23/抵抗
――魔力が足らない。
枯渇と言うほどじゃないが、今ので大分消費してしまった。
しかし、その必要があったのだから仕方ない。
敵に声をあげさせないよう一撃で仕留める必要があった。
私とアンディの為に、”人の死”を出来るだけ意識しない形にする事が必要だった。
きっと血が出てしまえば、私もアンディも鈍ってしまう。
それでは逃げられない。
何が起きたのか分からず、目を丸くしている彼へと近寄る。
そして彼の顔を両手でそっと包んだ。
彼の目に映るのは私だけ。
私の目に映るのは彼だけ。
これで余計なものはお互いに目に入らない。
ゆっくりと深呼吸をしてから、私は声を掛ける。
「――どうか落ち着いて。絶対に悲鳴を上げては駄目。騒いでは駄目。
……守ってくれますか?」
私が言うと、彼ははっとしたように頷く。
それにほっとして、私も少しだけ心を落ち着かせた。
まずは急場を凌いだ。
すぐには他の仲間も来ないだろう。
だが、それでも早くここから移動したほうが良い。
「……アンディ。これから私が貴方の騎士として、剣となり盾となります。
だからどうか私を信じてください。この先、きっと見たくないものをたくさん見る羽目になると思います。
ですが、相手は屑です。最低の者達です。酷いことをする以上、同じことが身に降りかかる覚悟を持っているでしょう」
彼がパニックに起こさないことが最重要。
ああいう奴らは自分に同じことが降りかかるなんて、欠片も思っちゃいないだろうけれど。
だからこそ屑とも言う。
「……分かった。でも、君は女性だ。僕が――」
言い掛けて黙り込むアンディ。
無責任に”守る”と言わなかっただけ、彼は自分をよく分かっている。
仕方ない。
戦う覚悟が決まってる十二歳が居る方がおかしいのだ。
実戦経験がある方が規格外なのだ。
「貴方の優しさは美徳です。
私を守ろうとしてくれるのは素直に好ましいと思います。
でも、今の貴方は弱い。……分かっているでしょう?」
「……っ!!」
痛いところを付かれて、彼は泣きそうに顔を歪める。
そんな顔をさせたいわけじゃなかった。
ただ、今だけは勝手な行動をしないよう、自分の弱さを自覚して欲しかっただけだ。
少しだけ迷ってから、私は改めて口を開く。
「――確かに今の貴方は弱い。
けれど――いつか、そう遠くない未来。
貴方は騎士隊の隊長となって、仲間と共に国や人を守れる人になる」
「僕が……?」
信じられないように呟く。
だが、ゲームではそうなのだ。
人を嫌ってるくせに、人を守る仕事をする。
そんな優しくて強い人間が、アンディ・フォン・マイナルドゥスという人だ。
「戦う力は今はないかもしれない。
その代わりに、今は私の手を離さないで。――ずっと握って、私の心を守って下さい」
そう言ってから、風の魔法で彼の拘束を解いて、左手を差し伸べた。
* * *
守りたい人がいれば人は強くなれる。
――そんなの迷信だ。少なくとも私にとっては。
だって、守るべき人がいても、魔力は回復しない。
身体の痛みだって、消えやしない。
――それでも腹はくくれる。
人に攻撃するという事を。
命を奪うという事を。
”心を守って”といったのはそういう意味だ。
ついでに彼がパニックになって、勝手な行動をしないようにという意味もある。
「……ミーナ、大丈夫?」
「平気ですよ」
そう言って平気なフリをして笑う。
肩を貸そうとするのも断った。
本当は蹴られた時の痛みが、まだ尾を引いている。
痛くて泣きそうだし、肋骨が折れているかもしれない。
(……動いたのは失敗だったかな)
だが、あの場に居続けるのは良くないと思ったのだ。
あの部屋は入り口以外に扉はなかった。
籠城するには食料がないし、お互いに怪我をしている。
時間が経てば経つほど、私が気絶する確率が上がるだけだろう。
だから、ひとまず魔法で扉を氷付けにしてから、壁を壊して逃げてきた。
痛みで脂汗が頬を伝う。
口の中には、さっきから血の味が広がっている。
(ゲームのキャラは凄いわ)
HPがちょっと減ろうがギリギリになろうが、スペックを変えずに戦い続けるとか正気の沙汰じゃない。
英雄が尊敬される気持ちがちょっと分かる。
すごい以上に、傷だらけになっても戦う根性を今は敬いたい気分だ。
すでにヘアピンに魔力を通して、エリクに助けは求めている。
王都から出ていない以上、それほど時間は掛からないと思いたい。
「――あそこにいるぞっ!!」
「捕まえろっ!!」
逃げるために建物の影から出たところを見つかったようだ。
舌打ちをしつつ、私は氷の矢を複数打ち出して――
(拙い。全然狙いが定まらない……っ!?)
痛みでうまく魔力と魔法のイメージが練れない。
(えぇぃっ! 数撃ちゃ当たれだっ!!)
本当は魔力節約のためにも、一発一発狙いをつけたかったが、諦めて牽制するに留める。
至近距離でもないと、今の状態ではまともに当てれそうにない。
一般人が攻撃魔法を受けることなど、殆ど無いだろう。
使い手は貴族ばかりなのだから当然だ。
そういった理由もあってか、幸いなことに今のが苦し紛れだと、気付かれないで済んだらしい。
「……僕が攻撃魔法を覚えてれば……っ」
アンディの声が聞こえる。
(私も同感だわ。回復魔法絶対に覚えよう……)
手を繋いで逃げながら、生き残れたら絶対回復魔法を習得してやると心に決めた。
* * *
適当な建物に潜り込んで、お互いに息を整える。
未だに私達は倉庫街らしき場所から抜け出せていない。
外も大分暗くなってしまった。
(……今なら、隠れていればやり過ごせる……?)
大人に比べればまだ我々の身体の小さい。やり過ごせる可能性は高いだろう。
(でも、隠れてるだけじゃ多分駄目だ)
あいつらだって馬鹿じゃない。
どの辺りに私達がいるかくらいは見当をつけてるはずだ。
そうなると、隠れていても見つかるのは時間の問題。
(……やっぱり、こうするっきゃないか)
ため息をついてから、私はアンディを見る。
「どうか、した……?」
肩で息をするアンディの姿は痛ましい。
きっと、四の妃様が見れば悲しむだろう。
ここで彼が捕まれば、あの羨むような親子の姿を見れなくなる。
この気持ちは、ヴィルヘルミーナの憧れか。――それとも私の想いか。
なんにせよ、もったいないなと思った。
だから彼と繋いだ手を、そっと離す。
「ミーナ……?」
「――アンディ。私はこれ以上動けそうにありません」
「なっ?!」
「お静かに」
彼の口にそっと人差し指を当てて黙らせる。
「見つかれば、今すぐに私達は捕まります。
……だから私が囮になって、奴らを引きつけます。
その間に貴方は私とは反対方向に逃げて下さい。暗くなってきたから、きっと逃げられます」
「そんなの……そんなのできないよ……っ! 君を囮にするなんて……っ!」
気持ちは分かる。
私だって、囮になりたいわけじゃない。
状況が状況だから、選択するだけで。
「貴方は王族。私は臣下。――優先されるべきは貴方の安全で、命。
それに貴方の身分は、何に利用されるかわかりません。絶対に生き延びなければ駄目なの。理解なさい」
そう言って、私は有無を言わさず自分の長い髪を魔法で切り落とす。
アンディがぎょっとしてこちらを凝視しているが、気にしてる余裕などない。
次にワンピースを脱ぎ捨てた。
「――!?」
「貴方も早く服を脱いで、服を交換するの!」
顔を赤くしているアンディを、急かすように命令して服を脱がせる。
服を差し出しながら、視線をそらす彼は小さく言う。
「……じょ、女性が異性の前で服を脱ぐのは良くないと思う……」
「非常事態だし、そもそも私達は婚約者でしょうに」
だからって、嫁入り前の娘が服を脱ぐのはどうかと思うけれど。
何にせよ下着まで脱いでの素っ裸ではないのだからセーフだ。お互い未成年だし。それにサラシを巻いてる分露出度は低い。
服を着替え、髪の色を変化させる魔法道具を入れ替え、準備を進めていく。
これで暗がりで見る分には、すぐに入れ替わったとは分からないだろう。
「うん。後は帽子を私に下さい。暗ければすぐにはばれないでしょうし。
……アンディはこれをつけてくださいね」
そういってヘアピンを彼の服に挟んだ。
(これでエリクが彼を見つけて保護してくれる)
エリクの気持ちを無碍にするようで悪いが、彼も身分社会にいる人間だ。
きっと分かってくれる。
「では、先程言った通り私が先に出ます。できるだけ引きつけて逃げるので、貴方は反対側に逃げてね」
「……でも、やっぱり……」
「――じゃあ、言い方を変えます。
私の為に逃げて、助けを呼んで?」
笑ってそう言ってから、私は建物を出た。
相変わらず、身体が痛い。
走り続けるのは多分無理だ。
だが、その必要はなかったらしい。
すぐに「王子がいたぞ!」という声が上がって、複数人の気配が私を追ってくる。
(良かった。入れ替わりには気づかれてないんだ)
ランタンの明かりがぼんやりと私を照らす。
まだ真っ暗闇には少し早い。
これならアンディも逃げられる。
(今だけは兄貴に感謝しよう)
戦う力をくれたこと。
戦う覚悟をくれたこと。
(――ゴブリンパニックの恨みは忘れないけれど)
それでも感謝する。
今この場で――戦う事ができるのだから。
立ち止まり対峙する。
そこで違和感を覚えた奴はいなかった。
――好都合。
魔法名を呟き、氷の矢を中にいくつも生み出す。
「――っ!?」
――逃してなんてあげない。
生み出した氷の矢を一斉射撃で奴らへ打ち込む。
狙えないなら、兎にも角にも数で押し切れば良い。
悲鳴がいくつも上がる。
致命傷には程遠くてもダメージは入っているようだ。
(どっちが早いかしらね)
相手が逃げるのと、私の魔力と体力が尽きるのと。
状況に対して否応なしに興奮する頭のどこかで、冷静にそんな事を考える。
「このクソガキっ!!」
敵の一人が手にしていた武器を投げた。
近寄れないから、八つ当たり気味に投げたのだろう。
下策も下策の愚かな行為。
武器を手放して、どうやって戦うつもりなんだ。
そもさん、こんだけ攻撃してるのに逃げないあいつ等は、馬鹿じゃなかろうか。
そんな事を考えながら飛んでくる武器を見つめる。
まるでスローモーションのようにゆっくり飛んでくる剣。
(避けなきゃ)
そう思ったけれど、身体は動いてくれない。
ただただ、ゆっくりと飛んでくるのが見えるだけ。
(……走馬灯?)
その瞬間―― 一気に時間が加速したように動き出す。
肩に激痛が走る。
同時に、身体が武器の勢いに押されて、後ろへと倒れ込む。
背中を打つ衝撃。
続いて頭を打ち付けて、魔法の集中が途切れた。
(起きなきゃ……立ち上がらなきゃ……)
身体を起こそうとするけれど、上手く力が入らない。
(拙い……)
男たちがざわめいてるのが聞こえる。
きっと、本当に私が戦闘不能になったか不安なのだろう。
(……せめて一人か二人は道連れにしてやる……)
近づいて来た時に、せめて一撃くらい入れてやる。
そう思っていたけれど、全然近づいてくる気配がない。
(この腰抜け共がっ。完全に気絶するまで待つつもりっ……!?)
ここまでかなと唇を噛み、涙をこぼすまいと倒れたまま空を見上げれば、建物の屋根に停まった鴉がこちらを見つめている。
――鴉は死肉を漁るという。
なら、私が死ぬのを待っている?
(――まだあんたに喰われるには早いのよっ……!!)
毒づきながら、少しでも抵抗しようと、もう一度身体を起こそうとして――小さい足音が聞こえてきた。
誰だろうと、霞む視界でそちらを見ると、抱きかかえられる。
ここでこんなことする人は、一人しか居ない。
「……なんで逃げなかったのアンディ」
ぽたぽたと涙を受けながら、ただ私を抱きしめる彼を見つめて言う。
「君を置いて逃げれないよ」
「馬鹿……意味ないじゃない……」
何の為にエリクの気持ちを無碍にしたのか。
何の為にこんな痛い思いをしてるというのか。
だくだくと血が流れる感覚。
抱きながら、どうにか止血しようと抑えてくれるけれど、血はどんどん力と共に抜けていく。
(あーぁ。顔にまで付いちゃってまぁ……)
泣きじゃくりながら、血のついてる私の身体に触れているせいで、彼は見るも無残な状態だ。
抱き起こされたお陰で、視界が広がる。
見えるのは、じりじりと近寄ってくる敵の姿。
「……もう無理かな……」
ぽつりとこぼれたアンディの声は力がない。
「駄目、諦めないで……」
――だから今からでも逃げて。
そう言いたかった。
でも声が出ない。
私はもどかしさに唇を噛み――そして、その時は訪れてしまった。
「――わかった」
不意に私を抱く腕が、その力強さを増す。
「僕は諦めない」
声に力が満ちる。
「僕が君を守ってみせるよ」
立ち上がるアンディの姿は物語の英雄の様で。
(――え?)
明らかに狂っていた。
アンディ は 立ち上がった!
ミーナ は 混乱している!
* * *
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