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ほっとけない女神  作者: 常葉ゐつか
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イベント(強制)、のつづき


「そういうことだから、理解してくれるとありがたい」

 そう言うと、一方的に一通り説明を終えた宇佐木さんは、「ふぅー」と息をつきながら首のネクタイを緩めた。

 そしてそのまま部屋のベッドに、どかっと腰掛ける。

 いや、一応部屋のあるじの許可取ろうよ。あと土足だし。

 おいおい、と思って宇佐木さんを見ていると、ついっと片手を突き出された。

「? なんですか?」

「携帯、貸せ。そこに女神の力の一部を移させる」

 あっ、と思い出し学生鞄から携帯電話を取り出す。

 そうでしたそうでした。このゲーム、作中では携帯がパラメーター見たりセーブしたりするアイテムになるんだよね。

 なんだろう、セレクトボタン的な? というかセーブってこの場合どうなるんだろう?

 疑問に思いつつも、わたしは携帯を宇佐木さんに渡す。

「お前、今の話し素直に信じたのか? というか俺の姿見ても驚かないんだな」

 宇佐木さんはわたしの携帯を片手に持つと、そう呆れたような声で言ってきた。

 それ、自分で言っちゃいます?

「そんなことないですよ、驚きました」

 ええ、自分が想像していたよりもずっと。

「話しは……、もう信じるしかないといいますか」

 信じるというか、知ってるというか……。

 わたしの言葉に宇佐木さんは、「フーン」と曖昧に頷くと、もう片方の手のひらを携帯の上にぽんっと置いた。

 そうしてしばらくすると、「ほら」と返してくる。

「もういいんですか?」

「ああ、携帯の画面見てみろ」

 言われて見てみると、さっきまでは無かったアイコンが一つ。ぽこんと画面に浮かんでいた。

 宇佐木さんが「起動させてみろ」と言うので、アプリケーションらしいそれを押し、さっそく起動させてみる。

 途端に、画面に灰色の四角がいくつか並んで出てきた。

 灰色の四角の中にはクローズとの文字があり、押しても反応はない。

 しかし画面全体をスライドさせて動かしていくと、灰色ではなく人物の顔が表示された四角が出てきた。

 見るに、どうやらそれは火野猛の顔らしい。その顔の表示された四角を押してみると、彼のパーソナルデータとパラメーターが画面に表示された。

「起動できたか? 問題なく動くようなら、そうやってしばらく色々いじって操作方法学んでくれ」

 うーん、人任せ。ゲームでもそうだったけど、宇佐木さんって基本なんかやる気無いよね。

 というか宇佐木さん。さっきまでの説明的な台詞から解放されたのか、ややぶっきらぼうな口調になってるような。

 そんなことを思いつつ、わたしは表示された画面を色々動かしてみる。

 とはいっても、ゲームのときとほぼ同じなので驚きは少ない。

 一ページ目には攻略対象者七名分の四角が七つと、その次のページには、それぞれの各ルートのライバルキャラとなる七名分の四角が同じく七つ。

 まだ会ったことのない人物は灰色で、会ったことがある人物は自動でクローズが解除されるようだ。

 攻略キャラのページでは、火野、水町、土屋が。ライバルキャラページでは深沢だけが開いているのが確認できた。ついでにパラメーターもチェック。

 どうやらまだ全員、ヒロインとの間柄はただのクラスメイトと書かれていた。

 これが親密度を上げていくとキャラとの間柄が、“友達”や“気になる相手”、最終的には“恋人”と表示されたりするんだよな。

 ゲーム時と違うことといえば、やっぱりセーブボタンは無かった。あとロードも。

 そうやってわたしがアプリの使い方を色々探っていると、ベッドに腰掛けた宇佐木さんに近づく影があった。

 サッキーである。

 さっきまで気配を消していたはずのサッキーが、すっと宇佐木さんの隣に座った。

「あの、お名前なんて言うんですか?」

「は?」

 いきなり質問してきたサッキーに、宇佐木さんが戸惑った声を出す。

「あ、あたしは春宮アリサって言います」

「…………」

 ニコニコ顔でそう話し掛けてくるサッキーに、宇佐木さんと、ついでにわたしも困惑していた。

 ちょっと前の打ち合せで、部屋に一緒に入って宇佐木さんを見るだけでも良いっ、て言ってたのは何処のどなたでしたっけ?

「……好きに呼べ」

 じっと自分を見つめてくる彼女に根負けしたのか、宇佐木さんは「空気じゃなかったのかよ」と文句を言いつつそう返した。

「じゃ、宇佐木さんって呼びますね」

 会話が出来て嬉しそうなサッキーに、もしやそれが目的? と一瞬考えたが、彼女の宇佐木さんへの情熱(?)はそんなものでは治まらないらしい。

「宇佐木さんって身長高いですねー。何センチあるんですかぁ?」

 やや半音上げた明るい声音で、サッキーがそう続けて問い掛ける。

 お見合いか! もしくは合コンか!

 いや、どっちも経験ないけど、想像で。

「……百八十、いくつか」

 そして宇佐木さんも答えるんですね……。

「高いですね〜。スタイルも良いし、やっぱり背が高いとスーツ似合うなぁ。こういう細身のスーツって何ていうんでしたっけ?」

「……モッズスーツ」

「へ〜」

 へ〜。

「そうなんだぁ。あ、宇佐木さんって何か好きな食べ物とかあります?」

「……煙草」

 それは食べ物ではない。つか吸うのか。

「じゃ、好きな飲み物は?」

「ビール」

 宇佐木さん、実はダメな大人?

「ふ〜ん。……あ、この耳って本物?」

「んなわけあるか。作りもんだよ」

 問い掛けたサッキーが、横を向いたままの答える宇佐木さんの被り物のウサギ耳に、さり気なく触れた。

 それに宇佐木さんがそっけなく答える。

「じゃあ、ホントの耳があるのってどの辺りですか? ここ? ここ?」

 今度はさわさわと、一抱えほどある被り物の側面を、サッキーの手のひらが探っていく。

 宇佐木さんもそんなサッキーを特に嫌がるでもなく、「あんま毛、逆立てるなよ」とだけ注意する。

 あれ、なんか自然にボディタッチしてません? あれ? あれ?

「あ、見つけた。このちょっとメッシュになってる所でしょ。絶対そうだー」

「……当たり」

「やったぁ」

 なんだ、この強烈に取り残された感は。

 あのわたし、ヒロインなんですけど。お、置いてかないでー。

 わたしはアプリをいじることも忘れて、そんな二人のやり取りを見ていた。

 サッキーはくすくすと楽しげに笑い、見つけたという宇佐木さんの耳のある部分に、まるで内緒話をするように口を近付ける。

 そのまま何事かを囁くと、すぐに彼女は被り物の頭から離れた。

 囁かれた宇佐木さんが、驚いたようにサッキーのほうを向く。そしてそのまま、じっと作り物の紅い瞳でサッキーを見つめた。

 サッキーのほうも、そんな宇佐木さんを笑顔で見つめ返す。

 え、え、なんですか、この空気。なんか親密げなんですけど。

 サッキーを見つめていた宇佐木さんがぽつり、「お前……」と、やはりくぐもったような声で呟いた。

 その呟きにサッキーは、うふふと笑い、「またお話ししたいですね」と返す。

 サッキーの言葉に、宇佐木さんが「……ああ」と呻くように応えて、そこで二人の親密げな空気は消えた。

 あのー、もしもし? 話し、済んだ? 君らわたしのこと忘れてないよね? 大丈夫だよね?

 わたしは宇佐木さんに「あの〜」と、そろそろと話し掛ける。

 それなりに操作方法は分かったから、そろそろ次に行きたいです。決して二人の邪魔をしたいわけじゃなくてね。うん。

 わたしの声に宇佐木さんが、はっとしたようにその着ぐるみめいた顔をこちらに向けた。

 え、わたしホントに忘れられてた?

 その反応に少なからずショックを受けているわたしの様子などには気にもとめず、宇佐木さんは再び説明的に喋ってくる。

「使い方分かったんなら、俺はもう帰るぞ。何か聞きたいことが出来たら、そこの呼び出しボタンを押せ。暇なら来る」

 そう言って、アプリの中にある、そのままずばり“呼び出し”と書かれたボタンを宇佐木さんが指差した。

 あー、ゲーム時代もありましたねこのボタン。

 必要ないのに会いたいがために呼び出しボタン押しても、たまーにしか出てこないって、サッキー嘆いてたなぁ。

 そんなことを思い出していたら、「じゃ、帰るわ」と言い残して、宇佐木さんが部屋のドアを普通に開け、普通に部屋のドアから帰っていった。

 出るときに長いウサギ耳が引っ掛からないようにと、頭をちょこんと下げたのが、少し可愛らしかった。

 もちろん、すぐに追い掛けて部屋のドアを開けても、そこに宇佐木さんの姿は見当たらない。

 そういうことになっている、はずだ。

 確かめる気力は……、ちょっと今は無い。


 さて、こうして初日にある強制イベントは、取り敢えず終了したわけだけれども。

 先程わたしの目の前で、看過しがたい出来事が繰り広げられたわけでありまして。

「サッキー、説明を」

 わたしは当然の主張として、サッキーに先程の出来事について説明を求めた。

 けれども、彼女はその言葉に「えぇー」と不満げな声を上げる。

「説明必要? 今の行為に?」

「必要だよ! なんだったのあの一連の宇佐木さんとの乙女チックなやり取りは」

「いやいや。恋する乙女心がさせた、ささやかなコミュニケーション能力の発露ですよ」

 ささやかか? あれ。

 わたしは納得出来なかったが、サッキーが話題を変える。

「それより、りっちゃんの携帯に入れられたアプリって例のやつ?」

「……そーだよ」

 わたしは追求を諦めて、彼女の話しに乗った。

 この感じは喋ってくれない感じなんだよな。少なくても今は。

「そのアプリ、あたしの携帯に転送できる?」

「え? あ、ちょっと待ってね。試してみる」

 サッキーに言われ、メールにそのまま乗せようとしたが、無理だった。

「……ダメ、添付出来ない」

「ふむ、コピーも不可か。ちょっとその携帯貸して」

 サッキーが直接わたしの携帯を操る。

 何やら色々試していたが、しばらくて「ダメだ」と投げ出すように言った。

「アプリに使われてるプログラムとかを覗けないかな、って試してみたんだけど、やっぱプロテクトかかってた。つーかアプリの機能をいじったり解析したりは、どうも出来ないっぽい」

 あなたそんなこと調べられたんですか。

 驚くわたしにサッキーが携帯を返しながら、「でも、セーブやロードがないっていうのは一つの収穫かな」と言って笑った。

 わたしはその意味を考える。

「セーブやロードがないってことは……、つまり、当たり前だけどやり直しが利かないってことだよね」

 ここはゲームとは違う。タイトルに戻るも、一時停止も、当然ながら出来ない世界だ。

「まぁ、そういうことかな。普通の人生と同じくね」

 わたしの言葉に、親友はにんまりと笑みを深くする。

 なんですか、その含み笑いは。サッキー。

「あんたの考えてること当てようか? 『だったら、やっぱり自由にしたいことして生きようかなぁ。せっかくなら淡海先生とお近付きになろうっと!』でしょ?」

 後半部分はいりません。そっと胸にしまっておいてください。

「……応援、してくれる?」

 わざとらしい上目遣いで見上げて、サッキーに尋ねてみた。

 照れ臭さをそうやって誤魔化そうとするわたしに、サッキーはやっぱり楽しそうに笑って、「もちろん」と言ってくれる。

 その言葉に、わたしも自然とにっこりと頬笑み返した。

 うん。やっぱり持つべきものは親友だよね。

「そして当然、あたしも好きに生きる。宇佐木さん呼び出すときは、毎回会わせてね」

 あ、はい。善処します。

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