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17/王都



 ガタンゴトンと馬車が揺れる。

 気分はほとんど出荷される仔牛だ。


(帰りたい……)


 代わり映えのない景色を見ながら切に願う。


 そもそも、馬車の旅は辛い。

 舗装されていない道は当然揺れる。

 さらに、サスペンションもなく、タイヤも木造りの車輪ともくれば、お尻が大変痛い。


 一応それを考慮してクッションを敷いてはあるものの、焼け石に水というのが現状なわけで。


 何より例の兄貴による拉致事件で外に対し、見知らぬ土地に行く好奇心よりも、恐怖心が勝っていた。

 出来ることならば、屋敷に引きこもっていたい。


 そんな私を外に出してくれたのはレナとエリクの二人。


 彼らは拒否反応を示す私のために、プレゼントを用意してくれたのだ。


 それは青い石の付いたそっけないヘアピンと、アメシストをあしらったブレスレット。

 ヘアピンの方は魔法道具で、魔力を通すことで対となる魔法道具にヘアピンの位置を教えてくれる。


 それを渡しながらエリクは、とても真摯に、そして強い決意を目に宿して言った。


「貴女がもしまた連れ去られたとしても、これがあれば――貴女が助けを求めてくれれば、必ず助けに行きます」


 こんな事を言われてしまったら、外に出るのが嫌とは言えない。

 見た目がそっけないヘアピンなのも、常に身につけられて、万が一の時に金目の物として奪われない為だという。


 エリクが一生懸命に考えてくれた、私のための品。

 兄貴が用意する誕生日プレゼントより、余程心に響くというものだ。


 ヴィルヘルミーナが彼に恋をしたのも頷ける。


(まぁ、私がそうなると迷惑になるし、逆に彼が私に恋したとしても『魅了』のせいだろうけど)


 私に出来るのは勘違いなどせず、彼との距離を適正に保つ事くらいだ。

 ちなみにもう一つのブレスレットの方は、普通の装飾品。


 これは実利一点張りのプレゼントを渡そうとするエリクに、レナが助言して選んだらしい。

 私としては実利だけでも良いと思うのだが、確かに彼の今後を考えるとこういうケアが出来るようになったほうが良いだろう。


(しかし私の専属護衛なんてしてて、お嫁さんもらえるのかしら……)


 彼の将来が少々不安である。

 一応貴族なのだし、お見合いとかで決まるのかもしれないが。


「――気に入っていただけてるようで何よりです」


 えへへ、と嬉しそうに笑うレナ。

 どうやらプレゼントしてもらった時の事を思い出しながら、ブレスレットを弄っているのを見られていたらしい。


「えぇ。私の為に、私の事を考えて、二人が用意してくれたんだもの。

 すごく嬉しいし気に入ってるの」


 ただ、ブレスレットもなのだが、魔法道具であるヘアピンの値段が心配だ。

 前者は侯爵令嬢が身につけて見劣りのしない品であり、後者は作成に特殊な技術を要求される道具である。


 どう考えてもお高いだろう。


 しかし、がんとして二人は値段を明かしてくれない。

 せめて半額だけでも払いたいのだけれど……。


 ため息をつくと、レナが少し心配そうにこちらを見ていた。


「大丈夫ですか?」

「えぇ。……馬車はあんまり得意じゃないから」


 贈られたプレゼントの値段を考えてため息を吐いたとは言えず、適当にごまかす。

 それに嘘というわけでもない。一応吐くほどではないものの、慢性的な気持ち悪さがあるのだ。

 なぜレナが大丈夫なのかが不思議である。同じような生活をしているはずなのに。


「――王都が見えましたよ」


 外で馬に乗っているエリクから朗報が聞こえた。

 見えたということは、後少しでこの馬車の旅ともおさらばである。


 大変喜ばしい。


 問題は王都に着いてしまうと、今度は王子に会わなければならない事だが。


「……婚約がお嫌なのですか?

 普通に良縁だと思うのですけれど……」


 浮かない顔でもしてたのだろう。不思議そうにレナが言う。


 確かに王族との婚約は、良縁といえば良縁だ。

 王妃にならないといけない場合は、その先に王妃教育とかあるので本人は辛いだけだと思うが。


 私はなんと答えればいいか分からず、馬車の窓を開けて少しだけ身を乗り出して王都を見る。

 まだまだ遠い。


「お嬢様危険です。あまり身を乗り出さない方が良いですよ」

「……えぇ、わかってるわ」


 もういっそ歩いてどこか行きたい。


「ねぇ、エリク。――逃げたいって言ったら連れて逃げてくれる?」

「――っ」


 なんとなく呟いた言葉に、エリクが一瞬固まる。


「――お嬢様が、それを望むのでしたら」


 そして、すぐに感情の見えない顔で私に答えた。


(そんな真面目に受け取らなくていいのに……。

 ただ単に逃げたい一心で、出ちゃった言葉だし)


 職務に真面目な彼は好ましいが、流石に今の発言を真に受けられるのは困る。


「ただの冗談よ。気にしないで」


 そう言っていそいそと窓を閉めて座り直す。

 相わからず馬車の乗り心地は最悪。


(あぁ……どうせなら「東の国」にでも行きたいな……)


 他のシリーズでたまに出てくる「東の国」はいわゆる日本をイメージした国だ。

 そこでなら、醤油や味噌といった調味料が手に入る。


(そろそろお味噌汁とか醤油の料理が食べたい……日本食が恋しいなぁ……)


 そんな事を考えながら、私はため息を付いて大人しく馬車に揺られていた。



* * *



 侯爵家は領地を持つ貴族だ。

 だが公の仕事や個人の用事で使用するため、王都に別邸が存在していた。


 なんとも贅沢な話だが、長期滞在がそれなりに多く、電車のない世界である。

 用意してしまった方が楽なのだろう。


 そんな事を考えながら、実家とほとんど変わらぬ規模の別邸へと入っていく。


 管理する王都の使用人たちの挨拶を受けつつ、通された応接間に奴は居た。


「やぁ。旅は楽しかったかい?」


 優雅にティータイム中の兄貴である。

 当然だが一緒の馬車ではない。


 神出鬼没なのには慣れて来たが、瞬間移動で来れるならそれで連れてきて欲しかった。


 こちとら数日掛けて、乗り心地最悪の馬車に揺られて来たのに。

 お尻が痛くなるわ、気持ち悪くなるわで大変だったんだぞ。

 私の移動のためにどんだけの人数の護衛が必要になったと思ってるんだ。


 そんな恨みを込めながらジト目で兄貴を見る。


「なんでいらっしゃるんですか?」

「婚約者との顔合わせに親族が同席するのは当たり前だろう。

 今回は父上の名代を私が務める事になった」


 一応からかう為だけではなかったらしい。

 相手が王族なので、お金を包んだりとか色々政治的なやり取りが必要だという。


 そういうのは良く分からないので、ありがたいと言えばありがたいが……。

 日本人かつ一般庶民の感覚だと、やはり違和感がある。


(貴族ってほんと面倒臭い……。

 そしてやっぱり貴族令嬢って政治の道具なのね……)


 分かっていたことだが、先が思いやられる気持ちだった。



* * *



 顔合わせの日に王城へと向かう。


 まずは王様に謁見。

 対応は兄貴がしてくれたので、私は名乗って挨拶しただけだ。

 こういう時くらいは、素直に兄貴に感謝しておく。


 その後別室に通されると、婚約者であるアンディ王子と彼のお母さんと思しき女性が居た。


「お初にお目にかかります。わたくしは、アイゼンシュタイン侯爵の娘、ヴィルヘルミーナ・フォン・アイゼンシュタインと申します」

「ご丁寧にありがとう。わたくしは四の妃、アウレーリア・フォン・マイナルドゥス。

 この子は私の息子で第六王子、アンディ・フォン・マイナルドゥスです」


 そう言って、優雅に微笑みながら紹介を始める四の妃様。


 はちみつ色の金髪に、緑の目をした大変愛らしい少年がそこにいた。

 まだ幼さを残しながらも、数年後にはきっと美形になるだろうというのがよく分かる顔立ち。

 所作も優雅で洗練されており、まさに王子様キャラと言うべきだろうか。


(うわぁ……私と同い年だから十二歳でしょ?

 小学校六年生か中学一年生でこれか……流石メインヒーロー)


 相変わらず三次元の美形は良く分からないが、兄貴ぶりに見た美形(美少年)だ。


 ―― 一つだけエリクの名誉のために言っておくと、別にエリクが美形でないわけではない。ただ、華やかさをあまり感じないだけで。

 個人的には誠実さを感じる彼の顔立ちの方が好みだが。


(もともと私ってメインヒーローより、ヒーローの友人ポジとか、健気に支えるタイプのキャラが好きなんだよね。一生懸命なところにきゅんと来るというか。

 それにしても、四の妃ということは王様にはまだ正妃含めて三人のお嫁さんがいるのか……王族って大変そうだなぁ)


 ぼんやりと益体のない事を考えながら、アンディ王子と微笑みを交わし合う。


(それにしてもなんか妙に王子がフレンドリーだな。

 人間不信じゃなかったっけ……? 確かお母さんが殺されて――)


 そこまで考えて気づく。


 お母さんの四の妃は今まさに、挨拶をしてくれた女性だ。

 つまり王子の母親はまだ生きている。


(そうか。まだ人間不信になる前か……っ!)


 心の中で手をぽんと叩いた。



ミーナ の 脳裏に 某出荷されていく仔牛 の 歌が流れた!


大まかには間違っていなかった。



* * *


お読み頂きありがとうございます。



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