29/シルヴィア・フォン・クラース
「ねぇ、レオンハルトさんってロリコンでシスコンだったりする?」
ある日のお茶会で、シルヴィアは爆弾発言を投下した。
何故毎回紅茶を口に含んだ瞬間に言う!?
しかもゲホゲホ咳き込んでむせる私に、追撃で「ミーナさんもブラコンだったりしない?」とか言う始末。
本当止めて。何言ってんのこの人……!!
げふげふむせつつも、なんとか息を整えて叫ぶ。
「何をもってそんな感想を抱きましたか!?」
「えー……だって、レオンハルトさんの貴女へ向ける視線とか空気とか、少し違う気がするのよね。
それに、ミーナさんはミーナさんで彼がいる時、いつも動きを視線で追ってるじゃない」
いや、兄貴の私へ向ける視線は多分良くて、お気に入りの玩具だと思う。
そして、私が兄貴をつい目で追っちゃうのは、何しでかすか分からなくて怖いからだから。
ただ流石にそれを口にするのは憚られる。
私がなんて言えば良いのかと悩んでいると、彼女は私を上から下までしげしげと眺めてから悩ましげに言った。
「これは手強いなー。見た目じゃ勝てないなー」
褒めてくれるのは嬉しいが、ありえないと叫びたい。
兄貴を『魅了』した事はあるし、恐怖で心臓が高鳴ったことはあるが、恋愛感情など一切無いのだ。
(そんな恐ろしい可能性を口にしないで!)
喉まで出た言葉をぐっと飲み込んでから微笑む。
「……私達は兄妹ですから、そう見えるのではないでしょうか。
それに私にはアンディ様という婚約者がおりますし」
少々笑顔が引きつっている気がするが、一応彼女は納得してくれたらしい。
「冗談よ、冗談。ふふふ。
ちょっとからかっただけ」
くすくすと笑うシルヴィア。
「――ま、そんな事より、次の作戦を考えてみようと思うの。
アイスは受け取ってくれたけれど、やっぱり反応が微妙だったのねー。やっぱりミーナさんが作ったのが良いのかしら」
それで、いきなりあんな爆弾発言したのか……。
失敗したのは残念だけれど、私にまで被害のあるぼやきは止めてくれませんかね?
「甘いお菓子はあんまり得意じゃないのかしら?
なら、今度は別の方向で攻めてみるべきよね」
彼女は楽しげに笑って、作戦案を上げていく。
ここまで全敗しているのに、本当めげないなぁ……。
彼女のこの不屈の精神は、見習うべきだと思った。
* * *
「……というわけで、本日の差し入れは趣向を変えてみました」
数日後、兄貴と約束を交わしてやってきたシルヴィアは、バスケットを見せつけながら言った。
布が掛けられているけれど、見た感じ中身はお菓子ではなく軽食っぽく見える。
「あ、作ってきたのはこれです」
ぺろりと布をめくると、美味しそうなホットドックが三つ程紙に包まれた状態で入っていた。
どうやら私の分もあるらしい。
「皆で食べましょう? ミーナさんも良いでしょ?」
「え、えぇ。お邪魔でないのなら……」
兄貴も特に異論はないようで、皆でせっかくだからと庭で食べることに。
今はまだ春先のぽかぽかした陽気だし、たまには良いかもしれない。
庭にある東屋へ、使用人達にお茶を持ってきてもらう。
ここから見る風景は、私のお気に入り。
四季折々の花を庭師がせっせと用意してくれているのだ。
紫陽花も、結局去年にアンディから贈られている。
もう少ししたら見頃になるだろう。
今は春半ばなのもあって、バラ園が一番綺麗だけれど。
そんな事を考えながら東屋の席に着く。
砂埃が心配かなと思っていると、兄貴が風が来ないように魔法をかけてくれていた。
(兄貴良いところある……!)
ちょっと感動した。
自分の為かもしれないけれど、恩恵は受けられるので素直に褒めておこう。
ことんことんとお皿が置かれ、その上に紙に包まれたホットドックが置かれていく。
「こちらは、クラース侯爵領名物のソーセージを挟んだ品なんですよ」
そう言って、彼女は美味しそうにがぶりとかぶりつく。
(食べ方に異論はないけれど、貴族令嬢がああいう食べ方ってして良いのかな?)
ふとそんな事を考えるものの、どうでもいいかと割り切る。
しかし――。
眼の前に置かれたホットドックを見る。
なんだか妙に赤く見えるのは気のせいだろうか。
ちらりとシルヴィアを見れば、大変美味しそうに食べていた。
毒を盛られているとは思わないが――なぜだか嫌な予感がする。
警戒する私とは違い、兄貴は彼女が食べるのを見届けると、自分の分に手を伸ばし一口かじった後、絶句して表情を引き攣らせた。
(あの鉄仮面兄貴の顔が歪んだ!?)
思わず凝視してしまう。
(天変地異の前触れ!?
それとも世界の終わり!?)
大げさかもしれないが、それくらいびっくりした。
兄貴は口元に手を当て、説明を求めるように彼女を見る。
そして当のシルヴィアは、大変嬉しそうにガッツポーズを決めていた。
「やったっ! ついに張り付いたような笑顔を引っ剥がしたわ!!」
いや、待って。
その根性と勇気は褒め称えたいけれど、何入れたのこれ!?
あと勝ち誇ってるところ悪いけれど、兄貴の目がやや怖くなってきてるんだけれど!
「あ、あの、このホットドック、何か特別な物でも……?」
「えぇ、うちの領地で作ってる激辛な作物を練り込んだ品なの。
激辛マニア専用の食品で、素人は手を出しちゃいけない物なのよ」
(自信満々に何仕込んでるの!?
だいたい、素人さんが手を出しちゃいけないような物を仕込まないで!!)
後、私が巻き込まれてる件についても問いただしたい。
その後も、彼女は匂い立つ辛みを隠すのに、工夫を凝らした一品だと自慢げである。
色まで隠されてなくて助かった。
というか素人お断りって事は、これはハバネロレベルなんじゃ……。もはや、劇物じゃん。
大体、兄貴でも撃沈する辛さってどういう事。
あの人なんでも食べるタイプなのに。
私が戦々恐々としてると、彼女は腰に手を当てて兄貴へと不敵に微笑む。
「貴方は私に興味ないみたいだけれど、無視なんてさせないわ。
私の事を知って欲しいし、もっともっと貴方の素の表情を引っ張り出したい。
こんな女と婚約した事を後悔しなさい」
じゃぁーんと背景で効果音が聞こえそうなほどのドヤ顔。
それから茶目っ気たっぷりに微笑んで、食べ途中のホットドックを手にする。
「ちなみに私、辛いものが大好きです。一つ、知ってもらえたかな?」
そう言って残りのホットドックを座って食べ始めた。
実に美味しそうに食べている。
私も生前は辛いものがそれなりに好きだったが、流石にハバネロレベルと言われれば食べる気が起きない。
申し訳ないけれど、私の分のホットドックは持って帰ってもらおう。
降伏した私と違い、兄貴は案外チャレンジャーだった。
少しだけ考え込んだ後、もう一度ホットドッグを一口齧ったのだ。
だが――再び表情を歪め、口元を手で抑えてしまう。
「今日は新たな事実を知ったよ。私は辛い物が嫌いなようだ。
そして、私にもできない事があると知った。これを完食するのは無理だな」
この発言だけ聞くと、どんだけ自信家だよと言いたくなるが、事実だから仕方ない。
(それにしても短時間であの顔が歪むのを二回も見れるとは……)
その上さらに兄貴は苦笑いをしたのだ。
それはもう当たり前でごく自然な苦笑いだった。
思わず見惚れてしまうような光景。
(あぁ……これが……この瞬間が……)
この瞬間こそが、原作における兄貴の変化の始まり。
――シルヴィアは見事、彼の無関心の壁を打ち破ったのだ。
兄貴 の 辞書に 「不可能」 という 言葉 が 刻まれた!
これがヒロイン力……っ!
* * *
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