お久しぶりです、親友です
「あーもー、ホンッッットにびっくりしたー。後ろ振り向いたらサッキーが座って笑ってるんだもん」
学校からの帰り道。
親友とともに歩きながら、わたしは隣でケラケラと楽しそうに笑っている少女にそう声を上げていた。
あのあと、そこに前世の親友がいると理解した瞬間に気付けばわたしは、なぜかその場でぼろぼろと泣き出してしまった。
驚きすぎたのか、はたまた再び出逢えたことが嬉しかったのか。それはよく分からない。
けれど突然泣きだしたわたしに、クラスのみんなは当然ながら何事かと驚く。
教室がざわざわしだす中、サッキーが咄嗟に「この子、昔あたしと逢ったことがあるんです。懐かしくて思わず泣いちゃったんじゃないかな」と誤魔化してくれた。
なんとか落ち着き、泣き止んだが、そのあとも、大丈夫? なんだったら始業式休む? とやたら心配されてしまった。
大丈夫です。と言って、取り敢えず始業式には出たことは出たが。……泣いてしまったことの羞恥で、ほとんど始業式のことは憶えてない。
「まぁねぇ。でもあたしだってびっくりしたんだよ。“結倉まりか”がどんな奴か見極めようと観察してたら、どう考えてもあんたなんだもん。確かめようとして、りっちゃんって呼んだらいきなり泣き出しちゃうし」
わたしの訴えに、隣を歩く彼女はそう反論してくる。
「うっ……。そ、それはもう言わないで……」
サッキーもわたしが突然泣きだしたことに、内心とんでもなく焦っていたらしい。いやはやすみません。
今更な紹介だが、サッキーは前世でわたしに『ほっとけない女神』を薦めてきた例のゲーム大好きの親友、その人である。
前世、休みがちながらも通っていた中学で知り合い、意気投合。すぐに親友と呼べる仲になった。
意気投合した話題?
好きな小説とか音楽とか漫画とか……、漫画とか漫画とか、たまにラジオとか。そんなんですよ。
ほら、入院生活ってわりと暇だからね。テレビとネットは利用時間が決まってるから、主に書籍系に知識が偏ってくるんです。
ああそうそう、ゲームはサッキーから教えてもらいました。簡単なのからえげつないものまで、それはまぁ多種多様多彩だったなー。
ちなみに現世(?)での彼女の名前は“春宮アリサ”とのこと。
容姿もわたしが知っているサッキーとは違っていた。
わたしより背が高いのは前と同じだったが、顔はもちろんのこと、髪や身体全体のプロポーションなどが異なっていた。
でもサッキーって呼ぶ。呼んじゃう。向こうもわたしのこと当然のようにりっちゃんって呼んでるし。
ところで、とわたしはサッキーに気になっていたことを質問する。
「どうして結倉まりかの中身が、わたしだってわかったの?」
その質問にサッキーは例の皮肉げな笑顔でにやりと笑い、「いや、あんたももう薄々気付いてんでしょ」と返してきた。
その言葉にわたしは一拍置いて「声、かな」と応える。
そう、後ろからサッキーに声を掛けられたとき、すぐにそれが前世の親友だ気付いたのは、放たれた言葉と、そしてなによりその声に聞き覚えがあったからだ。
「キャラボイスがある人は、どうもそのキャラボイスと同じ声みたい。けど、春宮アリサ、なんてモブキャラにはキャラボイスなんてないからね。だからかは知らないけど、あたしのままの声なんじゃない?」
春宮アリサという名前のキャラはゲームには一度も登場しない。完全なモブキャラである。
そう言い切れるくらいには、わたしもサッキーもゲームをやり込んでいた。
サッキーの言葉に、わたしは「そういうことになっているのか」と、この世界を改めて認識する。
なにせ朝起きてから今まで、そこらへんのことを意識する余裕がなかった。
とにかく自分の状況把握でいっぱいいっぱいだったのだ。
「でもヒロインにもキャラボイスが付いてなくて良かったよー。こうしてサッキーに、わたしだってすぐ気付いてもらえたんだから」
プレイヤーにヒロインに成り切ってもらうためか、このゲームのヒロインにはあえてキャラボイスが付されていなかった。
わたしのその言葉を聞いて、サッキーは「うーん」と考える。
「でも、きっと声が違ってたとしても分かったと思うよ」
「なんで?」
「だってりっちゃん、分かりやすいんだもん。見たときから雰囲気も気配もオーラも、バリバリりっちゃんだったよ」
そ、そんな分かりやすい?
サッキーの言葉に、それはそれでなんか複雑な気持ちになる。
「そうそうそういえば。なんであんた、あんなに攻略対象二人に無愛想だったの?」
サッキーがわたしの教室での態度を思い出したのか訊ねてくる。
「あー、あれはですね……」
その質問に、わたしはヒロインざまぁエンドとその回避についての自分の考えを語った。
前世の記憶持ちヒロインは、よくざまぁされること。ざまぁされたヒロインは、その後ろくな事になっていないこと。そうならないため、主要キャラたちにはなるべく係わらないでいこうと決心したこと。等々。
「それに……、わたしって根性腐ってるし、メンタル悪役だし。だから余計にヒロインなんておこがましいと言いますか、単純に恨みを買いやすいと言いますか……」
そんなわたしの主張にサッキーはなぜか歩みを止めて、やにわに大笑いし出した。
「あはははははっ。なに、め、メンタル悪役って。あんた、自分のことそんな風に思ってたんだ」
え、そんなに可笑しい?
「いや〜、一理はあるかもしれないけど、でも、そうかー、メンタル悪役かー。なるほどな〜」
え? そこ? そこなの?
わたしも隣で立ち止まりつつ戸惑っていると、ひとしきり笑い終えたサッキーが、こちらを見てきっぱりと言ってきた。
「いや、というかね。あんたは自分を卑屈に考えすぎ」
卑屈、かなぁ?
「卑屈っつーか、自意識過剰? ヒロインになっちゃったからって周りや今後の話の展開を気にしすぎなんだよ。もっと、なんていうかなぁ……。ヒロインだから、なんて気負わずに一人の人として生きりゃー良いじゃん」
「一人の、人として?」
「そう、ただの一人の女の子としてね。そういうの、前から憧れてたんでしょう?」
確かに。わたしは憧れていた。普通に学校に通って、普通に遊んで、普通に恋に落ちて……。そんな普通と呼ばれるような青春を送ってみたかった。
そのことを思い出して黙るわたしに、サッキーが更に言い募る。
「それに、あんたがメンタル悪役っていうなら、あたしなんてメンタル妖怪だよ」
メンタル妖怪……?
その言葉が妙に可笑しくて、「言い得て妙だね」とちょっと笑ったら、「おい、否定してくれないのかい」と同じく笑ったサッキーに突っ込まれた。
「とにかく。そんな怯えなくても大丈夫なんじゃない? それに、いざざまぁされる! された! ってなったら、その時はあたしが全力でりっちゃんを助けるよ」
そんな親友の力強い言葉に、わたしは「サッキ〜!」と、感極まって抱きつく。
ああ、やっぱり持つべきものは親友だなぁ。
なんて、少し背の高い身体にしがみ付きながら、しみじみ思っていると、ふと頭に疑問が湧いた。
「サッキーって、いつからサッキーだったの?」
うーん、我ながらなんて漠然とした問い掛け。
しかし流石はサッキー。わたしの言いたいことをちゃんと理解してくれた。
「うーん。三日ぐらい前かな。気付いたら部屋の中にいた」
聞けば、やはりわたしと同じように唐突にこの世界へと放り込まれていたらしい。
鏡に映るそれまでとは違う自分の姿を見て、これはもしや精神が憑依する系か? と考えたんだとか。
あー、確かに。転生よりか、そっちの言い方のほうがこの場合の説明には合ってるっぽいな。
「で、身の回りの物や部屋の中引っ掻き回して、自分が何者かを知ったってわけ」
そこで、ここがどうやら『ほっとけない女神』の世界らしいこと。自分がゲームの舞台となる叡ノ森学園の生徒であること。ただしゲームではモブキャラだった存在であること。
なんかを理解していったらしい。
「そんで、もし編入してきたヒロインがヤな奴だったら、普通のモブキャラ装ってチクチク邪魔とかしようかと」
「もー! ホントそういう人がいるかもしれないって考えたから、朝からヒロインうんぬんで悩んでたんだよー!」
メンタル妖怪ー! チクチク邪魔ってとこが特に。
わたしの心からの叫びに、サッキーはやっぱり「あはは」と快活に笑って再び歩きだした。
「いや、でもホント。ヒロインがあんたで良かったよ。また逢えたー、って素直に嬉しかったし」
サッキーの言葉に、わたしはまた、はっと気付く。
そうだ、今朝からのわたしと違い、サッキーは三日前からこの世界だったのだ。
その三日間、彼女は一体どんな気持ちでこの世界を過ごしていたんだろう。
それに、彼女がここにいるということは、前世の彼女もわたしと同じ状態になったというわけで……。
「ごめん……、サッキー」
自分のことばかりだったと悄気ていると、わたしの考えてることが分かったのだろうサッキーは、「そんな顔しないでよ。大丈夫。メンタル妖怪は伊達じゃないですから」と冗談めかして言ってきた。
あう、逆に気を遣われてしまった。
ダメだなー、わたし。と反省していると、サッキーが、今度は一転して考え込むような顔で「あのさ、りっちゃん。ちょっと訊いてもいい?」と質問してきた。
「なに?」
「その、自分の最期ってどうだったか憶えてる?」
その問いに「憶えてるよ」と、返せば「どんなだった?」と更に訊ねられた。
彼女に問われるまま、わたしは憶えてるかぎりの情報を話す。
「えーっと、病院のベッドの上で寝かされてて、管とか身体にいっぱい刺さってて、んで繋がれた周りの機器がよく点滅していて……」
やたら様々な音がしていたけれど、途中からすうーっと聞こえなくなったんだよなー。
あと目蓋が物凄く重くなってきて、ベッドの周りに集まってくれたみんなの顔がよく見れなくなって……。
まぁ、ある程度は覚悟していたから、ああとうとうこのときが来たかって感じだったけど。
そこまで話したとき、サッキーがストップと止めた。
「そのベッドの周りに集まった人の中に、あたしっていた?」
ん? んんん? ん〜?
サッキーの質問の意図は分からないが、わたしは頭を振り絞って記憶を手繰り寄せる。
「いた、……と思う」
うん、いた。間違いない。そんな顔しないでよ、と薄れゆく意識の中、思った記憶がある。
「なるほど。ちなみにそれっていくつのとき?」
はい?
いくつって……、年齢?
「えーっと……。あれ?」
なぜか明確に思い出せない。
確か二十歳は超えてたはずた。と思うのに、はっきりと思い出せなかった。手繰ろうとすればするほど、なぜか曖昧でひどくぼやけてくる。
「ふー……ん」
よく思い出せない、というわたしの答えにサッキーは、まるで難解なパズルゲームの問題に挑戦するときのように、すっと目を細めて考え込んだ。
きっとサッキーの中で何かが引っ掛かったんだろう。
こうなると話し掛けても反応してくれないので、そのまま二人とも無言で歩く。
しばらくして、彼女の寄っていた眉根がぱっと左右に開いた。
あ、これは考えるのやめた顔だな。
解けたんじゃなく放棄したときの顔だ。解けたときはあの例の笑みを浮かべるから。
なんでそんなこと訊くんだろう思っていたら、ふいにサッキーがこちらを見て言ってきた。
「ところでりっちゃん。淡海先生にはもう会えたの?」
ぎくぅっ!
唐突な話題転換による不意打ちに、思いっきり心臓が跳ねた。
なぜかぶわっ、と手のひらに汗が吹き出してくる。
「会えては、いない。見ただけ」
それも時間にすればたった数分間のことだ。
「格好良かった?」
その問いに、わたしは全力でコクコクと激しく首を縦に振る。
「へー。良かったじゃん」
サッキーが笑顔でそう言ってくる。
うおー、顔が熱いぜ。
サッキーには前世でめちゃくちゃ淡海先生のこと語ってたからなぁ。たとえ人気投票で二十三位だろうと、わたしの中では永遠の一位だー! とか、淡海先生の設定資料が見たーい! とか、淡海先生のことを扱ったサイトないかなぁ? とか、他にも色々。
「じゃ、今度はあたしの番かな? 当然、会わせてくれるんでしょ? 宇佐木さんに」
過去を思い出して静かに悶えているわたしに、彼女は笑顔のままそう要求してきた。
それにわたしは、彼女の笑い方を真似てニヤリと笑って返す。
もちろん、会わせてあげますとも。あなたの推しキャラに。