取説、または安全にご使用頂くためのあれこれ
わたしは学校へと向かいながら、ひとまず頭の中で今のこの状況を整理してみることにした。
そもそもこの『ほっとけない女神』というゲームは、わたしが前世(?)でドハマりしていた女性向け恋愛シミュレーションゲーム(通称乙女ゲーム)だ。
ちなみに愛称は『ほっと』とか『女神』とか。
入院生活中、わたしがテレビにもネットにも飽きて暇だ暇だーと喚いていたら、「暇ならこれやってみる? 面白いよ」と、お見舞いに来てくれた親友が何気なく勧めてきたのがきっかけだった。
結果、ハマった。
ドハマりした。
学園が舞台の恋愛青春物語で、人気イラストレーターさんによる素敵なキャラクターデザインと美麗なイラストにスチル。
各攻略キャラごとにある優れた複数のシナリオと、それに伴う高自由度な選択肢と様々なマルチエンディング。
残念ながらフルボイスではなかったものの、的確なポイントでぶっ込んでくる胸キュン台詞とキャラボイス。
また、仲間たちとともに恋に友情に部活にと、これでもかと青春しまくるそのゲーム内容も、わたしの心をがっちり掴んだ。
幼い頃から身体が弱く、満足に学生生活を送れないまま高校を卒業し、その後完全入院生活となったわたしだったから、余計に。
とにかくこのゲームのすべての要素が自分の嗜好にどんぴしゃで、これでハマらないほうがどうかしてるよね? という程の勢いで当時のわたしはハマっていた。
実際、わたしのこのゲームへのハマりようは凄まじかったらしく、プレイ時間を見せたらゲームを勧めてくれたはずの親友ですらちょっと引いていたくらいだった。
まあ確かに、総プレイ時間が二百超えた時点でもう何回プレイしたかなんて数えてなかったし、全スチル、全シナリオ、全エンディング、すべてコンプリートしてもまだまだやり込んでいたからね。
病人のくせになにしてんだって話だけどさ。
いや、そうは言ってもちゃんと節度を守って遊んでいたよ? ただ他のことにあてていた時間をゲームに割きだしたってだけで……。
とはいえ、全コンテンツ全コンプリートのあとのやり込みプレイは、キャラ攻略とはまた別の目的でやってたっていうのもあるんだけど……。まあ、それはまだちょっと横に置いておくとして。
取り敢えず、前世のわたしはそんな重度の『ほっとけない女神』のゲームヲタクだったわけだ。
で、今のこの状況。
この『ほっとけない女神』のゲーム内容を物凄く簡単に、かつ、簡略的に説明すると、ヒロインは私立叡ノ森学園高等科二年に編入してきた結倉まりか(デフォルト名、名前変更可)。
彼女は編入した学園や越してきた街などで親しくなった仲間(+α)とともに、高校二年生の一年間を恋に友情にと、忙しくも充実した学生生活を送る。
そして卒業式の日に好きな人に告白したりしなかったりして(これも選べる)、それまで選んできた選択肢から導きだされるエンディングを最終的に迎える。
という、比較的オーソドックスな展開の恋愛青春物語だ。
そう、結倉まりか。
つまり、わたし。
うん、これは……喜ぶべき、なんだろうか?
でもなー。何ていうかなー。あんまり素直に喜べない自分がいるんですよ。
だってさー、言っちゃ悪いけどこういう転生物って、ヒロインのライバルポジションとかに転生してあちゃー。じゃん。
そんで、なんでか知らないけどいつのまにかヒロインの立場に成り代わっちゃっててびっくりー、みたいなパターンが定石じゃん。
で、どっちかっていうとヒロインって転生物では悪役じゃん。ざまぁの対象じゃん。
わたし、大丈夫か?
いや、まだそうなるって決まったわけじゃないけど。
でも、一時期ネット小説を読み漁ってた自分としては、その可能性も無くはないよなーと考えてしまうわけでして……。
いや、ヒロイン役に固執してるってわけじゃないんだよ。本当に。
たださー、成り代わられ側のヒロインて二パターンあるじゃん。
普通に前世の記憶無しで恋に勉強に一生懸命な愛されいい子ちゃんってパターンと、前世の記憶ありありで裏技隠し技チートバリバリのすべての攻略キャラはわたしの物よっていうビッチキャラパターン。
前者なら良いよ? だって大抵は夢を叶えました、または本当に好きな人と結ばれました、とかでグッドエンディングだもん。
問題は後者だよ後者。大抵バッドエンディングでろくな事になってないような……。
わたし、自分で言うのもなんだけど性格ひんまがってるし。前世だとまず間違いなく悪役ポジだろうって人だったし。
しかも前世の記憶持ちで、このゲームの重度のやり込みヲタ。選択肢? 全部把握してますけどなにか? みたいな。
もう一度問う。わたし、大丈夫か?
こういう場合下手に前世のゲーム知識とか出して楽しようとか、欲どしく攻略キャラ陥落させようとかしたらなんかまずいような気がする。
だいたいそれでいつもヒロインが墓穴を掘るか馬脚をあらわして、ざまぁされているような気がするもの。
常識的な行動をとれば大丈夫なのかもしれないけれど、そうしたとしてもそれがどう解釈されるかなんて相手方次第なわけでして。ただでさえヒロインってだけで色眼鏡で見られるからなぁ。
というか、そうだ。ライバルキャラや悪役キャラだけでなく、名前すら確認できないモブキャラだったのがいつのまにか話の中心に踊り出てましたってパターンもありうるのか。
だとしたらもう対策なんて立てようもないよ。だってこのゲーム、モブキャラ何人いるんだって話だもの。
モブキャラっていったって学園関係の人達だけじゃない。街中の人々とか他校の人とかも選択肢によっちゃ関係してくるゲームだったから、可能性を考えると結構な数になってしまう。
今更だけど、どんだけ高自由度なゲームだったんだ、この『ほっとけない女神』って。
とにかく、わたしはヒロインざまぁエンドとか嫌なんですよ。
糾弾も追放もされたくないんですよ。
何事もなく平穏に過ごしたいんです。破滅とか、冗談じゃない。
ざまぁされるようなことしなければいいだけだろって話なんだろうけど、わたしって根っから根性腐ってるし、しかもそれを直そうともしないメンタル悪役だから、正直言ってまったく上手くやれる自信が無い。
でもなー。厚かましい望みだけれど、できれば前世で出来なかった充実した学生生活っていうやつも経験してみたいんだよねー。
青春ってやつをね、謳歌してみたいんですよ。
だってせっかく高校生に転生(?)したんだよ? その事実は存分に楽しみたいじゃないか。
取り戻せ青春! 目指せリア充! カムバックマイスクールライフ!
よし、決めた。
わたし出来るだけ主要キャラクターと係わらない方向でいくわ。攻略も、もちろん無し。しない、やらない。
わたしは前世の記憶持ちで重度のゲーヲタでその上ヒロインに転生したけど、すみません、ヒロインしません。
ビッチキャラ、期待しないでください。ヒロインざまぁは嫌です。拒否します。
幸いにしてこの『ほっとけない女神』には友達エンドもあるし、充実した学生生活しながらもざまぁエンド回避は出来無くはない、と思う。
主に攻略対象キャラとの色恋沙汰とそれに伴う諸々の問題で、ヒロインってざまぁされてる場合が多いっぽいからね。だからそれらには近づかない。興味も無いですよーって態度を貫く。
ヒロインポジとしてそれはどうよ、とは思うけれどさ。でもざまぁエンドは避けたいし、それに……。
それに、わたしが本当に攻略したい人って攻略キャラ達じゃないからなぁ。
そんなことをあれこれと考えながら歩いていると、程なく学園の校門に着いた。
すぐにキーンコーンカーンと時計台から鐘が鳴り始める。
やばっ、早く職員室に行かないと!
わたしは考えるのを一旦止め、ゲームのオープニング映像で見たのと同じ、青空とのコントラストが美しい白亜の校舎の中へと小走りで駆けていった。