33/当日
ドレスも仕上がり、ダンスの特訓も継続していれば、日々はあっという間に過ぎていく。
季節は夏に移り変わり、すぐに王家主催の夜会の日がやってきた。
そう、社交界デビューの日だ。
鏡の中に映る私は、自画自賛になるが大変綺麗に仕上がっていた。
ハーフアップした髪に、髪飾り(もちろん宝石各種付き)を差し込み、イヤリングやネックレスも当然装備。
薄く化粧も施して、オーダーメイドのドレスに身を包んだ私の姿は、控えめにいっても美少女だろう。
問題は中身が残念な事である。
(私今総額いくらになってるんだろう……?)
正直転べない。転んだ瞬間色々終わる。
鏡の中の自分をしげしげと眺めていると、ノックが響いてメイドが兄貴が来たと告げた。
「入ってもらって」
そう言ってから、私も扉の方へ向う。
扉が開いて、身支度を整えた兄貴が現れる。
(わぁ……凄い……)
もともと容姿は整っていたし、美形だ美形だと認識もしていた。
だが、それでもこう貴族っぽさ二割増しの姿は思わず見惚れてしまう。
あれか、制服男子は二割増し的な感じなのだろうか。
「やぁ、ミーナ。とてもドレスが似合っているね」
「ありがとうございます、お兄様。
お兄様もとても素敵で少し見惚れてしまいましたわ」
「それは嬉しいな。――では、君の姿も見れたことだし、私はそろそろシルヴィアを迎えに向かう。
ミーナも遅れないように気をつけなさい」
「はい」
そう言って部屋を出ていく兄貴。
しばらくして、窓から馬車が去っていくのが見えた。
(兄貴が馬車乗って移動とかすげぇ珍しい……)
楽だし、早いという理由で、あの人は基本瞬間移動で行動する。
そう考えると、中々に貴重な光景だ。
しみじみしていると、メイドからレナとエリクの準備が出来たと報告が入った。
私より彼等は先に出ていってしまうので、このタイミングを逃すとパーティー会場でどうにか見つけないといけなくなる。
いそいそと二人の元へと急いで向かう。
二人がいる応接間に向かうと、どうやら間に合ったらしい。
「あ! お嬢様っ!」
アンディにもらった髪飾りと、見慣れないイヤリングとネックレスを付け、ドレスに身を包んだレナが微笑む。
大変愛らしい。流石は私の天使。
彼女に寄って来るだろう、ろくでもない輩は全部排除せねばと改めて心に誓う。
「レナ、とっても可愛い。髪飾りとっても似合ってるわ。
あ、もちろんそのイヤリングとネックレスも、似合ってるわよ」
「えへへ。ありがとうございます。
イヤリングとネックレスは、お兄ちゃんに買ってもらったんですよ」
おぉ……エリクってば妹の為に装飾品を買ってあげてたんだ。
これでレナの中の株も上がって……ないのかしら。
「――数年前ですけれどね」
苦笑しながら、エリクも近づいてくる。
どうにも夜会の服というのは堅苦しいらしく、どこか居心地悪そうだ。
しかし、それでも着飾ったエリクはなんというか……。
「……いいわね」
思わず言葉が溢れる。
なんというかギャップ萌え? それともやっぱり制服萌え?
そういう感じで、普段とは違った姿が中々に格好良い。特に少し照れてる感じがなおよし。
「お嬢様、何か言いましたか?」
「えぇ、似合ってるわよ、エリク。格好いいじゃない」
「――っ。……そうですか。有難う御座います」
微笑みながら素直な感想を伝えると、彼はやや堅い笑顔を返してきた。
(……あれ、今ので動揺させちゃった?)
「大丈夫?」
「い……え、そ、その……大丈夫なので、あまり近づかないで頂けますか?」
接近禁止令が出た。
別にからかい目的で言ったんじゃないのに……。
私がしょんぼりしつつレナの方へ歩いていくと、彼女はエリクへと呆れたような視線を向けていた。
また彼の株を落としてしまったらしい。
「す、すみません。もう大丈夫です」
「無理はしないでね、これからが本番なのだし……」
「そうですね」
苦笑しながら答える間も、何故か視線を反らし続けるエリク。
むぅ。せっかく着飾ったんだから、褒めてもらいたかったのに。
とはいえ、女に免疫のなさそうな彼の側に、これ以上いるのも可哀想だ。
そう考えてそっと離れ、そわそわしているレナと話し込む。
夜会は私たちにとって初めての事だ。
初めはあまり乗り気ではなかったけれど、直前ともなれば、少し楽しみ。
そんな気持ちを分け合うように、レナと話していると、彼等も出発する時間になった。
二人を見送ってから、一人で待つことしばし。
先触れが届いてアンディがそろそろ到着する事を告げる。
いそいそと玄関前に移動して待っていると、扉が開いてアンディが現れた。
(……うわぁ……)
やってきたアンディは、普段とは全く違っていた。
普段から王子という身分に釣り合う様に、彼は結構着飾っている方だ。
しかし、今日の様に『THE・王子様』といった格好をするとまるで別人に見える。
(……ちょっと止めてよ)
心臓が少し煩い。
もしかして、今更ながらに彼を男性だと意識したのだろうか。
前世の記憶から見たら、十五歳なんてまだまだ子供だというのに。
それとも、ようやく三次元の美形を、認識出来るようになったのだろうか。
(……どっちもそうかもだけれど、一番は今まで彼の事ちゃんと見てなかったんだろうな……)
十二歳の時から、よく会う幼馴染みたいなアンディが、成長している事を認識してなかったのかもしれない。
だから、こんな風に普段とは違う姿を見せられ、ようやく彼が成人した男性であると理解したのだろう。
――そんな気がする。
(拙いかも……)
今まで普通に接することが出来たのは、多分に彼を”異性”と認識していなかったところにある。
こうなると、慣れるまでは緊張して挙動不審になりそうだ。
(美形筆頭の兄貴の顔でも思い浮かべて、どうにか慣れておかないと……)
そんな風に思考を飛ばしていると、アンディの方もぼんやりと私を見ていたらしい。
彼の従者が小さく声を掛けているのに私が気づいたのと同時に、彼も我に戻ったように微笑んだ。
「こんにちは、ミーナ。その……す、凄く綺麗だね」
「ありがとうございます」
「そ、それからミーナはまるで氷の妖精みたいだし、僕が見た人の中で誰よりも美しいと思う!」
拳握って力説するような事だろうか。
いや、それだけ強く思ってくれてるのだろうけれど。
「アンディ様もよく似合っていて、素敵ですよ」
にこりと微笑むと、彼は顔を赤くして石化した。
「アンディ様!?」
オロオロと従者が彼の状態を気にする中、私は重いため息を吐く。
(ほんっとう、『魅了』ってやっかいだわ……)
* * *
王城へ到着すると、私は待機所に通された。
面倒なことに、休憩所一つにしても色々あるらしい。
女性専用、男性専用、誰でも使える共有区画、高位の女性用、高位の男性用だったか。
男女で分けるのも分かるし、今回みたいな晴れの舞台直前に身分差で縮こまるのも可哀想だとは分かる。
――迷惑だと分かってはいるが、私はぜひともレナと一緒に居たかった。
私が案内された部屋は当然、高位の女性用。
知り合いはシルヴィアだけである。
あげく、ここでは身分はともかく年齢は私が一番下のようで肩身が狭い。せめて下位の方なら同い年が多かったろうに。
身の置き場に困っていると、完璧な淑女の猫を被ったシルヴィアが近づいて来る。
「こんばんは、ミーナさん。とっても綺麗よ」
「ありがとうございます。でも、私より貴女の方が美しいと思いますよ」
姿勢、言葉遣い、立ち振る舞い――全てにおいて、お手本のような美しさだ。勿論容姿だって最高点。
何より年季の入った猫かぶりは、本当に素晴らしい。
(まさに淑女って感じ。私もあれくらいやらないといけないんだろうけれど、中々難しいんだよね……)
「うふふ。ありがとう。
――せっかくだから私のお友達を紹介するわ。いらっしゃいな」
そういって招かれた先で彼女の友人を紹介される。
といっても、何人かは”自称”と枕詞に付きそうだが。
高位の人間ほど取り巻きが多いのは、女性カーストでも男性カーストでも当たり前。
その中には、当然長い物に巻かれて取り巻きになってる人もいるのだろうが。
(とはいえまぁ……よーやるわ)
身分的にシルヴィアの次に私は上位の人間だ。
シルヴィアのお友達も、その他の周囲の女性もまぁ、私に色んな対応をしてくる。
好機の目で見られ、媚びられるのなんて序の口で、中には嫉妬までされた。
(まぁ、末弟とはいえ王子と婚約してるものねー。こりゃ仕方ないか)
周囲の視線を極力気にしないようにしつつ、飲み物やお菓子を楽しむ。
この待ち時間は、メイン会場への入場待ちだ。
高位貴族の待ち時間を減らす為に、下位貴族から順番に入っているらしい。
(レナやエリクはもう会場入りしたのかな)
出来れば会場で見つけたいが、結構な人数がいるらしいので見つけられるだろうか。
少し不安だ。
(えーっと、エリクとレナが男爵家だから、最初の方で……兄貴とシルヴィアが侯爵家で……私はアンディとだから王家と侯爵家になって……うわ、一番最後か)
最後の方でぼっちで待ってるとか凄く辛いんですが。
一応、ギリギリまでシルヴィアは一緒に居てくれるけれど。
* * *
周囲の視線を受け流しつつ待機することしばし。
すでに周囲に誰も居ない。シルヴィアもついさっき名前を呼ばれて出て行った。
「ヴィルヘルミーナ・フォン・アイゼンシュタイン令嬢」
ついに名前を呼ばれ、立ち上がって呼ばれた方へ行くと、共有区画でアンディが待っているのが見える。
「ミーナ行こうか」
「はい、アンディ様」
頷いて彼のエスコートの手を取る。
彼と共に会場の入口へと向かうと――
(ひっ!?)
思わず息を呑む。
会場の全ての人間の視線が私に集まっている。
――そう錯覚するほどに、たくさんの人が私達を見ていた。
「……大丈夫、ミーナ?」
心配そうなアンディの声が聞こえる。
返事はすぐに出来なかった。
軽く目を閉じて息を整え、目を開く。
(覚悟してたでしょう?)
ヴィルヘルミーナが美少女であること。
侯爵家という身分の高い生まれであること。
王家と侯爵家というカップルであること。
私は人の注目をこれほど集める存在なのだ。
「……僕が一緒にいるから大丈夫だよ。安心して」
アンディは慣れているのだろう。
私を気遣うようにそう言った。
どうにも彼は、私の知らない間に大人になっていたようで。
(弟みたいな気分で見てたのに――格好悪いわね、私)
彼に負ける訳にはいかない。
こちとら中身は前世含めたら、アラフォー直前である。
さぁ、気合を入れろ。
ここは貴族の戦場。
怯えて、逃げたものから喉を噛みつかれる危険地帯。
自分に言い聞かせていく。
(――でも、こういうのは見てるだけがいいな。参加するもんじゃないわ)
少し愚痴ってから、私は微笑んで、カーテシーを決めて会場へと踏み出した。
女 の 戦い は すでに 始まっている!
地位高し、容姿最高峰、末弟とはいえ王子の婚約者。
そりゃ、敵視もしますよね……。
* * *
お読み頂きありがとうございました。




