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悪役令嬢転生物語~魅了能力なんて呪いはいりません!~  作者: 緑乃
第三章 15歳 デビュタント編
32/95

26/転機



 窓から裏庭を見下ろすと、アンディがエリクと稽古をしているのが見えた。


(頑張るなぁ……)


 あの誘拐事件から二年程。

 アンディは必死に強くなろうと頑張っている。


 最初の頃は私よりも弱かったのに、もう体術で彼には絶対勝てないだろう。

 魔法は兄貴の訓練がある分私の方が上だけれど、同年代の魔法師では相手にならないはず。


 彼が己の身を守るためにも、こうやって自衛能力を付けるのは喜ばしい。

 将来的にクーデターを考慮するなら、きっと頼りになるだろう。


 ――しかし、素直に喜ぶ訳にも行かない。


 なぜなら彼の強くなろうとする原動力が「君を守れるように強くなるよ」という宣言からして『魅了』のせいだからである。

 幸いなことに、自我を失うほど進行しているわけではないが、それでもここまで継続的に『魅了』状態が続くのはどうなんだろうか。


(血ってそんなに持続力があるのかな……)


 頻繁に会うのもあって、極力身体的接触は避けてるし、汗や血などで『魅了』しないように気をつけている。

 だというのにこれなのだから、血の『魅了』効果恐るべし。

 それとも継続的に会うせいで効果が持続しているのだろうか。


 何にしても申し訳ない。


 今はアンディの相手をしているエリクも、一人の時は鬼気迫る勢いで鍛錬をしている。

 一度こっそり見てしまった時、思わず「怖い」と思ってしまったくらい。


 それも原因は私。


 あの誘拐事件の時、エリクはどうやら私が男達に乱暴されたと誤解しているらしい。

 彼が言った「間に合わなかった」は多分そういう事なのだろう。


 誤解をどうにか解こうとしたものの、どう言えば良いのかと悩み、未だ彼は誤解中である。

 正直、あんな鬼気迫る姿を見た後では、どうにも言い辛かった。


 その結果、身を削るような鍛錬が継続されているのだから、完全に私のせいだ。


(言い出す勇気がなくてごめん……)


 ため息を付いて、訓練を見守る。


 この二年、私もそれなりに努力してきた。

 エリクの剣術訓練は続けてもらっているし、魔法に関しては兄貴の問答無用の誘拐がある。


 これで強くならないわけがない。

 ――というか、レベルアップ出来なければ死んでる気がする。


 兄貴も逃げないと理解したのか、最近は着替える余裕をくれるようになった。

 そして、いきなりの訓練でも焦らない程度には私も慣れたと思う。


(……まぁ、一応本当に強くなるのだけは確かだったし、なんだかんだとちょこちょこご褒美と称して、魔法書くれるし……)


 なんだか餌付けされてる気がする。

 とはいえ、どうせ連れて行かれるならば、前向きで居たほうがこちらの精神的に良いので、気にしないでおく。


 裏庭での訓練はまだ終わりそうにない。


 確かにエリクが強いのは私も知っているけれど、なんでアンディは彼に稽古を付けてもらいたがるのか。

 一応私の護衛なんだけれどな……。


 こうやって、彼はちょくちょくエリクに稽古を付けてもらいにやってくる。

 王族の願いだし、エリク自身が割と乗り気だから良いけれど。


(……そろそろ終わりにしてもらいたいな)


 稽古が終わったら、私主催のお茶会が控えている。

 あまり長引かれると困るし、汗臭いままお茶会というのもちょっと嫌。


 すでに部屋は整え終わり、お茶菓子の準備も出来ている。

 それに何より、春の半ばとはいえ、そろそろ水分補給をした方が良いだろう。


(終わりにしましょうって声を掛けるかな)


 そう考えて窓を開けた時だった。


「精が出るね」


 兄貴がどこからか現れて、二人に声を掛けている。


 それに気づいて、即座に姿勢を正し一歩後ろへ下がるエリクと、逆にキラキラと目を輝かせて近づいていくアンディ。


(その男は、君が尊敬するに値する人じゃないよー?)


 口には出来ないが、思わず心の中で呟く。


「レオンハルトさん! こんにちは、お邪魔しています。

 ――その……良ければ稽古を付けて頂けませんか?」

「少しの時間なら構わないよ」


 にこやかに答える兄貴。

 それに対して、アンディはとても嬉しそう。


(……どう考えても、エリクとのよりきっつい稽古になると思うんだけれど……大丈夫?)


 そう思って見守っていると、エリクも兄貴を何か言いたそうに見つめてる。


(うん、止めてあげて。流石に兄貴の稽古はまだ早いと思うの)


「エリクも参加したいのかな?」

「……はい」


 いや、止めてあげて? なんで参戦するの?

 兄貴が強いなんて次元を超えた相手であるのは知ってるでしょうに……。


「それなら二人一緒に掛かっておいで」


 私の心配などそっちのけで、兄貴は微笑みながら言う。

 これは拙い。怪我人が出る……!


 私はいそいそと裏庭へと向かった。



* * *



 窓から飛び降りて、風魔法で着地すれば簡単なのだが、緊急時でもないのにそれをやる訳にはいかない。

 むやみに広い屋敷の中を、走らぬ程度に――しかし出来うる限りのスピードで裏庭へと向かう。


 時間にしてせいぜい五分も掛かっていないはずだ。


 だというのに、目の前でエリクとアンディの二人は力尽きて倒れていた。

 そのすぐ傍に立っている兄貴は、当然汗一つかいてる様子もなく、息も乱していない。


(本当に次元が違いすぎる……)


 ため息を付いてから、猫をよいせと背負って兄貴に微笑む。


「お兄様、いらっしゃいませ。――申し訳ありませんが、二人の介抱をさせてもらいますね」

「怪我なんてさせてないよ」


 そう言って二人に近づく私に、兄貴は不思議そうに言う。


 例え怪我がなくとも、倒れてる人をそのまま放置はどうかと。


 何より片方は王族だし、色々問題になってしまう。

 そうでなくても友人と家族並に大事にしてる人がぐったりしていたら、介抱したくなるのが人情だ。


 まずはアンディの肩と腰の辺りに手を入れて、そこへ風の魔法を起こし、隙間から浮かせて移動させていく。

 風の魔法は念動力とは違い、少しでも気を抜くとどこかへ吹っ飛んでしまうので、中々に制御が難しい。


 それでも集中してアンディを無事、壁際に座らせるような形で移動させる。次はエリクだ。

 同じ様に気を使いながら移動させ終わると、兄貴はとても上機嫌で微笑んでいた。


「制御が上手になったね」


(そんなんどうでも良いから手伝えよ)


 内心毒を吐きつつ、苦笑でごまかす。


「――そういえば、二人はどうでした?

 以前に比べて、とても強くなっているように見えるのですけれど……」

「そうだね。エリクは王都の大会で優勝を狙えるくらいには強いかな。

 殿下は同世代に敵がいない程度には強くなってると思うよ」

「……いつの間にそんなに強く……」


 予想以上の評価にぽつりと呟く。


 アンディについては、私もそれくらいだと思っていたが、エリクがそこまで強くなっているとは思いもしなかった。


 王都の大会と言えば、闘技場で行われる騎士や腕自慢の冒険者によるトーナメントだ。

 当然国としては、騎士が冒険者に負けるわけにもいかず、毎年騎士団の中でもトップクラスの実力を持つ人達がエントリーしている。

 その中でエリクが優勝を狙えるという事は――つまり兄貴のように強いが出ない人間は別としても、国内でトップクラスの実力を持つという事だ。


 私の護衛をしている間に、どうやってそこまで強くなったのか。


 そしてそこまでの戦力が侯爵令嬢とはいえ、個人を守るのに必要なのだろうかと疑問だ。

 そんなエリクに息も乱さず勝つ兄貴については、もう何も言うまい。


(ま……まぁ、強くなった主人公パーティに対して、私とエリク二人だけで戦って結構な長期戦を強いられるんだから、ゲームでも強かったのは確かだけれど……。

 それにしたって、原作が始まってもないのに原作の最終バトル並の強さになってない……?)


 感心半分、これもシナリオ(運命)の強制力なのかと怯えていると、ふとある事に気づいて兄貴を見る。


「――そういえばお兄様、どうしてこちらに?」


 またモンスター退治だろうかと少し不安になって尋ねると、兄貴は「王都で人と面会予定があるんだ」と答えた。

 どうやらこの家に招くので、準備をしに来たらしい。


 そういうところは、この人もちゃんと貴族なのだなぁとしみじみする。

 それと同時に、少し好奇心が疼く。この人が誰かを持て成すなんて初めてだ。


「ご友人ですか?」

「いや、私の婚約者だ」

「こ、婚約者!?」


 思わずオウム返しに呟いて、心臓が跳ねる。

 確かにこの人も今年で確か二十五歳。侯爵家というのも考慮すれば婚約者はもっと早くいたっておかしくない。

 むしろ、今までそういった話が出てない方がおかしかったとも言える。


 こう言っては何だが、性格以外は超優良物件だし。


「私も会ったことはないが、ほぼ決まりらしいよ」


 どこか他人事のように兄貴はそう言って、去っていった。



* * *



 兄貴が来てから数日後。

 先触れが届いて、私は兄貴と共に玄関へと向った。


 今日は、兄貴の婚約者が来る日なのだ。


 玄関の扉が開かれ、一人の女性が従者を連れて入ってくる。

 使用人達が頭を下げて出迎えの言葉を上げる中、ゆっくりと彼女は歩く。


 近づいてくる女性に、兄貴は同じ様にゆっくりと歩み寄り、優雅に挨拶を交わし始めた。


 兄貴の婚約者である彼女に、私は見覚えがある。


(……部屋の肖像画そっくり……)


 銀とも金とも言えない柔らかな色の長い髪。

 私とよく似たスカイブルーの目。


 そして――私の母親と似た面差し。


 血縁関係でもあったのだろうか。

 ふとそんな事を思っていると、女性と目があった。


 慌てて挨拶をして微笑むと、彼女は花が咲いたように微笑む。

 それは――ヒロインに良く似た笑顔で、彼女が明るく快活な人物であると察せられた。


(ついに出てきたのね……)


 彼女は私の人生において、避けては通れぬ重要な人物である。


(あれが……シルヴィア・フォン・クラース)


 魔王兄貴――レオンハルトの心に楔を打ち込む、原作キーキャラクター。



兄貴 だって 貴族 の 子。

親に言われたら、婚約くらいは致します。


* * *


お読み頂きありがとうございました。

三章開始となります。


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