10/それでも魔法を覚えたい
調子に乗って魔法を使い倒れてしまった次の日の朝。
私はベッドの上で、乳母のダイアンに呆れられながらお説教を受けていた。
「お嬢様。行動が軽率過ぎます。何のためにエリクが座学を先に行ったと思っているのですか?」
「……効率?」
「本気で仰ってますか?」
「う……。魔法についての知識と危険性を認識させるためです」
「分かっておられるのなら、もう少し考えて行動をしてくださいませ」
「はぃ……。次から気をつけます……」
ぐうの音も出ない正論である。
確かに座学では、ちゃんと魔法が暴走した時や、使いすぎた時の魔力枯渇についての危険性を何度も教えられていた。
それを忘れて、調子に乗ってしまった私が全面的に悪い。
「その”次”ですが……まだ続けるのですか?
そもそも剣も魔法も、上位の貴族令嬢がわざわざ学ぶ必要などありません。
必要ならば従僕に命じれば良いのです。幸いなことにエリクは魔法にも長けております」
「でも、それじゃ小説書くのにリアリティが……」
「そもそも趣味として物語を書くのなら、一度魔法を使えたのですし、今回の体験で十分でしょう?」
うぅ……。
確かに使った感覚や、実体験は今回ので十分かもしれない。
実際に魔力枯渇状態の感覚も幸いな事にというか、体験済みである。
だが、それでは困るのだ。
戦う術が欲しい。未来のためにも、クソ親父や兄貴を止めるためにも力がいる。
個人でそれを補う必要はないかもしれないが、やはり戦力は一人でも多いほうが良いだろう。
それに、出来ることが広がるというのは、選択肢を広げることに繋がる。
その一方でダイアンが私を説得したい気持ちも分からないでもない。
大事な主人だし、雇用主の娘に怪我をさせたりすれば、クビになったり最悪の事もありうる。
それに何より、娘が危ない事をしようとしたら止めたくなるのが母親の人情というものだろう。
(……仕事としてってのもあると思うけれど、きっと”母親”としての視点で怒ってくれてるのよね……)
怒っているのは確かだが、それ以上に心配しているのがよく分かる。
(それでも、もしもの時にはダイアンとレナを守りたいのよ)
戦えるエリクはともかく、戦う術のないダイアン達は私が守らなければならない。
ヴィルヘルミーナとして生きていく以上、彼女の愛する人達を守るのは私の義務だ。
そしてそれは、私自身の願いでもある。
「お兄様も使えるって聞いたんだもの。私だってやってみたいわ。
剣術は無理かもしれないわ。でも、魔法くらいは私も学びたいの」
だが、兄貴を持ち出してみるも結果はダメだった。というか持ち出す相手が悪かった。
なぜなら兄貴が天才過ぎたからだ。
あの魔王は、自身が習得すべき事を全て最高水準で身につけた後、余技として学んだらしい。
彼を引き合いに出すのなら、私もまずは自分が学ぶべきことを完璧に習得することが先だと説得されてしまった。
ついでにいうと、兄貴は学んだと言うより、暇つぶしに書庫の本を読んでいるうちに使えるようになったとか。
……兄貴の天才っぷりが憎い。
* * *
どうしたものか……。
倒れたのだからと、今日は一日ベッドの上で養生することを言いつけられ、ごろんとベッドに寝そべりながら考える。
身につけるべき事を完璧にこなす。
貴族として生活している以上、それは義務と言って良い。
(だからまぁ、勉強すること事態はいいんだけれど……完璧かぁ)
今のところは十歳児向けの内容だから良いが、芸術系の勉強は少々苦手だ。
ほとんどヴィルヘルミーナの今までの努力だけでやってる部分でもある。
(それと最近座学関連も、先へ先へと十歳児が覚えるべき内容から逸脱を始めてる気がするのよね……)
気のせいならそれで良いのだが、思ったより早く進むからと、兄貴の例を考えて詰め込まれてる可能性が高い。
そうなるといつ「完璧」になるのか……。
(魔法の取得が兄貴程簡単に行くわけないもの。
そうなると時間が足らない……っ。早ければ早いほど良いのに……っ!)
そう焦っても、身内で一番発言力のあるダイアンの「待った」である。
正論が向こうにある以上、エリクもレナも味方は望めないし、愛情ゆえの心配が根底にある以上、我儘も言いづらい。
剣術の方は一度は了承してくれた事だし、運動という形で多少は続けられるとは思う。
後は、頃合いを見てまた稽古を付けて欲しいと言えば、なんとかなりそうだ。
しかし魔法はどうするべきだろうか。
試しに使おうとすれば、すぐにバレる。
何より「戦い」を前提とした魔法を練習しようとすれば、ちゃんと誰かに指導してもらうしかない。
(こっそりやって、それで大怪我やら、何か壊したら絶対に魔法から離される……)
何より、ダイアン達が罰を受けるだろう。
それでは本末転倒だ。
(兄貴にもうちょっと可愛げがあれば……私の条件ももう少し緩くなったのに……)
本を読んだだけで魔法を習得とか可愛げがないにも程がある。
というか、魔法師全員が血の涙を流して悔しがるぞ。
(『魅了』が何由来の力か分からないけれど、対策をしたいなら魔法が一番可能性高いのよね。
バッドステータス的な扱いなら、魔法で防御とかも出来るかもしれないし……)
そこでふとある事に気づく。
兄貴が書庫の本を読んで魔法を覚えたということは、書庫には魔法関連の書籍があるのでは?
(でも、そんな本あったかな……)
書庫がある事は知っていた。
実際に、ヴィルヘルミーナが読んでいる物語はそこから持ってきたものだし、私になってからも何度か足を運んだ事はある。
本は貴重品だ。
その上で魔法に関する書物ともなると、かなりの値段になるだろう。
それなら、どこかにしまってある可能性が高い。
(何にせよそういう本って、ステータスになる部分もあるから、売ったりはしてないはず。
そして、兄貴が書庫の本で魔法を覚えたというなら、今もそこに本はある)
そうと決まれば話は早い。
――今夜、書庫に忍び込もう。
* * *
今日は養生することを言いつけられているのは、私にとって好都合だった。
これ幸いにと昼寝を貪り、私は夜中にこっそりと部屋を抜け出す。
薄暗い廊下をできうる限り音を殺しながら歩いていく。
光源はろうそく程度の光量の、魔法で作られた明かりが等間隔で置かれているので問題ない。
(……それにしても子供で良かった)
深夜とはいえ夜勤の侍女や警備員はいる。
しかし、小柄な子供の身体ならば、物陰に隠れてやり過ごすのは簡単だった。
どうにかこうにか書庫前へ辿り着く。
(あとは中に入ってしまえば――)
成功を確信しながら取っ手に手をかける。
しかし、動かない。
(嘘でしょ……鍵かかってるの!?)
冷静に考えれば本が貴重品である以上、こういった措置がされているのは必然といえよう。
(ここまで来て諦める……?)
こんなに都合よくここまで辿り着く事は、もうできないかもしれないと思うと、未練が残る。
だが現実問題、鍵を開けられない以上、どうしようもないのだ。
(……どうにか開けられないかな……)
鍵穴をじっと見つめて考え続ける。
もういっそ、細い針金的な何かでチャレンジするべきだろうか。
問題はそれがどこにあるのか、そしてそれで本当に開けられるかだ。
そんな事を考えていると、ふいに肩を誰かに叩かれた。
ヴィルヘルミーナ は 忍び込む ことにした!
しかし 鍵 が 掛かっていた!
* * *
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