30/日常
シルヴィアが兄貴の無関心の壁を突破してから数日。
それ以降は大きい動きもなく、今日も今日とていつもの日常が戻ってきた。
裏庭で野良猫と戯れつつ、エリクに稽古をつけてもらってるアンディを見守る。
しかし、真面目に努力するのは素晴らしい事だと思うが、なぜ我が家でやるのか。
言ってくれれば、お城にエリクと一緒に向かうのに。
お城であれば騎士団が使う訓練場があるから、問題ないし。
実際以前は、そこで稽古をしながら私も回復魔法の練習をさせてもらっていた。
だが、回復魔法がある程度形になると、アンディに出入り禁止されたのだ。
(……訓練の邪魔になってたものね……)
訓練中の怪我人を治療しながら練習をしてたのだが、思った以上に怪我人が多くて忙しかった。
原因の一つは、多分エリクが張り切り過ぎたせいだろう。練習の為とはいえ怪我人を自主的に増やすのは止めて欲しい。
困ったことにアンディも同じ様に、張り切って怪我人を量産していた。
(……冷静に考えると出禁になってしかるべきだったな)
主に被害者である新兵達や、私の精神安定のために。
だが、その御蔭で中級程度には回復魔法が扱えるようになったので、とりあえずは目的は果たされた。
魔力だけはあるので、治療を続けられる状態であれば余程の事がない限りは、安心していいだろう。
(まぁ、回復魔法を当てにしなきゃいけない状況になんて、なりたくもないけれど)
ため息を付きながら猫の顎をくすぐると、ごろんと横になってアイスブルーの眼で私を見上げてくる。
服が猫の毛だらけになるから抱っこが出来ないのが残念でならない。撫でるだけじゃ物足らないな。
(普段動物との触れ合いなんて、兄貴の魔物狩りくらいだもの。本当癒やされる……。
それにしてもこの子って、街歩きのときに見かけた子かな……?
兄貴と同じアイスブルーなのに、やたらと人懐っこかったのよね、この子もあの子も)
一般的には黒猫は金色ないし黄色の眼だ。
ならば、あの子とこの子は同じ子かも。
そんな事を考えていると、どうやら稽古が一段落したらしい。
木剣を打ち合う音が途切れて、二人がこちらへ歩み寄ってきていた。
「お疲れ様です、二人共」
そう言いながら、私はアンディとエリクへレナの用意してくれたタオルを渡す。
レナは少し前にお茶を準備しに行って、まだ戻ってきてないのだ。
「どうですか? 調子は」
「うーん……多分順調だとは思うんだけれど……」
アンディが言いながら、エリクへと視線を向ける。
「実際、思った以上に順調だと思います。
殿下は意欲的ですし、集中力もありますから、現時点でも同年代相手に、負けることはないでしょう」
エリクの評価はほぼ兄貴と同じらしい。
しかし、褒められているのに少しアンディは不満なようだ。
口元をタオルで隠すようにしながら視線を逸している。
照れ隠しにも見えるけれど、どちらかというと不満を口にしないように気を使ってる感じに見えた。
「アンディ様的には、まだまだ足らないですか?」
私が尋ねると、少し視線を迷わせてから彼は頷く。
大変意欲的で素晴らしいが、あまり無理をすると身体を壊すだけだと諭すと、困ったように笑う。
「――どちらにせよ、そろそろもうちょっと思いっきりやってみたいな」
「思いっきりというと……?」
「真剣とは言わないけれど、魔法を使ったりしてより実践的な稽古をしてみたいなって」
「……流石にそれを我が家の裏庭でやるのはちょっと……」
それなりに広い裏庭だけれど、魔法的な防御は施されてないので、地面は簡単に抉れるし、草木にも影響が出るだろう。
何より火炎系の魔法など使えば、火事もありえる。
「殿下に怪我を負わせるのは流石に……」
エリクも困ったように言う。
当然だろう。万が一にも事故が起きてアンディに何かあれば彼だけの問題で済まなくなってしまう。
「……うん。それは分かってる。でも怪我はある程度治せるし……」
「そういう問題ではないです。せめて事故が防げるちゃんとした訓練場じゃないと……」
だが、そういった訓練場は騎士団の所有であり、アンディならば許可は得られるだろうが、回復魔法の時の事もある。
あまり騎士団に無理を言いたくはない。
「――そっか。そういう所を借りれば可能か」
「え、でもお城のは……」
「ううん。城のじゃないよ。――よしっ! さっそく許可を貰いに行こう。
許可が得られたら連絡を入れるから、予定の合う日に稽古を頼めるかなエリク」
「自分はお嬢様に問題がないのであれば構いません」
「えぇ、せっかくですから私もご一緒したいと思います」
「そっか。じゃあ、任せてよ」
* * *
満面の笑みでアンディが言った次の日には、稽古の日時についての案が書かれた手紙がやってきた。
こういうところ、彼はとてもフットワークが軽くてありがたい。
日時の他には稽古場兼待ち合わせ場所、またその場には他の友人も同席することが書かれていた。
アンディの友人――すなわち攻略対象達だ。
その中でも貴族側の三人はアンディと幼馴染で、私の友人でもある。
一人はコルト・フォン・チェスクッティ。
緑髪に眼鏡が特徴の宰相の息子。
攻略属性としては頭脳系キャラでちょい腹黒と言う感じ。
だが、アンディの性格が変わったせいか、現在の彼はどちらというと苦労人っぽい印象。
ゲーム的にはバフや鑑定を行うサポーター。なお美声で有名な声優さんが声を当てているせいか、彼も凄くいい声をしている。
二人目はディルク・フォン・ベーレント。
赤髪の短髪頭で現騎士団長の息子だ。
攻略属性としては脳筋――もとい、素直でまっすぐな爽やか系。
こちらはゲームと同じで、素直なのだがどうやらエリクに憧れているらしい。ちょこちょこ話している姿を見かける。
ゲーム的には、物理系戦士キャラだ。あらゆる意味で分かりやすい。
三人目はフォルクマール・フォン・ツァオバラー。
濃紺色の長髪でローブ姿という、典型的な魔法師姿をした宮廷魔法師の息子。
攻略属性は俺様系。その割には分かりやすいし、扱いやすいので可愛いところもある。
ゲーム的には当然魔法キャラ。全属性使えるのは全キャラ中彼だけだ。
ただ、そこまで魔法上手じゃないと思う。……いや、年齢から見ると順当かもしれないけれど。
なんか知らないが、彼は私をライバル認定してるらしくて、良く噛みつかれる。まぁ、喧嘩友達という奴だ。
フォルクマールとは、彼に魔法の修行の仕方をレクチャーしたりする事もあるのでそれなりに会う機会もあるが、他の二人とは久しぶり。
少し楽しみになったなと思いながら、私はアンディへと返事の手紙を書いて送り返す。
そしてその数日後、稽古場であるディルクの家へと向かった。
* * *
ディルクの家は代々騎士を排出する武家だ。
そのため、家の中にお城の訓練場と同じ防壁と復元魔法が掛けられている安全な稽古場があるらしい。
致命傷を防止する『手加減』魔法を付与された武具も揃っている。
どれくらい安全かというと、余程のことがない限り致命傷にならず、気絶はしても絶対に死人が出ない。
具体的に言うなら、ゲームでキャラを訓練したり、戦闘のチュートリアルに使う場所と、同じ効果があるのだ。
(確かにここなら攻撃魔法に当たっても、衝撃はともかく大怪我にはならないわね)
その上、ディルクの家には高品質の魔法薬があるし、私も回復魔法が使える。
稽古であると念頭においてるエリクが行う分には、そうそう事故も起きないだろう。
ただそれでも、使用する魔法に制限入れるらしいが。
そんな事を考えながら、稽古場を見守る。
すでに挨拶を終え、エリクとアンディ、そしてディルクが稽古を始めていた。
いつぞや兄貴との稽古と同じ様な光景だ。
兄貴程じゃなくてもエリクはかなり強いのだ。
そんな彼となら、アンディとディルクの二人掛かりというのも案外ちょうど良いかもしれない。
「おい、よそ見してると危ねぇぞ」
ふいにフォルクマールの声がして手元に視線を戻す。
しかしブレることなく、私が生み出した魔法の風は紙飛行機をくるくると飛ばしていた。
「問題ないじゃないですか」
「そういう問題じゃないだろう……」
呆れたように――少し疲れた様子でコルトが言う。
彼も同じ様に風の魔法で飛行機を飛ばしてるのだけれど、私のよりも規模は小さく飛ばす勢いも弱い。ギリギリ落下しないように努めているような感じだ。
(コルトは仕方ないわね)
基本的にバフ役である上、彼は戦闘能力が他のキャラクターに比べてかなり弱い。
仲間がいてこそ役に立つキャラなのだ。なので彼とのルートがトゥルーEDへの最難関と言われてたりする。
実際弱くはない。というか、一般人と比べれば強い。ただ、仲間たちと比べると低水準なだけで。
バフ自体は種類も豊富で優秀だし、唯一全体に掛けられたりするから、必須な人物だけれど。
そんな彼もこういった魔法訓練に参加しているのは、アンディが目指す騎士団入隊に付き合う為だというのだから、本当に義理堅い性格をしている。
(ゲームではアンディがグレた後も、ずっと気にかけてた友情に篤い男だものね)
それを言ったら全員そうなのだが、フォルクマールやディルクは変わってしまったアンディと少しだけ距離を置いていた。
そう考えれば、コルトだけがずっとアンディを支えてくれていたと言っていい。仲直りイベントとかあったし。
そんな事を考えていると、どうやら稽古場の方も一段落付いたようだ。
レナがタオルを持って近づいてるのが見える。
「私もあちらに行ってきます」
断ってから向かうと、兄貴の時よりは幾分マシな二人の姿が見える。疲れてるけれど意識はあるようで何よりだ。
「お疲れ様エリク」
エリクを労ってからアンディの方を見ると、彼は悔しそうに座り込んだままタオルで顔を隠していた。
今の状態では声を掛けないほうが良さそうだ。そっとしておこう。
「――大丈夫ですか? ディルク様」
「あぁ、ありがとう。……やっぱつえーわ、エリクさん」
「うちの兄はそれくらいしか取り柄がないですから」
「レナ……だけってことはないだろうだけってことは」
「お兄ちゃん他に取り柄あるの?」
「……狩りとか?」
そこで狩りとか言ってるあたり変わらないよ、エリク。
真面目なところとか、優しいところとかあると思うけれど……まぁ、自分で言うことではないか。
「お兄ちゃんって……君はエリクさんの妹さんなのか?」
「はい。レナと申します」
「そっか。よろしくな、レナ」
満面の笑みを浮かべて言うディルクに少し面食らってから微笑むレナ。
……なんだかいい感じなのでは?
ちょっと頬がにやけそう。
――こんな日々が続けばいいのにと思う程度には、私は今幸せなのだと思った。
魔法訓練と武術訓練。
それが彼女たちの日常(?)。
首を傾げてはいけません。
* * *
お読み頂きありがとうございます。




