第三話、昼飯と午後のラブコメ遭遇
第三話です
よろしくお願いします
さて、特になんということはなく、午前の授業は終わった。
しかしどうにも気持ちが入ってなかった。噂のことが存外気になっているらしい。ここは昼飯でも食べて気分を切り替えよう。
「少し、奮発しようかね」
この学校の学食は種類も量も結構ある。普段は人も多いから行かないんだが今は情報も欲しいところだが、その分多少の煩わしさも我慢する必要がある。席も埋まっていくことだし、手早く行動しよう。
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食堂は相も変わらず賑やかだ。やっぱりこの人口密度はちょっと遠慮したいものがあるな。まあそうも言ってられない。席が空いてるといいんだが。
食券を買ってカウンターへ向かう。今日はカツカレーにしよう。たまにならこんな贅沢も許されるはずだ。
「許してくれってか」
「曲者っ!!」
背後からのその言葉を聞いた瞬間、俺は即座に対象に足払いを仕掛けた。安心しろ、カツカレーはテーブルに置いている。この戦い(茶番)に着いてこれないからな。
「ふっ、甘いわ!」
やつはスッと身を引き、難なく攻撃から逃れた。だが甘いのはそちらだ。そうすることは計算の内よ。
「チェスッ!」
「なんとっ!?」
振り向きざま回転を生かし拳に威力を乗せる。摺り足を意識して行動の隙を無くしつつ、素早くステップ、懐に入る。
伸ばした右腕は深く腹に突き刺さった。ばかめ、空腹では力も出まいに、相手を間違えたな。
「む、無念・・・・・・」
バタリと床に倒れ込む。まわりの連中は慣れた様子で無視していく。哀れなやつだ。
「早く立て左近司、飯が冷える」
「お、そうだな」
まるでなにもなかったように起き上がり、別のテーブルに置いてあった料理を持ってくる。ラーメン、塩か。
「一口くれ」
「そっちもなー」
隣り合って席に着く。しかし、
「お前な、昼時はやめろよ」
「いや、ついね」
そう言いながら小鉢に麺を取り分ける。
「スープもな」
「あいよ」
俺の横合いに座るこの男、左近司 翔馬はよくこうやって他人に絡んでくる学校では有名な問題児だ。
本人が言うにはアクション俳優になる練習らしいが方法を間違えているとしか言いようがない。まあ、悪気はないようなのでみんな暖かくとはいわないものの見守っている。
俺も何度か襲われその度に撃退してきた。さっきのやりとりも慣れたものだ。
「どうだった、さっきのは?」
「むしろお前に驚くわ。どうなってんだ?」
「言っただろ、小さい頃ちょっとな」
「いいよなーお前んち」
「家は関係ねぇよ」
そう、家は関係ない。家はな。
「そういや左近司」
「名前」
「断る」
もともと名前で呼ぶような質ではなかったがここに来てからは尚更それが顕著になってきたと思う。
昔世話になった人にも言われたのだが、俺は他人を名前で呼ぶことは少ない。理由らしい理由を教えてもらえなかったが、どうにも他人との間に壁を作るためにやっているらしい。
俺としては今まで意識すらしていなかったが、その指摘により他人との距離の空け方を考えてするようになった。
「そんで、めずらしいじゃん。学食なんて」
「情報収集のためにな」
「・・・・・・ああ、朝のか」
「お前んとこでも?」
「うん」
左近司は確か三組だったな。俺と近いところに住んでいるやつがいただろうか。食堂の喧騒に耳を傾けながら思索に頭を巡らせる。
「いたか」
「いやー、まったく」
「二組は?」
「騒ぎはあったがいつものだ」
「あいつらか」
「そりゃもう」
二組には神田橋と蛍川がいる。騒ぎには事欠かないだろうな。となると、わからんか。あいつらが巻き起こす騒動のせいで別件のことについては捜査がしずらくなってしまう。
「いるか?あいつら」
「今日は弁当だと」
「朝の件があるのにか?」
「忘れっぽいのさ」
ヒヒヒ、と皮肉げに笑いなが麺をすする。こっちもカレーをかきこむ。うむ、やはりここのカレーはうまい。
神田橋と細川はたびたび一緒になって昼食を食べている。弁当を細川が作ってきた日には大体教室で食べているようだ。
さて、聞いてる限りじゃ新しい情報はなさそうだな。
「それじゃ」
「おお、またな」
同時に食いおわり、席を立つ。得られた情報は少ない。だが、確定していることもある。
「大人にはその記憶があって、俺たちにはない。子供には聞こえねぇってことか?だとするとなぜ?」
どうにもすっきりしない。モヤモヤしたものがある。喉に小骨が引っ掛かってる。
どうにも上がらないテンションのせいで歩みが遅い。こういうときはとことんまで下がる事態になりやがるんだ。
内容を頭のなかで整理しながら、トイレへと足を向けていた。
中に人はいない。食堂の喧騒も遠く、小さなものだ。
こういったところでのトラブルは本気で勘弁してもらいたいからな。
用をたし終え、手を洗うために壁際の蛇口へと向かう。蛇口の頭を捻り水を出し手を洗う。そこでふと顔をあげると鏡に反射する自分の顔があった。
しかし、こうして見てみるとなにか違和感がある。どこがといえばどことは言えず、顔の方々に目をやるが特におかしいところはない。相も変わらず特徴のない冴えない顔で、あの両親からこんな顔ができるのかと思うと一種皮肉げな笑いが浮かんでくる。
それはさて置いて、違和感はどこかと首を捻ると存外わかりやすかった。
右側の正面からは見えづらいところに引っ掻いたような傷ができていたのだ。しかしこんな小さな傷が気になるなんてな。
「こりゃ結構気が立ってたってことかね」
まったく、自分のことながら心の余裕がなさすぎるんじゃないか?
もっとおおらかにいかねば、といったところではたと気づいた。
そういや、あいつら教室にいるんだったな、ということに。
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どうせくるんだろうな、と思いながら自分の教室にむかう。
来るかなぁ、来るかなぁ。警戒だけはしとかないとなぁ。
チラ、チラと目を配り、僅かな気配を探る。
反応は・・・・・・、あかん。近いわ。
「---くたばりなさい!!」
もう少しで一組の教室に着けたところで前方の二組の教室の扉が吹き飛んだ。今日はこっちのパターンだったか。懲りないやつですこと。
さっさと物陰にでも隠れなければ。集まってくる見物人に呑まれてしまう。
あと少し、あと少しだったものを。平穏を保つことができなかった自分の不運を呪う。しかし、運命とやらは俺を巻き込む選択をしたようだった。
「そこのあんた、なにか用かしら?」
蛍川だ。
怒りというものが形を得たかのように彼女の身体から発せられている。茶髪のポニーテールもブンブンと、その怒りのほどを表すかのように揺れているのだ。人間業ではあるまい。そもそも対象が違うだろ対象が。
「あー、そのなんだ、すまない。教室に向かおうとしたら出くわししてしまっただけだ。すぐに立ち去る」
「そう、なら早く行きなさい」
「感謝する」
この程度の干渉に終わったということにな。さっさと移動しよう。なにか因縁をつけられたらたまったものではない。
ある程度蛍川から距離をとりつつ、早足に自分の教室へと向かう。災難は去った、そのはず、
「待ってくれないかな」
はず、
も、なかった。
怒りの主のことで頭が一杯で向けられていた対象にまで注意ができていなかった。ガシリと足首を捕まれる。進行を邪魔され嫌々顔を下へと向ける。
そこには左の頬を腫らした情けない顔をした男が仰向けでこちらを見ていた。
「頼むよ、助けてくれ」
神田橋よ、勘弁してくれ。
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