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9 私が悪役令嬢です

「……ワ、ワタシ、小糸さんの事が好きなんです!

 お、お付き合いして頂けないでしょうか!」



 ………………はい?

 …………いや! いやいやいやいや! まだだ! まだ早い!


 喜ぶにはまだ早いぞ!

 きっと、『小糸さんの事が(人として)好きなんです! (今度ショッピングに)お付き合いして頂けないでしょうか!』ってオチでしょ?


 ふははは、私は日々成長しているのだ。

 私の辞書に“ぬか喜び”なんて言葉はもう無い!

 思えば私はゴリラ顔。恋愛とは無縁な――



「ワタシを愛して下さい……!」



 あ、これLOVEの方だ。ガチなやつでした。



「えーと……

 その、仲良くなったばかりだし……あー……もう少し、ね?」



 我ながら、とても端切れの悪い断り方だ。

 いやでもだって仕方ないじゃん!

 ゴリラ顔になってから告白なんてされたのなんて初めてなんだもの!



「そっか……そうですよね……」

「あの、ごめんなさい」

「良いんですよ。玉砕覚悟でしたから」



 玉砕覚悟かい!



「小糸さん、最後に聞かせてください。

 ワタシとお婆ちゃんさん、どちらが大切ですか?」



 なにその露骨にルート分岐しそうな質問。セーブ機能が欲しいよ! そもそも乙女ゲームの世界なのに、選択肢がギャルゲーのソレだし……



「……あ~」



 胸の前で両手を組んで上目遣いをする志遊。あざと可愛い。


 んー、真面目に答えないといけないんだろうなぁ……

 ぶっちゃけ、この二択ならお婆ちゃんだ。極々僅差だけど。

 しかもその理由は過ごした時間と、最初にあった志遊への猜疑心でしかない。

 でも、『HAHAHA、どちらも大切だよベイベー!』なんてキザったらしい台詞なんか言えない。


 さて、どう答えたものか……



「……やっぱり、お婆ちゃんさんの方が大切なんですね」

「え!? いや、あの、そんなわけじゃ……」



 違うんだ! いや、違わないんだけど、そうじゃなくて!


 熟考する私を見て、志遊は変な風に誤解したらしい。組んでいた手でそのまま胸を押さえ、俯いてしまった。


 ルート分岐なのにセーブできない上、時間制限まであるとか。

 人生って本当にクソゲー……



「志遊、あの――」



 落ち込んだ志遊から、どうにか誤解を解こうかと口を開いた時、空気を読まずにケータイが鳴った。


 誰だよ空気を読めよ、と心の中で悪態を吐きながら鞄からスマホを取り出――



「はい、もしもし」



 鳴ったのは志遊の方でした……

 なにこれ超恥ずかしい……!


 申し訳なさそうに頭を下げ、私に背を向けながら小声で電話相手と話す志遊。

 何を話しているのだろうか。目の前で電話されると、マナーが悪いとは思いつつ、ちょっと気になるよね。



「はい、わかりました……失礼します……」



 志遊が電話を終え、私に向きなおる。

 そして、少し青ざめた顔で言った。



「小糸さん、お婆ちゃんさんが……大怪我をしたみたいです……」




 * * *




 お婆ちゃんが、骨折したらしい。階段から転げ落ちたのだそうだ。

 らしい、というのは保健室へ駆けつけようとした私を志遊が止めたからだ。もうすぐ救急車が来るから、と。


 今すぐにでも走り出したい気持ちを、ギリギリで理性が食い止め、志遊の助言に従った。

 私なんかが駆けつけたところで、何も出来ない。それどころか、お婆ちゃんを嫌な気持ちにさせてしまうかもしれない。


 いじめを隠し、決して弱味を見せなかったお婆ちゃんの事だ。

 きっと、見られたくないはず……



「ちくしょう……!」



 何も出来ない……

 私は、何も変われていない……

 やっぱり、私はどうしようもなくゴミだ……



 電話で執事に一人で帰る旨を伝え、星が輝きはじめた空の下を歩く。

 笑いながら擦れ違って行く人々が憎い。

 お婆ちゃんが骨折したというのに、そんな事は些事だとばかりに、関わりの無い奴らは笑顔で擦れ違って行く。

 そりゃそうだ。知らないんだもの。関係無いんだもの。


 でも、居酒屋へ向かうサラリーマンが憎い。買い物帰りの主婦が憎い。自転車で家へ向かう学生が憎い。


 どうしようもなく、つまらないこの世界が憎い。

 そして、何も出来ない私自身が一番憎い。





「ヘーイ! そこのゴリラガール!」



 いつの日かお婆ちゃんと話した公園に差し掛かったところで、無駄にハイテンションなハゲに声をかけられた。

 でも、今はハゲの相手をしている気分ではない。それどころか、能天気さが憎らしいハゲに八つ当たりをしかねない。



「……無視!?

 せっかく鳩にう○こされた頭を洗わずに待ってたのに!」

「………………うるさい」



 お前なんかに関わってる気分じゃないんだ。

 お婆ちゃんが苦しい想いをしているのに、なんでお前らは……!



「待てって」

「黙ってよ!!」



 感情任せに、近付いて来たサヤトを手加減抜きで背負い投げしてしまった。そしてその瞬間、自分の愚かさに気付く。

 下はアスファルト。作中最強の力で叩きつけてしまえば……


 だが――



「っぶねえ!

 マトモに食らってたら背骨折れてるぞ!?」



 地面にぶつかる寸前、足を曲げてマトリ○クスのような体勢で難を逃れた。そしてそのまま、勢いを利用して私の手を振りほどき、上体を起こす。ラストは体操選手のようにポーズ。



「骨が折れると言えば、お婆ちゃんが骨折したらしいな」



 ポーズを解いたサヤトは、いつになく真剣な表情で言った。



「一応言っておくけど、お前のせいじゃないからな?

 仮にいじめを止めてたとしても、モブオはお婆ちゃんを襲ってただろうし」



 …………こいつ、今、なんて言った?

 いじめを止めても? モブオが襲った?



「なんで……知ってるの……?」

「おおっと! おっちょこちょいな拙者、痛恨のミス!

 口止めされてたのにぃ!」

「そういうのいいから。なんで知っているのかを教えて」



 お婆ちゃんは、いじめを隠していたのに。私以外には助けを求めていたの?

 そもそも、モブオが襲ったって事は、モブオがお婆ちゃんを骨折させたの?


 ダメだ。疑問がどんどんと湧きあがり、頭の中がグチャグチャになりそう。



「いじめの事は聞いたんだよ。誰からかは言わないけどな。

 骨折の方は、俺がお婆ちゃんを保健室へ運んだんだからだ。で、偶然モブオが逃げるのを目撃したってわけ。

 お婆ちゃん背負ってたから追えなかったけどな。オーケー?」



 オーケーじゃない。

 情報が多すぎて処理しきれない。



「ま、お婆ちゃんは死んでないんだ。生きてりゃ大抵何とでもなる。

 だから、自分が後悔しないように生きろよ?」

「…………なに、それ。寺生まれの説法?」

「禿げるほど必死に生きた末の悟りだよ☆」

「剃ってるだけじゃないの」



 伝える事は以上だとばかりに、いつものウザさを全開にするサヤト。

 そのおかげなのか、依然頭はグチャグチャだけど、少しだけ肩が楽になった。



        (「……ありがと」)

「え? なんだって?」

「頭の上にある鳩の糞を早く洗えって言ったのよ!」




 * * *




 自室の天蓋ベッドに寝転がり、お婆ちゃんの事を、いじめの事を、そして自分自身の事を考える。

 でも、先程のように感情に任せて怒り狂ったりはしない。


 脳内をクリアに。

 情報は一つ一つ噛み砕いて。

 過ぎた時間は戻らない。なら、後悔しないためには最善の手を打っていくしかない。

 そのために考える。



 まず、いじめについて。

 誰かから情報を得ていたハゲは除いて、カイトやヤナメ達攻略キャラと私はいじめを知らなかった。なのに、いじめはドンドンとエスカレートしていった。

 何故か。

 いじめの首謀者、黒幕が人を選んで利用していたからではないのか。

 私達の学校は令息令嬢の集う環境にある。そこに庶民が来たらどうなるか、考えるまでもない。黒幕はお婆ちゃんを内心で見下している人間を煽ったのだ。たったそれだけで、いじめは起こる。仮に反目する人間がいたとしても、学校において家の財力は力だ。捩じ伏せる事は容易。教師や風紀委員ですら、この狂った環境では簡単に加担するだろう。

 私達が知らなかったのは、黒幕が私達にバレないように、と忠言するだけだ。

 そもそも、私は友達が少ない。カイトはほとんど学校に来ない。ヤナメは糞真面目な風紀委員。

 忠言が無くとも、自ら進んで言う奴なんていないだろう。



 次に、お婆ちゃんの骨折。

 これも簡単な事だ。私に拒否られ、波花志遊に嗜められた後にモブオは感情のまま、お婆ちゃんに迫った。お婆ちゃんは当然抵抗する。その結果、階段からの転落。

 目撃者たるハゲに何のアクションもせず、慌てて逃げ帰った事から、骨折は事故だったのだろう。

 まあ故意では無いからって、許しはしないけど。



 ではそもそも、何故お婆ちゃんがターゲットになったのか。

 美貌への嫉妬。攻略キャラと仲良くしている事への妬み。個人的に性格が気に食わなかった。

 色々と可能性は浮かぶ。しかし総括してしまえば、お婆ちゃんに危害を加えたかったから。それだけだ。



 なら、黒幕は誰か。

 計算高く、家柄が良く、お婆ちゃんに危害を加える動機がある人間。

 ……私は、それに該当する人間を残念ながら一人しか知らない。



 ――『ワタシとお婆ちゃんさん、どちらが大切ですか?』



 ……波花志遊。私はお前を絶対に許しはしない。

 お婆ちゃんに危害を加えた理由が私?



「笑わせるな」



 くだらなすぎて、こんな単純な事にすら気付かず、いじめを心のどこかで軽視していた結果が、この様だ。



「……私は、馬鹿だ」






 “実は私の友人、お婆ちゃんが最近いじめ被害にあっているのであります。それも、陰湿で過激ないじめです。”

 “ぶっちゃけ、ホント、マヂ許せないし! 激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームだよ!”


 ――許せないのは、そんなふざけた事を考えてた私自身だよ。




 『良かったですね、小糸様』

 『……ええ、今まで彼女を毛嫌いしていた自分が憎いわ』


 ――今は、この時の私が憎いよ。




 『いいか、小糸。

 人にはランクがある。

 上の人間には媚びへつらえ。逆らえば、自分が不利になるからだ。

 逆に下の人間は、駒として扱え。ただの道具でしかない。

 ……何故か分かるか?』

 『わかり……ません……』


 ――今なら、少しだけ分かる。それが必要な場面があるのだ。




 『生きてりゃ大抵何とでもなる。

 だから、自分が後悔しないように生きろよ?』


 『老婆心から申し上げますと、時には自分の事だけを考えて行動するのも良いものですよ?』


 『錵部さんは悪役令嬢をやりたくないが為に本来のゲームとは違う立ち位置を築いたわけなのに、わたしには主人公を強要するって自分勝手過ぎますよ』




「…………私は、錵部小糸。

 どうしようもなく自分勝手で、馬鹿で、最低な人間……」



 だから、もう手段なんて選ばない。選ばなくていい。

 お婆ちゃんの気持ちなんて考えない。私の気持ちが第一だ。


 もう絶対に後悔なんてしない。悩むのは止めだ。

 なぜなら――



「私が悪役令嬢だから!!」



 波花志遊、悪役令嬢の腰ぎんちゃく如きに本物(・・)は越えられない。

 それを、身をもって教えてやる……!

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