黄金の騎士
Ⅰ
「な……に? ここ。なーにーこーこー!?」
ゴブリン世界を目の当たりにした鈴音が発した最初の言葉がそれだった。
よほど驚いたのだろう。驚愕が声音となって大きく響き渡っている。無理もない反応だ。俺の場合は、驚きで大声すら出なかったけれど。ただただ乾いた笑い声が漏れていただけだったような気がする。
「うわっ、なにこれ、価格設定おかしいでしょ。なんでこんなに安いの? あ! あっちには非売品も売ってる! こんなのバランス崩壊じゃん! ズルじゃん!」
「人聞きの悪いことを言うな」
「チートじゃん!」
「チートも止めろ。これは、あれだ。国が違えば物価が違うのと同じだ。なにも悪いことじゃあないんだよ」
以前、初めてここに来たとき、自分でズルやチートだと認めていた気がするが。そんな都合の悪いことは箒で掃いて隅のほうに寄せておこう。これはズルでもなければチートでもない。ただの物価の違いなのだ。
「ははーん、なるほどね。だから、枯渇もせず、そんなに潤沢なんだ。回復アイテム」
「そう言うことだ。だから、鈴音も買っておけよ」
「んー、なんだか悪いことしてるようで気が進まないんだけれど」
「なにも悪いことなんかしてないじゃあないか。いいか、これはただの物価の違いだ。この世界では、この値段が正常なんだよ。郷に入っては郷に従えって言うだろ? これでいいんだー。これで良いんだよー」
「んんん? これで……いいの?」
「一くん。貴方、鈴音さんをマインドコントロールしようとしていないかしら?」
「ソ、ソンナコトナイヨ?」
「ならそのカタコトを今すぐ止めなさい」
そんなこんな有りつつ、結局のところ鈴音はゴブリンショップでアイテムを買ったのだった。
現状を鑑みると、それしか選択肢はないからだ。回復役がいない以上、体力魔力の回復はアイテムで行うしかなく。とくに呪術師のような、頻繁に魔法スキルを使うのならば、尚更その消費は激しい。なんとなく気が進まなくても、ここを利用するほかないのだ。
「補給も済んだことだし、クエストを再開するぞ」
ゴブリンの世界から自分達の世界、廃工場の一室へと帰り、そしてクエストの続きを再開する。
目指すは女神装備最後の一つ、女神の兜だ。これを手に入れることが出来れば、女神装備は全て揃う。あと一歩、あと少しで手が届く。だから、最後まで手を抜かずに戦い抜こう。
Ⅱ
一振りの両刃の大剣が、コンクリートの地面に突き刺さる。その柄の先端には、鎧に包まれた両手が重なるようにして置かれていた。杖の代わり、という訳ではないのだろう。それは立ちながらにして、剣を収めた騎士が何を見据える姿だった。
その何かとは、俺達のことだ。
「おいおいおいおいおい!」
これで五度目だった。五度にわたってクエストに望み、そして今回も俺達は女神の騎士【真】を十体撃破した筈だった。なのに、クエストはクリアにならず、未だなお続行状態にある。その理由は、おそらく目の前にいる人型モンスターの所為だろう。
女神の騎士【覇】。それが相手のステータスにあった、かのモンスターの名前だ。
白でも青でも赤でも黒でもなく。輝く黄金の鎧を身に纏い。両刃の大剣を携えたそいつは、成功条件を変更し、テキストを書き換え、クエストに乱入して来た、新手の神出モンスターだった。
「どうしてこう、すんなりと終わらせてくれないんだろうな」
「私に聞かず、あの騎士に尋ねてみたら? 案外、答えが返ってくるかも」
「意思の疎通なんて出来そうにないがな。あのでかい金ピカにはさ」
三メートルほどの身長を誇る女神の騎士【覇】は、銅像のように動かない。
これはたぶん、これまでの女神の騎士同様に、一定範囲内に入らなければ動き出さないからだろう。なら、こちらから踏み込みさえしなければ、あいつとの戦闘は始まらないはずだ。戦わなければ、クエストは終わってくれてないのだが。
「クエストリタイアは……出来ないっぽいね。クエストの内容も変わってる。これが二人が言っていた、神出モンスターって奴なの?」
「たぶんな。この前は強化されたゴブリンジェネラルだった」
「今回はどうなのかしらね。強化されているのか、されていないのか。どちらにしろ、私達には判断がつかないわね。あいてが見たこともない新種のモンスターでは」
そう、現在確認されている女神の騎士達は、これまでの四種類のみだ。女神の騎士【覇】などというモンスターは存在しなかった筈だし、五種類目が新たに追加されたという話も聞いていない。
どうやら俺達はまた限りなく低い確率を引き当ててしまったみたいだ。どうしてこうも、神出モンスターと遭遇してしまうのだろうか。こんなことに運を使うなら、宝くじの当選番号のほうに全力を尽くしてもらいたい。
「どちらにしろ、倒すしかないって訳だね。とりあえず、この間合いから一発かましとく?」
「無駄だろ。あの状態の女神の騎士には、どんな攻撃も無効化されるから」
動かない代わりに攻撃も喰らわない。当たり前のことだ。それが成立してしまったら、範囲外から魔法やアイテムを投げるだけで簡単にクリアできる、お手軽クエストに成り下がってしまう。
「んー。なら、どうするの?」
「鈴音さんのやることは代わらないわ。妨害魔法で敵の行動をジャマしてくれればいい。前衛は戦い慣れている私と一くんでなんとかするから」
「まぁ、それが適材適所だろうな。ピンチになったら助けてくれよ?」
「分かった、任せて。あたしがきっちり妨害魔法の援護するから」
「なんか、微妙に違和感のある言い方だな。妨害魔法の援護って」
敵じゃあなくて俺達に妨害魔法が掛けられるような、そんな感じがした。
「カウント。三、二、一で始めるぞ。」
回復アイテムを使って体力、魔力ともに満タンにした後。俺達はかるい作戦を立てて、神出モンスター、女神の騎士【覇】の打倒を開始する。
「三、二、一!」
合図と共に俺と十六夜が息を合わせて前に出る。
そして女神の騎士【覇】が動き始めるラインを踏み越え、更に更に肉薄していく。黄金の騎士はすでに、地面に刺した両刃の大剣を引き抜いている。それは臨戦態勢を意味し、そして攻撃の無力化が解除されたことを指し示す。
「攻撃力低下! 行くよ!」
俺達が間合いに踏み込む直前、女神の騎士【覇】に暗色のエフェクトが発生する。これで攻撃の威力は失われたかに思われた。けれど、そのエフェクトは次の瞬間、打ち砕かれるように粉々となって消え失せる。
「嘘だろッ」
「耐性持ち……のようね」
これじゃあバッドステータスの援護は期待できない。
「くそっ、仕様がない。このまま突っ込むぞ!」
予想外のことに不意をつかれたが、気持ちを切り替えて目の前の敵に集中する。黄金の騎士は、すでに攻撃モーションに入っているのだ。俺たちはこれを躱すか受け流し、攻撃に繋げなければならない。
この一週間、幾度となく見てきたモーションだ。それから繰り出される大剣の軌道くらい、身体が覚えている。これから黄金の騎士は、並走する俺達を分かつように大剣をフル降ろすだろう。だから、俺達は攻撃が放たれた瞬間、左右に分かれてそれを躱し。そして挟み込むように進路を変更して、同時に黄金の鎧へと斬りかかる。
「なッ!?」
「くッ」
けれど、その攻撃は鎧を浅く傷付けただけに留まり、あまつさえ弾かれてしまう。
これは単に鎧が強固だから弾かれたのではない。十六夜の剣や、俺の蜻蛉切が黄金の鎧を斬り付けた瞬間、武器の威力よりも更に強い力が逆向きに発生し、得物をつよく弾き返したのだ。
おそらく、物理攻撃に対してなんらかの対抗策を有している。武器による攻撃では、ダメージに期待は出来ない。
「チィッ。十六夜! 俺が囮になるから魔法スキルでダメージを与えてくれ!」
バッドステータスに耐性を持ち、物理攻撃にも対抗策があるのなら。もうまともなダメージを与えられるのは魔法騎士の魔法スキルしかいない。
俺に出来るのは女神の騎士【覇】のヘイトを稼いで、注意をなるべく自分に向けさせることくらい。暗器使いは、魔法の類いが一切使えないのだから。この戦いでは役立たずだ。
黄金の鎧に攻撃を弾かれ、体勢を崩したあと。すぐに持ち直して、その場から飛び退く。幸いにも、女神の騎士【覇】の標的は俺のほうになり、大剣による薙ぎ払いが繰り出されていたからだ。
いちど飛び退いて攻撃範囲外へ離脱し、直後、飛び込むように侵入する。
大剣のような大質量の武器は、振り抜くと次の攻撃に移るまで動作が鈍くなる。その隙をついて間合いへと飛び込んだ俺は、蜻蛉切による突きを騎士の顔面に叩き込んだ。
「これでもダメかッ」
蜻蛉切の鋒は、その黄金の兜を小さく抉ったのみに終わり。更に強い力が逆向きに発生すると、刃は踵を返して自らが斬り進んだ軌道を、倍の速さで戻っていく。けれど、ここで引き下がる訳にはいかない。少しでも多く攻撃して、注意を引かなくてはならないのだ。
戻されるなら、また突き出せばいい。
力の逆流。反発が起こるなら、それを逆に利用する。強制的に引き戻されるなら、俺は突き出すことだけに全力を尽くせば良い。弓に矢を番えてくれるのならば、俺は狙いを澄まし、その矢を放つだけだ。
手元に帰還した刃の勢いを殺し、力の向きを腕力でまた逆転させる。そして全身全霊をかけて再び突き放つ。刃の鋒は鎧に触れるたびに弾かれて逆戻りするが、その都度、何度でも攻撃を仕掛けていく。
振り抜かれた大剣が正常に動き始めるか、十六夜の魔法スキルが発動する、その時までだ。
「一くん!」
そして十数回ほど攻撃を試みた後、その二つは同時にやってくる。
横薙ぎに振るわれた大剣を前屈みなって躱すと、折り曲げた膝をバネにして真後ろへと跳躍。瞬間的に大きく距離をとることに成功し。十六夜のそれは着地よりも早く発動される。魔法スキル、サンダーレインは雷の雨となり、女神の騎士【覇】に降り注いだ。




