19/図書館デート?
アンディとの初めての対面から二か月程経った現在。
季節は初夏から真夏となり、私は王都暮らしを満喫していた。
クソ親父とはまず顔を会わさない空間。
そして兄貴も、実家に比べればあまり遭遇しない日々。
ついでにアンディという趣味友達が居るのである。帰りたいわけがない。
強いて問題を上げるなら、レナやエリク、ダイアンが実家に帰りにくいのが問題だろうか。
一応王都に来てから数週間くらいの頃、帰るという話も出たが私は残留を希望した。
ダイアン達には「無理に残らないでも良いよ」と一応言ったけれど、一緒に居てくれるらしい。
ついでに物凄く拗ねられた。
こちらとしては、自分の我が儘に付き合わせるのが悪いと思っての提案だったのに。
ちなみにクソ親父は私に毛ほどの興味はなく、ついでに婚約者との交流という名目があったため許可はあっさりと降りた。
なので今日も今日とて午後から登城予定だ。
急いで食事を終えて、身支度を整えていく。
面倒なことだが、婚約者に会うという理由付けをしている手前、ラフな格好で行くわけにもいかない。なんとも面倒である。
しかしそれも本読み放題という魅力の前では大した労力ではない。
「ミーナ様今日もご機嫌ですね」
「え、そう?」
着替え終わり「さぁ、行けるぞ」という時にレナが言った。
どこかうっとりとした表情である。
「えぇ、分かります。殿下はとても素敵な方ですもの。
私にもお優しいですし、ミーナ様と並べば絵になるお姿。
本当に良縁でしたね。ミーナ様に春が来て大変喜ばしいです」
どうやら彼女は他人の恋路を楽しんでいるらしい。
端から見れば確かにそんな感じだろうか。
何となくエリクを見る。
彼も同じように、どこか微笑ましいモノを見るような穏やかな笑顔だ。
(言えやしないな……婚約者に会えることより、本が目的だなんて……)
レナは王宮には付いてこないし、エリクも書庫に入る時は外で待機している。
王宮での実情を見たら多分お説教が待ってると思うので言う気はないが。
* * *
四の妃様に挨拶を終えると、速攻で書庫へと向かう。
そして始まる読書タイム。
合間に多少はアンディと話すが、ほぼ本を読んでいるだけである。
こちらとしては助かるけれど良いのだろうか。
読書を邪魔されるのは困るが、お茶の時間以外ほとんど私は彼と話さない。
本を読んでる姿を見てても楽しくないだろうに。
というか、明らかにこの行動はアンディではなく、本が目的で来ていると分かってるはずだ。
それを邪魔しない彼の度量を感謝して誉めるべきか、「それで良いの?」と問うべきか。
(まぁ、うん。ここはアンディの優しさに甘えておこう。……ごめんね)
心の中で謝りつつ、昨日の続きを本棚から取り出して読む。
今読んでいるのは、国が記録している過去の固有魔法保有者についての本だ。
この中になら『魅了』と同じ様な効果を持つ人が載っているかもしれない。
そう考えて読み進めていくと、興味深い人物が掲載されていた。
決して見目はよろしくないものの、何人もの女性と浮き名を流しまくった男性が居たという。
彼の固有魔法は、体臭を媒介とした印象操作。
印象操作とは、要するに見た目は変わらないのに、他人から見るとその人にとっての理想像のように錯覚させるものらしい。
(うん。男が手にしちゃいけない能力だわ。
……いや、女が手にしたら今度は財布が狙われるだけだから、やっぱどっちも持っちゃダメか)
いやまぁ、理想像に見えるだけで付き合ってみれば違うと分かる人なら、誑かされないかもしれないが。
体臭を媒介と言うと少々アレだが、要するにフェロモンということだろう。
(私の『魅了』も同じ効果を持ってるのかも……?)
そう考えると、かつてエリクを『魅了』しかけてしまった理由も説明できる。
最初は特に効果がなかったのは汗をかいていなかったから。
最後に効果が出てしまったのは汗をかいていたから。
あの時以降の訓練は、レナが警戒してエリクをあまり近寄らせてなかったからため、効果が出なかったのかもしれない。
(と言うことは、常に風下にいたり、風の魔法で気流を操作しておけば被害は減らせるし、うっかり『魅了』する事もない?)
封印とまではいかないが、これで一歩前進だ。
最悪それが理由での『魅了』ならば、水の魔法で丸洗いすれば好感度ダウンと共に『魅了』状態を解除出来るかもしれないし。
(根本的解決にはならないけれど、これは素晴らしい発見だわ……!)
私はにやつく頬を制することなく、本を読み続ける。
もしかしたら他にも何か参考になる情報が出てくるかもしれない。
* * *
「何か良い発見でもあったの?」
ふいにアンディの声が聞こえた。
そちらを見ると、どうやら私が上機嫌だったため気になったようだ。
まぁ、本を読んでていきなりにやにやしてたら普通気になる。
とはいえ『魅了』の事は話せない。
固有魔法を所持していると言うのをバラすのも拙い。どんな効果か、確実に聞かれるだろう。
――話題を逸らさねば。
「それよりアンディ様。今お読みになっている本はどんな内容なのですか?」
手にしている本を見て、そちらに話題を振ってみる。
すると、よくぞ聞いてくれましたと言いたそうに彼は話し始めた。
「これは過去に存在した、日常生活を便利にするための魔法道具についての本なんだ。
王宮にもそういった道具はあるのだけれど、魔法の素質がないとうまく使えなくて……。
だから将来的に僕は素養がないもの達――多くの国民が扱えるようにしたいんだ」
夢を語るアンディの姿は眩しい。
それでいて、王族として自分が成せる何かを模索している。
(いや、本当私にはもったいなさ過ぎる)
彼の将来のお嫁さんには、そういった魔法道具作成技術を持っている、もしくはそれに対して知識や寛容さを持ってる女性が望ましいだろう。
問題は彼が結婚可能な身分の中に、そういった女性がいるだろうか……。
(でもまぁ、彼は第六王子だし、このまま王様にならなければ多少低めの女性でも問題ないんじゃない……?)
最低でも魔法道具を作れる時点で、魔法を使えるのだから貴族だろうし。
今度エリク辺りに、その辺りの事を聞いてみるのも良いかもしれない。
問題は王子の嫁探しとバレたら、大問題に発展することだろう。
「ミーナは、どんな魔法道具があると良いと思う?」
「私ですか? そうですねぇ……」
やはり、冷蔵庫は必須。
洗濯機や掃除機なんかも欲しいところだ。
それから冷暖房も必須だろう。魔法でなら燃料代がかからない事だし。
電波的なものをどうにか出来るならば、娯楽としてのテレビや、長距離での会話が可能な電話なども欲しい。
問題は通信手段に関しては、そのまま軍事に転用されかねないことだろう。
なのでテレビ以外の家電を優先に、話のネタとして提供してみる。
「なるほど……常に冷気を貯め込む箱を作って、その中に食材を入れることで長持ちさせる……。
素晴らしい発想だと思う。
確かに氷漬けだと取り出すのに溶かすのが大変だし、そういった魔法道具があれば遠方からの仕入れや輸送も大分楽になるよね。
痛みを心配しないだけでもかなり商人や農民に喜ばれると思うよ」
「えぇ、私もそう思います。それに今みたいに暑い季節だと、冷たい食べ物や飲み物が欲しくなりますもの」
「あぁ……君が作ったっていう部屋を冷やす魔法と、小さい氷を作る魔法は、この季節手放せないね。
母上もあの魔法で作った飲み物や、涼しい部屋で過ごせるせいか、今年は体調が良さそうなんだ」
そう言って微笑むアンディ。
お母さんがとても好きなのだろう。
とても微笑ましい。
その後も家電のアイディアを、どうにか魔法に出来ないか話したりして時間は過ぎていく。
「――作るにしても一番大事なのは、国民の生活に何が必要かという点ですね。需要がないと意味ないですから。
だから、まずはそこを見極めるところから始めたほうが良いかもしれません」
「なるほど……確かにどうせ作るなら、一番需要がある物からが良いよね。
……実際に見て参考にしてみたいな」
「そうですねぇ」
ゲームは当たり前だが、そこまで生活に密着したシーンはない。
せいぜい作中で購入可能なアイテムを見て「これはある」「これはないかも?」と考えるだけだ。
ちなみに化粧水などの美容品、後はそれなりに甘味が広がってるというのは知っている。なお、美容品は魅力のステータス上げに使用するアイテムである。
普通のファンタジーだとこの辺はあまりない気がするが……ゲームの世界だし、助かってるから気にしない。
「お忍びで行くにも、私達には身分もありますので厳しいでしょうね」
「うーん……なんとかならないかな?」
と言われても難しい。
(でも国民の生活かぁ……)
ゲーム世界でイラストとして見た町並み。
現代日本とは違う、素朴でファンタジーな風景。
一度見てみたいものだ。
よく考えると、そもそも実家でも王都でも、兄貴の誘拐以外で外に出たことがない。
(……私も行ってみたくなってきたな)
観光をしてみたいと希望したら通るだろうか?
(……無理だろうなぁ……)
ほぼ不可能だろうけど、諦めきれないし、もう少し考えてみようかな。
本に乗ってた固有能力者の最期は、多分痴情のもつれ。
* * *
お読み頂きありがとうございます。