表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/95

11/お仕置き


 薄暗い屋敷というのは、人の気配をそれなりに感じる分、そこまで怖くはない。

 しかし、後ろめたい事をやっている最中に、背後からいきなり肩を叩かれる。


 これはちょっとしたホラーに近いと思う。


 なので悲鳴をあげなかった自分を褒め称えたい。

 書庫の扉から、ぱっと離れる。


(誰に見つかった? 侍女? それとも執事?

 もしかして、ダイアン達……?)


 どの様に対応すればごまかせるか、そんな事を考えながらゆっくりと振り返る。


 ――そこに立っていたのは、寝間着姿の兄貴だった。


(詰んだーーーっ!!!)


 顔を確認して、とりあえず微笑んでみるが頬が引きつっている気がする。

 対する兄貴もまた、穏やかな笑みを浮かべているのがなお怖い。


「こんな時間にお散歩かな?」


 声音はいつも通り優しいが、薄暗くてもよく分かる。あの目はいつも通りのブリザードだ。


 何か言い返さねばと、口を開こうとするものの、言葉が出てこない。

 どうやって誤魔化せばいいのか考えれば考える程、全てが悪手に思えてしまう。


 何も言わない私がさして気にならないのか、彼は腕を組んで顎に手を当てて考え込む仕草をする。


(なんでこんな所にこの人がいるのよっ!

 夜なんだから寝なさいよっ!! 夜勤とかないでしょっ!!!)


 それともアレだろうか。

 一応兄貴も成人男性である。年頃の女子には言えないような場所に行って、その帰りだったりするんだろうか。


(それだったら、それを交渉材料にお互い「内緒だよ」みたいな流れに……うん。無理ですね)


 なんでそんな事を知っているのか、という問題になってしまう。


 この世界の教育に、保健体育はない。

 男の子ならともかく、女の、しかも子供がそんな事を口にしたら余計に疑われる。

 だいたい女子がそういった所に通うのは大問題だろうが、男子ならそこまで問題にはならないだろう。


(って違う。そんな事はどうでも良い。

 今はここをどう切り抜けるか考えるのよ……っ!!)


 混乱しているせいか、思考がどんどん横にそれてしまう。


 さっきから「兄貴のパジャマ違和感がすごいな」とか「この人薄暗い廊下に立ってても絵になりやがる」とか考えがよぎるのだ。


(現実逃避してる場合じゃないだろう、私っ!)


 無駄だと思いつつも、じりじりと後ろに後退る。

 身体能力も優秀な兄貴に対して、多少の距離を稼いでも無意味だと分かっている。それでも後ずさるのは、少しでも距離を開けたいからだ。


「――夜遊びをする悪い子にはお仕置きが必要だね」


 ぽつり、と呟くように言う兄貴。

 思わず言葉に反応して、びくりと身体を震わす。


「どんなお仕置きがいいかな?」


 楽しげに微笑みながら、軽い口調で言う。


(も、物凄く楽しそう……っ!?)


 こんな兄貴を見たのは初めてである。

 というか、こんな場面で見たくなかった。


 こっちの反応が楽しいのか、それとも「お仕置き」の内容を考えるのが楽しいのか。

 どちらだとしても、遊ばれてる側は溜まったもんじゃない。


 じりじりと、後ろに下がる。

 すると、退路を断つようにゆっくりと足取りで私の背後の方へ回り込む兄貴。


「痛みという身体を攻める罰は、単純だが有効だね」


(にこにこと楽しげに言う言葉じゃないからなっ!?)


 流石に子供に対して、拷問じみたことはしないだろう。

 しかし、こちらは相手がラスボスで、さらには妹を殺す未来を知っている。


 その先入観が余計に恐怖を煽ってくるのだ。


 引きつった笑みを浮かべたままじりじりと動くと、背中が壁に当たった。

 位置的に書庫の扉だろう。


「尻叩きなんて定番だよね?」


 にっこりと顔を近づけて言う。


(勘弁してください……っ!!)


 比較的平和な罰だろうが、精神年齢的には大人なんです。

 後、リアルにそんな事された事がないのでなんか凄く怖い。


「他のが良いかい?」


 試すように私の顔を覗き込みながら問いかける彼に、必死でこくこくと首を縦に振る。


 もうちょっと平和的かつ、マシなものをどうかお願いしたい。

 某子供向けアニメみたいに、頭ぐりぐりとかのがまだ気分的にマシだと思うんだ。


 あれはあれで、長時間やるとヤバイと聞いた記憶が曖昧にあるが……尻叩きよりはまだマシである。


「そうか。……んー。

 罰を相手に選ばせてあげる必要はないけれど……。

 そうだね、恐怖という心を攻める罰も悪くはないね」


(それは現在進行系で受けてるんですがっ!!)


 抗議の声を心で上げるが、それが通じるわけもなく、兄貴はまた楽しげに考え込む。


「あぁ。そうだね。

 反省するまで暗く、狭く、汚い場所に閉じ込めるなんてのも、有りがちな罰だ」

「そ、そちらがお勧めですわお兄様っ!!

 丁度私の後ろには、暗くて狭くて埃っぽい場所がありますしっ!!」


 その言葉を聞いて私は必死で言葉を紡ぐ。

 もう、彼から離れられるなら監禁刑の方がよっぽどマシだ。

 その一心で叫ぶ様に言う。


「ではそうしよう」


 そう言って、兄貴は指をぱちんと鳴らした。



* * *



 一瞬の浮遊感の後、私は真っ暗な場所にいた。


(え、なんで?? しゅ、瞬間移動? あの一瞬で??)


 何が起きたか分からず混乱の極みだったが、きっと兄貴が何かしたのだろうと考え、心を無理やり落ち着かせる。


 どうでもいいが、瞬間移動の魔法なんて、上級も上級の難しい魔法だった気がするのだが。

 それを最低でも無詠唱で行う兄貴は、一体どれほどの魔法の才能を持っているのだろう。


 万能の天才と言い続けてきたが、ここまで実感したのは初めてだ。

 出来ることなら、少しでいいのでそのおこぼれが欲しい。


(まぁ、真っ暗は怖いけれど……兄貴からは離れられた。

 これで一安心よね……)


 深くゆっくりと息を吸って吐く。

 とにかく落ち着きたい時は深呼吸が一番だ。


 しかし、ここはどこだろう。


 さっきは勢いで後ろの部屋――書庫をお勧めしたが、本当に書庫の中なのだろうか。


 確かに埃っぽい空気は感じる。

 真っ暗でわからないが、結構な本が収められてる書庫は狭くて圧迫感があったが……真っ暗なので圧迫感もないもない。


 本当にここが書庫の中であるなら、当初の予定通り魔法に関する書物を読み漁りたい所なのだが……。


「……はぁ。明かりが欲しい。本読みたい……」


 あれだけの恐怖体験の後である。現実逃避のためにも本でも読んで心を落ち着けたい。


 すると、私の呟きに反応するように視界がクリアになった。

 なんと言えば良いのか、暗いのに全く暗くない。

 視界が緑になったわけではないが、まるで暗視スコープで暗闇を見てるような感じだ。


 そして、視界に広がったのは壁を埋めるかのようにずらりと並ぶ本棚。

 狭いながらも部屋の中央には、書き物用のテーブルと椅子がある。

 この景色は記憶にあった通りの書庫だ。


「暗視の魔法を掛けたよ」


 突然背後から声がした。

 恐る恐る振り返ると、そこにいるのは優しげに微笑む兄貴の姿。


(……何を考えてるのこの人?)


 罰ならば、暗視の魔法を掛ける必要などない。

 というか視界を確保してしまったら、罰になどならないではないか。


 兄貴の謎行動に身構えていると、彼は本棚から本を一冊取り、そのまま壁によりかかるように読書を始めた。


「たまには読書も悪くないね」


 本に視線を落としたまま言う。


(……本当によく分からない……)


 理解しがたい存在というのは、恐怖の対象だ。

 幽霊や怪談が良い例だろう。



 本来なら今の時期の彼はヴィルヘルミーナに興味を持っていないはずだ。

 なのに何故、こんな風に近づいてきたんだろう?

 彼がヴィルヘルミーナに興味を持つのはもっと後……エリクが廃人になった後。


 戯れに、『魅了』の力を試して欲しいと言ってくるのだ。


(だからこそ、『魅了』の効かない兄貴に、ヴィルヘルミーナは依存していったんだもの)


 兄貴にとっては、どうでもいい存在だけど彼女にとっては違う。

 自分の『魅了』の影響を受けないたった一人の特別な人。


 そんな相手に、例え本心はただの気まぐれだったとしても、大事にされて悪い気がするわけがなく。

 兄への依存はどんどん強くなっていき、忌避した能力の使用をためらわなくなっていくという悪循環。


(兄貴がまっとうな人間だったら、そもそもヴィルヘルミーナだって能力も発現しなかったってのに……)


 少なくとも、私が知っている情報でのレオンハルトという男は、こんな風に妹に構ったりはしない。

 表面上の行動しかしない――はずだったのだが。




 なんとも言い難い、気味の悪さを感じるが、これは絶好のチャンス。

 少しでも魔法について知識を得たいなら、この好機を逃す訳にはいかない。


(――兄貴の事は後回し。

 まずは魔法の習得の方が大事)


 意識を切り替えて、私も本を探し始めた。





魔王兄貴 が 現れた!

ミーナ は ちびりかけた!


割とガチで怖いと思う。



* * *


お読み頂きありがとうございます。

総合ランキングに載りました!

皆様のおかげです。ありがとうございます!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ