31/社交界デビュー
最近は二、三日に一度の頻度で誰かしら我が家に来る。
アンディやコルト達だったり、シルヴィアだったり。
お陰でいつも静かな我が家はとても賑やかである。
実家を思い出すと雲泥の差だ。
――それでも、誰も来ない日もある。
そんな時は、レナ達に世話されつつ読みかけの本を読む。
魔法書だったり、物語だったりと、ジャンルはその日によって違うけれど。
ゆったりとした時間の中、本を読むのは楽しい。
新刊が手に入れば、つい没頭してダイアンに怒られることだってある。
でも――どうしてだろう。
一人で本を読むなんて、以前は当たり前だったのに。
なんだか物足りなく感じるのは。
(なんでだろ……?)
ふと考えて――すぐ答えは出た。
独りだから、寂しい。
ただそれだけのことだ。
思いの外、私は友人達を気に入っているらしい。
(シルヴィアも……友達……かな)
兄嫁だから、友人かと言われると微妙だが、今の段階では彼女と私の関係はそれだろう。
彼女についてどうするべきなのかは、まだ答えが出ていない。
だけれど彼女と一緒に過ごす時間は、私にとって大切なものになっているのは分かる。
(……本当、どうしようかな……)
肘をついて物思いにため息をつくとレナが声を掛けてきた。
「ミーナ様。何かお悩みですか?」
そう言って、紅茶を渡してくれる。
「あぁ……ううん。別に何でもないわ」
「もしかして、新しいドレスの注文について考えてたんですか?」
「え、ドレス? 季節に一回作れば私は十分なんだけれど……」
オーダーメイドで作られる服は、どれも高価で質もいい。
同時に大変お高いのだ。
正直シーズン毎に服を作るのに、そろそろ止めたい。
これまでは成長期だったのもあって、もったいないが、そうせざるを得なかったけれど。
そろそろサイズの大幅変更も無いことだし、作らなくても良いんじゃないかな。
私が眉をしかめて言うと、レナも眉をしかめる。
「……あの、普段着ではなくてパーティー用のですよ?」
「ぱーてぃーよう……? そんな予定あったかしら……」
一応、侯爵家である我が家は、誕生日パーティーをそりゃもう盛大に行う。
そういう時には、私も嫌々ながら着飾って参加する。
とはいえ、我が家では誕生日パーティー位しか今のところ参加を強制されていないので楽な方だけれど。
他所様のだと婚約者なので、アンディの誕生日パーティーに呼ばれたことはある。
――が、王様もいるようなパーティーに一人で出席とか怖いので、彼のお誕生日会を我が家で開催することで、参加を辞退させてもらった。
そっちは彼の友人も参加して大変賑やかに楽しく過ごせたから、また開催してあげたい。
ともあれ、そんな訳で自分の誕生日パーティーはもう少し先だし、クソ親父と兄貴の誕生日もまだ先だ。
特にパーティーの予定はなかったと思うのだが……。
そう思ってレナを見ると、彼女は盛大にため息を付いて呆れた顔で私を見た。
「社交界デビュー目前ですよ? 何を言ってるんですか」
「え? あれって成人の十五歳からでしょ? 私はまだ十四歳だし……」
確か社交界デビューのパーティーより、誕生日は後だった気がする。
そう反論すると、年度で見るから今年から参加だという。
(うぇぇ……面倒くさい……)
聞いた話だと、社交界デビュー初日のパーティーは、成人しているほとんどの貴族が、年齢身分問わず集まる盛大なものらしい。
このパーティーの主役は新成人達だ。ようするに、成人式みたいな扱いなのだろう。
ただ、たくさんの貴族が集まるという事は、クソ親父も居るということだ。
それだけで行きたくなくなる。
同年齢であるレナも一緒に社交界デビューというのは心強いが、出ないで済むなら出たくない。
「楽しみじゃないんですか?」
「あんまり人が多いのは得意じゃないから……」
「あぁ……そうですね」
「レナは楽しみなの?」
「はいっ!」
楽しそうに微笑むレナ。
何故かと聞くと、婚約者がいて当然な高位の令嬢とは違い、自力で相手を見つけなくてはならない下位貴族の令嬢にとって、自身を売り込む大事な機会なのだという。
ようするに、社交界デビューのパーティーは婚活パーティーと同義だという事になる。
「そう……うん。パーティーに出る気がとても出たわ」
「あ、それは良かったです。じゃあ、夜会のマナーとか予習しないといけませんね」
「そうね……夜会は流石に初めてだし、誰かに聞けると良いんだけれど……。
……シルヴィアさんなら教えてもらえるかしら?」
「ですね――あの、その、お嬢様……」
「どうしたの?」
「ダンスの練習をしたいなと……」
もじもじと恥ずかしそうに言うレナは大変可愛い。
こんな愛らしい私の天使が、パーティーで変なのに目をつけられたら大変だ。
絶対に守らなくては!!
そう決意を固めつつ、私はエリクを呼んでレナのダンス練習に付き合ってもらった。
* * *
数日後、シルヴィアに夜会のマナー講座を開いてもらう。
基本的には、昼にやる誕生日パーティーと変わらないようで安心した。
あえていうなら夜はダンスに誘われる事が多くなるのでその注意。
といっても、同じ人とあまりずっとダンスを踊っちゃ駄目だとかそういう事だ。
後は高位の貴族はゆっくりと少し遅れるくらいに。下位の貴族は早めに到着するのが望ましいとか。
(当日は一緒に行けないのかぁ……)
いきなり心細くなる。
シルヴィアは我が家と同格だから、一緒に居てくれるかもしれないが。
「――あぁ、それからエスコート役が必要になるけれど、二人共決まっているかしら?」
「えすこーとやく……」
基本的には婚約者か、あるいは親族の男性にお願いするものらしい。
「じゃあ、私はアンディ様にですね」
「私はお兄ちゃんで妥協しておきます」
「だ、妥協って……」
いやまぁ、恋人とか婚約者にエスコートしてもらうのが理想と考えると、身内は妥協なんだろうけれど。
エリクは割といいお兄ちゃんやってると思うんだけれどなぁ……。
「だってお兄ちゃんと一緒だなんて……恥ずかしいじゃないですか」
「えぇと……」
なんと言えば良いのだろうか。
正直エリクが部屋の外で待機していて本当に良かったと思う。
「はいはい、決めるべきことはたくさんあるんだから、その話はそこまでにしましょう」
ぱんぱんと手を叩いてシルヴィアが仲裁に入る。
その後は身につける宝石をどうするかという話になった。
手持ちの物で良いかと問うと、それでも良いけれどエスコート役からもらう物が一番良いんだとか。
「シルヴィアさんは、お兄様から贈ってもらったのですか?」
「えぇ、貰ったわ。ミーナさんは殿下から頂けるだろうから問題ないとして……」
ちらりとレナを二人で見る。
彼女はにっこりと笑った。
「大丈夫です。私は下位貴族ですし、手持ちの装飾品で問題ないですから」
「それなら、次は本命のドレスね!」
「はいっ! 先生!」
しゅぴっと手を上げると、シルヴィアが頷いてどうぞとこちらを見る。
「手持ちので済ませたいです!」
「はい却下。侯爵令嬢がそれじゃ示しがつかないでしょ」
「うぅ……やっぱり作るのか……」
「そ・れ・に」
にやにやと、私を見つめる。
……いや、顔を見るというよりは、身体を――特に一部を見られている気が……。
「せっかくそんなに立派なんだし、見せつけるデザインとかもありじゃない?」
「そんな、シルヴィア様。お嬢様はもっとこう清楚な感じのが……!!」
「でも婚約者がいるのだし、相手を悩殺するにはそういうアピールもあった方が良くないかしら」
「うぅ……い、いえ、大丈夫です! すでに溺愛の域ですから今更そんな事をする必要ありません!
何より、殿下の気が散って仕方がないと思うんです!」
楽しそうに語り合う二人。
その話題らしい、私は置き去りである。
(……どこを見せつける、と言及しないだけ品があると思ったほうがいいのかなー……)
最終的に私の意見により、新調はするものの、出来るだけ露出の少ないスタンダードなドレスとなった。
社交界デビューでの目標。
レナを守る。
ミーナさんはちょっと過保護。
エリクさんはもっと過保護。
* * *
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