15/拉致のち戦闘
一時的に完結マークがついておりましたが、誤操作での完結マークであり、物語はまだまだ続きます。
読者の皆様を驚かせてしまい、大変申し訳ありませんでした。
浮遊感に恐怖を覚え、思わず目を閉じて兄貴にしがみつく。
ただそれもほんの一瞬の事。
すぐに頬に風が当たって、野外にいることに気づいた。
「ど、どこですかここ!!
っていうか、いきなり私の許可も得ずに連れ出すとはどういう事ですか!!
だいたい外に出るなら、外出用の服装に着替えるべきでしょう!!
後、さっきも言いましたが、エリクに酷いことを言うのは止めてください!!」
ゆっくりと降ろされながら、私は思いつくばかりの抗議を始める。
だが、兄貴は私を「小型犬が吠えてて可愛いな」くらいの視線で見るだけ。
むしろ、どこか楽しそうだ。
「そんな事言ってる余裕はあるのかな」
その言葉に嫌な予感を覚え、兄貴以外へと視線を向ける。
周囲にいるのは、緑一色だった。
別に自然と言う意味での色じゃない。
突然現れただろう、私達を少し遠巻きにしながらも包囲しようとしているモンスター群れがその正体だ。
ゴブリン。
言わずと知れたファンタジーの代表格のモンスターの名前。
大抵は二足歩行をしており、緑の肌を持っている亜人だ。
すごく強いモンスターではないが、徒党を組むことが多く、上位種や王等がいるとその脅威は跳ね上がる。
RPGでもある『騎士物語~愛の絆~』にも序盤の雑魚として登場し、序盤以降も多種多様のバリエーションがあった。
しかし――だ。
(リアルだとゴブリンめっちゃ怖いんですけれどっ!!)
前世の世界で二足歩行する人型の生き物など、人間以外にほぼいない。
猿くらいなものだが、アレはまだ愛嬌があった。少なくとも動物園に居た仔達は。
だが今目の前にいるゴブリン達は、敵意と殺意を目に宿し、武器を手にしている。
生まれて初めて晒される、殺意という恐怖。
かつて兄貴に追い詰められた時とはまた違うが――質が違おうが怖いものは怖い。
「さ、戦ってみようか」
そう言って兄貴は私の背中を押した。
近づくゴブリンとの距離。
お互い一瞬見合って――
「ウィンド!!」
――武器を振り上げたまま駆け寄ってきたゴブリンを含め、周囲まとめて魔法で生み出した突風でふっ飛ばす。
「何するんですかっ!?」
思わず兄貴に振り返って怒鳴る。
とっさに魔法が打ち込めたから良いものの、あのままだと普通に死んでいた。
「何って魔法の修行だよ」
「何故それが分からない?」と言う副音声が聞こえるような調子で言う。
ちなみにその兄貴はいつの間にやら上空に居る。明らかに自分は何もしませんよというポーズだ。
空中で椅子に座るように足を組み、私の作った氷のバラを片手にした姿は、氷の貴公子とでも呼びたくなる。
(似合っているから余計に腹が立つ……っ)
しかしそちらにばかり気を取られている余裕などない。
最初のゴブリンはふっ飛ばしたものの、すぐに次が来た。
「ウィンドっ!!」
再度風で敵を吹き飛ばして距離を取る。
「そもそも何故修行先にここを選んだのですか!?」
「領地でモンスターが大量発生しているので、何とかして欲しいという訴えがあったんだ。
割と規模が大きいせいで、一部の地域では村を捨てて逃げる羽目になったそうだよ」
囁くように耳元で聞こえる声。
どうやら魔法を使って遠くから届けているらしい。
「だったら騎士団に仕事してもらえばいいでしょう!?」
「彼らは避難誘導をしてる」
どんだけ大規模なんだ。
確かに視界に見える範囲、全部ゴブリンだけれども。
「一応彼らもそれが終われば戦う予定だろうけれど、彼らを待ってると群れが移動してしまうかもしれない。
彼らは弱いし、怪我をされたり装備を壊されてしまうと、治療や補填に掛かる経費が無駄だ。
先にある程度の数は削っておくべきだろう?」
(騎士団は弱くないよ。
というか、あんたの物差しで見たら大抵の存在は弱いだろうに)
心から突っ込みたいが、そんな余裕はない。
とにかくひたすら魔法で突風を起こして敵を遠ざける。
「それなら私じゃなくてお兄様がやりましょうよっ!?」
「魔法の鍛錬は実践が一番。全力で力を振るう良い機会だよ。
――それに貴族なら領民は守らないとね」
うぐぅ。そう言われてしまえば私も強くは言えない。
……というか、兄貴やってよ。私の修行とかじゃなくて……。
子供相手にスパルタすぎだろ……。
* * *
兄貴に誕生日プレゼントとして魔法を覚えたいと願ってから、いつもこうだ。
贈られたのは魔法書。
それはそれでありがたいが、ただそれだけで魔法を使えるようになれば誰も苦労しない。
それで使えるようになるのは兄貴だけである。
「本は読んだが実地も教えてくれ」と頼めば、今度は無詠唱無動作での魔法発動。
当然だが全く参考にならない。
見るに見かねて、エリクが懇切丁寧に教えてくれなかったら、多分今の私はなかっただろう。
ある程度使えるようになると「じゃあ、使ってみようか」と兄貴の監視下での魔法の実践訓練。
最初は普通に使うだけだったが、魔力が枯渇し始めると兄貴は魔力を回復させた。どうやらMPを譲り渡す魔法があるらしい。
それが尽きたら、また私に魔法を使わせ、枯渇し始めたらまた回復。
……ある種の拷問ではと、思うのは私だけじゃないだろう。
あの経験もあって、魔法で体力と魔力が回復しても精神的ストレスは軽減しないと知った。
別に知りたくもなかった。
お陰様で魔力上限は最初に比べて、かなり伸びたと思う。
兄貴の言う通り「魔法の訓練は実践が一番」というのもあながち嘘ではないのだ。
* * *
(だからといって、魔法以外はそこまで強くない妹を、ゴブリンの群れに突き飛ばすのはどうかと)
過去の体験を思い出しながら、心からそう抗議したい。
モンスターといえど、敵は生きている。
その命を奪うのは、どうしても躊躇してしまう。
だが、相手はこちらの心中など知ったことではない。
殺す気で私へと迫ってくるのだ。
兄貴は当てに出来ないと分かっている。
分かってはいても――と、迷っていた時だった。
私は足を滑らせ、体勢を崩してしまう。
迫りくるゴブリンの武器。
(――あ、死んだなこれ)
そう思って目を閉じたけれど、いつまで経っても衝撃は来ない。
恐る恐る目を開ければ、まるでガラスに阻まれるかのように何度も武器を奮っているゴブリンの姿。
「防御魔法は掛けてあるけれど、あまり頼り切りになるのは感心しないな」
混乱していると、聞こえて来る兄貴の声。
つまり、一応私の安全は配慮してくれてたらしい。
だが、あの声には少しの苛立ちが混ざっていた。
きっと戦うのを拒み、逃げ続けてる私に苛立っているのだろう。
(……殺される)
何もしなければ、多分私はここで死ぬ。
最近兄貴の目がブリザードではなくなってる気がしてたから油断していた。
あの男は甘い奴でも優しい奴でもない。
あいつはラスボスで魔王。
(……死にたくないっ)
――恐怖が躊躇いを超越した、その瞬間。
私は吹っ切れた。
まずは目の前のゴブリンを、風の刃を生み出して切り飛ばす。
その後の事はもう殆ど覚えていない。
どんどんとゴブリンを虐殺していった。
いつもの訓練と同じように、魔力はすぐに補填される。体力だって補填される。
補填されるということは、戦えということだ。
幸いなことに相手は人間ではない。
居るだけで害悪の存在だ。
遠慮も道徳も配慮もいらない。
風の刃で切り刻む。
氷の刃で切り刻む。
水の刃で切り刻む。
途中から効率を考えてみた。
自分の足場を氷で作り、周囲に水を生み出す。
そして即座に冷気を周囲に満たして、足元を凍らせる。
後は簡単だ。
撫で切るように魔法を放っていけばいい。
返り血を浴びないように、風を纏う必要もなくなる。
熟練度のあるゲームがあるのなら、多分私はレベル上限一杯まで使ったと思う。
気がつけば周囲に充満する、むせ返るような血の匂い。
兵隊アリがごとく寄ってきていたゴブリン達は、ほとんどいなくなっていた。
今は遠巻きに私を見ているだけ。
一番奥に偉そうな、でかいゴブリンが居る。
(あれを殺さなきゃ――)
一歩踏み出す。
しかし踏み出したはずの足は、付いてこなかった。
視界が霞み、時間がゆっくり動くように私は倒れていく感覚を味わう。
がくんと、誰かの腕に支えられた。
その衝撃が少し痛い。
「――よく出来ました」
兄貴の声が聞こえる。
――同時に、けたたましい悲鳴が遠くで聞こえ、さらに小さな悲鳴がざわめきのように広がった。
(兄貴があのでっかいやつ殺したのかな)
もうよく見えないが、多分そうだろう。
「後は騎士団に任せればいい。
頑張ったご褒美は用意してあるから、楽しみにしておきなさい」
そう言って、まるで幼い子を寝かしつけるように私の目を閉じさせる。
急速にやってくる眠気。
魔力や体力があっても精神は摩耗する。
この感覚は久しぶりだなと感じながら心に誓う。
(いつか絶対一発殴ってやる……っ!!)
――そして、私の意識はそこで完全に途切れた。
ミーナ は レベル が 上がった!
代償として、兄貴へのトラウマが植え付けられた。
ミーナは怒って良い。
* * *
お読み頂きありがとうございます。