01/プロローグ
「――本当に目障りな売女ね、お前は」
呪詛のような声音で、白銀の魔女は眼前にいる少女に吐き捨てるように言う。
怒り、憎しみ――そして嫉妬が満ちた、眼差しと言葉。
ただ言葉を発しただけ。
ただ蔑むように見つめただけ。
それだけだというのに、その悪意を向けられた側――少女は蛇に睨まれた蛙のように身を竦ませた。
「わたくしが望んでいた”物”を次から次へと奪っていく……あぁ、これが泥棒猫というのかしら?」
嘲笑するように口元に笑みを浮かべるが、魔女の目はこれっぽっちも笑っていない。
「……っ」
少女は息を飲む。
ばくばくと鼓動が。
背筋を伝う冷たい汗が。
全身の毛が逆立つようなピリピリとした感覚が。
魔女の放つ圧倒的な害意に、最大級の危険を告げて、警鐘を鳴らしている。
だが、どれほど恐ろしくても退けない――退く訳にはいかない。
こくりと小さく喉を鳴らし、気を抜けば逃げ出しそうな自分を叱咤して――少女は前に出た。
彼女は騎士だから。
未熟であろうと、守るべき人たちの為に戦うと決めたのだ。
ここで逃げたら絶対に後悔する。
それに――
「大丈夫だ。君は一人じゃない」
――彼女には仲間がいる。
黄金の輝きを宿した王子が。
無双の武力を鍛え上げた戦士が。
どんな謀をも看破する千里眼の賢者が。
呪文一つで天地を揺るがす大魔法使いが。
彼女と共に戦わんと並び立つ。
少女を守るように並ぶ男達を、魔女は睥睨し、苛立たしげに唇を噛む。
「本当だったら、全部わたくしのモノだったのに。
お前も、お前も、お前も……全部、全部、全部、駒にしてお兄様に差し上げる予定だったのにっ!」
魔女の美しい顔が歪み、憎悪を瞳に宿し――
「あぁ……本当、四方八方に尻を振る盛りの付いた雌犬のせいで……全部、台無し」
――侮蔑した眼差しが、全ての興味を失ったかのように、冷たい殺意へと変わる。
「もう、いい。全部、要らないわ。
だから、お前たちは――ここで消えなさい」
かくして、戦いの幕が開く。
* * *
「何度聞いても怖いわぁ……」
魔女――ヴィルヘルミーナの声優さんは、無名の新人らしいのだが、迫真の演技過ぎる。
前半のどろどろとした情念を感じさせる怨嗟から、一転して放たれる無機質無関心な殺意宣言。
そのギャップの凄まじさが、彼女の狂気を見事に演出していた。
「本当、ザ・悪役って感じ」
そんな感想を抱きながら、気を取り直してテレビ画面を見つめる。
すぐにロード画面が終わり、戦闘画面に移ったので戦闘を進めていく。
『騎士物語~愛の絆~』というこのゲーム。
アドベンチャーパートとRPGパートがあるタイプの乙女ゲーだ。
今やっているのは、そのゲームの終盤――悪役令嬢との戦いである。
(何度こいつに仲間を取られた事か!)
彼女は主人公との親密度が低いキャラクターを、どんどん魅了の能力で奴隷化して奪っていくのだ。
(おかげで親密度上げが面倒くさいっ)
とはいえ、そういった難易度も込みで、このゲームは面白いのだが。
画面では銀髪の派手な印象をした令嬢とその護衛が、敵として立ち塞がっている。
(えーっと、序盤は普通にバフかけて……)
手慣れた作業と化しているので、序盤は問題ない。
すでに何度もクリアし、隠しも含めて全キャラのEDをコンプリート済みだし、スチルだってバッドエンド込みで解放済み。
シナリオもセリフも一部暗記するほどにやり込んだので、いまさらやる必要がないと言えばないのだが。
――発売してから約半年。
最近ネットで、未だ私の発見出来ていない隠しルートのフラグが仕込まれている、という噂を聞いたのだ。
(レベルはほぼカンスト、装備も最強。これならいくらなんでも……っ)
護衛を無視して、ひたすら悪役令嬢のみを狙い続ける。
何度も何度も護衛が彼女を庇うせいで、思うようにHPが削れてくれないが――ついに、悪役令嬢は倒れた。
(――良しっ)
小さくガッツポーズを取りつつゲームの続きを見る。
「おおっ!?」
カットインが入り、護衛が怒りを露わにして雷を纏う。
初めて見る演出に否応にも期待が高まっていく。――そう、噂の隠しルートはこの護衛君なのだ。
魔女ヴィルヘルミーナを守る、本編では名前すら明かされない護衛君。
ストーリーにはほとんど絡まず、下手すると最後のこの戦いでしか会わないルートもある。
そんな悪役令嬢のモブ扱いの彼だが、実は結構な人気がある。
原因は、取り巻きのくせにやたらと格好いい立ち絵と、ファンブックで明かされた生い立ちのせいだろう。
かく言う私も、華やかなメインキャラ達よりも、この実直な感じの彼にときめいた。
散々やり込んだこのゲームを再び始めたのも、彼のルートが出るのなら、という理由である。
「――これは本当にあるかも?」
魔女に魅了されて、護衛としてこき使われている、哀れな騎士。
ヴィルヘルミーナとの決戦で、護衛を倒さず彼女だけを先に倒せば、隠しルートに入れるという噂。
あくまで噂、下手したらファンの勝手な思い込みに尾ひれがついただけの話と、半信半疑だったのだけれど。
(もしかして……っ)
と、期待した直後だ。
画面の中では魔女を倒されて、バーサクモードに入った護衛君が、大暴れして主人公パーティに猛攻をしかけていた。
思わず呆然としてしまう。
「嘘でしょ……? 何この強さ。全員じゃないけれど、カンストしてる子もいるってのに……」
これではラスボスより強い。
(いや、これを倒さないとルート開けないのかもしれないしっ……)
強いが、こっちはタイトなスケジュールで頑張って、親密度とレベルを上げまくったのだ。
装備も整っているし、アイテムだって充実している。
(こんな所で負けられるかっ)
希少な回復アイテムや、強化アイテムを投入して猛攻をなんとか凌ぎ――
「――しゃぁっ!」
なんとかギリギリ倒した。
ガッツポーズを取り、戦闘終了後のシーンを待つものの……何も起きない。
いつもどおりの戦闘後のリザルト画面が終わり、普通に話が再開される。
「……ええー」
ちょっと動かしたり、倒れてるキャラに話しかけてみるも、無言。
……つまり、噂は完全にガセネタだった、という事だ。
自然と重い溜め息が出る。
(せっかく頑張ったのになぁ……。護衛君救うルート……あーぁ)
もう一度ため息を吐いて、ゲームの電源を落とす。
(まぁ、仕方ない)
出かける準備をして部屋を出る。
ゲームをずっとやってて夕飯の準備をし忘れたし、買い物ついでにファンディスクの予約でもしてこよう。
家を出て、青信号を渡っていると遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえた。
何事かと顔をそちらに向けた時には目前に迫る大型トラック。
それはあまりにも突然で。
手で自分を庇うように構える事ぐらいしか出来なかった――
* * *
「――ヘルミーナ様、ヴィルヘルミーナ様」
誰かが呼ぶ声。
はっと気づくと、私は生きていた。
普通あの勢いで大型トラックに突っ込まれたら死ぬ――と思ったのだけれど……奇跡的にも助かったようだ。
私は割と運が良いらしい。
そんな甘い事を考えてが――次の瞬間それは間違いだと気付かされる。
目を開くと見たこともない豪華な天蓋付きベッドと、見知らぬ洋風の部屋と見知らぬ侍女らしき少女の姿。
……一体何がどうなった?
新連載を始めます。
よろしくお願いいたします。
お読み頂きありがとうございました。