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昼間の休憩


「これでラストッ」


 錆びた鉄と、古びた油の臭いが室内に充満する空間。腐敗した鉄柱が立ち、何の部品かも分からない鉄屑が散乱した場所。そこは寂れて廃棄された廃工場の内部であり、その中で気合いの入った声が木霊する。


 鋭い刃で空を裂いた蜻蛉切は、敵人型モンスターである女神の騎士を突き貫く。十六夜の魔法スキル、サンダーレインによって感電したところへ。止めの一撃を喰らった女神の騎士は、その体力ゲージを蒸発させて肉体を消滅させた。


「ふー。これで何回目だっけか、女神の教鞭」


 視界の中央に出て来たクエストクリアの文字を眺めつつ、そう後方にいる十六夜に訊ねる。


「たしか十七回目、だったかしら。そろそろ女神装備が出て来てもいい頃だと思うのだけれど」

「十七回目か。いや、俺はまだだと思うな」


 クエスト、推奨レベル40の女神の教鞭。


 女神と名の付くクエストは、基本的に似たような内容になっている。クリア条件は至って単純、人型モンスター白い鎧を身に纏う女神の騎士を一定数撃破することだ。この女神の教鞭の場合は、デフォルトの女神の騎士が登場し、推奨レベルが上がるごとに、強化版女神の騎士が現れる仕様になっている。


 つまりは一番弱い女神の騎士といま戦っていた訳だ。


 けれど、弱いと言っても、女神の騎士は硬い鎧で全身を覆っており、なかなか攻撃が通らない。その上、多彩な攻撃をおこなってくるので、そう言う意味で言えば推奨レベル45の襲来! ゴブリン軍団の脅威! よりも数倍厄介なクエストだ。


「報酬画面だ。どれどれ」


 十七回目となると確認の仕方も手慣れてくるもので。ざっと報酬アイテムに目を通し、目当てである女神装備があるかないか、判断していく。そして今回も外れだなと思い始めたころ、一番最後のアイテムに目が釘付けとなる。


「おっ、出た。出た出た出た! やっと手に入ったぞ、女神装備!」


 目当てだった女神の足鎧の表示がある。十七回目にしてやっと手に入れた。


 女神の教鞭のクリア条件は女神の騎士の計十体の討伐だ。ゆえに、女神装備の一部を手に入れるのに、百七十体の女神の騎士を倒したことになる。百の大台をかるく超えた数字だ。このくらいの数なら慣れたものだが、実際に計算して数えてみると達成感がある。


「私のほうには出なかったわ。本当に、物欲センサーって憎たらしい」

「まぁまぁ、そう言う時もあるさ。さっさとトレードしちまおうぜ。なにか入らない装備はあるか?」

「すこし、待って。探してみるわ」


 当初の目的通り、手に入れた女神装備は十六夜に渡すことにする。


 通常、レアアイテムやレア装備の譲渡、受け渡しは出来ないことになっているのだが。同格の物との交換ならばそれが可能となっている。この制度はプレイヤーによる恐喝や不正を防ぐためのものだ。そこまでしても他人を食い物にするプレイヤーと言うのは、一定数存在し続けているのだけれど。


 まるで蟻の巣にいるサボり蟻のようなものだ。そいつらを取り除いても、かならずサボる蟻が出て来る。


「あった。これならトレードできるわ」

「よし、じゃあトレードっと」


 トレードが成立し、女神の足鎧は十六夜のもとへ送られ、代わりに同格の装備が手元にくる。交換された装備はは一応レアなのだが、本当に使えないものが送られてきた。しかも俺では装備できない代物と来ている。


 まぁ、それでも別に構わない。俺の装備を揃える時がきて、この逆の状況になったときに、こいつを送り返せばそれでいいのだから。


「さっそく装備してみたらどうだ?」

「もうしたわよ。女神の足鎧」

「んん? あぁ、そうか間抜けだった。バトルドレスだから足下が見えないんだった」


 我ながらどうかしていた。そりゃあバトルドレスを装備しているのだから、足下が見えないのは当然だ。見ようと思えば、スカート部分をめくり上げなければならない。


 流石に、十六夜に蔑まれてまで、女神の足鎧を見ようとは思えないな。


「どんな感じだ? 装備した感触は」

「うん、良い感じよ。思ったよりも軽いくらい。この分だと、フル装備しても重くないだろうし、とてもいいわ」


 かるくその場でジャンプしたり、俺の周囲をぐるりと回った感想が、それだった。


 どうやら選択に間違いはなかったらしい。このまま女神装備を集めても大丈夫そうだ。本当に良かった。もし女神装備が理想にそぐわなかった場合、これまでの苦労は水の泡、まったくの無意味と化すところだった。


 脱力ていどでは済まなかったところだ。よかった、よかった。


「んー……はぁ。いま何時だ?」


 ほっとしたところで、戦闘で疲れの溜まった身体をぐっと伸ばし、現在の時刻を十六夜に尋ねる。


「ふむ、十一時四十分ね。そろそろお昼と言ったところかしらね」

「だな。どこかの店によって、飯にするとしよう。どこか良いところ知らないか?」

「そうね……たしか、この近くにファミリーレストランがあったはずよ。そこでも構わない?」

「あぁ、そこで良いよ。さっそく行こう」


 クエストを一時中断しての小休止だ。俺達二人は仮想の身体のまま廃工場を抜け出した後、適当な場所でログアウトして現実の身体に戻った。そうして俺はそこで初めて、十六夜の私服というものを見たのだが。


「ん? どうかした?」

「いや、なんでもない」


 なんというか、平均的な女子高生が着ても似合わないような大人っぽい服を、平然と十六夜は着こなしていた。派手ではなく、それでいて地味でもない。ファッションには疎いので言葉が出てこないが、とにかく品のある落ち着いた雰囲気の衣服だ。


 それはとても十六夜に似合っていて、とても綺麗だと思った。


「そう? なら、行きましょう」

「あぁ、そうだな」


 そんな十六夜に案内されるがまま歩くこと数分、俺達は目的地であるファミリーレストランに辿り着いた。その店構えは白を基調とした立派なもので、雑多な店とは一味違った作りとなっている。


 まぁ、それでもファミレスはファミレスなのだけれど。


「いらっしゃいませー」


 店に入ると店員さんが元気な声で挨拶をしてくれた。それから席について注文を済ませると、しばしの待ち時間の後に料理が運ばれてくる。俺はハンバーグセット。十六夜はスパゲッティーだ。


「なぁ、前々から気になっていたんだけれどさ」

「なに?」

「スパゲッティーなのか、スパゲティーなのか。正式な名前はどっちなんだろうな? この店じゃあ、スパゲティーになっているけれど」

「さぁ? どちらも正解なんじゃない。それってピザとピッツァの違いみたいなものでしょう? 好きなほうで呼べばいいのよ」

「んー、そう言うものかね。じゃあ、俺はスパゲッティーだな」

「私はスパゲティー派だけれど」


 などという下らなくも他愛ない会話をしながら食事を続けていく。


 所詮はファミレスだと思って味の期待はしていなかったが、このハンバーグは予想以上に美味しかった。少なくとも、また近くに来れば寄ってみても良いかなと思えるくらいには。


 人嫌いの十六夜が選んだだけあって、店内の客層も年齢高めであまり騒がしくなく、とても良い感じだ。ここはクエストの打ち合わせに使えるかもな。廃工場もここの近くにあることだし、利便性は高いだろう。


「……出てこなかったわね」


 皿の上にある食べ物をすべて胃の中に収め、すこしだらっとしていたところ。十六夜の口から、そんな言葉が漏れる。


「出て来なかったって、あれか? 神出モンスター」

「そうよ。十七回クエストをやって、一度も出てこなかった」

「ふむ。出現頻度はそれほど高くないのかもな。昨日、シリーズ装備のことを調べるために、ジュエリー・テールの攻略サイトを覗いて見たんだけれどさ。神出モンスターって単語は一度も出てこなかったし」


 ジュエリー・テールの攻略サイトとは、まだ世界に異変が起こるまえ。ジュエリー・テールというネットゲームがサービスを開始した直後に作られたものである。そこは数多くの有志が集い、クエストの攻略法やレア武器の入手法などを探り、情報を共有する場所だった。


 数ヶ月まえに異変が起こり、ゲームの舞台が現実となってからは完全会員制となり、異変に巻き込まれたプレイヤーたちの拠り所となっている。変わらず、情報共有は続いているのだが、すべてが今まで通りとは当然いかず。いまは時期が時期なだけあって、すこしばかり殺伐としている。


「他のプレイヤーの目撃情報がないのなら、あのゴブリンジェネラルが一番最初の神出モンスターだったのかもね。もしくは、私達のように攻略サイトに書き込まずに黙っているのかも」

「その可能性はありそうだな。でも、やっぱり出現率はかなり低いと見て大丈夫だとは思う。頻繁に出現しているのなら、絶対に攻略サイトに情報が流れてくるはずだから」


 一先ず、懸念事項の一つである神出モンスターの心配は、あまりしなくても良さそうだ。


 けれど、だからと言って、装備の新調を止めるのか? と聞かれれば、その答えは否だ。神出モンスターの出現率が如何に低かろうと、ゼロではないのなら、それに備えておくべきだ。準備を怠り、クエストクリア寸前で神出モンスターに全滅させられました、では御話にならないのだから。

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