(8~9) お婆ちゃん視点
ついに、恐れていた事が起きてしまった。わたしがいじめられている事に、錵部さんが気付いてしまった。
そりゃあ、気付くよね。だんだんエスカレートしてたし……
…………正直、もう、限界だ。
助けてほしい。救ってほしい。錵部さんに縋り付きたい。
いや、錵部さんじゃなくても、誰でもいい。誰かに認めてもらいたい。結局わたしには無理だったんだ。わたしなんかが罪を償えるはずないんだ。
でも、もう後戻り出来ない。時間は戻らない。
錵部さんの救いの手を拒んだくせに、今さら『助けてください』なんて言える訳がない。
そんな事をすれば流石の錵部さんも、わたしを見捨ててしまうに違いない。それは嫌だ。
馬鹿だ。
わたしは馬鹿だ。
馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ!
死んでしまえ! わたしなんかに生きる価値なんか無い!
死んでしまえ! 死んでしまえ! 死んでしまえ!
この世界に来て、外見が可愛くなり、いい気になっていた。
わたしの内面は醜いままなのに、目を背けてしまっていた。
大葉ちゃんのようになれるのでは、と思ってしまっていた。
ごめんなさい…………大葉ちゃん、ごめんなさい……
自殺を選んだ大葉ちゃんは、きっとわたしよりも苦しかったはずだ……
自殺すら出来ないわたしより、ずっと、ずっと勇敢だ……
死んでしまえ。
わたしなんて、死んでしまえ……!
「……いや、ダメだ」
こんなネガティブに考えちゃダメだ。
生きるんだ。安易に死に逃げてはダメだ。
誓ったじゃないか!
大葉ちゃんの葬式で、誓ったんだ!
絶対に罪を償うと!
「……大丈夫だ。
わたしなら、大丈夫……!」
…………よし! 今日も頑張ろう!
* * *
「ねえ、聞いてます!?」
「……へ!?」
「やっぱり聞いてなかったんですね」
いじめの事がバレてから、錵部さんは上の空で何かを考える事が多くなった。
だけど何を考えているのか簡単に想像できるから、何も言えない……
でも、違うんだ。
我儘で自分勝手な考えだけど、いじめがバレる前と同じ関係でいたいんだ。
わたしなんかのために、錵部さんまで暗くなってほしくない。
「ごめんなさい。
それで、何の話だったかしら?」
「だから、錵部さんは彼氏をつくらないのか、って話ですよ」
「あ、ああ、彼氏ね。彼氏、カレシ…………
彼氏!?」
だから、わざと錵部さんの反応する話題を振る。
……せめて錵部さんとの楽しい一時は、崩れないでほしい。
だが、それもチャイムが鳴るまでの一瞬でしかない。
本当に、心の底からチャイムが憎らしい。
* * *
「錵部さん、あの……よかったら一緒に帰りませんか……?」
珍しく今日の放課後はモブオ君から呼び出しが掛からなかった。
久しぶりに錵部さんと帰れると思ったのだが、
「……えと、お婆ちゃん……ごめんなさい。
今日はちょっと用事があって……」
断られてしまった……
でも、思い当たる節はある。きっと波花志遊だろう。
最近どうも彼女と仲良くなったらしいのだ。妬ましい。
……ヤンデレか、わたしは。
波花志遊。たしか、乙女ゲームでは悪役令嬢の腰巾着だった人だ。小動物的な容姿と計算高い性格から“腹黒うさぎ”なんて某巨大掲示板サイトでは呼ばれていた。
そんな人が錵部さんと仲良くしているのを見ると、不安で仕方がない。唯一の心の拠り所が奪われてしまう気がして、嫌だ。
まあ、錵部さんも乙女ゲームでの波花志遊を知っているはずだ。その上で仲良くなったのだから、この世界の波花志遊は無害なのだろう……
「でも、やっぱり嫉妬しちゃうなぁ……」
……だから、ヤンデレかっての! アホか!
今日は真っ直ぐ家に帰ろう。
放課後に一人で長居してても、どうせ嫌な事が起こるだけだ。
・
・
・
と思って、真っ直ぐ家に帰っている途中でケータイが鳴った。
……モブオ君だ。嫌な予感しかしません。
「……はい、もしもし」
「おい、今どこだ?」
「家に帰ってる途中、です」
「はぁ!? なんで学校に居ねぇんだよ!
使えねえなぁ!」
「…………ごめん、なさい」
「……チッ……じゃあ、今すぐ教室まで来い」
「え、でも――あっ」
切られた……
プー、プー、と平淡な電子音を垂れ流すケータイを恨めしげに握り締めて、足取り重く踵を返した。
それにしても、いつも以上にイラついてたなぁ……
何かあったんだろうか。
* * *
というわけで、教室。
放課後の教室には、見るからにイラついているモブオ君がいらっしゃいました。
「遅ぇよ! クソが!」
うるさいな、血尿男! なんて言い返す度胸も無いので、とりあえず形ばかりの謝罪。
「で、急に呼び出して何なんですか?」
「ヤらせろよ」
「…………は?」
いきなり何言ってんです? ついに脳みそが消失したんですか?
「嫌ですよ」
「ああ!? ふざけんじゃねぇぞコラ!」
激昂して、わたしを押さえ付けようとした手を避ける。
流石に先日の壁ドンで身の危険を感じたばかりだから、警戒してましたよ。単細胞に感謝だ。
「なに逃げてんだよ!」
「……モブオ君、ちょっと落ち着きません?」
「庶民の分際で意見してんじゃねえ!!
クソが! どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって!」
……馬鹿だからじゃないですかね?
「おめぇも錵部も波花も、みんなクソだ!
ああああああ!! クソがクソがクソが!!」
「……錵部さん?」
会った事あるっけ?
錵部さんにモブオ君と付き合いだした事を言った時は、全く知らない様子だったのに。
「錵部さんと何かあったんですか?」
「うるせぇ! クソが!
何もかもおめぇのせいだ! さっさと股開かねぇから!」
「……最低ですね」
今まで生きてきた中でダントツに酷いセリフだ……
でも、ようやく話が見えてきた。錵部さんの言っていた“用事”は、きっとモブオ君に呼び出された事だったのだろう。
で、この馬鹿男君はわたしの事を相談したってところか。
「最低、だと?」
「……あ」
思わず口を滑らせちゃった。いよいよ本当にマズイかも……
「……殺してやる……
おめぇの目の前でゴリラを殺して、波花もおめぇも、みんな犯して殺す!」
「…………錵部さんを、殺す?」
出来るわけないじゃん。
でも、実現出来るか否かではない。
コイツは、言ってはいけない事を言った。
人の死に直面した事も無い人間が、軽々しく『殺す』とか言うなよ……
「その前にまずおめぇを犯し――」
気が付けば、初めて人を殴っていた。殴った拳が痛い。
でも、後悔は微塵も感じなかった。
「何すんだよクソま●こがぁぁぁああああ!!」
馬鹿男がマジギレした。
掴み掛かってくる手を振り払い、廊下へ逃げる。
必死に足を前に出し、人気の無い校舎内を逃げる。
後ろから叫び声が聞こえる。
階段を転げ落ちる様に駆け下り、そして――
「ッ!」
捕まってしまった……
腹を蹴られ、髪を引っ張られる。その腕に爪を立てて抵抗するが、暴力は止まない。
顔を殴られ鼻血が出る。しかし、そんな事を気にする余裕も無い。抵抗するので精一杯だ。
血の味が口の中に広がるのを感じつつも、馬鹿男の髪を掴む。
首を絞められれば、蹴って抗う。
しかし、どれだけ抵抗しようとも暴力は止まらなかった。
「あ」
そして迫る腕を避けようとした時、ついに身体のバランスを崩してしまった。
気持ちの悪い浮遊感。
馬鹿男の驚いた様な間抜け面。
時が止まったかのような一瞬。
階段で取っ組み合うから……
やっぱり、わたしも馬鹿だなぁ……
次の瞬間には身体中に激痛が走り、わたしは意識を手放した。




