休日だ、街へ出よう
さて、どたばただった初日から明けて翌日。
今日はサッキーと朝から二人で街を散策しよう、ということになっていた。
というのも本日は学校の入学式。なので我々在校生は在宅学習日という名の休日だった。
それならと、その休みを利用してわたしとサッキーはゲームの舞台となるこの街、『日取町』を今のうちに実際に見て把握しておこうという話になったのだ。
「はぁ〜、ホントに何もかもそっくり」
朝、待ち合わせの駅前広場に向かって歩きながら、ついそんな本音が零れてしまう。
本当に何もかもがそっくりなのだ。あの並木道の感じも、居並ぶお店の様子も、ゲームのとき幾度となく見た背景画と同じだった。
ゲームの世界にいるんだから当たり前だろって言われればそうなんだけど。いやでも二次元だった物が、こう、三次元になって目の前に広がっているっていうのがね、感慨深いというかなんというか。
感動と感心と感激と、そして確かな興奮と。
そんな沸き上がるような感情を持て余しつつ、わたしは目的地へと急いだ。
街の中心である『日取駅』は、学校とは反対側に位置している。その駅を挟んで向こうにもまた別の高校があるためか、駅周辺の雰囲気はなんとなく学生街といった様相を呈している。
「おはよー、サッキー。待った?」
「はよー、りっちゃん。いや全然」
お約束の挨拶と会話を交わしながら、わたしたちは駅前広場にある目印の石像の前で落ち合った。
待ち合わせ場所に現れたサッキーはカットソーにジーンズという、前世とそう変わらない格好をしていた。
「はへー、これがヒドリちゃん像かぁ。初めて生で見た」
サッキーが感心したように広場にある石像を見上げる。
この街のマスコットキャラクター『ヒドリちゃん』をかたどった、その名も『ヒドリちゃん像』だ。
わたしも、小鳥をモチーフにしたという微妙に小生意気な表情をしたマスコットキャラを見上げてみた。
ゲームのときはよくお世話になったなぁ。主に待ち合わせとラッキーイベント目的で。
ゲーム時代を振り返りつつ、懐かしいなぁと駅前広場を辺りを見回してみると、それこそ懐かしい、思い出深い風景ばかりだった。
はっきりいってそこまで意識して憶えていたわけではなかった。しかしこうして目の前に広がる光景を見ると、さすがに思い出さずにはいられない。
何十回、いや何百回と行っては戻り、来ては引き返しを繰り返した商店街。本屋にスポーツ用品店に文房具屋にCDショップに画材屋に喫茶店等々……。
キャラごとに出没率計算して計画して、どう回れば目的のキャラに都合良く出会えるか。イベントに向けて誰に何を準備してどう渡すか。そのためには何をどこで買うか。
あああ……、紙に書き出して計画練って、不確定要素もランダム率も考慮に入れてっていうあの恐ろしい作業をうっかり思い出してしまったぁ……!
だってー、だってー、サッキーがある程度予測出来るって言ってたんだもーん。ランダム出没とかも傾向があるから読めるって言われたんだもーん。わたし悪くない。
冷静に考えると危ない要素大爆発な己の所業に、自分でも身震いする。……この世界でそれやったらやっぱりストーカー案件ですかね?
そんな、またもゲーヲタ脳全開な思い出の扉をうっかり開けてしまったわたしに、サッキーが呆れたような視線を送ってきた。
「まーた、あんたは。何一人で勝手に思い出して身悶えてんの」
サッキーに促され、思い出の扉を丁寧に閉めつつ、わたしは彼女に尋ねた。
「こほん。で? まずはどこから行くの?」
街の散策といっても、ゲーム開始直後のこの時期にやれることは少ない。ゲーム上休日扱いだけど、まだ街で攻略キャラ達には出会わないはずだ。
とはいえここはわたしたちにとって夢の世界。やることも行くとこも困りはしないのだが。
「そーだねー、じゃまずは、あそこらへんから攻めてみますか」
嬉しそうな顔をして指差すサッキーに、きっと今自分も同じような顔をしているんだろうなぁ、と思いながら、わたしは彼女の言葉に笑顔で頷いた。
「はわー。巡った巡った〜。こんなに巡ってしまうとは」
「ねー。興奮してアドレナリン出っぱなしだったよねー。こんなに歩いたの、わたし初めてかも。前世含めて」
サッキーが机に突っ伏したまま喋り、わたしはそれに頷きながら喫茶店のメニューを手に取った。
あのあと、気になるお店やら場所やらを片っ端から巡っていき、そろそろお昼だーってことで、ここ喫茶店『三ッ葉』に一先ず休憩で入ることになった。
ここはゲーム時代にも何かとよく来たお店で、ヒロインがお小遣い(軍資金)を稼ぐためにアルバイトをしたり、気になるあの人とデートしたり、友達とお喋りしたりする場所として利用されていた。
窓が大きく明るい店内に、穏やかに流れる心地よいBGM。
お洒落な内装や落ち着いた雰囲気はやはりゲーム時代と同じで、それどころか注文すら出来てしまうことに、またも軽く感動を憶えてしまう。
うーん、やっぱり喫茶店『三ッ葉』は良いね。ヒロインがここでアルバイトを希望するのも分かる気がするよ。
ほどよい沈み具合のソファ席に座りながら、わたしは一人うんうんと納得する。
しばらくして頼んだ二人分の軽食とドリンクが来た。サッキーがコーヒーを掻き回しながら喋る。
「いやーしかし、ゲーム時代には書き割りだったお店が、ちゃんと現実に営業しているとはねぇ。当たり前っちゃ当たり前なんだけど、結構ビックリしちゃったよ」
データ容量の都合か納期の都合か、あるいはその両方か、ゲーム時代では背景に描かれているその全ての店舗や施設には当然ながら入れなかったのだ。
「確かにー。あたしもずっと気になってたからさぁ、行けて良かったよねー」
あのやたらと自己主張の強いケーキ屋さんも、しっとりと街角に佇む楽器屋さんも、ゲームの時はただの絵だったのだ。
めちゃくちゃ気になってて、この機会に! と思い切って入ってみたら外見通りの中身で、やっぱりここは夢の街だと確信したのだけれど。
「あとさぁ、なんか電車が普通に駅に来るとことか見て、わたしちょっとじんわり感動しちゃったりしてたんだよね」
なんていうか、きちんとこの街の平素の営みが行われているんだなぁ、なんてことを思ったりしたのだ。
ああ……、ちゃんとこの世界は回っているんだなぁ……って肌で感じたといいますか。やっと感覚的にこの世界に納得したといいますか。
わたしの言葉に、サッキーも共感したのか頷いてくれる。
「あたしもなんだかんだ感動して、はしゃいじゃってるよ。ボルテージ最高潮、テンションマックス、みたいな」
二人顔見合わせてふふふと笑い合う。
あー、楽しい。
思えば前世でもこんなに心置きなく遊べたのなんて、何回とあっただろうか。
病気やらなんやらで、前世での外出時は心配事だらけだったからなー。それが今はこんなに心軽やかに自由に遊べているだなんて。
あー、今わたし早くも青春取り戻してるわー。友達とのお出かけ堪能してるわー。
「んー、このサンドウィッチ美味しー」
「どれどれ? お、美味いー。ほら、りっちゃん。こっちのブリトーも試してみ」
差し出されたブリトーを一口貰う。
「美味しぃい〜! 口の中一杯に旨味の風が〜」
「あんたは中継コーナーのレポーターかっ」
わたしのやや大きめなリアクションに、サッキーが突っ込みをいれつつ笑う。
そんな感じで、わたしたちはこの世界初のお出かけを満喫していた。
「さて、お腹も満たされたことだし。次はりっちゃん待望のあそこ行きますか」
というサッキーの提案でやってきた、とある場所。
繁華街にあるそこのドアを潜ると、途端に音と光の洪水に飲み込まれる。人の声と電子音と照明と熱気。
そのぐちゃぐちゃに混ざり合った喧騒の中に身を置く経験は、確かに今まで体験したことのない類のものだった。
はー、噂には聞いていたけどここまでとは。
わたしは一歩店内に入った所で圧倒されてしまう。
「ほら、つっ立ってないで。邪魔になるから」
サッキーが爆音と鮮明の中をぐいぐいと進んでいく。わたしもはぐれないよう彼女の腕に掴まりながら一緒に歩いていった。
サッキーに連れられやってきたのはそう、前世で一度も来たことがなかった場所、ゲームセンター。いわゆるゲーセンである。
サッキーから聞いたりしててずっと行きたかった場所ではあったんだけど、ついぞ外出許可が下りなかったんだよなぁ。まー、前世のわたしの状態で来ても、この感じじゃきっと楽しめなかっただろうから、両親、主治医、あと前世でのサッキーの判断は正しかったんだとは思うけど。
つーか健康な今のわたしの状態でもこの雰囲気には軽く酔っちゃいそうだよ。というか意外と平日の昼間でも結構人多いんだな。朝から遊んでるわたしがいうのもなんだが、暇なのか君たち。
そんなことを考えつつサッキーにくっついて機械と人の間を通り抜けていくと、たどり着いた場所は大型ゲーム機が並んでいるエリアだった。
「さ、どれから遊ぶ?」
サッキーの声が耳に届くが、わたしは目の前に並ぶアーケードゲーム類に目を奪われていた。
明るい電子音と大きな画面、動く物体。向かい合わせのビデオ筐体やエレメカ、様々な景品が置かれた大きなショーケース。
画面ごしでしか見たことの無い光景が、そこには広がっていた。
「あわわわわわっ! 見て見てサッキー! 対戦型ゲームだ! わー、UF○キャッチャーもある! あっ、UF○キャッチャーって名称、使っちゃマズイんだっけ?」
登録商標(?)だから、クレーンゲームっていわなきゃいけないのかな?
わたしは居並ぶ機械に興奮を抑え切れない。
「はいはい。分かった、分かったから。じゃあ、さっそく眺めてないでプレイしてみようか」
そういうとサッキーはコインを投入して、クレーンゲームの一台を操りだす。すべらかにアームが動き、景品の一部に軽く引っ掛けると、するりと下に落としてしまった。
うまっ! なにサッキーってこういうのも上手なの?! そういや、よくお見舞いで限定品のぬいぐるみ持ってきてたなぁ。
なめらかなその手腕に惚けていると、サッキーが取り出し出口から取った景品――デフォルメされた動物のぬいぐるみ(うさぎ)――を手に掲げる。
彼女が高々とぬいぐるみを掲げながら、「さぁ、汝も挑むがよい」と啓示してきた。
それにわたしは力強く頷く。
うん、わたしやってやるよ!
「やったー! 100点超え!」
わたしは嬉しさのあまり布で出来たハンマーを持ったまま声を上げた。
それをサッキーが「良かったねぇ」と孫を見る目でわたしを見ている。
ははは、面白いじゃないかワニワ○パニック。確かに後半の畳み掛けはパニくったけれども。
わたしは額の汗を拭うまねをしつつ、サッキーへとピースサインをしてみせる。それに彼女は、ふはは、と笑うとサムズアップで応えてくれた。
クレーンゲームにモグラ叩き、ジャンケンゲームや的当てゲームなどなど。主にエレメカ系を中心にわたしたちは遊んでいた。
こういう物理系のゲームはゲーセンじゃないとその醍醐味を味わえないからねぇ。部屋に機械だけ置いてもゲーセンのこの独特な空気は再現できないもの。
あ、ちなみにエレメカとは『エレクトロニクス』と『メカトロニクス』をくっつけた造語で、アーケードゲーム界隈では主にテレビゲームを除いたアナログゲームのことを差す単語だ。とはいえ、その辺りの分類定義については結構曖昧らしいけど。
その他にもエアホッケーやレースマシンなどを対戦したりして、わたしはもうすっかり人生初のゲーセンに耽溺していた。
一生分(前世の分ね)遊んだんじゃないか? いやいやまだ足りない。なんて自問自答をしつつ、わたしは今度はカニカ○パニックの台にコインを入れる。
楽しい。楽しすぎる。
親友と遊ぶ時間は本当に楽しくて愉快で。だから、二人とも失念してしまっていたのだ。この場所に潜む、ある可能性に。