黒色の試練
Ⅰ
「クエスト開始だ」
一番槍だ。そう意気込んで蜻蛉切を取り出すと、黒ずんだコンクリートの地面を駆け抜ける。一息に突き進んで、騎士が動き始める範囲にまで踏み込んだ、その瞬間だ。女神の騎士【真】は声もなく、鎧の擦れる音だけを鳴らして一斉に起動する。
相手は十体いる。だが、俺が注意を向けるのは一体だけだ。残りの九体は十六夜と鈴音が足止めしてくれる。
俺が考えるべきことは、一刻も早くこの一体目を撃破することだけ。
間合いを積め、駆け抜けた助走の勢いを乗せて蜻蛉切を突き放つ。しかして、その刃は黒い鎧を浅く削っただけに終わってしまう。攻撃が当たる寸前で反応され、瞬時に身体の角度を調節されたのだ
流石に推奨レベル70とだけあって、反応速度が速い。だが、それが発揮されるのも此処までだ。
「一発目、行くよ! 攻撃速度低下!」
鈴音の声が響き渡り、女神の騎士【真】に暗色のエフェクトがかかる。その宣言通り、攻撃速度低下のバッドステータスが発生した。
蜻蛉切の突きを流された時点で、本来なら敵からの反撃が確定する場面だったが。これのお陰で騎士の動きは鈍く、遅くなった。ゆえに俺は、後出しで先攻を得ることに成功する。
「うらッ」
ほぼ空振り同然となった突きの勢いを殺し、その場に踏み止まる。
そして一直線に進めていた刃を返し、今度は斜め下へと軌道を修正する。それは足を狙った一撃であり、突くのではなく斬り付ける行為だ。それにより身体の支えにダメージを負った騎士は、その鎧の重量に潰されるかたちで膝をつく。
「二発目! 防御力低下!」
追い打ちを掛けるようにして、ふたたび発生する暗色のエフェクト。
それを合図に蜻蛉切をみじかく持ちかえた俺は、弱体化した騎士へ連撃を仕掛ける。撓る長槍が猛威を振るい、ひとたび斬り付けるごとに、敵の体力ゲージは目に見えて溶けていく。攻撃を一通り終える頃には、ゲージ内の緑色は半分を切る。
「おっとッ」
しかし好調に思えた攻勢も、そう長くは続かない。敵とて何時までも鈍間で居てくれる訳では無い。攻撃速度低下のバッドステータス。それを自力で解消した女神の騎士【真】は、通常通りの攻撃速度を取り返し、すかさず大剣による反撃に打って出たのだ。
蜻蛉切による猛攻の隙間を縫い。その大剣は、剣先でコンクリートを削りながら振り上げられる。大質量の武器を振るっているにも関わらず、その剣速は冴え渡り、避ける暇など与えてくれない。
出来たことと言えば、かつてゴブリンジェネラルに対してそうしたように、蜻蛉切を縦に構えてガードに専念することだけだった。
これは愚策であり、失策だ。これでは焼き直し、戦斧によってガードの上から吹き飛ばさた時となんら変わりはしない。けれど、今回に限り、この愚策は上策に成り上がる。
「三発目! 攻撃力低下!」
その大剣は、俺の身体に届くことなく。その手前、蜻蛉切によるガードに阻まれる。身体はその場から一ミリも動いておらず、両腕の痺れも生まれていない。完全に勢いを殺しきり、完璧なガードをしてみせた。
攻撃が、途轍もなく軽かったのだ。鈴音の妨害魔法により、女神の騎士【真】の攻撃は威力を失った。
「まず一体目だッ。ここで倒すッ」
まだ防御力低下のバッドステータスは健在だ。これが効力を失う前に、体力ゲージを蒸発させる。
受け止めた大剣を、柄の先端をもって上から叩き付けると、刀身を押さえ込むように足で踏みつけて固定する。武器を封じ、騎士は事実上の丸腰となった。だから俺は容赦なく、乱れ突きを叩き込む。
「撃破ッ」
怒濤の勢いで連撃を重ね。まず一体目を撃破する。騎士の身体が透明と化して行き、掻き消えていく姿を悠長に眺めている暇はない。
すぐに周りを見渡して状況把握に努める。現状、感電状態で動けない敵が三体、移動速度低下のバッドステータス状態にある敵が五体。残りの一体はいま十六夜が剣技スキルで対処している。
十六夜が一対一で負けることなど有り得ないから大丈夫だ。鈴音は獣人のプラス補正を生かし、身動きの取れない騎士に対して巨大な両刃の戦斧を振り回している。あの様子をみた限り、援護の必要はないだろう。
俺の役割は、とにかく全力で敵を攻撃して頭数を減らすことだ。それに終始して、いまは撃破を優先する。蜻蛉切を握り直し、十六夜と鈴音が相手をしている敵以外で、いちばん体力の低い騎士に向かっていく。
そうして鈴音の妨害魔法の恩恵により、もとは十体だった騎士達は順調にその数を減らし。
「はったいめっ!」
戦斧が騎士を押し潰す。
「九体目も終わった!」
剣が騎士を切り刻む。
「これで終いだッ!」
そして最後に、蜻蛉切が騎士を貫いたことで、ついに十体の女神の騎士【真】を撃破する。視界の中央にクエストクリアの文字がきちんと現れ、戦闘は滞りなく終了した。体感ではかなり早く決着がつけられたと思うのだが、実際のところはどうだろうか。
「鈴音、何分経った?」
「んーとね。十二分、だね」
「十二分。一体あたり一分と少しくらい、か。随分と時間短縮になったわね」
「あぁ、やっぱり呪術師が一人居ると違うな」
「へっへっへー」
褒められて嬉しいのか、鈴音は照れ笑いをした。
でも、実際のところ照れることなんてないくらい、鈴音は貢献してくれている。最初の女神クエスト、女神の教鞭を一回クリアするのにかかる時間は、平均して十分から十五分程度だった。次の女神の試験では、もっと時間が掛かっている。なのに、ここまで時間を短縮できるというのは凄いことだ。
もちろん、そこには一人人数が増えたことや、俺や十六夜が敵の行動パターンを覚えていることも要素として含まれるのだが。それを加味しても獣人ジャマーの貢献度には、とうてい敵わない。
「けれど、流石に推奨レベル70ともなると、体力魔力の消耗が馬鹿にならないね。回復役がいないから、全部アイテムで賄わないといけないし、消費がキツいよ。今日はあと何回できるかな?」
「あー、その点なら心配いらないぞ。ショップで買える回復アイテムなら、ぜんぶ俺達がカンストするまで持ってるから」
「ぜんぶ? 全部って、全種類ってこと? いやいやいや、騙されないよ。だって、二人だけで今まで戦って来たんでしょ? 回復がアイテム頼りなのに、消費と補給が釣り合うわけないじゃん」
「釣り合うんだな、これが」
きょとんとして、鈴音は小首を傾げる。
まぁ、説明したところで信じられるような話でもないか。常識的に考えれば、二人だけでクエストを攻略していて、回復役さえいないのならば、回復アイテムに余裕など生まれるはずがないのだから。
「一くん。実際に見せたほうが早いのではないかしら?」
「そうだな。たしか鍵の説明文にも三人までなら大丈夫だって書いてあったし、連れて行けるか」
「なに? なんの話?」
「お買い得商品満載なショップの話」
鈴音はさらに訳が分からないと頭上に疑問符を浮かべている。
その表情が驚愕の色に染まるのが楽しみだ。でも、まずは報酬画面を確かめて、ボーナスを振り分けてからだな。鈴音にゴブリンの鍵と、ゴブリン市場の存在を教えるのは。




