其ノ拾四 ~邂逅~
覚悟を決めるように、一月は唾を飲む。
先程見つけ出した、琴音が殺害された事件に関する著書を躊躇いがちに開き、その中身を黙読する。
(これは……)
そこに記された内容は、
『鵲村女子中学生変死事件の後、この鵲村で立て続けに発生している失踪事件。
小さな子供から、果ては老人。行方が掴めなくなるという事件が頻発しており、警察は懸命に捜索を続けているが、いずれも有力な手掛かりは掴めないままとのことだ。
鵲村女子中学生変死事件の直後に発生した、この謎の集団失踪。この本を著する私は、単なる偶然だとは思っていない。
二つの事件には何らかの関係がある……それが私の考えである』
昨今、鵲村で続出している失踪事件。この村に住んでいる者ならば周知の事実だろう。
当然ながら一月も知っている。警察による捜査が行われているらしいが、未だ手がかりの一つも掴めていないということだった。確かこの失踪事件の影響で高校も部活動を禁止し、警官が村を巡回する措置を取っていたはずだ。
この本の著者は、琴音が殺された事件とこの失踪事件に関連性を抱いているらしい。
一体どういうことなのか……一瞬そう思った一月は、程なくしてある仮説に直面した。恐ろしい想像に、背中が凍るような気がする。
思わず、声を出してしまった。
「まさか……?」
思い違いであってくれ……そう願いつつ、一月は本を読み進めていく。
『少しばかり脱線するが、ここである一人の女性の話をしよう。その女性とは、先に語った鵲村女子中学生変死事件の被害者……秋崎琴音さん(当時十四歳)の祖母、秋崎菊代さんである。凄惨極まる殺され方をした琴音さんのことは広く知れ渡っているが、彼女と共に暮らしていた菊代さんのことはあまり知られていない』
(琴音のおばあさん……?)
唐突に出てきた秋崎菊代という名前に、一月は驚く。
詳細は分からないが、琴音は幼い頃に両親を亡くしている。親を失ってから、琴音は祖母のもとへ身を寄せて暮らしていた。親に代わって琴音を育てていた女性――記憶を辿ってみれば、一月も何度か顔を会わせたことがあった。
これまでは名前も知らなかった琴音の祖母が、なにか事件と関係あるのだろうか。
『筆者が独自に調査を行った結果、秋崎菊代さんは村でも少しばかり名の知れた霊媒師で、村民の霊に関する悩みをいくつも解決した実績を持っていた。私は菊代さんの除霊を受けた人々に接触したが、いずれも評判は上々であり、皆菊代さんのお陰で霊障から解放されたと語っている。現実離れしているかもしれないが、菊代さんが霊的な力を持ち合わせていたことは事実と思って間違いない。筆者は彼女に接触を試みたが、菊代さんもまた謎の失踪を遂げており、安否不明となっていた』
風化しつつあるとも感じられるが、鵲村では霊という存在を重んじる風習がある。あの鬼に関する言い伝えもその一環だ。霊媒師という職業も、この村では案外需要があるのかもしれない。
なんだかオカルトめいた内容になってきた、と一月は感じた。もしこの本を読んでいるのが彼でなければ、恐らく作者の正気を疑っただろう。
霊媒師に相談すれば、あの鬼と化した琴音も止めてもらえるのだろうか。いや、きっと無理だ。本当かどうかも疑わしい、胡散臭い霊媒師に縋っても事態は変わらない。
そもそも一月には、あの鬼と化した琴音は『霊』という枠に収まりきるものではない気がした。あれは霊よりもっと恐ろしく、忌むべき存在……鬼なのだ。
一月は、本のページをめくった。出だしは、
『私には、この鵲村女子中学生変死事件、それに伴う集団失踪。これらがただの事件だとは思えない』
その先には、さらに現実離れしたことが記されていた。
『これから記すのは、あくまで筆者の仮説であることをお忘れなく。
村民ならば知らない者は少ないかも知れないが、この鵲村には古くから伝承されてきた、ある言い伝えがある。ここに、その内容を原文のままの形で掲載する。
人が死を迎ふる時、その肉体は土へと帰るが、生前にその者が抱きたりし想ひは現世に残る。
怒りや恨み、憎しみ、嫉み。現世に残されし死人達の負の想ひは連なり、寄り添い、やがて『鬼』となりて形を成す。
鬼となりし負の感情の塊は、行き場のなき想ひを鎮める生贄を求めて生者を襲い、死の世界へと誘ふ。
死の世界へと誘はれし生者の魂は鬼の負の思念に取り込まれ、思ひ出も記憶も、理性も全て失ひ、鬼の一部となる。
何が言いたいのか、と問う読者の為に、筆者は単刀直入に書く。
この事件は、人間によって起こされたものではないのかも知れない。掲載した鵲村の言い伝えにある、鬼という存在がもたらした、恐るべき怪異である……という可能性がある。
極めて非科学的で、馬鹿げた話であると言われるのは覚悟している。正気を疑われても無理はないと思う。
だが、では犯人は一体誰なのか。一人の人間を無残に殺し、さらに大勢の人間を消失させたにも関わらず、警察に何の手掛かりも掴ませない人間など、居るものだろうか。そして、失踪した人々はどこへ行ったのか?
筆者は、この女子中学生変死事件とそれに伴って起こった失踪事件に、何か人智を越えた存在の関わりを感じてならない。
一先ず、ここでペンを置いておきたいと思う』
そこまで読んで、一月は確信を得た。
彼の頭の中で浮かびつつあった仮説が、パズルのピースを組み上げるように形になっていく。
殺された被害者の琴音。そして、その後村で頻発している失踪事件の犯人も、琴音なのだ。鬼と化した琴音が、恐らくあの廃屋に踏み入ってくる者全てを取り殺し、呪いの餌食にしているのだ。あの廃屋には、二人の女生徒の惨殺死体があった。さらに一月自身が鬼と化した琴音に遭遇し、危うく殺されそうになった……その事実こそが、動かぬ証拠だった。
これこそが、琴音が殺されてからこの村で頻発している失踪事件の真相である。そう断じるには証拠が足りない気もするが、そう考えれば全ての辻褄が合った。
「そういうこと……だったのか……」
一月の言葉が、雨音の中に消えていく。
隣から、千芹が問うてきた。
「なにか、分かったの?」
一月は頷き、また本のページをめくる。これが最後のページなので、次は白紙だろうと思った。
しかし、
『著・黛 玄正』
著者の名前が、小さく記されていた。
それを見た瞬間、一月は驚きの声を上げた。
「あっ……!?」
一月は思わず、その名を何度か見返した。そして見間違いではないことを確信する。一月自身も含め、この鵲村では特徴的な苗字を持つ人が多いから、同姓同名の別人である可能性は極めて低い。
「どうしたの?」
その名前を見つめたまま、一月は絞り出すように言った。
「まさか、黛先生……?」