第四話、主人公 神田橋正道
第四話です
よろしくお願いします
俺の足首を掴むこの男、神田橋正道というやつについて知っていることは多くない。しかし、そのすべてがこの男に対する印象を悪くしている。
のぞき。
セクハラ。
器物破損。
不法侵入。
それらすべてがこういったラブコメ的展開の起承転結に関わっているから冗談ではすまない。
それなのにこの男の行動が治りもしないのは、こいつ自身の性格的な面が多大に関係している。
こいつには悪意というものがなく、正義感で動いているらしい。
相手の感情を機微に鈍く、無神経な言動。
自分に不都合なことが聞こえない。聞こえても意味を履き違える。
深く考えることなく善意で行動し、その結果を押し付けてくる。
こういった自分の善意優先、正義感優先の行動を繰り返している結果、騒動をたびたび起こす、所謂トラブルメーカーなやつだった。
そんな男に絡まれたということのヤバさ、ここまでいえばわかるだろう。
「離してもらえるか」
「そう言わずにさ、助けてくれないか。ちょっとヤバイんだ」
ヤバイのはこっちじゃボケェ、そんな内心を知らないあいつは立ち上がるとこっちの背後に隠れ、腰のあたりを掴んでくる。確実に俺を盾にする気だろう。ふざけやがって。
「正道、あんた男らしくないじゃない」
「そういう絹恵は女らしさが足らないんじゃないか」
「へぇ、いうじゃない」
やめろ、俺を挟んで言い争うな。俺を解放しろ。放せぇ!!
「そこのあんた、退いてくれない?」
「君、絶対によけないでね」
「人権を主張するのは?」
「今は無しだ」
驚いたことにこいつは他人の人権すら無視できるらしい。抵抗しようとしても思ったより強い力でがっしり掴まれてしまっている。
どうする、事態を穏便に済まさなければ被害が自分にまで及ぶのは確実。そもそもどうしてこうなったのだ。
「細川さん」
「なに、肉壁さん」
本格的にヤバそうだ。
「あ、いや、どうしてこんなことになったのかなって」
「いう必要ある?」
「こうして巻き込まれたるんだけど」
「災難だけどあきらめて」
「助けてポリスメン」
ここで生存を諦めるわけにはいかない。現状を打開するために頭をフルに働かせるんだ。後ろにいるこのバカをどうにかしてポニテに引き渡す手段を。
「神田橋」
「なんだい?」
「なんでこんなことになってるんだ」
「僕が知るわけないだろ」
「さようで」
くそ、だめか。一縷の望みにかけて聞いてみたがそもそも原因が分かるようなやつならこんな事態にはなっていない。どうすんだこれ。
「正道、あんたほんとにわかってないわけ?」
「だから、わからないって言ってんだろ」
む、これは新しい展開。状況次第では活路が、
「そう、じゃやっぱりブッ飛ばすわ・・・!!」
開くはずありませんねわかってました。
さらなる怒気を撒き散らしながらこちらとの短い距離を着実に縮めてくる。最後の抵抗として神田橋の手を振りほどこうとするが渾身の力で離そうとしない。まずい、このままでは本当にバカごとぶっ飛ばされてしまう。
覚悟を決めて殴られるしかないのか。そんな思いが胸に広がり始めようかとしたとき、
「なにをしているんですか、あなたたちは?」
もうだめかと思った瞬間、救いの手は別のところから差し出されたのだった。
声の主の方へと顔を向ける。そこには我らがマドンナ、前畑妙子の凛々しい姿があった。
やった、これでかつる!
俺は内心狂喜乱舞していた。なぜならこの迷惑コンビ、委員長に対して頭が上がらないのだ。
どうにも聞いた話によると、この三人、幼馴染みの関係であるらしいのだ。小さい頃からの上下関係が入れ替わることなく並ぶことなくここまで来ており、普段の態度が嘘のように両者とも大人しくなってしまうらしい。
そのため学校内の神田橋関係の騒動について熟知しており、発生の防止や予防にかなり貢献している。
そんな人物がここに来たということはそう、もうこの問題も解決に向かうということ確定的に明らかなのだ。
「それで正道君。これはどういう状況なの?」
「妙ねぇは黙っててくれよ。関係ないだろ」
「他人を盾にしている人に言われたくないわね」
・・・・・・ん?
「絹恵ちゃん?」
「正道と同意見です。これは二人の問題です」
「三人目がそこにいるのだけど」
・・・・・・んん?
「とりあえずその人を離してくれないかしら?」
「嫌だね」
「無問題」
話と全然チゲェーーーーー!!!!
聞いてた内容と全く違うんですけどーーー!!!!
ここってあれじゃないの!?委員長が二人を諫めて場が丸く収まる場面でしょ!?なんでそろって反抗してんだこのバカコンビは!?
しかも意地でも俺を巻き込もうとするその鉄のような意思はどこから来ているというんだ!?
「助けて委員長ぉお!!」
「彼もこう言ってるわ。離してあげて」
「そうはいかないよ。なあ相棒」
「壁は砕くためにあるわ」
殺意高すぎぃ!!!
こいつらもしかして、最初の目的忘れてるわけじゃないよな。もしそうならどんだけひどい頭ん中してるんだって話になるぞ!
「死んでも離さない・・・!」
神田橋てめぇなに熱くなってんだ!?そんなことに真剣にならなくてもいいからとにかく俺を解放しろ!!
「障害、ということね。わかったわ」
細川お前違うよぉ、そんな、『覚悟、決めました』、みたいな場面じゃないから。狙う対象が違うじゃんようぅ。
「私のいうことが聞けない。そういうことかしら?」
頼む委員長、早くこいつら何とかして!でもその寒気のするような目線でこっちを見るのは勘弁してくれ!
三つ巴の猛獣の檻の中に放り込まれた気分になってきていた俺は、もう声を挟む余裕すら失っていた。
細川が動き出せば事態は一気に最悪の展開を迎えるだろう。そうなれば俺はボロ雑巾のようになるに違いない。救いの女神かと思われた委員長もその威光が通じず、冷徹な側面を積極的の出してきている。
不用意な言動は即破滅である。こんなことが日常生活のなかであっていいのだろうか。いや、ない(反語)。
無駄な思考で現実逃避しつつ、均衡が崩壊する瞬間を来るな来るなとただ願う。
だがしかし、そういったものほど叶わないのは世の常というやつだった。
対峙し合う三人にしか分からないここぞ、というタイミングがあったのだろう。気づいたときには既に細川の拳が眼前に迫り、あと数センチで届いたであろうその腕をがっしりと委員長が握っている。
細川はさらにもう片方の拳を繰り出そうとし、しかしそれは叶わなかった。
気の抜けるような、授業の始まりを告げるいつものチャイムが鳴り響いたのだ。
それによりいつの間にか集まっていた他の生徒たちがざわざわと、蜘蛛の子を散らすようにそれぞれの教室へと帰っていく。
霧散していく場の緊迫した空気。細川と委員長も、戦闘態勢を解き、距離をとる。神田橋もようやく腰から手を離してくれた。
「どうにも邪魔が入ったみたい。話はまた今度ね」
「彼を巻き込んだことに対する謝罪は?」
「巻き込まれたやつが悪いのよ」
「絹恵ちゃんあなた---」
委員長の言葉を無視し、自分達の教室へと帰っていく二人。細川は教室へ入り際、こういった。
「---もう昔のままの私じゃないの。早く教室へ帰るのね、優等生さん」
冷たく放たれたその言葉にはまったくと言っていいほど友好の感情はなく、突き放すような意思があるだけだった。
神田橋もチラリと視線をよこしたが、そそくさと教室へ消えていった。
「絹恵ちゃん・・・・・・・・・」
そこにいるのはいつも委員長ではなく、悲しみの感情を持て余す一人の女性の後ろ姿。
それをただ見ていることしかできない、傍観者となってしまった自分がいて、ついていけない展開にもうどうにかなりそうだった。
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