3 ショッピングモールに来ました
お婆ちゃんが転校して来てから、早十日。
今日は休日。私は家に居るのが嫌なので、親と顔を合わせない為に大抵外をブラブラしているのだが、今日は違う。お婆ちゃんとデートすることになったからだ。
いやホント、友達ってイイネ!
一人でカラオケとか一人で映画とか、一人食べ歩き、一人サイクリング、その他諸々をもう経験しなくていいだなんて!
たまにされる職務質問とも、もう無縁だ!
などと考えておりました。
「君、これから何処へ行くの?」
「……友達と買い物に」
「友達? 本当に?
……まあ、いいや。とりあえず、身分証を見せてくれる?
学生証とか持ってるでしょ?」
「……はい」
見事、本日二回目の職務質問です。
流石に一日に二度も警察に怪しまれるだなんて思ってませんでしたよ。
お婆ちゃんはというと、そんな私を見て必死に笑いを堪えております。
一回目は助けてくれたのに、薄情な……
「はい、学生証のコピー終わったから返すよ。
今後は紛らわしい事しないでね」
それ、一回目の時も言われました。
それとも何? ゴリラ顔は可愛い娘と一緒に歩く事も許されないの?
「錵部さん、災難でしたね!」
警察官が離れて行った後、クスクスと思い出し笑いをしながらお婆ちゃんが言った。
「助けてくださっても良かったのよ?」
「ごめんごめん、まさか二度も職質されるなんて思ってなかったから」
私もだよ!
だから、そろそろ笑うの止めてくださる?
そんなやり取りをしながらも、目的地である大型ショッピングモールに到着した。
このショッピングモールは庶民的な店から金持ち御用達の店まで、かなり幅の広いジャンルを網羅している。その為か、すれ違う人々も様々だ。
食品を買いに来た主婦もいれば、SPを引き連れたマダムまでいる。
「おっきいですね……」
圧倒されたように呟いたお婆ちゃんの瞳が、徐々にキラキラと輝き始めた。
ワクワクを隠し切れないって感じだ。かわいい。
「錵部さん! どこから行きましょう!?」
「そうね……服でも見て回らない?」
「賛成です!」
本当はラノベを買ったり、ゲームセンターで遊んだりしたいけど、それは一人でも出来る。
今日はお婆ちゃんと来たのだから、普段は入れない店に入りたい。
服とか。
服とか。
服とか。
想像してごらんなさい?
ゴリラ顔の女が一人で服を買いに店に入った時の、店内中の人間に向けられる視線を。
ゴリラが服着るのかよ的な、こんな人に入店されたら風評被害が……的な、そんな感じの視線。
服はきちんと試着して買いたい派なのに、その一件以降はずっとネットで買ってきた。
しかし、今日は違う!
かわいいお婆ちゃんがいる!
堂々と入店して、じっくりと選べるはずだ!
風評被害なんて言わせない。
お婆ちゃんと一緒だから、プラスマイナスゼロだ!
* * *
……死にたい……生まれ直したい…………
…………まあ、分かってはいたよ……?
でも……でも……
「一着くらいあったって良いじゃない……!」
「に、錵部さん、ちょっと休憩しよ? ね?」
洋服屋巡り開始から三時間半、ついに膝から崩れ落ちた私。
理由は簡単。
ゴリラ顔に似合う洋服が、一着も見つからなかったからだ。
一方お婆ちゃんの手には、複数の袋。
行く店行く店、店員が「是非ウチの服を着て、店を宣伝してくれ!」とばかりに服を勧めてきたのだ。
ゲームの庶民という設定上、お婆ちゃんの所持金は少なかったのだが、破格の特別プライスダウンというチートサービスのおかげで然程財布に痛手は無いようだ。
乙女ゲームの世界は、どうやら現実世界よりも可愛い人に甘いようです……
……そもそも隣にゴリラ顔のブスが居れば、いつも以上に可愛さが引き立つよね。
足取りの重い私が手を引かれ、お婆ちゃんに連れてこられたのはオシャレなカフェだった。
「なんで、こんなオシャレな店知ってるのよ……」
このショッピングモール、初めてじゃないの?
ゴリラ顔の私に、こんなキラキラした店に入れと申されるか……
「ああ、この店、ゲームにも出てきてたんですよ。
尾焦葉サヤトルートのデートイベントで、主人公が来た店です」
「あー、いたね、そんなキャラ」
尾焦葉サヤト。ハゲ……もとい、スキンヘッドの優男だ。
たしか寺の跡とりだったっけ?
一部ではネタキャラとして扱われ、一部では熱狂的なファンがいた。
私は別にハゲ好きでもないから、一度テキストを流し読みしてクリアしたキャラだ。
言われてみれば、確かに店の外観は見た事がある……気がする。
…………あのハゲ、こんなオシャレなカフェでデートしてたのか。ハゲのくせに。
そんな訳で、お婆ちゃんに押しきられる形で入店。
すごい……天井にシャンデリアがある……
それに、良い匂い……
店の扉を開けた瞬間から感じる、コーヒーの芳ばしい香りとケーキの甘い匂い。
店員もかなり訓練されているようで、優雅な立ち居振舞いは私のゴリラ顔を見ても崩れない。
金持ちを相手にする高級店なのだろう。
先程の洋服屋巡りで店員から感じたような不快感がまるで無い。
店員に案内された席に着いてメニューを開けば、洋菓子を中心とした多彩なラインナップ。
ただ、値段は高い。流石は高級店。
「……じゃあ、わたし、アイスコーヒーとショートケーキをお願いします」
「かしこまりました」
私がどれにしようか悩んでいる間に、お婆ちゃんはさっさと注文してしまった。
さっきから傍らで店員が控えているところを見るに、注文を聞くまで離れないようだ。
……いちいち店員を呼ばなくて済むから助かるけど、逆に落ち着かない。
まあ、ターゲット層が執事や侍女を従える金持ちだから、他のお客さん達にとっては気にならないんだろうけどさ……
「私はアイスコーヒーとチーズケーキを」
「かしこまりました。
御注文は以上で宜しいでしょうか?」
「ええ」
軽く一礼して店の奥へと去っていく店員。
その姿を見送って、お婆ちゃんが口を開く。
「……すごい、本当にゲーム通りだ……!」
「そりゃあ、ね」
「でもでも、すごくないですか!?
だってゲームで登場したお店を実際に体験しているんですよ!?」
そりゃあ、ここ、乙女ゲームの中だからね……
そんなわけで、お婆ちゃんの妙に上がってしまったテンションは店を出るまで続きましたとさ。
あ、ケーキとコーヒーは美味しかったです。
* * *
…………いやー、我ながら自分の意志の弱さに呆れちゃうね。
来ちゃいましたよ、ゲーセン。
お婆ちゃんとのデートだし、我慢しようと思ってたんだけどさ。
言い訳させて?
昔ハマったアーケードゲームが不意に見つかったら、そりゃあ抗えないよね?
……はい、私の意志が弱いだけですね。ごめんなさい。
ああ、お婆ちゃんなら、そのアーケードゲームをプレイする為に幼女の列に並んでおります。
勿論、私も。幼女達から向けられる視線が痛い……
『オシャレ番長 羅武&鞭璃威』
それが、我々の並んでいるアーケードゲームだ。
『オシャレ番長 羅武&鞭璃威』略して『羅武鞭璃』は沖縄県の近くに存在するという謎の島が舞台で、ナンバーワンのオシャレ番長を目指して羅武と鞭璃威が切磋琢磨するという、今考えるとよく分からない設定のアーケードゲームだ。
一回のプレイ毎に“オシャレ仁義カード”が排出される。それを用いてキャラクターをコーディネートし、CPUと格闘するのだ。
本当に意味が分からない。
そもそも“オシャレ番長”って何ですかって話だ。
しかし、そんなアーケードゲームが、現実世界で大ウケ。
転生前は、学校帰りにゲーセンで羅武鞭璃をして、家では乙女ゲームをプレイしていた……ような記憶がある。
まあ、転生して十七年も経ったし、もう朧気にしか憶えてないんだけどね。
………………ん? ちょっと待って?
「お婆ちゃんお婆ちゃん……
ちょっと、聞いていいかしら……?」
「何ですか?」
「羅武鞭璃って、元の世界でもまだ流行ってるのかしら?」
「へ?
まだも何も少し前に流行り始めたばかりじゃないですか」
……やっぱり。
今更気づいたけど、どうやら私がこちらの世界で過ごしてきた十七年は、元の世界と時間的なズレがあるようだ。
例えるなら、精○と時の部屋的な。
つまり、だ。
私の精神年齢は、元の世界と今の世界を足して、三十四。
話を聞く限り、お婆ちゃんは元の世界でも十七歳だったらしいから、丸々二倍お婆ちゃんよりも精神的に歳をとってる事になる……
ゴリラ顔に加えて、精神年齢三十四歳…………
新しい負のステータスが追加されたよ!
やったね!
「に、錵部さん!
顔が酷い事になってますよ!?」
「元から酷いわよ!」
生まれた時からゴリラ顔だよ!
憤怒と絶望に染まった私の顔で、羅武鞭璃に並んでいた女の子達が次々と泣き出してしまった。相当怖かったらしい。
泣きたいのは私の方だと心の中で叫ぶ。
女の子達による恐怖の大合唱の中、視界の端で店員達が集まりだすのが見えた。中には、さすまたなどの防犯グッズを装備している店員もいる。
扱いが犯罪者に対するソレだ。
その後、私は本日三度目の警察との御対面を果たしたのでしたとさ。
* * *
夕焼けや
ゴリラの涙を
紅く染め……
字余り。
夕焼けに染められた私の涙は、まさに血涙の如し。
ショッピングモールからの帰り道。
流石の私も涙が止まりませんでした。
精神年齢三十四歳のゴリラ顔女子高生に、生きる価値なんてある?
悪名高い成金の家の娘だし、友達はお婆ちゃんだけだし、この世界最強の身体能力だし……
心が折れちゃうよ……
というか、折れました。
いや、折れたという表現では生温いレベルだ。
「そう!
私の心は完膚無きまでに砕け散ったのよ!」
突然の私の叫びに、隣を歩くお婆ちゃんの肩がビクリと跳ねた。
「うわっ!? びっくりした……
急にどうしたんですか?」
「ちょっと、心の掃除をね」
「心の掃除?」
小首を傾げるお婆ちゃん。
たぶん、私のメンタルは強いのだろう。
心が砕け散っても、その下には更なる心がある。
なんて言うか、マトリョーシカ的な感じ。
だから叫んで鬱憤を吹き飛ばせば、割りと平気だ。
ゴリラ顔による十七年の鍛練のお陰だね!
一歩間違えば自殺ものの鍛練だったよ!
「お婆ちゃん、ごめんなさいね。
折角出掛けたのに、警察にお世話になったり、洋服屋巡りに付き合わせたりしちゃって」
「そんな、楽しかったですよ?
わたしの方こそ、強引にカフェに行っちゃったし……
変なテンションになっちゃったし……」
少し恥ずかしそうに俯いたお婆ちゃんだったが、「そういえば」と顔を上げた。
「わたし、UFOキャッチャーで可愛いぬいぐるみ取ったんでした。
錵部さんにあげようと思って」
なにそのサプライズプレゼント。
嬉しいんですけど。
いつの間に取ったのかは聞かない。
きっと私と警察が熱いトークをしていた時だと思うから……
「はい、どうぞ!
可愛くないですか?」
袋から出てきたのは、触手の生えた眼球のぬいぐるみだった。
触手の先端にも目玉があるという、無駄な作り込みよう。
……やだ…………超可愛いんですけど……!
そして、なんという柔らかさ、抱き心地、肌触り!
「これ……本当に貰っていいの?」
「はい!
実は錵部さんのために取った後、わたしも欲しくなっちゃいまして……
だから、ほら! お揃いです!」
袋から二個目のぬいぐるみを出し、抱きしめるお婆ちゃん。
こうして、お婆ちゃんとのショッピングモールデートは幕を降ろしたのでしたとさ。
めでたし、めでたし。
難産でした……
時間が出来たら、少し修正するかもしれません。
あと、今更ですが、この作品の男共はみんな変な名前です。ごめんなさい。
理由は単に、作者がキャラを把握しやすくするため。
そして、作者にネーミングセンスが皆無のため。
それぞれ、特徴をアナグラムしているせいで、変な名前になっております。
・虚嶋ヤナメ→真面目な野郎
・銀杏瀬カイト→生徒会長
・尾焦葉サヤト→優男ハゲ




