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7 友達です

「やっぱり舞姫は豊×謙ですよね!

 そもそも相沢がホモじゃなかったら舞姫という作品自体が成り立ちませんもの!」



「あら、意外と解っているじゃなの。

 そうよ、舞姫の根幹にはBL(ボーイズラブ)という至高の概念があるの。

 あれはエリスと豊太郎の悲しい恋を描いた作品ではないわ。ノンケの豊太郎に恋をした相沢の物語の一部でしかないのよ!」



「流石小糸さん!

 やっぱり舞姫の真の主人公は相沢謙吉なんですよ!


 天方大臣の性玩具(おもちゃ)だった相沢謙吉が、夜の奉仕を対価に想い人たる太田豊太郎を助ける。

 エリスと別れ心に深い傷を負った太田豊太郎は、そのやり場のない怒りにも似た感情をアレに乗せて相沢謙吉にぶつける。

 しかしそれは狡猾な相沢謙吉の罠。やがて、エリスとは別次元の快楽に溺れた太田豊太郎は……って感じですよね!」



「パーフェクトじゃないの!

 ごめんなさい、波花さん。私はあなたを見くびっていたわ……」



「良いんです……良いんですよ……!

 ワタシは……ワタシは小糸さんと仲良くなれただけで嬉しいんです!!」




 嫌々始めた勉強会だったが、無駄ではなかったようだ。

 まさか波花志遊がここまでの逸材だとは思わなんだ……


 意志薄弱唯々諾々の豊太郎なんかよりも有能な人間は腐るほどいるはずなのに、なぜ相沢は上司の天方大臣に便宜を図ってまで豊太郎を推したのか……

 それを考え抜いた末に見える極致がBLなのだ!

 ちなみに、相沢は誘い受けだと私は思う。




「やっぱり、同性でも……いや、同性だからこそ、恋い焦がれる至高の愛があるのですね!」

「そうよ!

 同性でも恋はできるのよ!」




 今すぐ、お婆ちゃんを抱き締めたい!

 ……なんてね。



 ……………………じゃなくて!


 ビー(Be)クール(Cool)……ビー(Be)クール(Cool)……

 落ち着け私!

 何故に波花志遊と仲良くしてんの!?


 波花志遊は腹黒だ。その彼女と仲良くなってしまったら、きっと良くない事が起こる……気がする。

 何となくだけど、波花志遊を信じちゃダメだ。




「あの、小糸さん……?」

「え?

 あ、ああ。何かしら?」

「いえ、急に難しい顔で黙ってしまわれたので、どうされたのかと……」



 やだぁー。上目遣いとかチョーカワイイんですけどぉー。

 そんな不安そうな顔しないでよ。超可愛いから。


 ……ハッ!?

 ダメだダメだダメだ! いくら可愛くたって、こいつは腹黒だ!



「……別に何でもないわよ。

 ただ、いつの間にか外が暗くなってると思っただけ」


「あ、本当ですね!

 こんな時間まで勉強に付き合って頂いて、ありがとうございます!

 そろそろワタシ、帰りますね」


「ええ。

 ウチの執事に送らせるわ」


「そんな、悪いですよ」


「いいのよ。楽しい勉強会だったから」


「……ッ! そんな!

 ワタシこそ至福の時間でした!

 本当に、ありがとうございます!」


  ・

  ・

  ・




「波花志遊、か……」



 無駄に豪華な天蓋ベッドに寝転び、今しがた帰っていった彼女の名前を呟いた。


 彼女を信じるべきか、否か……


 勉強会では信じるまいと揺らぐ心を押さえていたものの、その根拠は前世の乙女ゲームからのものだ。

 しかし、初めて直接まともに接してみて分かった。彼女は私に対して明らかに好意を寄せている。

 仮にそれが本心であるのならば、無下にするのは悪い……


 よくよく考えてみれば、この世界では主人公(お婆ちゃん)が的到田モブオと付き合い、錵部小糸()が悪役令嬢をしていないのだ。

 ならば、波花志遊が乙女ゲームのままだとは限らない。


 そもそも、波花志遊がなぜ腰ぎんちゃくをしていたのか。

 波花志遊に元々あった悪性ゆえか、錵部小糸への好意ゆえにか。

 もし後者ならば、錵部小糸が悪者をしていないこの世界に於いては無害な存在なのではないか……?


 悪役令嬢と親しくなりたいがために、わざわざ主人公をいじめちゃうようなダメ人間設定なのは間違いないだろう。

 だが、私と親しくなりたいがために、お婆ちゃんとも仲良くするのであれば…………



「…………。

 ……んがぁぁぁあああ! ワケわからん!」



 考えたって無駄だね!

 危うく知恵熱が出るところだったわ。人間関係難しすぎでしょ。

 前にも悩んで悩んで悩み尽くして倒れた事を思い出したわ。

 いやー、あの時は…………どうなったんだっけ?

 十七年以上前の事なんてほとんど忘れたわ。




 * * *




「小糸、昨日は波花家の娘と仲良くやっていたじゃないか。この調子で友好的な関係を築け」

「……お父様だって応接室で仲睦まじく話していらしたじゃないですか」



 土曜の翌日は日曜。つまり休日。すなわち、地獄の食事タイムがあるわけで。

 昨日は幸いにも勉強会のおかげで免れる事は出来たけど、やっぱりイライラするわー。

 思わず一家団欒の席で父親が清楚な女子高生と仲睦まじくしていた事を言っちゃった。

 あらら? お母様、フォークが止まっていらっしゃいますよ?



「友好関係の狭いお前には分からんと思うが、あんなものは社交辞令に過ぎん」



 わざわざ『友好関係の狭いお前には分からんと思うが』とか言う必要なくない? イラッときちゃう。

 ……まあ、精神年齢三十四歳の私は愛想笑いで大人な対応をするけどね。



「ともかく、今日も波花家の娘を呼んでおいた。昼前には着くとの事だ」

「…………はい?」



 腕力で持っていたスプーンが曲がった。

 私、見た目はケッキ○グだけどエスパータイプだったみたい。


 なに? お父様は私の休日をぶち壊したいわけ?

 せっかく今日は晴れたから脱走してショッピングに出ようと思ってたのに!


 ……いや、待てよ? これはチャンスなんじゃなかろうか。



「お父様、わざわざありがとうございます。

 それでは今日は晴れた事ですし、一緒にショッピングでもしますわ」

「ふむ……まあ、良かろう。

 執事に車を用意させておく」

「ありがとうございます!」



 いやっほぅ! これなら堂々家から出れるじゃん!

 しかも執事付きだから、職質(天敵)とも無縁!

 適当にお茶した後にサヨナラすれば、あとは自分の時間だ!




 * * *




 誰だよ、適当にお茶した後にサヨナラすれば、あとは自分の時間だとか言った奴は。もちろん私だ。

 車窓から眺める夕日(・・)は、なんと静謐(せいひつ)なものか……



「綺麗な夕日ですね、小糸さん」

「ええ、そうね」



 結論から言えば、こんな時間まで波花志遊とは離れられなかった。今は波花家まで志遊を送っている最中。つまり帰宅途中だ。

 グッバイ、私の休日……


 まさか、ここまで志遊に連れ回されるだなんて考えてもいなかった。必殺の計算され尽くした可愛らしさを拒みきれなかった自分も憎い。




『小糸さん! 今度は映画を観ませんか?』

『ごめんなさいね。私、映画は人が多くて好きじゃないの。

 だから、もう帰り――』

『じゃあ、貸し切りますね!』


『映画、楽しかったですね!

 喫茶店で休憩しませんか?』

『申し訳ないけど、もう家に帰りたいのだけ――』

『ワタシと一緒じゃ……ダメ、ですか……?』

『わかった!

 わかったから、涙ぐまないでちょうだい!』




 といった具合に、終始こんな感じだった。映画を貸し切るとかパネェっす。

 しかも、楽しくなかったと言えば大嘘になってしまうから、たちが悪い。ぶっちゃけ、至れり尽くせりだった。





「そろそろ着きますね……

 小糸さん、昨日と今日は本当にありがとうございました」



 志遊の言葉通り、あと少しで波花家に着いてしまう。

 …………あれ? “着いてしまう(・・・)”って、なんで私は名残惜しく思ってるの?



「こちらこそ、ありがとう。

 私から誘ったのだから、お礼を言うのは私の方よ」

「いえ、誘ったのは小糸さんのお父様ですよ。

 ワタシを嫌っている小糸さんが、誘うはずありませんもの」

「それは――」

「違う、とは言わせませんよ?

 昨日だって小糸さんのお部屋に入るなり『仲良くする気は無いわ』『家に来るのも止めてもらえるかしら』とおっしゃっていましたもの」



 ……確かに、言っていた。

 改めて他人の口から聞くと、酷い言葉だ。



「いいんです。ワタシが勝手にお慕いしているだけですから」

「……ごめんなさい。

 昨日今日と貴女と一緒に過ごして、とても楽しかった。

 だから……その……

 また、ウチに来てくれるかしら?」

「え……?」



 信じられない、といった顔だ。続けて志遊の目から涙が流れ落ちた。今回ばかりは嘘泣きではないだろう。証拠に、泣いた本人が少し驚いたような顔をしている。



「いいん、ですか?」

「ええ、貴女さえ良ければ」

「そんな……嫌なわけありません!

 毎日行きます!」

「あ、いや、毎日はちょっと……」

「ふふっ、嘘です」



 止まらない涙を拭いながらも笑う志遊は、嘘偽りなく幸せそうだ。



「本当に、今まで冷たくしてごめんなさい……」

「……じゃあ握手してください」

「握手?」

「はい、友達になった握手です。

 それで許してあげましょう!」

「言うじゃないの」



 志遊が差し出した手を握る。身体と同じで小さい、白魚のような手だ。



「ふふっ」

「これから、よろしくね」

「はい!」



 この日、ゴリラ顔だけど友達が一人増えました。




 * * *




「良かったですね、小糸様」

「……ええ、今まで彼女を毛嫌いしていた自分が憎いわ」



 志遊を送り届けた後、執事が話しかけてきた。

 多くを語らない執事は、私の返答に少し口角を上げて応えた。



「それで、この後はいかが致しましょうか?

 三十分程でしたら時間をつくれますが」

「何でもお見通しね……

 じゃあ、古本屋までお願いするわ」

「かしこまりました」



 ニヤリと笑う執事。やべぇ、渋カッコイイ……!

 私と両親から板挟みな立場のはずなのに、双方が満足する様な最高のサポートを提供する。

 この執事が攻略キャラだったなら、絶対に人気ナンバーワンに違いない。


 さて、思いがけず古本屋に行ける事になりました。

 古本屋といっても、前世のB●OK・OFFみたいな店だ。軽く立ち読みして、探しているマンガが売ってたら買おう。

 ヒャッハァー! やっとデス●ートの三巻が読めるぜ!

 二巻のラスト、主人公の部屋に監視カメラが仕掛けられたところで終わったから気になってたんだよね!


 実にBLな妄想が捗るシチュエーションだけど、どうなるんだろ……




「到着いたしました」

「イエス! 完璧だよ!」

「……小糸様、流石にその口調は…………」



 おっといけねぇ! 浮かれすぎた!

 だけど無理!

 言うなれば週刊少年●ャンプを金曜日にフライングゲットしちゃったようなものだから。来週まで読めないと思っていたマンガが今日読めるんだ。

 テンション上がらない方がおかしいよ!


 颯爽と車から降りて入店!

 そのまま春風の如くレジの前を通り過ぎ――ん?



「あれ?」



 レジで大量のマンガを売っているお婆ちゃんを目撃した。

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