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ほっとけない女神  作者: 常葉ゐつか
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イベント(強制)


 サッキーとともに、今朝以来の我が家へと帰宅する。「ただいまー」と一応声を掛けたけれど、返事は無かった。

 リビングに置いてあるメモによると、どうやらママさんは買い物に出掛けており、家には居ないらしい。

 その残されたメモを見て、「ゲームと同じだぁ」とわたしが零せば、「まー、これからの展開考えればそのほうが良いんじゃない?」とサッキーが嬉しそうに言ってきた。

 まったく、滲み出る喜びが隠せてませんよー。サッキー。

 とりあえずわたしはキッチンから二人分のお茶とお菓子を拝借すると、サッキーとともに二階にある自室へと階段を上がっていった。

 さて、この『ほっとけない女神』というゲーム。制作会社の『EdgeCompany』が、その名の通り“尖るところは尖っている”といわれているところなのは、先程説明した通り。

 当初から難解なパズルゲームや不可解なRPGなど、とにかく通好みの作品を作っていたレーベルだった。

 そんなところが突然、なんの前触れも前兆もなく“乙女ゲーム”を制作した。

 制作発表当時はちょっとした騒ぎで、すわ乙女ゲームを標榜した超絶詐欺ゲームか!? と、発売までゲーム界隈では話題になっていた。

 で、結果。蓋を開けてみれば結構普通の乙女ゲームだった。

 未知の乙女ゲームを製作するにあたり、そこらへんのノウハウやらコンセプトなどは一通り既存作品などから踏襲したらしい。

 学園物でイケメンな攻略対象者たちに、サポートキャラとライバルキャラ。

 という、一見したところは普通の仕上がりになっていた。

 しかしそこは腐っても鯛ならぬ、乙女ゲームでも『EdgeCompany』。

 やっぱり所々“尖ってる”部分が存在していた。

 さて覚えているだろうか? 以前ゲーム内容を説明したおり、(+α)という表記があったのを。

 その+αたる存在が今、わたしの部屋にいる。

 はずである。

 ゲームの通りならば。

 わたしは自室のドアの前まで抜き足差し足で近づくと、そっと静かに薄くドアを開けて中を覗き込んだ。

 部屋の中には予想していた通り、見慣れぬピンクの頭部をした黒い人影が一人佇んでいる。

 あぁ、ホントにいた。

 わたしは予想していたとはいえ、その不思議すぎる姿に若干引きつつ背後に控えているサッキーへと軽く頷いて見せる。

 サッキーにお目当ての存在がゲームと同じように部屋にいることを伝えた。

 途端にお盆を持ったサッキーの目が輝きだす。

 キラキラというよりはギラギラした瞳のサッキーが、早くドアを開けろとせっついてきた。

 わたしは逸るサッキーを制しつつ、よしっと軽く気合いを入れて自室のドアをゆっくり開ける。

 ドアを開ける音に、部屋の中にいた存在が頭部に付いている一対の紅い瞳でこちらを見てきた。

 バタンッ!

 目が合った(?)瞬間、わたしは思わず勢い良くドアを閉めた。

 そんなわたしに向かって、後ろに控えていたサッキーがあんたなにやってんの!? という目で見てくる。

 いやいやいやいやいや! 無理だってあれは!

 甘かった。受けるインパクトが生とゲームじゃ違いすぎた。

 首をぶんぶん横に振ってのわたしの無言の訴えを、しかしサッキーは両目の端を吊り上げて容赦なく開・け・ろ! と切り捨てる。

 ひぃぃ〜。お助け〜。

 しかし嘆いていても始まらない。

 なぜならこれは編入初日のヒロインに必ず起こる強制イベントなのだ。

 わたしが部屋へ入らなきゃ話が進まない。というか、入らずにいたらこの場合どうなるんだろう?

 時間が進まないんだろうか? 夜までこの状態のままとか?

 よく分からないが今確実に言えることは、背後のサッキーに激怒されるってことだ。

 わたしは再び覚悟を決めると、再度自室のドアを今度は勢い良く開いた。

 はたして、そこにはさっき見たときと同じ、頭部がピンクの黒い人影が部屋の中で静かに佇んでいた。

 細身の黒いスーツに包まれた長身痩躯な体格。

 両手には白の布手袋。

 足元はスーツの色と同じ黒い革靴。

 ていうか土足! なんか地味にショック!

 しかしやはり初見で一番に目を引くのは、やはりその頭部だ。

 人工的なピンクの体毛で覆われた表皮に、一目で作り物と分かる一対の紅い瞳。

 頭頂部付近には不自然なほどぴんと立った細長い二つの耳に、やや突出した鼻、割れた口先。

 ウサギだ。

 酷く記号的なウサギの造形をした着ぐるみの、その被り物の頭部部分と思われる物だけが、本来ならば顔が見えるはずのスーツの首から上に乗っかっていた。

 うわー、やっぱ改めて見るとインパクト大だわー。

 突如として部屋に現れたそのアンバランスな姿に、わたしはしばし言葉を無くす。

 何度もプレイしてるから慣れてると思ってたんだけどなぁ。やっぱ画面越しと生じゃ、受ける衝撃の強さが違うんだな。

 そんな茫然としているわたしへ、目の前に佇む違和と不審の塊が普通に話しだした。

「お前が結倉まりかだな。待ってたぞ」

 くぐもったような、低めの男性の声。

 その問い掛けに答える前に、わたしの横をスルリラッと通り抜けた存在がいた。

 スルリ、でもなく、フラリ、でもない。それはまさにスルリラッ、としか表現できない見事な動作だった。

 サッキーである。

 サッキーは二人分のお茶とお菓子を載せたお盆を片手で優雅にバランスを取りながら、わたしとウサギ頭の人が何か反応するよりも先に開いたドアの隙間から部屋に入り込んだ。

 そのまま床に敷いてあったラグの上へと腰を下ろす。

「え?」

 突然のことにウサギの人が戸惑った声を出した。

 まぁ無理もないか。ゲームだとヒロインしかこの場にはいないことになってるわけだし。

 わたしは取り敢えず開いたままだったドアをささっと閉めると、ウサギの人に向かって「続けてください」と言った。

「えっ。いや、でも、こいつ……」

「空気です」

「は?」

「気にしないでください空気です。むしろ気にしたら負けです」

 当然戸惑った声を出すウサギの人に、わたしはそう畳み掛ける。

「いや、しかし出ていってもらわないと話しが……」

「ですから空気なんですってば。出ていかれたら息出来なくなりますよ、わたしが。大丈夫です。彼女は秘密をべらべら喋るような人ではありません。ですからどうぞ、何か話しがおありでしたら、このままで一つ」

 ああ、やっぱ親友がそばに付いてるっていうのは心強いもんですな。

 さっきまで無理だのなんだのと思っていたのに、こうして強気で相手に出られているんだから。

 わたしが畳み掛けている間、床に座るサッキーはそりゃもうニコニコニコニコしていた。

 そりゃ嬉しいだろう。

 なんたって目の前に自分の推しキャラがいるんだもん。

 わたしの畳み掛けにウサギの人はああ、だか、うわ、だか呻いていたが、全くこの事態を動かそうとしないわたしたちに観念したのか、ついに諦めたような声で話しだした。

「あー……。結倉まりか、お前は女神の観察対象に選ばれた。俺は女神からの使いであり、お前にそのことを伝えに来た者だ」

 さて皆さん、なんとなく気になってはいなかっただろうか?

 どうしてこのゲーム、『ほっとけない女神』なんて妙なタイトルなんだろう? と。

 その答えはこれです。

 これこれこれ!

 ヒロインはなんでか知らないけど天上で退屈していた女神の下界における観察対象に選ばれるのです。しかも、恋愛の女神に。

「女神、ですか?」

 ウサギの人の言葉に、わたしはキョトンとした顔と声で返す。

 いや、全部知っているんだけどね。一応何も知らない感じで進めたほうがいいかなぁって思いまして。

 とはいえ、サッキーを部屋に入れてる時点で本来のシナリオ通りにする意味があるのかと思うが。

 でもまあ、せっかく宇佐木さんが説明してくれるんだから、それを省いたり、ましてや邪険にする必要もないかなと考える。

 ニコニコ顔のサッキーのためにも。

 あ、宇佐木さん、というのは今目の前で「女神〜」と語り出したピンクのウサギの頭部をした黒スーツの人のことです。

 サッキーの推しキャラで、インパクトはやたらと強いがこちらも攻略対象“外”のキャラだ。

 実は宇佐木さんという名前は正式なキャラ名ではなく、ファンが勝手に付けた愛称だったりする。

 何故かというと、女神の使いである彼には名前が無い、というのが公式の設定なんだよね。

 なもんで、主要キャラではあるんだけれど、パーソナルデータ等は表示されない。そもそもパーソナルというか、人じゃないって設定だからなぁ。

 愛称である『宇佐木さん』という名前の由来は、そのまんま見た目強烈なピンクのウサギの被り物から。

 安直だとは思うが、何事も分かりやすいほうが浸透もしやすいらしい。

 ファンが付けたこの名前は、もう半ば公式可しているらしく、『ほっとけない女神』のイラストレーターさんがSNSで普通に呟いたりしていた。

 それまではゲーム掲示板とかSNSとかで、女神の使いとか、説明の人とか、ウサギの人とか、ウサギ頭とか、酷いとウサギ野郎とか、結構みんなに好き勝手に呼ばれていた。

 ちなみに公式での彼の呼称は“女神の使い”だ。人気投票を開催したときも、その名称で集計されていた。

 余談だが、彼は人気投票で攻略対象キャラに交じって全体順位第三位になっている。

 どうもその見た目とキャラのインパクトから、強烈な宇佐木さんファンになる人(例、サッキー)がいるらしく、ゲーム発売当初から“欄外の愛人”とか“枠外の恋人”とかという謎の地位をファンから勝手に与えられたりしていた。

 さらに余談だが、バレンタインのときには並み居る攻略キャラたちを抑えて会社に送られてきたチョコレートの数が一番多かったらしい。

 え、淡海先生? 訊かないでください。

「そう。お前は無聊ぶりょうかこつ女神に、下界の観察対象として選ばれた。これからお前は女神に一年間、自分の人生を観察されることになる」

「はぁ」

「といってもそんなに特別なことはしなくていい。ただ様々な人と係わり合ってくれ。どうやら女神は人間関係の機微を楽しみたいらしいからな」

「……はぁ」

 わたしは宇佐木さんの始めた説明を聴きながら、ゲーム時代も思ったがこの女神メチャクチャだなぁと改めて思う。

 暇だから、との理由で勝手に人を観察対象にして、どうせ観察するんならお前面白いこと沢山起こせよ。ってなことを言外に要求してるわけでしょ、これって。

 わたしが悪く取りすぎ? まぁいいや。

「観察する代わり女神からは、“お前の周りの主な人物たちがお前に対してどんな感情を、どの程度持っているのか”を、お前は見ることが出来るようになる」

「はぁ」

 これ、ぶっちゃけて言うと、なんでヒロインは攻略対象キャラの心情パラメーターが分かるんだ、という乙女ゲーム特有の事情に対する一種の理由付けだったりするんだよね。

 そして、宇佐木さんは今後ゲームにおいてヒロインの活動に対する女神の神託(と言う名のお小言)を伝えたり、各キャラのパラメーターの意味を教えてくれたりする役割を担っていたりする。

 ちなみに、なんで女神の使いが黒スーツで頭にウサギの被り物しているのか。という疑問に答えはない。

 公式、投げっぱなしのネタである。

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