5 悶々とします
お婆ちゃんに彼氏ができてから、私とお婆ちゃんが一緒にいる時間が更に短くなった。
あの日以来、心のどこかを黒いモヤモヤが巣食っている気がして落ち着かない。
だが、私は決めたのだ。
このお婆ちゃんの恋を応援すると。
そもそも、お婆ちゃんがゲームのキャラと付き合えば元の世界に帰れるといのは仮説でしかないのだ。お婆ちゃんに無理強いをした挙げ句、結局帰れませんでした、なんてオチもあり得る。
それならば、お婆ちゃんの意思を尊重しつつ他の仮説を試していけば良い。それだけの事でしかない。
「……はぁ」
しかし、溜め息は止まらない。
お婆ちゃんとの時間が減り、毎日が楽しくないのだ。
昼休みを一人で過ごすのは、お婆ちゃんがこの世界に来る前と同じ事だ。
でも、この世界の楽しい日常を知ってしまったが為に、今まで以上に虚しく感じる。
「……はぁ~」
お弁当をつつきながら再び、溜め息を溢す。
するとその溜め息に合わせたかのように、突然背後でクラッカーが鳴った。
「おめでとぉぉぉございまぁぁぁあああっす!!
本日、百回目の溜め息だぁぁぁあああ!!」
「…………何をしているのかしら、銀杏瀬君」
「おいおい、名前で呼んで良いって言ったじゃねえか!
俺もお前の事、ゴリラって呼ぶか――らぁぎい!?」
私の裏拳が腹部にクリーンヒットし、カイトは奇声をあげて倒れた。
どうしてくれんだよ……!
侍女が作ってくれたお弁当に、クラッカーから飛び出たゴミが乗ったじゃんか!
このゴミが親に見られたら、その侍女の家族が路頭に迷うんだよ!
「相変わらず凶暴だな。錵部小糸」
「あら、珍しい。ヤナメ君も居たのね」
腹痛に苦しむカイトの隣には、風紀委員の虚嶋ヤナメも立っていた。その手には、何故か赤い物が透けて見えるビニール袋。
「先日、錵部小糸が貧血で倒れたと他の風紀委員に聞いたのでな。
差し入れを持ってきたのだ」
「倒れたのは一週間も前だけどね。
……で、差し入れってそれの事かしら?」
「その通り、生レバーだ」
生レバーって……
……こいつ、馬鹿じゃないの?
「……馬鹿じゃないの?」
「馬鹿とはなんだ!
知らぬ仲ではないからと、わざわざ持って来たというのに!」
「……ゲホッ……だから、バナナの方が良いって……ゴフゥッ、言った、だろ……」
思わず心情が口から飛び出した私に、激昂するヤナメ。ここ最近、関わり合いを持つ中で思い出したのだが、ヤナメは真面目系天然キャラだ。
そして、カイトよ。
バナナという月並みなチョイスに、並々ならぬ悪意を感じるのは私の心が捻くれているからか?
「まったく……
騒がしいから消えてくれないかしら?」
「ああ、そうさせてもらおう。
昼休みとはいえ、僕は忙しい身の上なのでな!」
お弁当に乗ったゴミを取り除きながら言った素っ気ない私の言葉にヤナメがプンプンし、ズカズカと帰って行った。腹を押さえて踞るカイトを残して……
……律儀に生レバーを置いて行かないでよ。
「……それにしても、何で私に関わってくるのかしら?」
「おも……しろいから、だ……ゲハァッ!」
口から赤い液体を吐き出しながら息絶え絶えに答えるカイト。
さっきケチャップを口に含んでいたの、見えてたからね?
そう、お婆ちゃんがモブオに告白されてから一週間。
もうすぐ梅雨入りし始める六月になってから、何故か急に銀杏瀬カイトが私に関わるようになったのだ。
大抵はくだらないイタズラや、今のように攻略キャラやモブキャラを連れて現れる。
お陰で、別に興味も無いのに尾焦葉サヤトとも顔見知りになってしまった。
ハゲはノーセンキューなのに。
「面白いからって……
からかわれるの、好きじゃないんだけれど」
「まーまー、良いじゃねえか。
最低限の出席日数を稼ぐついでだ」
「何が『良いじゃねえか』よ」
ニカッと笑う顔は攻略キャラなだけあって、イケメンだ。
だが、ときめかない。
それよりも先に鬱陶しく思う気持ちが浮かぶのだ。
「ハハハ! お婆ちゃんがモテるからって、そう拗ねるなよ」
「拗ねてないわよ!」
「そうかそうか、そりゃあ良かったな!」
快活に笑うカイト。それに反比例するように自分の顔が強張ってくるのが分かった。
関わる事が増えて気づいたのだが、私はカイトが苦手らしい。
見知っている風景がボヤけた様な奇妙な居心地の悪さを感じるからだ。
「さてと、そろそろ行くか!」
「は? 行くって、どこへ?」
「アフリカ!」
「…………はい?」
私がお弁当を食べ終わったのを見計らったように、カイトがまた突拍子も無い事を言い出した。
アフリカって……
「お前も一緒に行くか?」と笑うカイト。
モケーレ・ムベンベとかいう未確認生物を探しに行くのだと言う。
理由はもちろん、面白そうだから。
……本当に、馬鹿だ。
しかし教室から出て行く馬鹿は、とてもウキウキしていた。
その明るさが、今は少しだけ羨ましく感じる……
* * *
「……え、ナニソレ?
そのビニール袋、なんか超血生臭いんですけど?
まさか、遂に人を……」
「生レバーですわよ。
あと、ハゲた頭が眩しいから眼中に入らないでくださる?」
「意義あり! 拙者はハゲじゃねえ!」
「髪の毛を生やしてから喋って下さるかしら?」
「剃ってんだよ! スキンヘッドだ!」
放課後になりヤナメからもらった生レバーを持って家に帰ろうかとした時、ハゲ……もとい、尾焦葉サヤトに遭遇した。いや、正確には、何故かハゲが私の教室まで来た。
禿げ頭だが物憂げな垂れ目と綺麗なアルトボイスのお陰でそこそこモテるらしく、教室の端からチラチラとこちらを窺う女子が数名。
……ハゲ好きJKって、案外多いんだね。
それにしても、今日は本当に面倒臭い奴らに遭う日だなぁ。
昼休みにカイトとヤナメ、放課後にサヤトか……
特にサヤトの寺の息子らしからぬ騒々しさは、心が荒んでいる今の私にとって鬱陶しい。一人称が“拙者”なのも相まって、超鬱陶しい。
「あ、そうだ。
ちょうど良いから、この生レバーをあげますわ」
「いらねえよ?
拙者は寺の人間故、カニバリズムは……」
「人間の生レバーじゃないっての」
「でも拙者は寺の後取り故、動物性タンパクは……」
「昨日、カイトと焼き肉屋に行ったんですってね?」
「何故それを!?」
ウダウダと屁理屈をこねるハゲに無理矢理生レバーを持たせる。
こういう時、作中最強の身体能力が非常に便利だ。
生臭坊主よ、文句はヤナメに言うのだな。
常温保存されていた腐りかけの生レバーの塊とか、食べる気しないわよ。
「で、何で放課後早々に私の教室まで来てるのかしら?」
「カイトが昼にアフリカのコンゴ共和国へ向けて発ったから、暇なんだよ」
「私は忙しいのよ。
ハゲと遊ぶくらいなら、家で寝ていた方がマシだわ」
というか、本当にアフリカに行ったんだ……
行動力あり過ぎでしょ。
……さてと、ハゲに構ってても時間の無駄だし帰ろうかな。
そろそろ執事が迎えに来てるはずだし。
* * *
「小糸様、最近なにか悩み事でもございますか?」
「……藪から棒にどうしたのよ」
「いえ、ここ一週間程、お顔が優れていないようですので」
産まれた時から優れてないわよ。ゴリラ顔だもの。
「別に。大丈夫よ」
「“大丈夫”などという言葉を使う時点で、肯定していると同義でございますよ」
「……相変わらず鋭いわね」
「小糸様にお仕えして十七年でございますので。
ただ、老婆心から申し上げますと、時には自分の事だけを考えて行動するのも良いものですよ?」
「老婆心て……
あなた、男じゃないの」
「言葉の綾でございます」
……相変わらず、本当に鋭い執事だ。
まあ、そのおかげで私の家での高慢な態度の理由を理解してくれているのだから、何も言えない。
…………自分の事だけを考えて行動する、か。
私は十分利己的な人間だと思うんだけどな。
「朝もお伝え致しました通り、今宵は波花家によるパーティーに参加する為、ご両親様は外出しております」
「……そう。ありがと」
車から降りる私を、執事の言葉が追った。
今晩、あの両親たちはいないのか……
ならば久しぶりに、録り貯めていたアニメを見る他あるまい。
最近の鬱々とした気持ちは、主人公最強モノで発散し、日常系アニメでアフターケア。我ながら完璧な作戦だ。
ってえ事で、部屋に入ってTVをON!
OP後のCMをBGMに、手早く部屋着に着替える。
『ん~……熱っぽ~い……
でも、薬って用法用量を守らなきゃいけないから嫌だわ~』
『奥さん、そんな貴女にこのクスリ!
用法、用量、テキトーだ!
このクスリなら、いつでもどこでも使用可能!』
『まあ……!
テキトーなのに、楽になったわ! ステキッ!』
【~~♪
的到田製薬~♪】
…………なに、この酷いCM。
的到田製薬って名前は聞いたことあるけど、こんなCMでも儲かるのかな……?
……ん? 的到田?
…………的到田……モブオ……
いや。
いやいやいやいや、まさか……ね?