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02/ヴィルヘルミーナ・フォン・アイゼンシュタイン



(落ち着いて考えよう)


 私は一人天蓋付きのベッドに座りながら、冷静に考えることにした。

 ちなみにすでに先程の侍女さんには、少し体調が悪いから一人にして欲しいと言って出ていってもらっている。


 ベッドから部屋を見回すと、いかにも西洋風の豪華な部屋。


(こんなのテレビで見た、高級ホテルとか、どこかの国のお城の中みたい)


 当たり前だが、こんな部屋に見覚えはない。

 見覚えはないのに、違和感があるのに――なぜか馴染むという奇妙な感覚。

 どこに何があるかをちゃんと把握出来てると言うか……。


(……)


 ベッドから降りて、大きな姿見の前へ向かう。


 鏡に映ったのは美少女の姿。


 長く艷やかな銀髪は後ろでくるくると縦ロール風。

 少し釣り眼気味だが、まんまるな目はスカイブルーのように青い色。

 短い手足はどう見ても子供で、身にまとった服は西洋風の手のこんだ仕立てのドレス。


「……誰よ、これ」


 思わず呟くと、聞こえてくるのは、聞き慣れない幼い少女の声。

 そして鏡の中の驚いた表情の美少女を見て、自分の表情変化と連動しているのに気づき、改めてそれが自分の姿だと認識する。


 しかし――だ。


 私はこんな子供じゃなかったはずだ。

 名前も、顔も思い出せないが、自分は社会人として仕事が出来る程度の年齢だった――と思う。


 だというのに、こんな美少女である。

 ……多分、私は本来こんな可愛い子供でもなかった。


(それにしても……この見た目って……)


 脳裏に浮かぶ、トラック突撃直前までやっていたゲーム。

 その設定資料集の中には、当然ながらキャラクターデザインも載っていた。


 そのゲームの悪役令嬢――ヴィルヘルミーナは、銀髪にスカイブルーの目といった容姿をしていたはず。


 どくんと心臓が跳ねる。


(ちょっと待って)


 額を抑え、よろよろとした足取りでベッドに向かう。

 ふかふかとした感触に身を任せ、倒れ込みながら必死に思い出す。


 ほんのちょっと前まで、私はゲームをやっていた。

 夜遅くに外に出てもさほど危険のない、平和な日本で生きていた――はずだ。


 『騎士物語~愛の絆~』の内容だってちゃんと覚えてる。


 主人公は英雄である祖母に憧れて、王都に上京して騎士団に入団。

 そして、一癖も二癖もあるクセの強いチームキャラクター達と共に、事件を解決しながら絆を深めつつ、ストーリーを進めていき、最後に起きるクーデターを阻止するのだ。


(なのに――なんで?)


 どうして自分の姿も、名前も思い出せない?

 さっきは今の姿を見て、動揺してたせいだと思った。


 目を閉じて深呼吸しながら必死に頭を巡らせる。


 それでも、先程思い出せた以上の内容は思い出せない。


 逆にこの体の記憶――ヴィルヘルミーナ・フォン・アイゼンシュタインとしての記憶は思い出せた。


 母親はヴィルヘルミーナを産んだ後、すぐに死んでしまったこと。

 父親はヴィルヘルミーナに興味を示さず、ネグレクト状態であること。

 天才であるがゆえの、無感動人間な兄貴がいること。


 そして――先程ベッドに寝ていたのは、階段から落ちたせいであること。

 その為怪我はないものの、大事を取ってベッドに寝かされていたのだ。


 他にも家族構成や趣味、好きなこと、先程の侍女さんの事。


 それはどうにも気持ち悪い感覚だった。



* * *



「日本に帰れるかな……」


 幼い声が感情のない言葉を紡ぐ。


 ごろんと横になり、ぼんやりと正面を見ながら考える。


 当たり前だが、帰れる方法なんて何も思いつかない。

 そして戻れたとしても、直前の記憶を思い出す限り死んでいる可能性が高いだろう。


(目が覚めた時に、運が良いとか思ったの誰よ……)


 当然言ったのは自分だけれど、そんな事は棚に上げておく。


 古典的だが、頬をつねったりしてみても痛みを感じる辺り、夢ではないらしい。

 もしも仮にこの世界が『騎士物語~愛の絆~』であるならば……。


(どうするべきなんだろう……?)


 とりあえず彼女としての記憶はある。

 だから、ヴィルヘルミーナとして生きていくのはさほど問題はないだろう。

 そもそも父親は娘を完全放置だし、兄はそれなりに顔を合わせるものの、長時間一緒に居ることは少ない。


(――前向きに考えよう。

 冷静に考えて、この世界の一般人に転生するよりはまだマシってものよ。

 衣食住は高水準、自分の生活の面倒を見てくれる侍女さんまでいるんだもの)


 そう考えれば、やはり自分は運が良いのではないだろうか。

 ならば、当座はこの生活に慣れる事を目標にして、日本に戻れる方法をおいおい探す。


 行動方針というほどではないが、混乱し、怯えて縮こまっているよりは余程良いはずだ。


 気持ちをなんとか持ち直すと、控えめなノックが数度聞こえた。


 慌ててベッドから立ち上がり返事をする。

 恐らく先程の侍女だろうか。もしかしたら医者でも呼んで来たのかもしれない。


 内心首を傾げていると、予想通り侍女の声が用件を言ってくる。


「ヴィルヘルミーナ様。

 レオンハルト様がお見舞いにいらっしゃいました。お通ししても宜しいですか?」


(レオンハルト……そっか。

 ヴィルヘルミーナの兄だから一緒に暮らしてるんだ)


 一緒に暮らしてる妹が倒れたら、見舞いに来るのはごく自然なことだろう。

 そう判断して「どうぞ」と返事をする。


 断りを入れてから静かに開かれる扉。


 そこに立っているのは先程の侍女と美青年の姿。


 端正な顔立ちに、自分と同じ艷やかな銀髪と良く似た色だがアイスブルーの切れ長の目。

 仕立ての良さそうな貴族らしい服装をした人物こそ、私――ヴィルヘルミーナの兄、レオンハルト・フォン・アイゼンシュタイン。


(と言ってもゲームと違って、イラストじゃないからなー。

 整ってるのは分かっても、あんまりイケメンって感じじゃないや)


 元々三次元の美形を美形と認識出来なかったのは生前からだ。

 そんなどうでも良い事でも、”生前の自分”の要素であることを思い出せて少し嬉しい。


「やぁ、ヴィルヘルミーナ。具合はどうだい?」


 優しげな声音で声を掛けながら近づいてくるレオンハルト。

 社交辞令だと思いつつも、同じ様に微笑もうとして、背筋が凍るような気持ちになった。


 声は優しい。近づいて、熱を測るようにする手付きも優しい。

 はたから見れば、大事な妹を心配する優しい兄の図だろう。


 だが、彼の目を見てしまえばそんな幻想は吹き飛ぶ。


 彼の目は全然温かみを感じない。

 普通、大事な物を愛でる時は、自然と目に温かいものが宿るものだ。


 それは顔つきだったり、雰囲気だったりと違うだろうが――彼は一切それを感じさせない。


 声音も表情も、表面上の物にしか思えなくて――無機質に思えた。


(そうだ……よく思い出してみなさいよ、私)


 設定資料にあったレオンハルトは、ゲームのラスボスだった。

 そして、ヴィルヘルミーナはその兄に対して“ある事情”から、とても強い執着と狂った愛情を抱いている。


 それ故に彼女は手段を選ばず尽くす事になったのだ。

 兄が世界の全てとなり、兄を奪うもの、兄の願いを妨げる者を全て排除する、魔性の魔女がヴィルヘルミーナの未来。


 そう、彼女には世界に騒乱の種を撒ける――それだけの力がある。

 愛に飢えて発現させた、他者を支配し廃人化させる魅了の力が。


 だが、そんな異様であれど献身的な愛は、レオンハルトには届かない。


(ゲームではあのボス戦の後、ヴィルヘルミーナは生きてて、レオンハルトに助けを求めるけど……)


 彼は、あれだけ尽くした妹を「無能」と罵り殺してしまうのだ。

 そして隠し攻略ルートでは、レオンハルトを奪った主人公に対し、苛烈な嫉妬を抱いて――結局兄と主人公に殺される。


(どっちに向かっても死亡ルートじゃない……っ!!)


 嫌な汗が背中を流れる。

 寒気のような悪寒が身体を蝕む。

 心臓が煩いくらいに脈打つ。


「ヴィルヘルミーナ? ……どうした?」

「ヴィルヘルミーナ様?」


 私の様子がおかしいことに二人も気づいたのだろう。

 心配そうに声をかけて、私に近づいてくる。


 ――大丈夫です。


 そう言おうとしたけれど、息苦しくて上手く言葉にならない。

 汗が顎を伝う。


 視界が明滅して、目眩で足元がおぼつかなくなってきた。


 だが、視界にはレオンハルトがいる。


(――怖い)


 それは兄に対してか、それとも来るだろう未来に対してか。

 自分でもよく分からない。


「ヴィルヘルミーナ様? ヴィルヘルミーナ様っ!?」


 慌てて、侍女が私を支えようとしてくれるが、もう遅い。

 私は恐怖から逃れるように、意識を手放すことにした。


 ――出来ることなら目覚めた時は、普通の病院のベッドの上でありますように。


 そんな無駄なことを願いながら、私の意識は暗転した。



ミーナ は 混乱 している!

混乱しない わけが ない!


* * *


お読み頂きありがとうございました。


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