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其ノ四 ~呪ワレシ廃屋~


 日本に限らず、世界には呪われていると噂される場所が数多く存在する。

 例を挙げてみれば、まずはアメリカのゴールデンゲートブリッジ。

 二七〇〇万ドルの費用を投じて建設され、一九三七年に開通した吊り橋であり、金門橋とも呼ばれる。サンフランシスコの主要な観光名所であると同時に自殺の名所としても知られ、これまで二〇〇〇人もの人間がこの橋から身を投げているとされる。そのために霧に交じって自殺者の霊が現れるといわれており、映画のテーマになるほどの知名度をもつ場所だ。

 他にも、イタリアのポヴェーリア島。

 このベネチアの市街地近くに浮かぶ小さな島は、十四世紀頃にペスト患者の隔離収容施設として使用されるようになった。だが当時は有効な治療法も確立されておらず、手の施しようのない患者で溢れた島に足を運ぶ医師などいなかった。つまり完全な放置状態にあり、行けば二度と生きては戻れず、ポヴェーリア島に送られるということは死と同義だったのだ。以降約四五〇年近くもの間、島はペスト患者の掃き溜め状態となり、十六万以上もの人間が苦しみの果てに命を落としたとされている。ポヴェーリア島の土壌の半分は死者の遺灰から出来ているという噂もあり、イタリア政府は島を立ち入り禁止区域に指定し、今では『世界で最も幽霊が出る島』とまでいわれている。

 

 そして今、一月が目の前にしている廃屋もまた――おぞましく忌まわしい、いわくつきの場所とされている。

 琴音が惨殺され、そして彼女の祖母も後を追うように死亡し、以降人の手が入らなくなった一階建ての家屋だ。窓ガラスは無残に割れ、壁や屋根も至る所に傷がつき、周りのブロック塀もボロボロに老朽化している。手入れされていない庭には雑草が繁茂しており、植えられた木々が無造作に枝を伸ばしていた。

 いかにも日当たりが悪そうで、湿った場所を好む虫には絶好の環境なのだろう。敷石の上にはムカデやワラジムシが何匹も蠢き、見るだけでも生理的嫌悪感を駆り立てられる。

 ひとたび地震でも起きれば、ひとたまりもなく倒壊しそうな家。建物に生死があるのならば、この廃屋は間違いなく死んだ建物だった。

 

 もう、この家に住む者はいない。しかし『秋崎』と記された表札はいまだに撤去されていなかった。

 理由は簡単に想像がついた、琴音が惨殺され、さらにその祖母も死亡してから、この家は『呪われた家』と呼称されるようになった。鵲村には死者の残留思念、つまり死人が現世に残した想いを重んじる風習があり、死者を愚弄すると祟りが降りかかるという言い伝えも存在していた。そのことも手伝って、この家には殺された少女の怨霊が宿り、近づく者を手当たり次第に呪い殺していく――そんな不気味な噂が広まり、誰もこの家に近づこうとはしないのだ。

 今、自分がしようとしていることは大きな間違いなのかもしれない。そう感じた一月は、思わず唾を飲んだ。

 恐れが全くない、と言えば嘘になる。しかし一月には、引き返すという選択肢は存在していなかった。

 想い人であった少女の死の真相がこのまま明かされず、うやむやになったまま年月だけが過ぎゆき、犯人がのうのうと逃げ延びる。そんなことは断じて、あってはならない。

 ポケットからあのクマのマスコットを取り出して、一月はそれを今一度見つめた。


(琴音……)


 真相を知ってどうしたいのか、犯人を突き止めてどうしたいのか?

 分からない、というのが正直な答えだった。復讐などしたところで琴音は帰ってこない、どんなことをしようとも、死んだ者は生き返らないのだから。

 だが、このまま何もせずにいるという選択肢はなかった。琴音を殺した人間を赦すことはできない、それだけは確かだったのだ。

 二年前の今日、どうして琴音は殺されなくてはならなかったのか、彼女の身に何が起きたのか。

 今、一月が目の前にしている廃屋に、それを知る手掛かりがあるのかもしれなかった。


(きっと、突き止めてみせる……!)


 改めて決意し、一月は廃屋の敷地に踏み入ろうとする。

 その時だった。


《だめ……その家に入ったらだめ……!》


 どこからともなく聞こえてきた少女の声が、一月を引き留めた。


「っ!?」


 驚いた一月は、弾かれるように振り返った。しかし、後ろには誰もいない。単なる空耳か、もしくは環境音か何かを人間の声と聞き違えたのだろうか。

 ただ、一月には今の声が自分に廃屋に立ち入らないよう警告していたような気がした。

  

(気のせいか?)


 今一度耳を澄ませてみたが、もう声は聞こえない。

 怪訝には思ったものの、一月はすぐに自らの目的を思い出した。

 そう、今自分は想い人であった少女の死の真相を探るためにここに来ている、立ち止まっている場合ではない。

 軽く深呼吸して、一月はブロック塀の門をくぐり、廃屋の敷地内へと踏み入った。

 





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