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其ノ弐拾弐 ~一月ノ決断~


 千芹が持っていた物を見た一月は、驚きを隠そうともしなかった。

 なんと彼女は、古びた鞘に収められた真剣をその両手に抱えていたのだ。

 大いに見覚えのある真剣――そう既視感を覚えた一月は記憶を辿り、すぐに気がついた。剣道場で、師である黛玄正の机の下で見つけた霊刀。鵲村の名のある僧侶が自らの手で打ち出し、その手で魔よけの力を込めたといういわくつきの品。

 名前は確か、『霊刀・天庭』だ。


「それ、どうして……」


 この霊刀を、天庭を見つけた時、元の場所に戻しておくよう頼んだはずだった。

 一月の問いに、千芹は祈るような眼差しで答える。


「ごめん、いつきには絶対にこれが必要になるって分かってたから……あの剣道場から持ってきていたの」


 即座に、一月の頭に疑問が浮かぶ。

 小刀や竹筒と違い、天庭は袂に入れておける大きさではない。剣道場から持ち出せば必ず目に留まったはず――と思った矢先、千芹は一月の考えを先読みしたかのように、説明し始めた。


「わたしはね、持っている物を人に見せないようにもできるの」


 途端、千芹が抱えていた天庭が消滅した。

 驚いた一月が息を呑んだ次の瞬間、今度は天庭が出現した。いや、『出現した』というのは適切ではない。千芹の力によって一月には見えなくなっていただけで、ずっとそこにあったのだろう。

 

「ほらね?」


 論より証拠、とでも言いたげに実演した千芹。精霊という存在は、そんな能力も有していたのかと一月は思う。

 そして千芹は、本題へと話を移す。 


「お願いいつき……あの鬼を止められるのはいつきだけなの」


 彼女の言葉に、一月は疑問を呈した。


「どういうこと?」


 真剣を武器として琴音を止めるのなら、剣を扱える者であれば誰でも構わないはず。自分に限定する必要性はないのではと一月は思った。

 すると千芹は、手にした天庭に視線を落として語り始める。


「これ……作られてからもう何百年も経ってて、霊力が弱まりつつあるの。このままだときっと、ことねに立ち向かうには力が足りない……」


 既にこの刀は無用の長物である、という意味に解釈した一月は、千芹に問うた。


「つまり、それはもう役に立たないってこと?」


 千芹は一月を見上げながら、首を横に振った。


「そんなことはないよ。わたしがこの刀に宿れば、わたしの霊力で弱まった力を補えるの」


 彼女の言う意味が理解できず、一月は「えっ?」という疑問の声を発するのみだった。

 すると彼女は、


「説明するよりも、実際にやってみたほうが早いかな」


 そう言うと、唐突に天庭を一月へと差し出してきた。


「わ、ちょ……!」


 驚きつつも、反射的に一月は受け取ってしまう。天庭の鞘はひやりと冷たく、ずしりと金属の重みがあった。

 押しつけるように天庭を渡した千芹、彼女は目を閉じ、なにかの呪文を唱え始めた。

 耳で聞いてもまるで理解不能な言葉の羅列――次の瞬間、千芹の小さな体がふわりと宙に浮いた。風に揺らめくように、その長い黒髪や白い和服の袂が揺れているのが分かった。


「っ……!」


 息を呑んだのも束の間、千芹は大きな青い光球へと姿を変える。病院の廊下が、神々しく幻想的な光で照らし出される。

 そのまま、誘われるように一月が持つ天庭へと向かい、元は千芹だった光球が刀と同化する。すると天庭が青い光を放ち、冷たかった鞘が少しばかり暖かくなった。

 頭に直接、千芹の声が浮かぶ。


《こういうことだよ、いつき》


 一月は天庭を見つめる。


《わたしは今、この天庭に宿っているの。わたしの霊力も一緒にね》


 自らを霊刀に宿す、これも精霊が持っている能力のようだった。


「こんなことまで……」


《そう。この刀だけだったら無理だったけれど、わたしの力も加わっているこの状態なら、きっとことねにも立ち向かえる……》


 青い光が天庭から分離し、また青い光球となって宙に浮かぶ。

 そして一際強い光を放ったと思った瞬間、千芹の姿が現れた。とん、と彼女は着地する。

 彼女は一月へと歩み寄り、


「わたしはいつきにしか力を貸せない、だからいつきじゃないと……他の人じゃだめなの」


 悲しみの滲む瞳で、千芹が見つめてくる。

 琴音を止めなければ、これからも犠牲者は現れ続ける。いや、今この瞬間にも誰かが惨く殺されているかもしれないのだ。

 一月は、廃屋で目にしたあの女子高生達の死体を思い出した。あんな姿にされる人が、これからも現れるかもしれない。そう思うと、理不尽さと不条理さで気がおかしくなりそうだ。

 しかし、一月にはどうしても引っ掛かるものがあった。


「僕じゃなきゃいけないのは分かった。琴音を急いで止めなきゃならないってことも、そうしなければ、多くの人が殺されるってことも……」


 千芹の表情が明るくなる、望んだ答えが返ってくると思ったのだろう。

 だが次に発する言葉で、一月はそんな彼女の期待を裏切る。


「でも、どうしても僕には……琴音を斬るだなんてことは……」


 それがどういう意図で発せられた言葉なのか、説明する必要もなかったらしい。

 千芹の表情から明るさは消えゆき、彼女は俯いてしまう。

 鬼へと姿を変えても、彼女は琴音だ。自分の想い人である少女に刃を向けるなど、できるわけがない――それが、一月の答えだった。

 しかし千芹はまた顔を上げて、真に迫る眼差しで一月を見つめた。


「いつきの知っていることねは、あんな恐ろしいことをする人だったの?」


 その言葉に、声が喉の奥で押しつぶされる。

 廃屋で目にした、二人の女子高生の惨殺死体。自らの手の平を、鋭利なガラス片で壁に打ちつけられたこと。それから、危うく母が殺されそうになったこと――琴音がもたらした数々の呪い、戦慄すべき惨劇が脳裏をよぎるのが、一月には分かった。

 

「本当は気づいてるんでしょう? もうあれはことねじゃない……」


 千芹の言う通りだった。

 秋崎琴音は、一月がずっと好きだった少女はもう、この世のどこにもいないのだ。真面目でひた向きで、優しくて、いつも一月の隣にいた琴音は負念に飲み込まれ、鬼と化した。

 このまま、琴音を放っておいていいのか。そう自問した一月は、すぐに答えを見出した。

 放っておいていいはずがない。

 彼女を想えばこそ、自分の手で止めなければならない。


「悲しいことを、全部終わらせに行こう?」


 千芹が、一月の手を握ってくる。柔らかくて暖かく、人のそれと変わらなく思えた。


「大丈夫だよ、いつきを一人にはさせない……なにがあっても守ってみせる。絶対に」


 押し黙っていた一月は、口を開いた。

 

「分かった。止めに行こう……鬼を」






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