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14/お茶会


 日差しが強くなってきた初夏のある日のこと。

 私は自室を大改造していた。


 大改造といっても、別に物理的に秘密基地化したとかそういうことではない。

 テーブルクロスやカーテンをいつもと違うものにしたり、普段は置いていない場所に花瓶で花を飾ったりといった程度。


(出来れば色紙で輪っかも作りたかったなぁ。

 でも流石にお高い上に、もったいないし……)


 分かりやすい飾り付けなのだが、紙が普及していると言っても色付きだとそれなりに値段が張る。

 さらには、飾った後捨てる以外の使い道がないため、もったいなさすぎた。


(まぁ、何にせよ、もてなす気持ちが大事よね)


 こうやって飾り付けをしているのは、私が主催のささやかなお茶会のため。

 主催と言っても貴族の付き合いではなく、日頃お世話になっているレナとエリクを労う為のもの。

 本当はダイアンも招待したかったのだけれど、彼女はどうしても外せない用事があるらしく断られてしまった。


 なら全員が揃う日に――とも思ったが、別に今回きりで終わらせる必要もない。

 次回の開催日にはダイアンを優先することにした。


 飾り付けの最終チェック。

 もう少ししたら、二人を呼び入れないといけない。


 お茶請けに、お茶の準備オッケー。

 部屋も涼しくて過ごしやすい温度になってるし……うん。問題ないわね。


(最後にっと……)


 呪言を二、三呟き、印を描く。

 すると私の手に生まれる氷で作られたバラの花。


 出来上がりを確認してから、氷のバラを一輪挿しに活けてテーブルの中央に置いた。


 コンコン、とノックを内側からして「準備ができたから入って頂戴」と声を掛けると、そっと扉が開いてレナとエリクが現れる。

 二人は部屋の飾り付けや、気温に驚いたのだろう。


 部屋をまじまじと見回しながら、目を見開いていた。


(ふふふ……これだけじゃないんだから)


 人を驚かすのは中々に楽しい。

 二人を席に案内すると、私は三人分のグラスに魔法で氷を作って落とす。


 氷はクラッシュアイス風で、アレンジを効かせて作ったオリジナル魔法の一つだ。

 我ながら上達したなと感心する。


 ここまで出来るようになるのに二年は掛かった。

 こうして魔法を大っぴらに練習し、学べるようになったのは、二年前の誕生日プレゼントに兄貴へおねだりしたお陰である。


(……まぁ、結果オーライな部分が強いけれど……)


 あの日の事は未だに夢に見る。――主に悪夢に近い形として。


 追い詰められた私はパニックに陥り「どうせ殺されるなら」と、決死の想いで兄貴に対し『魅了』を使った。

 設定資料によれば、本来ならば効かない『魅了』である。


 あの時の兄貴は、私に対して多少なりと興味を持っていた。

 私は使いたくもない『魅了』を、明確な意図を持って使おうとした。


 ――そして、上記二つの条件と奇跡的な幸運が重なって『魅了』が成功したのだろう。


(『魅了』がいつ完了したか分からなくて、様子見てたら食われそうになったけれど……)


 正直あれはやばかった。

 自分が子供じゃなかったら、そのまま美味しく食べられていた可能性が高かったのではなかろうか。


 あと一つ収穫として、『魅了』が効いただけでは相手を操れるわけじゃないという事が分かった。


 声に出して「お願い」しない限りは、相手は自身の愛情表現をし続けるようなので、見極めが大事。

 とはいえ次回がないことを切に祈りたい。


 あの後は近くに兄貴が寄っただけじゃなく、エリクが傍に立つだけでも怖かった。

 男性恐怖症一歩手前だったと思う。


(本当に怖かった……もう絶対使いたくない……)


 もう一つ分かったのは兄貴の化物っぷりだろう。

 設定通りであれば、キスで数週間は奴隷化するのだ。

 だというのに、結構な回数を交わしたあの魔王は、たった半日で自我を取り戻した。

 『魅了』の影響は残ってたような気もするが、少なくとも彼の自我を縛ることは出来ていなかったように思える。


 何にせよ当時の私は、兄貴が怖くて怖くて仕方がなかったので良く覚えていない。


(冷静に考えてみるともったいなかったのよね……)


 『魅了』は少なくとも一時的には効いていて、彼の自我を縛った。

 あの瞬間ならば、魔王兄貴を犠牲者ゼロで抹殺する事も出来たかもしれない。


 忘却ではなく自殺を命じていたら、この世界の歴史は確実に変わっていただろう。


 とはいえ、彼が居なくなれば後のストーリーや、クーデター関連がどう動くか分からない。

 それに私の知る限りではあるが、今のところ何もしていない兄貴を殺すのは気が引ける。


 打算で言うなら、クソ親父をどうにかした後の庇護者が欲しい。

 その最有力は兄貴だ。


(隠し攻略対象ルートでの兄貴に絆されちゃってるのかな……)


 そうでなくても人は慣れる生き物だ。

 よく顔をあわせ、一緒に暮らす人間を常に嫌い続けるのは難しい。


(――ま、クソ親父はいつかぶっ飛ばすけれどね!)



* * *



 和やかに始まったお茶会は、初めてにしては成功したとみて良いだろう。


 氷魔法を応用した部屋の冷房効果。

 同じく魔法を駆使した、アイスティーとアイスクリームは中々に評判が良い。


「お嬢様、これ本当にお嬢様が作ったのですか?」

「甘くて冷たくて……凄く美味しいです! 夏にぴったりですね!」


 アイスクリームは氷魔法と風魔法の複合魔法の成果だ。

 ふんわりと空気を含めるように、何度も練習した甲斐があったというもの。


 しみじみと感慨に浸りながら、楽しくおしゃべりをして「そろそろお開きにしようか」と言う時だった。


「――あぁ、本当にこれは珍しいお菓子だね。

 私にも一つもらえるかな」

「はい。良いです――よ……?」


 返事をしておかわりを用意しようと、席を立ってからその違和感に気づく。

 今のレナでもエリクでもなかったような……。


 思わずそちらを見ると、いつの間にやら兄貴がグラスを傾けながら部屋にいた。


(気配すらなかったと言うか、今の今まで視界に入ってなかったのに……!?

 魔王から神出鬼没の暗殺者か忍者にでもなったのか!? ――いや、ならんで下さい)


 動揺しすぎて、心の中でノリツッコミをしてしまった。


「どうやって部屋に入ったのですか?」

「瞬間移動で」

「いつからいたんですか?」

「認識阻害魔法を使って最初から」

「そのグラス私の飲みかけなんですけれど……」

「いつ気がつくかなとちょっとした悪戯だよ。――うん。これも美味しいね」


(……認識阻害魔法ってなんだ。あれか? ゲームのエンカウント率落とすやつか?

 こういう使い方が出来る魔法だったとは思わなかった……。いやそうじゃない。そこじゃない)


 涼しい顔して、私の飲んでいたグラスを傾ける兄貴。


 前世ではそこそこの年齢だったはずの私だ。

 今更間接キスくらいで騒ぐつもりはないが――ゲームで間接キスを使い、モブを『魅了』していたシーンがあったような気がする。


(まさか耐性上がってるんじゃ……?)


 魔王兄貴なら実にありえる可能性だ。

 それとも今の私では間接キス程度じゃ効果がないのか。


(兄貴だと耐性が上がった説が有力かも)


 もはや苦手意識を通り越して、この人なら何でもありだな感がある。

 そんな私の心中などお構いなしで、やっぱり私の食べかけのアイスクリームを食べる兄貴。


「若様ですからね……仕方ないですね」


 レナ、ここは呆れて諦める場面じゃないから。

 貴女の隣でエリクが動揺してるでしょ、それが正しい反応だから。


「さて」


 よそ見をしていると、すぐ横で兄貴の声がして、腰に腕が回され抱きかかえられた。


「えっ」


 何が起きたか分からず、すぐ間近にある兄貴の顔を睨むように凝視する。

 いつものように穏やかな笑みを浮かべているが、意図が分からない。


「あの、お兄様……?」

「この子は借りていくよ」

「はいっ!?」

「わ、若様っ!! 自分はお嬢様の専属護衛ですっ!! 自分も――」

「私が居るのに私より弱い護衛が必要か?」


 さらりと不思議そうに言う兄貴。


 ざっくり切りやがった。

 言葉は時に鋭利な刃より、余程人を傷つける。


「お兄様っ! 言って良い事と悪い事がありますっ! それと降ろして下さいっ!!」

「晩までには帰るから安心して欲しい。では――」


 抗議も虚しく浮遊感が襲う。

 最後に見たのは困った顔のレナと、ショックで呆然としたままのエリクの姿だった。


エリク は 呆然 としている!

レナ は 混乱 している!


兄貴はもうちょっと配慮を学ぶべき。


* * *


お読み頂きありがとうございます。


二章開始。

この章でミーナさんの(恋の)お相手候補は全員出揃う予定です。



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