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(1~2) お婆ちゃん視点

 お婆ちゃん視点です。

 お婆ちゃん視点は暗い話が多くなりそうです……


 本編(ゴリラ視点)の補足として書く予定ですので、お婆ちゃん視点を読まなくても話の都合上問題無いと思います。

 暗い話が嫌いな方は、読み飛ばす事をおすすめします。

 元の世界に居た頃のわたしは平凡だった。

 可愛いわけでもなく、不細工なわけでもなく、平凡。

 頭が良いわけでもなく、運動が出来るわけでもない、平凡。

 人並みに好きな人もいたし、家族仲も普通だった。


 趣味はオタク寄りだったけど、それを適度に隠していたくらいか。

 でも、それも結局“普通”の範疇から出ないだろう。


 つまらない人間ではなかったけど、面白みのある人間でもなかった。



 だから、わたしは自分が大嫌いだった。



 * * *



「わたしの名前は お婆ちゃん です!

 よろしくお願いします!」



 やけくそな自己紹介。クラスメイト達からの視線が痛い。

 “お婆ちゃん”なんて名前を、面白半分に付けるんじゃなかった……

 明らかに変じゃないですか、この名前。とても恥ずかしい。



「じゃあ、お婆ちゃんさん、席に座って」

「……え? あ、はい」



 しかしそんな変な名前も、当然のように受け入れられた。

 名乗ったら絶対に笑われると思っていたから、拍子抜けしてしまう。


 やっぱりここは乙女ゲームの中なんだ、と理解する。

 こんな名前でも、違和感無く受け入れられちゃうなんて……





 担任が指で示した空席に向かう途中、不意に全身が粟立った。白髪のゴリラ顔がわたしを睨んでいたからだ。

 わたしはそのゴリラ顔を知っている……彼女は悪役令嬢、錵部小糸だ。


 ……ゲームでは笑って見てたけど、生ゴリラは流石に怖いよ。

 常識を捻り潰す身体能力を有し、親が築いた成金の財力を振るい、波花志遊を筆頭に複数の人間を従える巨悪。

 悪意の凝縮体、悪夢の権化、悪逆非道のゴリラ……

 勝てる訳がない。



 わたしの自己紹介で、何か気に入らないところでもあった……?

 いや、乙女ゲーム通りのストーリーなら、どう足掻こうとも、わたしは錵部小糸に苛められる事になるのだ。


 ……でも、出来る限り彼女には近付かないようにしよう。怖いし。







 と、思っていた矢先。放課後早々に、錵部小糸に呼び出されました。

 そういえば、そんなイベントがあったっけ……



「じゃあ、校舎裏へ行きましょう」



 緊張のあまり無言で頷くと、また睨まれた。錵部小糸から立ち昇る禍々しい殺気(オーラ)を幻視して、身体が萎縮する。

 ヤバい……超怖い……


 居合わせたクラスメイト達が、教室から出て行くわたしと錵部小糸を“何事だ!?”という顔で見ている。

 見ているくらいなら助けてほしいなー……


 ガタガタと震える足を必死に動かし、錵部小糸の後ろを歩き、校舎裏という名の死刑場に到着。

 元は乙女ゲームだし、死にはしないだろうけど、やっぱり怖い。主に、ゴリラ顔が。


 そもそも錵部小糸は何故か作中最強の身体能力を持っているのだ。何か機嫌を損ねてしまえば、為す術もなくわたしは地面とキスする事になるだろう。

 ファーストキスが校舎裏の地面とか、嫌すぎる……


 しかし錵部小糸の第一声はわたしの意表を突く、奇妙な質問だった。



「さて、と……

 ねえ、お婆ちゃん。

 ちょっと聞きたいのだけど、貴女はここがゲームの世界だと知っている?」

「へ……? ゲーム……?」



 予想外の質問に、思わず聞き返してしまった。

 それに「ええ、そうよ」と応える錵部小糸は、相変わらず威圧感を放っている。怖い。声が震える……



「……えっと……はい、ゲームの世界だと知ってます」



 少し悩んだ末、慎重にそう答える。

 すると、錵部小糸の顔が少し和らいだ。嬉しそうですらある。でも、怖い。


 だが、どういう事なのだろうか……

 錵部小糸はたった今“ゲームの世界”と言った。そして“知っている?”と。

 要するに、錵部小糸はこの世界はゲームの世界と考えているが、他の人間はそれを知らないという事だ。わたしと同じ。

 ……ということは、この錵部小糸は、わたしと同じく乙女ゲームの世界へと入ってしまった人間なのだろうか?


 錵部小糸がゴリラ顔中二病女子高生という奇特な属性という線も考えられるが、それは無いだろう。

 もし仮にそうなら、ドン引きですよ。


 ……しかし、わたしの他にもこの世界に来てしまった人がいたとは。

 今流行りの集団異世界転移ってヤツですかね?

 いや、それは無いかな。神にも会ってないし、チートなスキルも貰ってないもん。

 そもそも、わたしは自室に居た引き籠りビギナーだし。



 さて、ここで違和感が一つ。

 何故わたしが乙女ゲームの世界に来たのだと、錵部小糸が知っているのか。

 …………ああ、“お婆ちゃん”て名前のせいか。数秒で謎は解けた!


 でも“お婆ちゃん”という名前に違和感を感じ、ほぼ確信して近づいてきたという事は、わたしよりも長い時間この世界に居た可能が高い。

 だとすれば、帰り方も知っているかもしれない。



「元の世界へ戻る方法は知らないわ。

 それを知ってたら、十七年もゴリラ顔をしてないわよ」



 しかし、それが錵部小糸――いや、錵部小糸になってしまった人の返答だった。

 というか、十七年もこの世界に居たなんて……

 わたしも元の世界に戻れず、このまま乙女ゲームの世界で年を取って、そのまま死んでしまうのだろうか。


 ……それは、ダメだ。

 美少女として一生を終えられるのは正直嬉しいけど、それじゃあダメなんだ……!




 わたしは何としてでも元の世界に帰らなきゃいけない。

 帰って、罪を償わなくてはならないんだ。わたしのせいで死んだ彼女(・・)に……



 * * *



 あの日、屋上の縁に立った彼女は、わたしに向けて謝っていた。彼女は悪くないのに、何度も謝っていた。


 わたし達は自殺を止めるために走ったが、それよりも早く彼女は最期の一歩を踏み出してしまった……


 彼女の姿が消え、少し遅れて下から嫌な音が聞こえた。

 さらに遅れて、騒ぎ立てる声……

 放心したわたしには、それらの音が、壁を隔てた向こう側から聞こえてくるように感じられた。どこか現実感が無い。



 ……わたしのせいだ。

 平凡なわたしが、くだらない恋をしてしまったからだ。

 そのせいで、彼女は――



「何してんだ!

 早く下へ行くぞ!」



 沸々と自責の念が膨らみはじめた時、怒声のような言葉がわたしを打った。隣に立つ男友達の声だと気づく。

 そして彼は飛び降りた彼女の元へ向け、走り出した。


 わたしは、一歩も足を動かすことが出来なかった……


 現実感がまるで無い。悪夢のようだ。

 澄んだ青空、心地良い風、平和な一日にこそ相応しい風景。


 だが彼女は自殺した。今しがた、死んだ。



 一際大きな慟哭が響いた。まるで世界が終わってしまったかのような、悲痛に満ちた叫びだ。

 誰の声だろうか……


 ……ああ、なんだ。わたしの声じゃん。

  ・

  ・

  ・





「“名前を入力してください”か……」



 閉めきられた真っ暗な部屋で、ゲーム機から放たれる光がわたしの顔を照らす。

 部屋の中はゴミが散らかり、足の踏み場も無い。


 引き籠ってから一週間。たった一週間でここまでゴミだらけに出来るものなのだと、我ながら感心する。

 最初こそ心配して部屋の扉を叩いていた両親も、昨日からそれを止めた。

 きちんと三食、部屋の前に供えられているので、見放された訳ではない。と、思いたい……



「それにしても、名前かぁ……」



 不謹慎だけど、自殺した彼女の名前にしようか……?

 元々このゲームは彼女が好きだったゲームだ。

 それに影響され、わたしもプレイし始めた。毎日のように、彼女とこのゲームの話をしたっけ……


 せめてゲームの中だけでも、彼女には素敵な恋をしてほしい……



  【大葉麗花_】



 大きな葉っぱに、綺麗な花……何度見ても良い名前だな……

 ……でも、彼女はもう居ない。

 名前の通り花が咲いたような笑顔を見ることも、くだらない話をすることも、勉強を教えてもらうことも、学校帰り一緒に寄り道することも、もう出来ない……



「…………。」



 せっかく入力した名前を消す。

 やっぱり、彼女の名前をこんなゲームで使ってはいけない気がする。

 少し悩んで、新しく主人公の名前を入力した。



  【お婆ちゃん_】



 正直に言えば、面白半分だ。

 でも、これは彼女――大葉麗花のあだ名でもある。



『大葉ちゃんなら、あだ名はお婆ちゃんだな!』

『ちょ、何それ!?

 大葉ちゃんも笑ってないで何とか言ってやってよ!』

『あははは! だって女子高生なのに“お婆ちゃん”なんだよ!

 “お婆ちゃん”! 面白くて良いあだ名だね!』

『だろ?』

『良いの!?』

  ・

  ・

  ・



 あの頃は……三人で笑っていたあの頃は楽しかったなぁ……



  【名前は お婆ちゃん でよろしいですか?】



 ゲームに表示されたその質問に、迷わず確定ボタンを押す。


 その瞬間、白い光が真っ暗な部屋を埋め尽くした。

 そして気がつくと、そこはゴミだらけの自室ではなく豪華な校門前。何度もゲーム内で見た、ある意味見慣れた校門……


 わたしは乙女ゲームの主人公“お婆ちゃん”になっていた。



 * * *



「なっ!?」



 いつしか泣いてしまっていたわたしの耳に、ゲームで聞き慣れたキャラの声が響いた。

 ……虚嶋、ヤナメ?


 ああ、そっか……

 この校舎裏イベントは、ヤナメが登場するんだっけ。


 驚愕の表情で空を見上げているヤナメの視線を追うと、なんと錵部さんがマ○オのように屋上へ向けてジャンプしていました。


 変な高笑いもしてるし、わたしが泣いている間にいったい何があったのだろうか……


 だが、その高笑いも直ぐに終わった。

 屋上から人が落ちてきたのだ。





「――ッ!」



 自殺。投身。大葉ちゃん。

  わたしのせい。慟哭。後悔。


 一瞬、あの日の事がフラッシュバックする。

 助けたいのに、身体が動かない……


 もう、ダメだ……

 せめて嫌な光景だけは見ないようにと目を固く閉じる。






「ふざけんなぁぁぁあああ!!」



 叫び声が響き渡った。

 その声で閉じたはずの目を開いてしまう。


 その目に移ったのは、男をお姫様抱っこするゴリラ顔少女の姿だった。

 そして、着地。中々の迫力。


 二人とも、死んでない……


 アホみたいな光景。だが何故だろう。わたしには錵部さんがヒーローに見えた。

 あの日も、錵部さんが居たら……なんて馬鹿な事を考えてしまう。



 錵部さんに放り投げられた男――銀杏瀬カイトが悪態を吐いている。




 なんでだろう……

 二人とも生きていたからかな……?

 心地良い安らぎにも似た感情が、わたしの心を満たした。





「おい、ヤナメの言う通り、このゴリラに危害を加えられていたのか?」

「いえ、錵部さ……ゴリラさんとは普通に会話してただけです」



 だから、カイトの質問に思わず悪乗りしてしまった。

 ……こんな感情、大葉ちゃんが生きていた頃以来だ。


 元の世界で罪を償わなくちゃいけないのに、乙女ゲームの世界が楽しいなんて……





 やっぱり、わたしは最低な人間だ。



 * * *



 わたしは最低だと再確認してから四時間半。



 …………この道、さっきも通った気がする。というか、確実に通ったはずだ。なにせ四度めだもん……

 屈辱だけど、認めるしかない。


 わたし、迷子になった!



 辺りは真っ暗。夜です。早く家に帰らナイト、なんちゃって! ……つまんねー。

 歩きっぱなしで足が痛い……



 よく考えてみれば、わたしは校門の前からスタートした訳だし、ゲームでは主人公の家が何処にあるかなんて漠然とした情報しか無かった。

 自分(主人公)の家の場所なんて、分かる訳ないじゃん!


 何となくゲーム的な力が働いて家に帰れるかなーなんて甘く考えていた過去の自分をビンタしたい。



「わたしはどこ……?

 ここは誰……?」



 違う! 逆だ!

 落ち着けわたし!

 ひーひーふー! ひーひーふー!


 ……うん。

 とりあえず、さっき見かけたハンバーガー屋で休もう……






「あれ? お婆ちゃん?」

「え、なに? この美少女と知り合いなの?

 拙者という者がありながら?」

「あ……」



 チーズバーガーを食べていると、何故かカイトが来店してきた。傍らにはイケメンハゲ……もとい、尾焦葉サヤトもいる。

 ……令息でもジャンクフード食べるんだ。ちょっとびっくり。



「お婆ちゃん、何してんだ?

 てっきり家に帰ったと思ってたのに」

「いやー、あの、ちょっと……お腹が空いて?」

「だから何で疑問形なんだよ」

「お婆ちゃん!

 あなた、お婆ちゃんて言うのね!」



 まさか、この世界に来たばかりで家が分かりません、なんて言えないじゃん。

 あと、ハゲ。ト○ロと出会った某妹キャラみたいな反応しないで。何となくウザい。

 ……出会って数秒でウザがられるって、ある意味すごい才能だと、わたしは思う。



「相席していいか?」

「はい、どうぞ」

「やったー!」



 『やったー!』じゃないよハゲ。そんなブレブレのキャラだから、元の世界の某巨大掲示板サイトで叩かれるんだよ。


 まあ、サヤトルートを攻略すると、これは意図的にやっている態度で本当はカッコイイ性格なんだって分かるんだけどね。

 でも、ウザいものはウザい。

 ミュージカルみたいに大袈裟に座らないで。恥ずかしいから。



「で?

 こんな時間に何してんの?」

「えーと、その、道に迷いまして…………

 いや、家を知らないとかじゃないんだよ!?

 ただ転校初日で、学校からの帰り道が分からなかっただけで!」

「……このバンズ、拙者のヘアスタイルにそっくりじゃね? パクり?」

「ははは!」



 我ながら苦しい言い訳だ。

 そして、うるさいハゲだ。

 カイトも笑わないでよ。このハゲ、調子に乗っちゃうから。


 ……それにしても、この二人って仲良かったんだ。

 カイトが何故かゲームに登場しなかったから、この光景は何だか新鮮。



「それで、あの、下校ルート知らない?」

「転校生の家なんか知らねぇよ……

 道が分からないなら、どうやって学校まで来たんだ?」

「うっ……」



 カイトの的確な質問に言葉が詰まる。

 馬鹿っぽいのに意外と鋭い……



「拙者、良い事思い付いちゃったー!」

「じゃあ、そのまま何も言わずに帰ってください」

「なにそれ酷い!?」



 ゲームの説明書に“ウザキャラ”と書かれていただけあって、流石にこのハゲのウザさは天下一だ。

 辛辣な言葉を吐いたのは久しぶり。



「ふふ……くくく……くははははは!」

「カイト君、何笑ってるんですか?」

「ははは! ……いや、悪い悪い。

 そんな顔でも酷い事言うんだなと思ってな。

 まあ、何を思い付いたかくらい聞いてやろうぜ?」

「やったー!」



 いや、だから、『やったー!』じゃないよ。ウザいよ。



「拙者ぁ、思い付いちゃったんだけどぉ、学生証に住所載ってるじゃん?

 でぇ、もぉ外真っ暗だしぃ、拙者達でぇソコまで送ってあげればぁ、良くなくなくなくない?」



 学生証に住所……

 このハゲ……天才ですか……?



「……だとよ。

 どうする? 送っていこうか?」

「お願いしても良いんですか?」

「もちろん。俺とお前の仲じゃねえか」

「今日知り合ったばかりですけどね。

 でも、お願いします」

「おう! 任せとけ!」

  ・

  ・

  ・



「…………あの、この道、前に通りませんでしたか?」

「……ああ。俺も見覚えがある」

「拙者も! 拙者達、気が合うね!」

「黙ってろハゲ」

「一生喋らないでください」

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