど。
「もう準備は出来てるのね。早速始める?」
「そうだな。時間もかかるし、世間話は後でいいだろ」
そう言って、ミーナを急かす。
こうやって俺は時々、ミーナ考案の魔法で行う調理法で可能な料理を教えてもらっている。
残念なことに、俺には魔法の才能があっても、その魔法で料理を作るなんて発想は浮かばない。
というか、普通の貴族(特に男)は料理なんて作らないから、浮かぶ方がおかしいんだが。
そんな訳で、俺は定期的にこいつと一緒に料理を作っている。
アンディにはちょっと悪い気もするが……まぁ、鍛錬だから仕方ないよな?
(ちゃんと作ったものはやってるんだし、文句はねーだろ)
そしてその見返りに、ミーナは俺の家にある魔法書の蔵書を借りていく。
どうしても貸せない本は、ここで読んでもらう形だ。
「今日は何作るんだ?」
「とりあえずシフォンケーキと……飴細工でもやってもらおうかと考えてるわ」
「……飴細工?」
言葉通り飴を細工するんだろうが、意味がわからない。
とりあえず、シフォンケーキに必要な材料を使用人に用意するよう命令しておく。
「シフォンケーキは前もやってるからおさらいね。ちゃんと覚えてる?」
「俺様を何だと思ってるんだ、お前は」
「じゃ、ちゃんと出来てるか見てあげる」
俺が偉そうに言ってもこいつは気にしない。
自分でも、昔の癖が中々治らない事を気にしているが、こいつやアンディ達は気にしないでくれるから、一緒にいて気楽だ。
(……他の女は大体怖がるんだよな)
口の悪さに怒ってると勘違いするんだろう。
仕方のないことだが、正直面倒くさい。
そろそろ婚約者を――なんて言い出してる親父を考えると、このままの方が楽だしな。
(そういや……)
以前ミーナが、うちで魔力や魔法の威力を調べた時に、親父が物凄く悔しがってたのを思い出す。
アンディの事さえなければ、俺と婚約させておきたかったとか言ってたのだ。
こいつを嫁にするとか、親父は何を考えてるんだか。
(魔力容量しか見てないよなぁ……)
確かに代々魔法師の家系の我が家にとって、魔力容量は大事な要素だ。
親父もお袋を選んだ理由の一つが魔力が基準値よりも高かったからとか言っていたしな。
……その後、親父はお袋に完全無視を決め込まれて涙目だったが。ああはなりたくないもんだ。
(だがまぁ、仮にこいつが俺の嫁になったとしても、親父が手を焼く未来しか見えねぇ)
今じゃ、親父よりも魔力容量があるって知ったら――どうなるやら。
(泡吹いて倒れちまうかもな)
想像するだけで笑える。
「――何を笑ってるの?」
不思議そうな声が聞こえる。
どうやら材料の計量をしたまま、笑ってたらしい。
「いや、なんでもねぇよ。――とりあえずこれで計量は終わりだな」
「それじゃ、作っていきましょ。先にオーブンの用意をしてね」
「言われなくても分かってる」
オーブンに火と風の複合魔法を使い、必要な温度まで上げていく。
温度計を確認しつつ、俺はシフォンケーキ作りを進める。
シフォンケーキ生地を作るのに必要な魔法は、風の魔法だけだから比較的簡単だ。
「うんうん。いい感じにメレンゲが出来てるわね」
「当たり前だ」
「オーブンの温度はちゃんと一定になってる?」
ミーナの奴が、言ってオーブンを覗く。
……大丈夫なはずだ。
以前は同時に魔法を使うことで、制御が甘くなってたが、何度も練習した。
少しだけそわそわしながら、あいつの言葉を待つ。
「――ん。大丈夫そうね」
「はっ。当たり前だろうが」
少しほっとしながら、悪態をつく。
その後もシフォンケーキの準備を進め、型に生地を入れオーブンで焼き始める。
このまま四十分程度焼き続ければ完成だ。
洗い物を使用人に頼んでから、次に作るらしい飴の用意をしてもらう。
俺が指示を出してると、ミーナがこちらを感心したように見ていた。
「慣れたものねー」
「実際慣れてるからな」
「フォルクマールが料理男子になるとか意外だったわ」
「そうか?」
料理作りというのは、魔法薬を作るのに似ている。
魔法薬だと材料費の都合があるから、そんなしょっちゅう作れないが、料理ならば材料も手頃だし、消費も簡単だ。
もともと、魔法薬作りは趣味だったし、小腹が空いた時に魔法制御の鍛錬を行いながら食い物を作れるんだから、こうなるのは自然だろう。
「そうよ。味も良いしね」
「食い意地が張ってるな。太るぞ」
「あら、貴方よりは運動してるし問題ないと思うけれど?」
にやにやとした笑みを浮かべて言うミーナ。
こいつは女のクセに、自分の護衛に剣術を習ってるらしく、結構な運動性能を持っている。
もちろん、アンディ達には負けるが……俺よりは上だ。
悔しくて最近俺も筋トレを始めているが、確実に勝てると判断出来るまでは黙っておく。
(――下だと思ってた奴に抜かれる気持ちを思い知れ)
いつか吠え面をかかせてやる。
「もう私がわざわざ教えなくても、自分でレシピ見ながら魔法で代用出来ることが分かるんじゃない?」
実際基本は分かっている。
やろうと思えば、レシピを調べて可能だろう。
「あんがい難しいんだよ、文字だけじゃ」
だが――口から出たのは否定を意味する言葉だった。
いつもの自分なら、自信を持って頷いていたはずなのに。
自分でもよく分からない。
「そういうもの?」
「それに、うちの研究書の類は、見返りなしには読ませられねぇぞ」
「それもそうね。――じゃ、飴細工作ってみましょ」
「どうやるんだ?」
「初心者だし普通に飴を溶かしてから、形を作ればいいと思うのよね」
「どこに魔法を使う?」
「まずは、飴をある程度溶かして、形を変える。
ここで基本の形を作って、その後は飴を、細工する時に温めるの。
必要な部分だけを、ほんの数秒ね。結構難しいと思うわ。
飴を弱く持続して温める操作と、加熱した飴に触れても痛くならないように、耐火の魔法を同時に使わないと駄目よ」
「……お前はやれるのか?」
「ううん。耐水・冷なら出来るけれど耐火は出来ないし、私は火の属性に適正ないから、出来ないわ。
実はオーブン魔法も苦手なのよね」
こいつにも苦手なものがあるんだな。
意外というか、こいつは努力家だし何度でも練習して克服していると思っていた。
同時に――少しだけ優越感が俺の胸に湧き上がる。
「飴細工がうまく出来たら、アンディ様の誕生日会の時はよろしくね。
ケーキに飾りたいの。キラキラしていいと思うのよ」
「ふぅん。俺様に頼りたいと?」
「上手に作れるようになったら、ね」
俺の言葉に、挑発するように笑うミーナ。
――頼られている。
もうどっちが優秀だとかに拘るつもりはないが、こいつが俺を頼ってくるのは悪くない。
(むしろ、もっと頼ればいい)
なんとなくそんな事を考えながら、飴細工とやらに挑戦する。
……思ったよりも難しい。
確かに魔法の鍛錬になるかもしれんが――。
「……なぁ、魔法の鍛錬にならんとは言わないが、細工がすげぇ難しいんだが」
「最初っから難しいもの作ろうとするからよ。もっと簡単なものから作ったらいいじゃない」
「じゃあ、お題決めろ」
「そうね……じゃあ、猫で。丸っこいのなら簡単でしょ」
猫か。
頭の中で作れそうな猫の形をイメージする。
丸くなってる状態なら簡単だろうが、それでは猫っぽくならないだろう。
(とりあえずは耳としっぽがあれば――猫らしくなるか?)
悪戦苦闘しながら細工を続けていくと、多少不格好ながらも、猫と見える程度には形ができた。
不満は残るが、細工技術に関しては仕方ない。こういうのは回数を重ねるしかないからな。
出来上がった品をミーナへと渡す。
「――これでどうだ」
「ふむふむ……良いんじゃない?
見た目に関しては、正直練習しないと駄目だろうし」
言いながら、俺が渡した飴細工を返そうとしてくる。
「――やる」
「あら。良いの?」
「どうせ失敗作だからな」
「失敗してるからって人に押し付けるのはどうなの」
ため息を付いてジト目で見てくるミーナ。
こいつは、なんでこう可愛げがないのか……。
アンディが語るこの女は、もっとこう――すげぇいい女だったはずなんだがな。
(……俺の態度も原因なんだろうけれどよ)
「それにしても本当、フォルクマールって料理上手くなったわね」
「もともとこういうのは得意だしな」
「いつでもお嫁に行けちゃうわね」
「誰が嫁だ。――むしろ、お前こそアンディに愛想を尽かされて嫁に行けなくなるんじゃねーの。
可愛げがねぇよ」
「かもね」
意外な返事が戻ってきた。
アンディの奴は、こいつにぞっこんだってのに。
そんな可能性があると思ってるのか?
「――まぁ、なんだ。嫁の貰い手がマジでなくなったら貰ってやるよ」
「え、ヤダ」
即答かよ。
――やっぱりこいつ可愛くねぇ。
フォルクマール は 鈍感男 で ある!
多分、誰よりも原作からかけ離れてしまった人。
* * *
お読み頂きありがとうございます。
平成最後の更新になります。




