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18/婚約者



「はじめまして。ヴィルヘルミーナ。

 僕が君の婚約者になるアンディ・フォン・マイナルドゥスです」

「ご丁寧にありがとうございます。殿下」


 スカートの裾をつまんで微笑みながら返す。


(このシーン、俯瞰もしくはイラストで見たかった……っ!)


 アンディ王子は一番の推しというわけではないが、割とお気に入りキャラである。

 幼少期の彼のイラストはさぞや愛らしかったろうに……いや、現物もとっても可愛いんですが。


「アンディ、わたくし達は保護者同士でお話することがあるので、ヴィルヘルミーナさんと別室でお話してらっしゃいな」

「はい、お母様」

「ではお兄様、行ってまいります」

「あぁ、楽しんでおいで」


 そう言って兄貴はいつも通りの穏やかな仮面をつけ言う。

 私は王子に連れられて、部屋の外に出る。どうでもいいがエリクがカルガモの子供よろしくついてくるのがちょっと面白い。


「ヴィルヘルミーナは、王宮は初めてかい?」

「はい。今日が初めてになります」

「なるほど。では、まずは王宮の案内でもしようか」


 そう言ってそっと手を差し出す。

 これはいわゆるエスコートというものだろう。


(こんな小さい頃から自然に……そして私は私で十二歳にしてエスコート経験を持つとは……)


 一応エリクも馬車から降りる時等にはエスコートしてくれるが、普段歩いたりする時は当然ながらやらない。

 それでは護衛にならないからだ。そして必要もなかった。


 少しだけ緊張しつつ、そっと手を出すと彼は手を受け取りゆっくりと歩き出す。


「この辺りは――」


 まずは近辺からということで、案内が始まった。

 といっても、この周辺は応接室が多くて特に面白い事はない。


 それから進んでいくと、とてもきれいな庭園へと出た。

 色とりどりの季節の花が咲き乱れ、今は特に紫陽花が多いようだ。


(ファンタジーなのに、紫陽花か……ま、ゲームだものね)


 苦笑しながら花に近づいて鑑賞する。

 王宮だけあって、見栄えに拘っているのだろう。


「その花が気にいったの?」

「えぇ、殿下。華やかさはないのですけれど、この珠のような咲き方がなんとも愛らしいではないですか」

「そっか。――今度贈ろうか?」

「いえ、この花はここで咲いたほうが美しいでしょうから」


 花に詳しいわけじゃないが、やはりそれぞれに合う趣というものがある。

 個人的に紫陽花はこうやって、地面に直接植えられている方がキレイだと思う。


「……ところで、ヴィルヘルミーナ」

「はい?」

「その……殿下、と呼ぶのは止めてもらえると嬉しいなと……。一応婚約者だし……」


 言われて少し戸惑う。

 なんでこんなにこの人は友好的なのだろう。

 もちろん毛嫌いされるよりは良いが、初めての対面でそこまで気にすることだろうか。


(でもこの王子は継承権低いし、比較的気さくというか……緊張感のあまりない空間で生きてたのかも)


 それならこれから仲良くなるべき人物に、名前呼びを要求するのも分からないでもない。

 ただ、逆にこんなに素直な子が今後母親を殺されて、人嫌いのツンデレ王子になるのかと考えると少々思うところがある。


(あのツンデレ王子は王子で、かっこいいし、きゅんと来るけれど、まだ事件起きてないなら不幸になるのをみすみす放置っていうのは……)


 流石に良心が痛む。

 問題は詳しい情報がないため、具体的に何をすればいいか分からないという事だが。


「ヴィルヘルミーナ? 大丈夫? なんだか難しい顔をしてるけれど……。そんなに呼び方を変えるのは難しい?

 もしかして侯爵やレオンハルトさんに何か言われてるとか?」

「いえ、そんな事はありません。

 ……では、アンディ様。私のこともミーナとお呼びくださいな」


 考え込んでいたのをごまかしながら、にこりと微笑んで言う。

 するとアンディも嬉しそうに微笑んだ。


(さて……とりあえず四の妃様の事はさておいて、これだけフレンドリーならお願い聞いてもらえるかな)


 本当はさておくべきではないが、現時点で何ら手が打てない以上、とりあえず自身の目的を優先することにする。


「あの……アンディ様。その、王宮には立派な書庫があると聞いていたので、見てみたいのですけれど……」

「うん、いいよ。じゃあこっちだ」


 あっさりと二つ返事で了承されてしまった。


 良いのだろうか。

 将来的には血族になるかもしれないが、まだ婚約者を書庫になんて案内して。


 そんな事を考えていると、立派な扉のついた部屋の前に辿り着く。

 アンディの護衛が扉を開くと――そこには素晴らしい光景が広がっていた。


 我が家の書庫も、個人が持つ本の量としてはかなり多い方だろう。

 それはステータスも影響しているし、当主の教育に必要な物も多いからだ。


 しかし――当然の事だが、我が家の書庫は王宮と比べるに値しなかった。


 まずかなり広い。

 その上で壁いっぱいが本、本、本と本棚で埋め尽くされている。

 高い所の本を取る為の梯子が掛けられており、まさに大図書館といった風情だ。


(うわぁぁぁ……良いわ。この空間良いわ……っ!!)


 思わず興奮して、書庫を見回す。

 前世でもそうだったのだが、大量の本がある空間というのはある種のロマンだ。


 しかもそれがファンタジー世界であったなら、感動もひとしおである。


「気に入ってもらえたかな?」

「はいっ! それはもうっ!!」


 うわぁ……こういう空間本当好きっ!!

 今ちょっとだけこの世界に転生だか憑依だかしてしまったことを感謝したい。


「何か読みたい本はある?」

「でしたら、魔法書が読みたいのですけれど……」

「ならこっちだね」


 案内されるがいなや、指でタイトルをなぞりながらどんな物があるかを調べ始める。

 ここになら、私の目標とする『魅了』の封印方法があるかもしれない。


 素晴らしい書庫に感動はするけれど、そこはそれ。

 やはり現実を見据えないと、未来が破滅にしか進まないからね。

 ……本当は物語系の本や神話とか読んでみたいけれど。


「魔法が趣味と聞いてたけれど、本当だったんだね」

「えぇ、まぁ……」


 思わず視線をそらす。

 魔法を使うのはヲタクの夢で、アレンジが楽しいからよくやってるだけとも言う。

 娯楽が少ないんだもの。この世界。


「実は聞いてるかもしれないけれど、僕も魔法が趣味なんだ。

 ――これとかお勧めだよ」


 そう言って渡された一冊の本。

 それは魔法のアレンジによって生活を豊かにすることをテーマとした本だった。


「お兄様から聞いております。きっと趣味が合うだろうと」


 目的とは違う内容だが、まずは好印象を維持してここへの継続的な出入りをしなければならない。

 それにこの本も面白そうだ。


(……なんだかんだと私も彼のこと図書カード扱いしてるなぁ……)


 少々の罪悪感を抱きながら、進められた本を受け取る。


 その後は実に楽しいひと時を過ごした。


 魔法談義に華を咲かすという、婚約者同士にしては色気のない話ではあるが、そんな事は当人達に関係ない。

 彼は魔法を使った生活環境の改善に興味があり、逆に攻撃魔法――軍事系は今一惹かれないと言う。


 その理由は、身体が弱い母親のため。


(なんて健気ないい子なんだろう……!)


 ゲームでは語られなかった一面を見た気分だ。

 ファンとしては素晴らしいご褒美である。


 せっかくだから、私も自作で作った冷房魔法や、グラスに入れる小さい氷をたくさん生み出す魔法を話してみた。

 すると彼は大変感動して「同好の士がここに居た!!」と喜んだ。



* * *



「――殿下、そろそろお時間です」


 そう言ってアンディの使用人が声を掛けてきた。


 楽しい時間はあっという間に過ぎる。


 兄貴はそもそも魔法談義なんて出来るほど、気安く近寄りたくない。

 レナはあまり魔法が得意ではないので、魔法談義が出来るほどの知識がない。

 エリクは基本護衛の仕事中なので、あまり長話はできないし、ほぼ戦闘用の魔法にしか興味がない。


 よって自分の作った家電製品模倣のオリジナル魔法――いわゆる生活魔法を話し合えるのは本当に楽しかった。

 これだけで、今日来た甲斐がある。


 ほくほく気分で最初の部屋に戻ると、すでに話し合いは終わっていた。

 お昼過ぎにお話を始めていたのに、すでに夕方だ。

 効率の化身である兄貴がいる以上、もっと早く終わっていたかもしれない。


 少々長く居座り過ぎただろうか。

 反省しつつ兄貴と共に挨拶を交わして、部屋を出ようとした時だった。


「ヴィルヘルミーナさん。少しお話してもいいかしら?」


 四の妃様に声をかけられた。

 兄貴を軽く見ると、軽く頷いてから退出していく。


 多分話すならどうぞということだろう。


 私は四の妃様に頷いて、部屋に留まりながら言葉を待った。


「侯爵家と縁続きになれて、光栄に思います。

 魔法好きの変わり者の息子だけれど、仲良くしてくれたら嬉しいわ。……将来の娘になってくれるなら、大歓迎よ」


 すみません。魔法好きの変わり者は、こちらもなんで多分お互い様です。

 それと出来れば彼のためにも、結婚はしない方向が理想的です。――とか言えないけれど。


 結婚すると、どうあがいても『魅了』する未来が待ってるからね……。

 こんな素直ないい子を不幸になど出来るわけがない。


 ――と、そこでふと疑問が過った。


 私にとって都合が良すぎる。


 自分と同じく魔法が好きな第六王子。

 彼と仲良くなれば、高確率で王宮の書庫で自由に本が読める。


 この環境は兄貴が語った事だ。

 逆に言えば、条件が合うから縁談を用意したのだろうが、それにしたって彼らが好意的過ぎる。

 きっと何がかあったのだろう。


「……あの、今回の婚約の経緯をお聞きしても……?」


 そう問いかければ、四の妃様は笑顔で頷いて答えてくれた。


 数ヶ月前、王家のごたごたに巻き込まれ、暗殺されそうになったところを兄貴に助けられたからだと。

 それ以外にも様々な援助をしてもらっているとか。


(それって、アンディ王子が人間不信になる事件の事……よね?)


 なぜこんな事になっているのだろうか。

 兄貴が動いたのは分かるが、本来ならば彼はこんな事をしない。

 だからこそ、アンディ王子が人間不信になったのだから。


(……これって、私が兄貴に本来の誕生日のお願いを変えてしまったせい……?)


 それはなんとも言えない感覚だった。

 原作通りに進めば、もちろん私は不幸になる。

 だから、どこかで原作とは決別をしなければならないだろう。


 だが、自分の意図していない場面で、場所で。

 自分が気づかないうちに、変わっていた。


(なんか……怖い)


 私の感じる恐怖など、気づかないままに四の妃様は続ける。


「レオンハルトさんが持ってきた縁談を断る理由なんてないわ。

 しかもこんなに愛らしい娘が出来るかもなんて……私にはアンディしかいないから……。やっぱり女の子は良いわよね」


 後半は少し、呟くような小さな声で。

 そして最後に四の妃様は笑顔で言った。


「――あ、でも婚約が嫌になったら何時でも言ってね。

 妹が嫌がったら破棄して欲しいという約束だから」


 アフターケアまでばっちりかよ、兄貴。




紫陽花(青)の花言葉は「冷淡、無情、高慢、辛抱強い愛情、あなたは美しいが冷淡だ」(諸説あります)

元祖ヴィルヘルミーナ(悪女モード)には、大変ピッタリなお花。


個人的には、花言葉はさておいて、紫陽花可愛いと思います。


* * *


お読み頂きありがとうございました。


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