第五話、変化したもの
第五話です
よろしくお願いします
地獄のような時間が終わった。
まったくと言っていいほど理解ができなかったがどうにか生き残ることができたらしい。
「・・・・・・大丈夫だったかしら?」
「まあなんとか。助かったよ」
「・・・ごめんなさい」
「いや、委員長が謝るこったないだろ」
実際騒ぎの原因はあいつらなのだ。むしろ謝罪を、いやいい、謝罪とかいいからこれからはもう巻き込まないで。近寄らないで。
「委員長、今はとにかく教室へ戻ろう」
「・・・そうね。行きましょう」
暗くなってしまった顔のまま先へ行ってしまう。問題が問題なだけになんとも言えず、声をかけられぬままに教室へと着いてしまった。
意気消沈している委員長に、先程の騒ぎを見ていた女子の数人が近付いて声を掛けに来てくれた。
「委員長大丈夫だった?」
「なんかいつもと違ったね」
「朝もあんなだったじゃん」
「ありがとうみんな。心配しないで、早く授業の用意をしましょ」
はーい!、と元気よく唱和し自分達の席に散っていく。
幾分か気分が優れたんだろう、顔色が少し良くなったみたいだ。俺もさっさと席に戻ろう。
◾
授業担当の教師が教壇の前に立つ。教科書、ノートのパラパラとめくれる音。教師の声。生徒の息づかい。シャーペンの書き走る音。机や椅子の軋み。窓を叩く風。揺れる木の葉。差し込んでくる日の光。
ああ、いいな。この時間はいい。ささくれていた気持ちが凪いでいくのがわかる。
余計な音が混じらず全体の意思が真っ直ぐだ。普段はお祭り好きなくせしてこういうときはいやに真面目になる。まあ先程の騒ぎを見ていた連中も多いだろうに。委員長に気を使ってくれているのだろう。
さあどうしたもんか、そもそも俺が関わってどうにかなる問題なのか?
あいつらが騒動を起こすのはいつものことだ。委員長がそれを止めるのもそうだ。なのに今回、いや今日に限ってあいつらは止まらなかった。去り際の細川の態度、なにかあったのはもう確実だろう。
しかしなんだ、なにがあったらあそこまで態度が変わるっていうんだ。ああいった対応を取るなんて余程のことだ。なんたって今まで積み重ねてきた関係性を崩しかねかないからな。
日常とはそういうものだ。同じ日はないといいつつ、パターンやルーチンというものは存在している。神田橋たちの関係性だってそれに当てはまる。どうしたって枠の内側にいる、その安心感に支えられている。その安心感を自分から手放すなんて、やっぱりよっぽどのことだ。
だがしかし、この三人の関係に首を突っ込んでいいもんだろうか。
あくまで俺は巻き込まれただけで、本当だったら関わることだってなかったかもしれないんだ。
もしかしたら余計なことかもしれないし、事態が更に悪化するかもしれない。
今はあまり触れないほうがいいのかもしれない。また巻き込まれて迷惑かけるわけにもいかにだろうしな。
ちらりと、前の席にいる委員長に目線を傾けた。
あんなことがあっても、彼女は前を向いている。
そんな姿を、俺は信じてみることにした。
◾
それから一週間、不審な音の噂もその正体が明るみに出ることはなく、今も謎のままでいる。
委員長たち三人の関係も変わったまま、もとに戻る様子は見られなかった。
だが、そういったことに関心を向けるには、いささか俺の心の余裕というものが足りていなかった。
◾
「・・・・・・また、今日もなのか」
一週間前、俺の身に起こった怪現象。記憶の不鮮明化、覚えのない移動、異様なほどの健やかな起床。
それらすべてが、今日まで途切れることなく続いているのだ。
さすがの俺でも気がおかしくなりそうだった。毎夜ごとに繰り返されるこの現象のせいで、肉体的にはともかく精神的にはかなり追い詰められていた。
俺の生活に干渉しているくせにその正体ををけして明かすことがない。こんなやりかた、愉快犯でもやりゃしない。
わざわざ他人様の家に侵入してやることがこれか?。寝床を移動させて快適な目覚めを提供するようなことを一週間も御丁寧に?。それこそまじめを通り越して狂ってやがる。
そもそも侵入された形跡が見当たらない。
ピッキングを疑ったが玄関の鍵にそれらしい痕はなかった。全部の部屋の窓、鍵も確認したが割れたり壊れたりしたものは一つもない。鍵の存在が頭に浮かんだが、俺、両親ともにしっかりと管理している。だれかに拾われたなんてことも一度だってない。
さらにこいつは金品を狙っているわけでもないらしい。他の部屋どれもに誰かが立ち入った様子はなかった。
ここまでの犯人の行動をまとめると、
・合鍵やピッキングを使用することなく家に出入りできる。
・金品が目的ではない
・狙いは俺一人
・部屋の角の追いやられ、追い出され、その前後の記憶がない
・身体に何かされた様子はなく、むしろ快適に目覚める
そんなことを、一週間。
一週間だ。
爽快な目覚めをする度、背筋に寒気が走るようになった。
眠るのがだんだん怖くなって、それでもいつの間にか眠っている。
ベットから動かされ部屋のあちこちに気づけばいる。
何度思い出そうとしても寝る前にした行動が思い出せない。
家のなかでもそうなのに、学校に行けば騒動ばかり。気が休まらず癒すこともできない。共働きで家にいないことが多い両親に話すことも、教師に相談することもできない。だれが信じるんだこんなこと!!
俺以外が状況だけを聞けば、俺がおかしくなっただけだ。夢遊病にでもなったんだと。
でも俺はまともだ。まともだと断言できる!!
証拠だってある。
それが昨日分かった瞬間、俺はもう喜びに震えたね。
だってそれは有り得ないことだったからな。俺以外のだれか、それこそこの異変の犯人様でもなけりゃ出来ないことだった。
一階の奥の部屋に設置された金庫にそれが入っている。こんなことが起こるなんて想定していなかったためその存在を忘れていたが、自分の部屋に置いたままではいつ紛失するかわからない。金目のものに興味がないこの犯人には絶好の隠し場所でもあるわけだ。
これが。
これだけが、俺を正気だと証明してくれている。
正直その他のことについてはまったくわからねぇ。今だって頭を抱えてる。
どうやって入ってくんのかも、記憶がないのも、なんで移動させんのかも、目覚めがよくなんのも、これっぽっちも理解できねぇ!!
でも『誰か』がやったことだってことははっきりしてる。
その『誰か』がいるってことはわかってる。
『誰か』が俺の日常を、ぐちゃぐちゃにしたのを理解できる。
今日もまたジリリと目覚ましが鳴った。
俺の日常の合図だった。
いつも通りが始まるはずの、いつも通りの音だった。
おもむろに立ち上がる。
ゆっくりと、騒ぎ立てる目覚ましに、ゆっくりと近づいた。
鳴り止まないそれを、しっかりと手に握った。
できる限りの力を込めて、自分の一番高いとこから、有らん限りの感情とともに、
一気に床へと振り落とす。
ドンとも、ベキともつかない音で、目覚ましは壊れた。
いままで日常を告げていたそれは、あっけなく壊れた。
それはまるで今の自分のようだった。
初めて買ってもらった時計だった。
お気に入りの時計だった。
これは自分の日常の一部だった。
もう、それはない。
直さなくては帰ってこない。
直さなくては、戻ってこないのだ。
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