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僕が愛した狼

作者: 御來間 杏

僕は人間に捨てられた。

だから長い間森で暮らしたことがある。

その間に僕はいろんな動物たちと仲間になった。

特に僕の育て親である「ミア」という狼とその仲間とはとても親しい仲だった。

そのうち、森にヒトが入ってくるようになった。

数回は狼たちちっしょに隠れていたが、多分足が出ていたのか、僕はヒトに見つかってしまった。

狼たちとはそこでお別れだった。

人間は動物を狩る。僕が意地を張ってそこにいようものなら、ほかの動物達も見つかってしまっていたことだろう。

僕もそれを察したし、動物たちもそれはわかっていた。でも、ミアは少し寂しそうな顔をしていた。

その顔を見て僕も少し寂しくなってしまった。

けれど、背に腹は代えられない。

僕は「ミア」に、さよならを伝えて、その森を去っていった。


それから10年もたったころだろうか。

僕はもう普通の人間だ。普通の人間に育てられ、人間の言葉はもう理解しきっていた。

ただ、普通の人間になっても、あの森にいた頃が懐かしい。

人間の世界よりもあそこのほうがはるかに楽しかった。

木漏れ日や、動物たちのふわふわな毛、心地いいものはほかにもたくさんあった。

それに、あそこはどんなにドロドロになってもかまわない。かくれんぼするときはよく落ち葉の下なんかに隠れていた。

楽しかった。ただその一言限りだ。


ふらっと外に出た時、あの森にもう一回行ってみようかと考えた。もしかしたらミアはもう死んでいるかもしれないし、仲間はもういないかもしれない。でも、行ってみる価値はある。

そう決心してその森の方向へ歩き出した。


森はいやというほどシンと静まり返っていた。

最初、それが何でかわからなかった。でもちょっとすれば一瞬で分かった。

そうして僕は、木を一回たたいて、その根元に座った。

たくさんある木のなか、座って見つめていた木からかさっという音が聞こえた。

それから間もなく、一匹の狼が僕に向かって走ってきた。

ミアだ。ぼくはそう確信した。

その確信通り、それはミアだった。

僕の胸元に前足を当てて僕の顔をなめてくる。

「憶えててくれたんだね、ミア」

今度は僕が顔をミアの顔に当てる。

『あたりまえでしょ。あれから私がどれだけ寂しい思いしたと思ってるの。』

「ごめんね。」

『いいの。こうやってあなたは戻ってきてくれた。それだけでうれしいことだよ。』

そんなやり取りを繰り返してたら、顔見知りの狼たちがまた集まってきた。

そして、僕は山道を案内されながら狼たちの集落にたどり着いた。


『人間の生活は楽しい?』

ミアがそんなことを問いかけてきた。

「森の生活と比べれば、あんまり楽しくないかな。」

『なんで?』

ミアは表情一つ変えずまた問いかけてきた

「人間の世界は規律が多すぎる。動物が暮らすにはちょっと窮屈すぎるのさ。」

『はは。君は人間なのに、そんなことがいえるのか。』

「こうみえて森育ちだからね。」

冗談交じりの楽しい会話が続く。

「そっちは何か変わったことはあるのかい?」

次は僕が質問する。

『上の世代がいなくなって、私が長になったくらいさ。』

見渡してみれば、確かにミア達以上に大きい狼は一人としていない。

「それだけ?」

『...ああ。』

ミアが若干何かを隠したような気がした。でも、僕はそれ以上踏み込みはしなかった。


屋外で寝るのは久しぶりだ。時期が夏なこともあってとても心地いい。

街の光も届かないので、散らばされた白砂のように綺麗な星が見える

『寝れる?』

「うん。空を眺めてるだけだよ」

ミアは僕を囲むようにその場に寝ころんだ。

『そんなに綺麗かい?この空が。』

「うん。」

『私たちは見飽きちゃったけどねぇ。』

「街中は灯りが多すぎてね、星なんてこの半分ぐらいしか見えないよ。」

『私は君が嬉しく思えばそれでいいさ。』

そう言って、ミアは眼を閉じた。

僕も、ミアのふわふわな毛の中でそっと目を閉じた。


パアン!!と鋭い音がして僕は目を覚ました。ミアの姿はそこにはなかった。

「まさか...」

おそらく、いや確実に今の音は猟銃の音だ。

つまり、この森に生態系があるということを知った人間がこの森に狩りをしに来たということになる。

狩りはもう始まっているに違いない。もし、ミアが狩られていたとしたら...。

僕の足は自然と動き出していた。ミア達狼の危機を察して。


一匹の狼が見えた。あちらもこっちに気が付いたようだ。

一瞬身構えられたが、僕と知ってすぐに警戒を解く。

「何が起きてる?」

『人間が集団で狩りを始めたんだ。数は3から5人』

やはりだ。僕は確信した。

「狩られた狼は?」

『いまはいないと思うよ。』

それを聞いて安心した。しかし、その安心はすぐに不安に変わる。

パアン!!

新しい銃声だ。

ギャン

それと共に短い悲鳴。狼のものだ。

もしこれがミアのだったら...。

とてつもない不安。それが僕の足を動かす。

『待て、危ない。』

「やだ。僕は行く。」

忠告を無視して僕は悲鳴の聞こえた方向に走り出す。


あの悲鳴はやはりミアのものだった。銃弾が当たった右足から血を垂らしながら、木の陰で横たわっている。死んでしまったのではないか。不安がまた大きくなる。

「ミア!!」

横たわっていたミアの耳がぴくっと動いた。

『...』

「ミア、大丈夫か。」

『...ああ、なんとか。』

意識はある。

僕はミアを狼の集落へと持ち帰ることにした。ミアは大きい個体で、体を支えるので精一杯になってしまうほどだが、それでも僕はミアを持ち上げた。

『やめろ。下ろせ。』

「でもミア!」

『私がいなきゃ、ほかの狼が傷ついてしまう。わかってくれ。』

「...ッツ!」

僕はミアをそっと地面に下ろす。ミアはそれから時間もたたないうちに立ち上がった。

『心配しなくても、すぐ戻るよ。』

ミアはそういうと、けがをしてるとは思えないスピードで駆けていった。

僕はミアが不安であると同時に、ミアに何もしてやれなかったことを悔やんだ。

それからほどなくして、狼の遠吠えが聞こえた。

人間たちを森から追い出した証拠だ。

それでも僕はまだ不安だった。


集落にはとてつもなく張り詰めた空気が漂っていた。

「ミアはいる?」

そばにいた狼に聞いてみる。

『ああ。あそこに。』

その場所はミアと昨日寝た場所だった。そこには、怪我だらけのミアが、横たわっていた。

ほかの狼たちも、ミアを心配そうに見ていた。

「ミア?」

『...ああ、君か。』

「大丈夫か?」

『...それとは程遠い状態かな。』

ほほえみながらミアは答える。少しでも心配させまいとしているのだ。

『もう心配ないから、あの子と二人きりにさせてくれ。』

ミアはほかの狼たちにそう言った。狼たちは、一瞬、でも、とためらったが、それでも僕とミアを二人きりにしてくれた。


「ごめんね。ミア」

『君が何を謝る必要がある?』

「人間として。」

『君は何もしてないさ。むしろ小さいときは私たちをかばって出て行ったんだろう?』

「それはそうだけど。」

『君は何もしてない。それだけでいいじゃないか。』

「...」

返す言葉がなくなってしまう。ミアはとんでもなく優しい。それだけに傷つけた人間のことが許せなくて、そう思うたびに自分が人間であることを恥じてしまう。

『...仕方のないことなのさ。人間は動物の中でも一番上の存在だからさ。』

「理不尽だとは思わないのかい?」

『昔は思っていたけどね。私たちも動物を食らっている身だ。何も言えやしないよ。』

「...」

また僕は黙り込んでしまう。ミアだけじゃない。ほかの狼たちだってきっとそう割り切っているのだ。

『ただで喰われてやるようなことはしないけどね。』

「...」

励ますような言動にも僕は応えることはできなかった。

しばらくして、ミアがため息をついた。

『結局人間は人間、狼は狼なのさ。誰がどういおうとこの関係は変わりはしない。』

少し間をおいてミアは次にこんなことを言った。

『多分私はもう少しで死んでしまう』

わかってはいた。理解してはいた。けど、その言葉は僕の胸に深く突き刺さった。

『だから私の過去や体験は全部君に明かそう。

私は、あなたが去ってから、ちょっとして三匹子を産んだ。三年もすればもう大人の狼の体になる。

大人になった子供たちは少し離れたところでいつものように遊んでいた。いつもなら、遊んでいても危険はなかった。無かったはずだった。ーいきなり、鋭い音が聞こえた。そう、銃声さ。それによって、私の子供は一匹死んだ。憤った二匹の子たちは銃を持っていた人間に立ち向かった。戦い方さえ知っていれば、まさか、二匹ともは死ななかったろうにね。子供の父親、私の夫は、その人間をかみ殺した。私はただただ怯えていたよ。何かできることがればよかったけど。』

そこで話は切れる。

「...それでも、そんなことされても人間をなぜ許せるの?」

『...君がいるからだよ。』

え、と僕は振り返る。

『私は君を愛している。もし人間を信じれなかったらそれはすなわち君までも信じれなくなってしまう。信じれたとしても、君を間違って噛み殺してしまうかも。』

「それだけ?」

『それだけ。』

信じれなかった。それだけで人間を信じようとは。でも僕は、愛されていると言われて、とてもうれしくなった。同時に悲しくもなった。

『生まれ変われたら、人間に生まれ変わりたいなあ。』

「ミア...」

『それで君を、君だけを愛していたい。』

「...」

嬉しさと、いまのミアを失ってしまう悲しさとで、気持ちが浮き沈みを繰り返す。

「ミアは来世で僕を見つけられるかな?」

『きっと見つけるさ。愛ってものはどんなものよりも香しく匂うからね。その匂いをたどってけばきっと君にたどり着く。』

「でも来世は人間だろ?」

『それでも、きっと私は君を見つけるよ。』

もうどんなに願っても、狼としてのミアは死んでしまう。

それならば、いまできるだけ、こういう風な話をしていよう。それは僕にとっても、ミアにとっても幸せなことだから。

ミアと僕は、夜、月が見えなくなるまでこんな話を続けていた。


朝、ミアはいつも早起きだというのに、おきていなかった

僕は、ミアの冷たくなったけれど温かみのあるモフモフの毛に手を置いて、

「僕はいつまでも待ってる。」

そう言った。

ほかの狼たちに向けて別れを言い、僕は狼たちの集落を立ち去った。

きっとミアが来てくれるのを信じて。





『必ず会いに行くからね』





御終い


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