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(5) お婆ちゃん視点

 モブオ君と付き合ってから一週間が経とうとしていた。



「…………。

 あはは…………引き籠っていた頃のゴミ部屋よりは良いか……」



 日に日に殺風景になっていく部屋を眺めていると、心が冷えて固まっていくのが分かる。

 だが涙は出ない。出さない。出してはいけない。



 机の上の教科書には罵詈雑言。

 ……読めないよ。

 教科書を書き写したノートはびしょ濡れ。

 ……次からは油性のボールペンを使おう。

 ズタズタの体操着。

 ……今度、新しいのを買わないと。金持ちのための学校だから高いんだよなぁ……



 まだ売り払っていない、錵部さんとお揃いのぬいぐるみを抱き締める。

 ああ……ショッピングモールで遊んだ頃が懐かしいな……




 わたしは、ここ最近いじめられている。

 元の世界で大葉ちゃんを死に追いやってしまった罰だよね、これは。むしろ錵部さんとの短くも楽しい日々を送れただけ幸せ者だ。

 この程度で泣いていたら元の世界で罪を償うなんて口が裂けても言えない。


 …………頑張らないと……



「……よし!」



 パンパンッと頬を叩き、気合いを入れる。

 大丈夫だ。わたしなら、大丈夫!


 さて、今日も学校だ!




 * * *




 令息令嬢の集う学校というだけあって、ほとんどの生徒が送迎車に乗って登下校をする。専用のスペースを設けられているとはいえ、特に朝などは大渋滞だ。


 まあ、庶民で一人暮らしなわたしには縁の無い話ですけど。



         (「ほら、アレ見て。)      (無様よねぇ」)

          (「ホント、惨めだわ。)        (見ている方の気が)         (滅入っちゃうわよ」)



 …………せめて陰口は聞こえないように言ってほしいなぁ。

 違うか。彼女達はわざと聞こえるように言って、わたしの反応を見ているんだろう。

 まあ、この程度なら慣れたものだ。ノーダメージだよ。

 ゴーストタイプにノーマルタイプの技は効果が無いんだよ?


 でも、問題はこれから(・・・・)だ。





 生徒玄関の下駄箱を開けると、中には生ゴミの山。ご丁寧にビニールで簡易的なカーテンを作り、悪臭が外に漏れにくくなっている。わざわざ御苦労な事だ。

 冷気を逃がさないように冷蔵庫にカーテンを作るのと同じ発想だね。

 とりあえず、人目に付きにくいグランド脇の水道で洗おうか。タオルで水気を拭き取れば、パッと見は分かんないでしょ。


 水道で内履きを洗う前に、念のために持ってきていたビニール袋の中に手早く生ゴミを詰め込む。もちろん素手だ。

 近くに居合わせた人があからさまに顔をしかめたけど、そんなの気にしてられない。



「あー……ホッカイロまで仕込んでありますか……」



 どうりで生暖かいと思ったよ。

 六月だってのに、どこで買ったんだろ……?




 生ゴミを捨て、ぐちょぐちょの内履きを履いたら、いよいよ教室だ。

 錵部さんが登校して来る前に机の落書きを消したりしないと。


 錵部さんには、わたしがいじめられている事を知られたくない。

 変に心配をかけたくないし、そもそも錵部さんの性格なら絶対にわたしを助けようとするだろう。

 だけど、これは天誅のようなものだ。わたしは堪え抜かなければいけない。



 なんて考えながら教室に入ると、わたしの机自体ありませんでした。落書きってレベルじゃないね。“おめーの席ねぇから!”って事ですね。懐かしいね。



「あら、お婆ちゃんさん、ごきげんよう。

 机が無いから、てっきりお亡くなりになられたのかと思ってましたわ」



 呆然としているわたしに令嬢が声をかけてきた。それに聞き耳を立てていたクラスメイト達がクスクスと笑いだす。

 この人の名前なんだっけ……? モブキャラだし“クラスメイトA”でいいか。



「……おはようございます、Aさん。

 こんな事になるなら、昨日接着剤で固定されていた机と椅子を剥がさなきゃ良かったです」

「Aさん?

 Aさんて、ワタクシの事かしら?」

「さあ、どうでしょうか?

 わたし、これから机を探さなきゃいけないので失礼しま――っ!?」



 教室から出ようと踵を返したところで、クラスメイトのAさんに髪の毛を鷲掴みにされた。

 「少し可愛いからって生意気な態度とってんじゃねえよ!」などと喚きながら、近くに居たクラスメイトのBさんが殴りかかってくる。パーではなく、グーでの一撃。

 ナイスコンボだ。



「ッ!」

「薄汚い庶民が……! 生意気なんだよ!」



 口の中が切れてしまったらしく、血の味が口いっぱいに広がる。

 語彙力が無いからって暴力はやめてほしいな……



「……ごめん、なさい」



 謝罪と共に、膝と両手をを床に降ろして頭を垂れる。土下座だ。

 少しイラッときたからって煽ったのは失敗でした。

 青アザが出来たら錵部さんに勘づかれちゃうかもしれな――



「――ぅぐ!?」



 ……まさか土下座している相手を攻撃する事は無いだろうと思ったら、お尻を蹴られ、頭を踏みつけられました…………

 やっぱりナイスコンボだ。鼻血が出てきたよ。



「あのさぁ、庶民が土下座したって面白くも何ともないのよね」

「うっわぁ……鼻血出てますわよ?

 穢れた血で床を汚さないでくださる?」



 穢れた血って、あなた○フォイなんですか?


 現実逃避にふざけた事を考えている間もモブキャラA、Bから飛び出す罵詈雑言の嵐。周りはそれを見て嘲笑。男子の一部はわたしのスカートの中を覗こうと場所を移動。


 ……ヤバい……流石に涙が出そう…………





「……お前ら、何してんの?」





 罵詈雑言の中を、いきなり声が割って入った。その声に反応して教室内は一転して水を打った様に静まり返った。

 痛む顔を押さえながら顔を上げると、そこには銀杏瀬カイトの姿が見えた。



「そういうの、面白くねぇから。

 ……お婆ちゃん、立てるか?」



 静止した中、わたしに歩み寄って手を差し伸べるカイト。

 その手を……何故だろうか。わたしは無視してしまった。



「一人で、立てます、から……」

「そか」



 よろよろと一人で立ち上がりながらも、何故カイトの手を無視してしまったのかという疑問が頭を駆け巡る。

 だけど、答えなんて出なかった。




 * * *




「……まさかとは思ってたけど、やっぱり、いじめられてたんだな」

「…………」

「わざと隠してただろ。何でだ?」

「…………」

「錵部のヤツはまだ知らな――」

「ほっといてください!」



 あ……

 ダメだ……助けてくれた相手に声を荒げるなんて……

 こんなの、ただの八つ当たりじゃないですか……



「……あの……ごめんなさい」

「いいっていいって。

 お婆ちゃんが声を荒げるなんて珍しいから、許す!

 それよか、保健室に着くけど養護教諭が居るか分からんぞ? まだ朝早いし」

「大丈夫、です……

 それよりも、あの……この事は、錵部さんには……」

「言わねーよ。ドMの変態ならまだしも、何かしらの理由があるんだろ?」

「……はい。その、すみません……」

「気にすんなって!」



 爽やかに去って行くカイトの後ろ姿から、イケメンオーラが迸っている。錵部さんが見たら卒倒するレベルのオーラだ。

 彼はこれから、わたしの机を探してくれるそうだ。

 菩薩の如き善人ですよ……



 カイトは錵部さんに内緒にすると言っていたけど、そろそろ隠し通すのも難しくなってきたなぁ…………




 * * *




 さて、時計の針は約一回転して放課後。



「おい、いつまで待たせんだよ」

「ごめんなさい」



 いじめラッシュの後は、彼氏との時間です。


 モブオ君と付き合う事になってから一週間。放課後になるたび、わたしは彼の教室まで出向いている。

 的到田モブオ君――彼は最近急成長した製薬会社の御曹司であり、クラス内での発言権も強いらしい。モブオ君の教室へ行くと、中にはモブオ君以外いないのだ。聞けば『ふひひ、俺が命令して追い出したからな。俺、スゴいから』とドヤ顔していた。


 あ、ちなみに、このモブオ君。

 外見は中の下で、性格はお察しの通り、いや、それ以下です。



「なあ、お婆ちゃん。

 俺たちが付き合ってから、今日で一週間だよな?」

「そう……ですね……」

「そろそろキスしようや」



 嫌です。

 昨日は『ホテル行くぞ』だったから、かなり譲歩したみたいだけど、普通に嫌ですよ。



「えーと……そういうのは、まだ早いですよね……?」

「あ? 恋人がキスして何の問題があんだよ。

 あのさ、勘違いしてるようだから言っとくけど、俺、モテモテだかんね?

 そんな俺が毎日毎日わざわざ誘ってやってんのに、何なの?」



 モテモテ……?

 キモキモの間違いじゃないんですか……?



「それにさぁ、気付いてないようだから言っとくけど?

 お前のいじめがその程度で済んでんのは、俺が睨み効かしてっかんだからね?

 糞みたいな貧乏人が生きれる世界じゃねえんだよ、ココは」



 いや、睨み効かしてないじゃないですか。

 そもそも、この恋人関係がいじめをエスカレートさせてると言いますか……

 陰口叩かれまくってるのを全く知らないってのも、ある意味可哀想だよね。



「何黙ってんだよ。ツマンネー女だな、おい。

 ほら、キスすんぞ」

「…………嫌、です」

「ああ!?

 オメーに拒否権なんざねぇんだよ!」



 左手首を壁に押さえつけられた。これが壁ドンてやつですか。

 全然ときめかない。



「…………やめてください」

「ふひひ、やめねーよ?」



 あ、ダメだ。力が強くて抵抗も出来ない……

 こんな人にファーストキスを奪われるのか……


 まあ、わたしの人生そんなもんだよね。

 大葉ちゃんに罪を償うとか言っといて、ファーストキスの相手を選んでいる時点で覚悟も何も無かったんだよ。

 やっぱり、わたしは最低だなぁ……



 生暖かい吐息が口にかかる。

 もう、ダメだ……


 助けて……神様……






「ヤッダ~! 手が滑っちゃったぁ~!

 んもぅ! 拙者ったら、おっちょこちょいなんだから☆」



 諦めて眼を閉じる瞬間、視界の端でチョロリと舌を出しながら自分に軽くゲンコツするハゲが見えた。




 * * *




 まさかハゲ()と一緒に下校する日が来るとは思いもしませんでした。

 しかも、わたしの傘が盗まれていた為、ハゲ様と相合い傘……




 先ほど、神様に助けを祈ったら、髪から見放されたハゲ様――もとい、尾焦葉サヤトが現れました。


 颯爽と窓から(・・・)現れたハゲ様は持ち歩いていた生レバーをモブオ君のズボンに投げつけて撃退。モブオ君は『何してくれてんだよ! 今日はパーティーだってのに!』と喚きながら帰っていった。

 その時、わたしは決めたのだ。感謝の意を籠めて“ハゲ様”と呼ぼう、と。

 ハゲ様本人は嫌みたいだけど、ハゲ様はハゲ様だ。


 それにしても、何で生レバーなんて持ち歩いてたんだろう……

 奇抜すぎて理解できません。



「ハゲ様は何で生レバーなんて持ち歩いてたんですか?」

「……そのハゲ様ってのやめない?」

「嫌です。わたしの感謝を無碍にしないでください。

 それよりも、生レバーですよ。もしかして、頭おかしくなったんですか?」

「頭は正常だ! 全く問題ねえよ!?」

「でも、髪の毛が……」

「剃ってるだけだから! ちゃんと生えてくるから!」



 ああ……なんだか久しぶりだなぁ、こういうの……

 最近いじめられてたから、懐かしくて嬉しい……


 ま、いじめが無くなる訳でもないんだけどね。





「…………サヤト君、今日の事は誰にも話さないでくれませんか。特に、錵部さんには」

「だから、ハゲ様って呼ば……呼んでない!?」

「真面目な話、なんですけど」

「うん、メンゴメンゴ!」



 ……軽いなー。こっちはシリアスな気分なのに。



「そもそも、“今日の事”って何の事?

 もしかして、ダメオ君が血尿漏らして泣いて帰っちゃった事?」

「……え?」

「まあ、彼氏が血尿漏らしたなんて知られたくないわな!

 わかったわかった。“今日の事”は拙者とお婆ちゃんとの秘密にしておこうではないか!」



 …………ハゲ様……いや、()ハゲ様!


 わたしの中で御ハゲ様への好感度が急上昇しました。

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