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2 人が落ちてきました

「フハハハ――ハァ?」


 下手糞な悪役笑いをしながら屋上へと跳ぶ私の視界に、落下してくる人影が見えました。

 うん、人間だ。マネキンじゃないね。ヒューマンですね。


 人間!?



「はあああぁぁぁあああ!?」



 一瞬、呆気に取られたけど、何で人が落ちてくるの!? 自殺!?

 というか、私目掛けて落ちてくるんだけど!


 咄嗟に手を伸ばし、落ちてくる人を抱き止める。

 が、そのせいで私の身体も重力に流されてしまった。

 やばい……


 このままじゃ、死ぬ。


「ふざけんなぁぁぁあああ!!」


 雄叫びをあげながら人を抱えた状態で、必死に重心を調整する。

 ゴリラ顔とはいえ、こんなふざけた理由で死ぬなんて真っ平御免だ!


 地面まであと僅か、という所でギリギリ身体を安定させることが出来た。そしてその体勢を崩さぬように、着地する。

 ゴッ、と鈍い音が聞こえるのと同時に、今まで感じた事の無い衝撃が身体中を駆け抜けたが、気合でそれを耐え切る。


 大股を開き、鬼の形相で人を抱えるゴリラ顔。

 舞い上がった土埃も相まって、中々の迫力だろう。


 時間にすれば一瞬の出来事。

 呆けた顔のヤナメとお婆ちゃん。無事に着地できたことに安堵する私。

 しかしそんな中で一人、空気を読まない男がいた。私の腕の中の男だ。



「痛ってぇなー。もっとソフトに受け止めろ」



 男は命の恩人に対して、そんな不満を漏らしたのだ。

 その一言にイラッとして、思わず放り投げる。

 勢いよく地面に叩きつけられた恩知らずな男は軽い呻き声を漏らした。しかしダメージは浅いらしく、よろよろと立ち上がり始めてしまった。

 ……強めに叩きつけるべきだったかしら。




「……銀杏瀬(いちょうせ)、カイト?」


 まるで信じられない奴を見た、というような顔でヤナメがポツリと呟いた。


 銀杏瀬カイト。

 その名前は私も聞き覚えがある。

 ヤナメと同じく攻略キャラの一人で、生徒会長。なのに、ほぼ不登校。

 ゲームではデータ内にテキストや立ち絵が入っているものの何故か登場すらしない、本当の意味でバグなんじゃないかと言われていたキャラだ。

 そもそも、学校に来ない生徒会長で、姿さえ見せない攻略キャラって何だよ。意味分からないよ。


 助けた時は必死で気がつかなかったが、改めて見ると間違いない。

 金髪のツンツン頭に、力強い目付き。

 前世で見た、某掲示板サイトにアップされていた画像と同じだ。


「銀杏瀬、何故お前が屋上から……?」

「あ? ゴリラが飛び跳ねてきて、面白そうだから捕まえてみたんだよ」


 至極真っ当なヤナメの問いかけに、理解不能な返答を『何当たり前の事を聞いてんだよ』といった表情でするカイト。

 面白いなんて理由で屋上から飛び降りるとか、馬鹿なんじゃないの?

 流石のお婆ちゃんでさえ少々あきれ顔だ。



「それよりも、ほら。逃げようとしてたゴリラを捕まえてやったぞ」

「ちょっと、初対面の相手をゴリラ呼ばわりしな――」


「ああ。感謝する」

「で、このゴリラは何をしたんだよ」

「だから、ゴリラって言わな――」


「このゴリラが、そこの子に危害を加えていたんだ」

「やめて! これ以上ゴリ――」


「へえ。危害を加えていた、か。

 現場は見たのか?」

「女の子は泣き、ゴリラの足下の地面は陥没していた。

 恐らく、何かを脅迫していたんだろう」


 ……ナチュラルにゴリラ呼ばわりするの止めてくださる?

 そろそろ泣いちゃうよ?


 目が潤い始めた私を無視して、カイトの視線はお婆ちゃんへと移った。

 あ、ヤバイ……涙が零れちゃいそう……


「おい、ヤナメの言う通り、このゴリラに危害を加えられていたのか?」

「いえ、錵部さ……ゴリラさんとは普通に会話してただけです」


 お婆ちゃん、さっきはTPOを考てとは思ったけど、この場面で空気を読まなくても良いんだよ?

 ほら、私の頬でキラリと涙が輝いているでしょ?


「だとよ。

 危害なんて加えてねーじゃんか」

「しかし、他言しないように脅されている可能性も……」

「脅されてるのに、その相手をゴリラ呼ばわりする奴なんかいねえよ」


 そりゃそうだ。ナイスフォローだ、ツンツン頭。

 というか、やっぱり意図的にゴリラ呼ばわりしてたんだね……


「だからさ、そろそろ解放してやれよ」

「……いいだろう。

 だが、次は無いぞ、ゴリ……えーと……錵部小糸!」


 そんなに無理して思い出すくらいなら、もうゴリラでいいよ……

 私の名前を思い出せてスッキリした顔してるけど、私の胸中は(すさ)みまくってるからね。


 せめてもの反抗として、踵を返して去って行くヤナメの後ろ姿を全力で睨みつけてやる。

 そんな中、お婆ちゃんはカイトに頭を下げていた。


「助けていただいて、ありがとうございます!」

「別にいいよ。面白かったから、許す」


 さっきも面白いって理由で屋上からダイブしちゃってましたけど、この金髪ツンツン頭の行動理由は面白いかどうかなんですか?


「ところで、見ない顔だな。転校生か?」

「はい、今日転校してきました」

「名前は?」

「お、お婆ちゃん、です……」

「お婆ちゃんか。良い名前だな」


 どこがだよ!

 こんな時だけゲームのキャラっぽい反応してんじゃないわよ!


 それにしても、やっぱりゲームのキャラからすれば“お婆ちゃん”なんて名前でも問題無いんだ。

 ホント、なんで“お婆ちゃん”なのよ……


「……ねえ、ずっと気になってたんだけど、どうして“お婆ちゃん”なんて名前なのよ」


 カイトに聞こえないように、コッソリ尋ねてみた。

 だって、しょうがないじゃん。スルーするつもりだったけど、やっぱり気になるんだもの。


「え? えーと……この名前の方が面白いかなー、って思ったんです」


 ああ、思った通り、ネタプレイですか。

 まあ、まさか自分がゲームの世界に入って、名乗るだなんて考えないよね。


 それにしても、面白そうだからと行動するあたり、もしかするとカイトとお婆ちゃんは案外気が合うのかもしれない。

 ネタプレイと屋上ダイブじゃレベルが違うけどね。



「…………おい、何を二人でコソコソ喋ってんだよ」

「い、いえ、その……何でもないです、よ?」

「なんで疑問形なんだよ」


 怪訝そうに眉を潜めたカイトだったが、それ以上は追及してこなかった。

 そのかわり、まじまじと私の顔を見つめてきた。


 そんなに見つめられると、ちょっとドキドキしちゃうじゃないの……


「で、そこのゴリラ。

 もしかしてお前、錵部家の令嬢か?」

「っ!

 ええ、そうよ。だからゴリラ呼ばわりするの、止めてくださる?」


 嬉しくないんだからね!

 やっと私にマトモな言葉を向けてくれたからって、べ、べべべ別に嬉しくも何ともないんだから!


「ゴリラが顔赤らめてんじゃねーよ……」


 視線を反らすな! 後退(あとずさ)らないで!

 そんな露骨にドン引きしないでよ!

 お婆ちゃんだって、名乗った時に赤くなってたじゃん!


 ……可愛いって得だよね。




 なんて事を考えていたら、チャイムの音が聞こえた。下校時刻だ。


「あー、もうこんな時間か。そろそろ帰るかな」


 ポリポリと頭を掻きながら、カイトが独り言ちた。

 私もお婆ちゃんやカイトの登場で忘れていたが、校門の外で執事が待っているのを思い出した。待たせるのも悪いし、帰らないと。


「そういや、お婆ちゃん。お前、帰り道わかるか?」

「はい、たぶん大丈夫です」

「そか。じゃあ、お婆ちゃん、気を付けて帰れよ」


 そう言い残して、カイトは帰って行った。

 私に対して『気を付けて帰れよ』と言わないのは絶対にツンデレだからだろう。フハハ、照屋さんめっ!

 ……でも、もう少しデレを多くしても良いよ?


「…………あの、ゴリ、じゃなくて錵部さん!」

「なに?」


 ゴリラと言おうとした事には触れない優しさ。コレ、対人関係における必須スキルね。テストに出るから。


「地面、抉れてますよ」


 おっと、また地球に私の存在を刻み込んでしまったわ。さっきよりも深い……


「……地団駄、踏んでた?」


 コクリと首肯するお婆ちゃん。

 あー、この世界における美醜の価値観が反転しないかなー。とか思っちゃったり。



「じゃあ、そろそろわたしも帰りますね」

「ええ、帰りましょうか」



 簡単な別れの挨拶をして、波乱のゲーム一日目が幕を閉じた。

 帰りの車の中で執事に指摘されて、初めて今日が楽しい一日だったのだと実感する。そして執事や侍女たちが私の事を気にかけていた事も初めて知った。

 私が知らなかっただけで、知ろうとしなかっただけで、この世界は思った程悪くないのかもしれない。


 そう考えると、ほんの少しだけ愛着がわいた。



 * * *



「焼き鳥にして食うぞゴラァ!」

「に、錵部さん! 落ち着いて!」

「お婆ちゃんは黙ってて!

 私はあの鳩(畜生)を懲らしめないと気が済まないのよ!

 平和の象徴が何だって? ふざけんな戦争じゃぁぁぁあああ!」

「ダメだって!」


 夕暮れに染まる公園の一角で、私の怒声が響き渡る。

 目の前には悠々と首を動かしながら歩く()。私の怒りのボルテージは天元突破。


「オリーブくわえてイケメン気取ってるような雑魚が人間様ナメテんじゃねえぞオラァ!

 朝のニュース番組で料理のコーナーもらってみろってんだよ鳥類風情がよぉ!」

「見てるから! 他の人見てるから!

 落ち着いてくださいって!」

「絶対に許さねぇぞ糞鳩ォ!」


 さて、どうしてこのような状況になったのか。

 時は少しだけ遡る……



 お婆ちゃんが転校してきた翌日の放課後。私はお婆ちゃんを公園に誘った。元の世界へ戻れるかもしれない方法を説明するためだ。

 その中で一番有力だと思われる仮説は“主人公(お婆ちゃん)が攻略キャラと付き合う”事だ。しかし、それを説明すると、意外にもお婆ちゃんは芳しくない顔をした。


「……それって、恋愛感情もないのに攻略キャラと付き合うんですよね?

 つまり、攻略キャラを騙せって事ですか?」

「まあ、そうなるかもしれないわね。でもこのゲームをプレイするくらいなんだし、好きなキャラもいるんじゃないの?」

「それは、まあ……

 でもでも、それはゲームだったからであって、現実的に考えたら好きになるかは分かりません」


 仮説を説明すれば二つ返事でオーケーしてくれるかと思っていただけに、お婆ちゃんの答えに若干苛立ちすら感じる。


「それに錵部さんは悪役令嬢をやりたくないが為に本来のゲームとは違う立ち位置を築いたわけなのに、わたしには主人公を強要するって自分勝手過ぎますよ」

「ぐっ……」


 痛いところを突かれてしまった……

 だが、最有力仮説を捨てるには、一生ゴリラ顔で過ごす覚悟が要る。

 揺りかごから墓場までゴリラ顔。実に嫌な人生だ。


 どう説得すべきかを悩む私に、お婆ちゃんは溜め息を吐いて妥協案を提示した。


「じゃあ、なるべく攻略キャラを意識するようにはします。

 けど、恋愛感情がわかなければ他の仮説を試しましょう。それでどうですか?」

「…………それなら、三ヶ月ね。

 三ヶ月後の八月までに恋愛感情が少しも感じられなかったら、他の仮説を試し始めましょう」


 妥協点だ。

 期間を決めて、その間に好きになれないならば、最有力仮説を保留(・・)にしよう。

 勿体無い気もするが、ここでお婆ちゃんと決裂してしまったら、それこそ一生ゴリラ顔だ。それは嫌だ。

 まあ、八月以降にお婆ちゃんが『やっぱり攻略キャラと付き合いたい』と言うかもしれないし。

 それに、何となく他人の恋愛事に踏み込み過ぎると良くない気がする。





 軽く息を吐いて気持ちを入れ替える。

 この話は一旦終わり。気を急いても粗が出るし、なにより楽しくない。

 この世界で初めて友人ができたのだし、女子高生っぽい事をしたい。楽しみたい。ゴリラ顔だけど、青春がしたい!


「あの、錵部さん」

「なに? お腹でも空いた?」


 そう、この公園を選んだのも、近くにクレープ屋があるからだ。

 友人同士、夕暮れに染まる公園でクレープを食べる。これぞ青春!


「いえ、お腹は空いてないんですが……」

「じゃあ、カラオケにでも行く?」


 フハハ、お腹が空いてない事も想定内よ!

 ここから歩いて数分の場所にカラオケ店があることもリサーチ済みだ。

 友人同士、ワイワイとカラオケを楽しむ。これも青春!


「えーと、鳩が……」


 鳩?

 ああ、鳩と戯れたいのか! うん、それも青春っぽい!


「鳩が、その、う○こしてます……

 …………錵部さんの靴の上で」

「え?」


 お婆ちゃんの人差し指の先を追うと、確かに鳩が私のローファーの上に粗相をしておりました。

 気持ち良さそうに鳴きながら、白濁したう○こで私のローファーをペイントしております。


 いやー、まいっちんぐ!

 HAHAHA、どんだけケツ穴緩いんだよ!


        (ふはははは……)




「許さん……!」

「……クッルッポー!?」


 私の放った殺気に気付いたのか驚いたような鳴き声をあげて、足元の鳩が距離をとった。

 だが、私の身体能力は作中最強。この程度の距離、相手の反応速度を越えて動くなぞ、容易!


「…………覚悟し……ッ!?」


 しかし私の体が鳩に肉薄する事はなかった。出来なかった。

 お婆ちゃんが華奢な体で私を必死に止めたからだ。

 必死に私にしがみつくお婆ちゃん。


 ……やだ……女の子同士なのに、ドキドキしちゃう。

 お婆ちゃん、とっても良い匂――


「クルッポー! クルッポー!」


 現実から夢の世界へ、お婆ちゃんに癒される私を煽るように鳴く鳩の声。


 ……そんなに私を怒らせたいのか。


「……お婆ちゃん、離して。そいつ()●せない」

「ダメですって!」


 私の、どこぞのヤンデレみたいなセリフにも動じずに、しがみつくお婆ちゃん。

 下手にその拘束から抜け出せない。

 その間も「クルッポー!」と煽り立てる鳩。

 溜まる私のフラストレーション。



 そして、冒頭へと戻る。



「クルッポー! クルッポー!

 クルックルッポー!」

「があああぁぁぁ!」

「落ち着いて!」


 絶対にこの鳩は私を挑発して遊んでいる……

 しかしお婆ちゃんがしがみついているため、私は鳩に近づけない。

 そして、遂に鳩が逃げてしまった。



「錵部さん、鳩相手にあんなに怒っちゃダメですよ」

「だって」

「『だって』じゃないです。

 動物をイジメるなんて最低ですよ!」


 その動物に糞された私の気分がサイテーだよ! と言えるはずもなく、結局ティッシュで入念にローファーを拭いて、その日は解散となった。


 クレープ食べたかったなぁ……

 こんな顔だと、一人でクレープ買うのも恥ずかしいんだよ……

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