13/レオンハルト・興味
ヴィルヘルミーナを追い詰めるのは簡単だった。
適当に協力してやり、こちらに気を許したところで問い詰めるだけで良い。
別に彼女の中身がなんであれ、さほど問題などないが、侯爵家に潜り込んだ者が何者なのかは興味あった。
それ以上の意味などない。
あえていうなら少々の好奇心。
顔を持ち上げられ、逃げ場のないヴィルヘルミーナは私を見ていた。
最初は恐怖と驚愕といった顔だったが、そのうちこちらをじっと見つめ涙目になってくる。
そして――彼女は両手を伸ばし、私の頬を包むように掴むとその唇を押し当ててきた。
(なっ……?!)
意味がわからない。
同時に、珍しく自分が戸惑った事に気づく。
(いや、流石に普通ここでこれはないだろう)
そういう意味では、中々に面白い体験だ。
(しかし、彼女は何がしたいんだ?)
必死に何度も何度も、拙い口付けを繰り返す。
何か意味はあるのだろうが、それが何なのか分からない。
(いや――精神攻撃の一種なの……か?)
気がつけば体調が少々狂ってきていた。
心臓の鼓動が速まり、体温の上昇。
さらには発汗、身体の強張り……徐々に興奮しているように思える。
(……なんだこの感覚は)
拙い口付けを涙目で、どこか戦いに挑むような顔で行うヴィルヘルミーナ。
その姿が酷く愛おしく感じる。
(これは……)
声が聞こえた気がした。
――私を見て。
蕩けるように甘美な声が、脳の芯へと響いていく。
――見て。私を見て。私を見て。私を見て――
愛せ、守れ、この少女を。
――愛して。私を愛して。私を愛して――
眼の前の少女こそが己の全て。彼女の望みが己の望み。
――愛。愛。愛。愛。愛――
そう、これこそが真実の愛。
――私を愛して――私ヲ愛シテ――私ヲ――愛セ。
思考がそれだけで埋められていく感覚。
過去に体験の無いほどの感情のうねりが、全身を駆け抜けていく。
こんな感覚は生まれて初めてだ。
(素晴らしい……っ!)
もっとこの感覚を味わっていたい。
ヴィルヘルミーナを慈しみたい。
「――口付けはこうするんだよ」
そう言って彼女の両手をそっと取り、私の方から口付けする。
ただ触れるだけの拙いものではなく扇情的な口付けに、彼女はビクリと身を震わせた。
それが嬉しくて、楽しくて。何度も何度も繰り返す。
彼女の細い腰を抱きしめ、唇を貪る。
口付けをすればするほど身体の中を「愛しい」という感情が溢れていく。
以前同僚や友人に連れられた娼館では、こんな感覚はなかった。
今胸に満ちているのはそんな上っ面の物ではない。
これは雄としての本能ではなく、個としての愛情と衝動だ。
(あぁ……可愛いよ、ヴィルヘルミーナ)
一度口付けを止めて、テーブルへと彼女を座らせる。
「えっ?」
驚く彼女の首筋に舌を這わせ、耳を噛む。
その度に甘い声が上がり、私の心臓が跳ねる。
彼女の涙を唇で吸い取って、そのままゆっくりとテーブルに押し倒す。
それからもう一度彼女の唇を堪能しはじめた。
(これ以上は彼女の負担になる……)
普段ならまるで考えないような事が頭に過る。
しかし、それでも衝動は止まらない。
(もっと――もっと彼女が欲しい)
まだ未成熟の彼女に己を刻むのは、流石に問題だ。
それで彼女が苦しい思いや、痛い思いをするなどもっての外。
だと言うのに、衝動ばかりが強くなっていく。
(――とりあえず、ここでこれ以上は彼女が痛いか)
そう思い彼女を抱き上げると、転移の魔法で移動した。
移動先は彼女の部屋。
問題なく移動したのを確認すると、ベッドに彼女をそっと下ろす。
「お、お兄様……?」
不安気に彼女が問いかけてくる。
心配ないと安心させるように微笑み――改めて彼女をそっと押し倒した。
柔らかなベッドが彼女と私の重みで沈む。
目を見開いて、不安気に彼女の目が揺れる。
「ミーナ……愛しているよ」
そう言って、彼女の細い首をそっと這うように舐めて、印を残す。
これで彼女は私の物だ。
(しかし、これ以上の我慢は辛いな)
彼女が欲しいという衝動は、弱まるどころかどんどん強くなってくる。
それでも、彼女を傷つけたくはないと抑えているのだが……。
身体は愛と本能に従い、衝動の望むままにと訴えてくる。
(こんな風に自制したことなど生まれて初めてだ)
自分の心を律するのが、これほど難しく、苦しいものだったとは。
内心で苦笑していると、彼女が両手を伸ばしてきた。
彼女からの行動に喜んで見ていると、小さな両手が私の頬を包む。
「君の望みはなんだい? いくらでも叶えてあげるよ。
そして君を守ろう。――さぁ、願いをいってごらん?」
私の言葉に意を決した様子で、彼女はその愛らしい唇で言葉を紡ぐ。
「貴方は妹に違和感など覚えなかった。妹はずっとこうだった」
――あぁ、その通りだね。
「今夜の事は全て夢、ベッドに戻り、休んで目覚めたらもうお終い。覚えていないし、思い出すこともない」
――君がそれを望むなら。
* * *
目が覚めると、外は明るかった。
窓から日の高さを見ると、かなり高い。昼過ぎだろうか。
(……寝過ごした? 私が?)
こんな事は生まれて初めてだ。
それに、なぜだか妙に気分が良い。
(昨夜……私は何をしていた……?)
気分が良い理由を考え、寝過ごした理由とともに昨夜の事を思い出そうとするが、何をしていたのか一向に思い出せない。
(……まぁ良いか)
別に思い出せなくても問題ない。
いつもの通りどうでも良い事だろう。
そう結論付けて、着替えてから食事をとりに廊下に出ると、妹が歩いているのを見かけた。
「おはよう。ミーナ」
「え……もう普通に動けるの……?
半日で自我取り戻すとかどゆこと……? 魔王パネェ……」
普段通りに挨拶をすると、彼女は酷く驚いた様子で何事かぶつぶつと呟く。
(――)
少々頭痛がする。だがまぁ、どうでも良い。
幼い彼女の姿は今までより輝いて見える。
首にスカーフを巻いているのが少々残念だ。
(……何が残念なのだ?)
よく分からないが、スカーフはスカーフで似合っているし、何より彼女はどんな姿でも愛らしい。
華奢な彼女の身体を見ていると、思わず抱き締めたくなる。
そこでふいに彼女を「異性」として見ている事に気がついた。
(自分に近親相姦願望だとか、少女性愛の趣味があるとは知らなかったな)
他人事のように感じながら、そんな事を考える。
まぁ、それもどうだって良い事だ。
とりあえずは彼女の機嫌を取ろう。
「誕生日プレゼントに欲しいものは決まったかな?」
事務的な感覚ではなく、本心で彼女を喜ばせたくて問いかけた。
* * *
数日経って気づいたのだが、どうやら私は精神攻撃を受けていたようだ。
確か妹が気になって、様子を伺っていたのは覚えている。
ただ、何故彼女を観察しようとしたのか、理由は思い出せない。
状況的に妹が何かをしたのは間違いないだろう。
(この私に感情操作をしかける、か)
本来ならば、そのようなことをされれば怒るべきかもしれない。
少なくとも父上辺りにそんな事をすれば、彼女は家を追い出されるか、殺されているだろう。
しかし――だ。
あの時自分に満ちていた感情が何だったか、はっきりとは思い出せない。
覚えているのは、狂おしいほどに激しい感情。
これまでの人生で一度も体験したことのない感覚だ。
それはとても新鮮で面白い事だと思えた。
(そもそもあの年で、私の防御を上回る魔法攻撃だなんて……面白いじゃないか)
今まで教師にすら泥を付けられたことはない。
その自分に与えた初めての黒星。
(当然注目に値する)
ヴィルヘルミーナは――ミーナは私の特別だ。
大事に観察するとしよう。
退屈でつまらない毎日だったが、少しだけ楽しく感じるようになった。
これも彼女のお陰だろう。
魔王兄貴 は 魅了 された!
あれを最高とか言ってる兄貴、マジヤバイ。
* * *
お読み頂きありがとうございます。
これにて一章終了です。




