【3/4】 波花志遊の恋心
さて、ワタシは小糸さんに恋をしている。
ならば、お婆ちゃんは“恋敵”といったところでしょうか?
ワタシはこれまで、欲しいものはワタシだけのものにしてきました。パパも、トモダチも、何もかも全てワタシのもの。
勿論それに見合うように努力をしてきたつもりです。
そして、小糸さんもワタシのものにしたい……
お婆ちゃんには悪いけど、小糸さんの前から消えてもらわなければなりません。
まず、ワタシは慎重にトモダチを動かしました。元々お婆ちゃんは庶民でありながら、その見た目が優れていたために嫉妬の対象でしたから、トモダチを煽るのも簡単です。
ワタシはただ、坂の上にボールを置いただけ。あとは勝手にボールは坂を転がり落ちていくのを見ているだけでした。
いじめは簡単に蔓延し、エスカレートしていきます。ワタシはそれを見ているだけ。
しかし、お婆ちゃんは消えませんでした。本当に害虫のようなしぶとさです。
それならば、ワタシも次の手を考えなくてはなりません。
小糸さんは聡明だから、あまり動きたくはないのですが仕方ありませんね。
次の一手は、トモダチの中で最も下品な的到田君を使いましょう。
お婆ちゃんは、いじめられても必死にそれを隠します。それは何故でしょう。考えられる可能性は、小糸さんに助けてもらいたくないから。
理解できませんね。少しでも庶民と令嬢の立場を近付けようと背伸びをしているのでしょうか?
「え!? お、おおお俺がおば、お婆ちゃんと!?」
「そうよ。
それとも、庶民と付き合うのは嫌?」
「べ、別にい、良いけど?」
「あら、それは良かったわ」
「で、でも、大丈夫なのか?
お、お婆ちゃんは、じ、十人以上ふ、フってるんだぞ?」
「そうみたいね。
だから、魔法の言葉を教えてあげるわ――」
“いじめの事、錵部小糸にバラすぞ?”
我ながら陳腐な作戦です。まあ、そんな作戦に乗ってくる的到田君も馬鹿ですけどね。
まあ仮に失敗しても、失恋した的到田君を焚き付ければ良いだけですし、告白させる事自体が大切なのですけれど……
しかし、意外な事に作戦は成功しました。
最低な男と付き合って、それを嘲ていじめはエスカレート。これだけすれば、お婆ちゃんは消えるでしょう。事実、顔が憔悴してますし。
あとは小糸さんがいじめに気付いてしまう前に、仲良くなってしまいましょう。
お婆ちゃんが仲良くしていたお陰で、今まで分からなかった小糸さんの趣味嗜好も知ることが出来ましたし勝算はあります。それに、ちょうど我が家のパーティーがあるので、小糸さんのお父様と接触しておきましょうか。
* * *
「……ワ、ワタシ、小糸さんの事が好きなんです!
お、お付き合いして頂けないでしょうか!」
ワタシの計画通り、小糸さんとの親密度は上がりました。友達の握手もできました。
でも、恋に気付いたワタシの最終目標は最早“友達”ではなくなっています。まだ満足できない。もっと、もっと、もっと、親密になりたいんです。
だから、この告白は玉砕覚悟。的到田君の時と同じで告白することに意味があるんです。ま、表向きは落ち込んでおきますが……
小糸さんが告白を機にワタシを意識してくれれば、次の作戦を始める事が――
と、こんな大事な時にワタシのスマホが鳴り出しました。
表示された名前は“鬼居篠井シンヤ”。この学校の養護教諭をしている親戚です。
「はい、もしもし」
「あ、志遊? お前、お婆ちゃんて子に何かしたか?」
「……いえ、何も。
急にどうしたんですか?」
「今、ボクの所に彼女が運ばれて来たんだ。明らかに骨折してる上、殴られた痕もある。
とりあえず救急車を呼んで、これから波花系列の病院へ運ぶ。
…………本当に、何もしてないんだね?」
「……はい」
「そっか。なら良いんだ。
叔父さんによろしくね」
「はい、わかりました……失礼します……」
電話を切る時、自分の指が震えているのに気付きました。
骨折に、殴られた痕……
的到田君がやったのでしょう。
なんて事をしてくれたんですか。今のタイミングでお婆ちゃんに、そんな怪我を負わせたら…………
いや、でも、やったのは的到田君です。
悪いのは的到田君なんです。
ワタシは、ただ煽っただけ。手なんか汚していない。
ワタシは悪くない。怪我をさせるつもりなんて無かった。ただ、小糸さんから離れてほしかっただけなんです!
ふと小糸さんに見られている事に気付きました。
……ここは、素直に言うべきでしょう。
「小糸さん、お婆ちゃんさんが……大怪我をしたみたいです……」
* * *
お婆ちゃんの入院。
それは誰も幸せにならない結果でした。
小糸さんは言わずもがな。
ワタシにとっても、最悪な事態です。
聡明な小糸さんに、ワタシの暗躍が露呈するのも時間の問題でしょう。
告白をしていなければ、あるいは露呈しなかったでしょう。露呈しても、また関係を修復できたでしょう。
しかし、友達になれたワタシは浮かれたままに告白してしまった……
完全にワタシの失策です。
本気で怒った小糸さんを初めて見ましたが、思い出しただけでも震えが止まりません。
もう、小糸さんと仲良くなる事はできないでしょう。
そう考えると、気が狂いそうな程の後悔がワタシを襲います。
学校へ行く勇気は、ありません……
怖いんです。
小糸さんに会うのが怖い。
責められるのが怖い。
何もかもが怖い。
怖い怖い怖い。
・
・
・
「……で、お婆ちゃんが入院した、と」
「………………」
「馬鹿だよね、お前。
そもそも他人を自分だけのものにしようとするのが間違いだよ」
「………………」
「……はぁ~。
とりあえず謝っておいで。お前は悪い事をしたんだから」
「…………どっちに、ですか?」
シンヤ君の鉄拳が、ワタシの頭を襲いました。
学校へ行かなくなって数日、とうとう心配したシンヤ君がワタシの部屋を訪れたのです。
ワタシは、パパ以外で唯一信頼できるシンヤ君に全てを打ち明けました。
もう自分だけでは感情を整理しきれませんでした。誰かに全てを打ち明けて、一刻も早く楽になりたかったんです。
その結果はゲンコツでしたが……
「馬鹿野郎が。
お婆ちゃんちゃんにも、ゴリラちゃんにも、謝りなさい」
「………………」
ワタシの部屋に沈黙が流れます。
謝る。ワタシが二人に謝る。
どうしてでしょうか。何故でしょうか。
確かに、事の発端はワタシです。でも、ワタシはトモダチを少し煽っただけ。それだけです。
仮にワタシが煽らなくても、きっとお婆ちゃんはいじめられていました。
それに、なぜ小糸さんにも謝らなくてはならないのでしょう。
ワタシはただ、小糸さんに愛して欲しかっただけなのに。小糸さんのために動いたのに。
どうして?
どうして? どうして?
わからない。わからない。わからない。
理解できない。知らない。ワタシは悪くない。
なのに、どうして謝らなくてはならないのでしょう。
「そういうところが、十年前、友達になれなかった原因なんじゃないの?」
「…………わかりませんよ」
「……はぁ~。重症だね、こりゃ。
あのね、簡単に説明すると、お前は自分勝手な子供なんだよ。同年代よりも遥かに子供。
自分の事しか考えてないし、自分の否を認めないし、他人の立場で考えられない。
ここまでわかる?」
「…………わかり……ません……」
自分の事ばかり考える訳じゃありません。パパの事だって考えます。
自分の否だって認めます。今回だってワタシの失策なんですから。
他人の立場で考える事だって出来ます。だからこそ、途中までお婆ちゃんを効果的に追い詰める事が出来たんです。
本当に、わからない……
「はぁ~~~~…………よし、じゃあこうしよう!
お前は、今ボクに打ち明けた全てを二人に言いなさい」
「……はい?」
「もう埒が明かない。というか、ボクが疲れた。
二人に打ち明けて、嫌われても許されても、お前は成長できるだろう!」
「……意味わかりません」
「志遊。お前はボクを信頼しているかい?」
「…………はい」
「なら、ボクを信じなさい」
親指をグッと立てるシンヤ君。
全てを、二人に…………
絶対に無謀な行動です。
でも、シンヤ君の言うことはいつも……いや、大抵正しい。
これだけ悩んだのに、答えが出なかった。
それが、二人に打ち明けるだけで解決するのでしょうか……
頭に浮かぶのは、激怒した小糸さんの顔。
怖い…………でも……
「……………………わかりました。二人に、打ち明けます」
「うん、わかった。
それでこそ志遊だ。
あ、でも一応、お腹に雑誌を仕込んでおきなさい」




