あなたが知らない彼女の想い
むかしむかし、あるところに、幼馴染みの少年と少女が住んでいました。少年の名はピエールと言い、優しくて正義感に溢れる男の子でした。少女の名はカトリーヌと言い、おてんばな女の子でした。
二人はとても仲良しで、いつも一緒に遊んでいました。
お城が見える街の中を走り回ったり、宝物を秘密の場所に隠したり、おままごとをしたりして、同じ時間を過ごしてきたのです。
そんな二人も大きくなり、ピエールが16歳になった日のことです。
今までピエールと呼んでいたのに、いきなり名前がヒロアキに変わってしまいました。なのに、誰もおかしいとは言いません。カトリーヌも、ずっとヒロアキだったような気がしてきました。
16歳になったヒロアキは、王様から呼ばれて、お城に向かいました。亡くなった父の跡を継ぎ、魔王を倒すべく旅立ってほしいというのです。
王様の命を受けたヒロアキは、顔つきが今までとは違っていました。タンスや壺を見るなり中を覗きこみ、そこに物が入っていようものなら、無断で持ち去っていくのです。
カトリーヌの知っているヒロアキは、そんなことをするような少年ではありません。“泥棒みたいな真似は、やめて”と言いたいのに、彼の前に歩み出ると違う言葉が出てしまいます。
「おはよう、ヒロアキ。今日で16歳になったのよね、おめでとう」
ヒロアキは一瞬だけ立ち止まったものの、すぐにタンスや壺を探し始めました。カトリーヌは彼に近づき、今度こそ言おうとしました。
でも、出てくる言葉は同じなのです。
「おはよう、ヒロアキ。今日で16歳になったのよね、おめでとう」
この若さで同じことを繰り返して言うようになったのかと思うと、カトリーヌは悲しくて仕方ありませんでした。でも、涙を流すことも出来ないのです。表情が笑顔のまま固定されていて、お面を付けているようでした。
「おはよう、ヒロアキ。今日で16歳になったのよね、おめでとう」
ヒロアキが近づくたび、カトリーヌは同じ言葉を発してしまいます。同じことを言われて不快に思ったのか、ヒロアキは舌打ちして言いました。
「チッ……。同じことばかり言いやがって、NPCが。そこに立たれたら邪魔なんだよ」
知らない単語で罵られ、カトリーヌは今すぐにでも立ち去りたい気分でした。なのに、足が勝手に動いてしまいます。何処か別の場所に行きたいのに、その辺をウロウロするだけ……。
この若さで徘徊を始めたのかと思うと、カトリーヌは悲しくて仕方ありませんでした。
夕方になると、ヒロアキの家で“旅立つ彼を励ます会”が開かれました。
そこにはヒロアキの母親の他に、彼が酒場で集めてきたビキニアーマーの女戦士と、前掛けだけの修道女と、水着姿の女性がいました。
カトリーヌは、彼が旅立つことを寂しがりながらも、魔王を倒せと檄を飛ばしました。本当は、そんな危ないことはやめて、一緒にいてほしいのに……。
そんな気持ちなど知らないヒロアキは言うのです。
「コイツ、幼馴染キャラのクセに、仲間に加わらないんだな。連れ去られ要員か? それとも、後で出てくるヒロインの引き立て役?」
カトリーヌには、彼が何を言っているのかわかりません。その言葉の意味を確かめようにも、自分の口から出るのは昔の思い出話ばかりです。一緒に走り回ったこと、宝箱を隠したこと、おままごとのこと……。
まるで、言うべき台詞が決まっているかのように、カトリーヌは淀み無く話し続けました。
「へぇ~……。そういうことして遊んでた仲か」
聴き終えたヒロアキは、まるで知らなかったかのような顔をしています。
どうやら彼には、一緒に過ごした記憶が無い様子。見た目は、カトリーヌがよく知っている彼ですが、中身は別の人といっても過言ではありません。
まるで、誰かと人格が入れ替わってしまったかのようです。
「あっ、やっぱ本名プレイはやめておこっかな。名前を“えにくす”に変更っと」
それまでヒロアキだったのに、彼の名前は“えにくす”になっていました。いきなり名前が変わってしまったのに、誰もおかしいとは言いません。カトリーヌも、ずっと“えにくす”だったような気がしてきました。
でも、もうカトリーヌは気づいてしまったのです。
自分が知っている彼はもう、この世界の何処にもいないのだと……。