女神の装備
Ⅰ
「いててっ。あの野郎、覚えてやがれ」
妹への復讐を誓うと、俺は当初の目的地である洗面器に向かう。そこで顔を洗ったり、歯を磨いたり、必要なことを手早く済ませていく。ついでに寝間着だった服装も、人前に出られるような衣服に着替えておいた。
そうしてまた階段を上って自室へと帰り、扉を開く。そして、一先ず安心した。部屋の中は荒らされてはいなかった。強いて言えば、本棚に置いておいた物が一冊、テーブルに移動していることくらいか。
「なにを呼んでいるんだ?」
「ジャック・ザ・リッパーの恋」
「持ってねーよ、そんな本。逆に読んでみたいわ」
十六夜のちかくを通り過ぎて、ベッドに腰掛ける。その間にちらりと本に目を向けたところ、その本は誰もが知っているような有名漫画だった。というか、自分で買ったのだから、その内容くらい覚えていた。
どうしてあんな冗談を言ったのだろうか。謎だ。
「妹さん」
「ん?」
「妹さんと、仲が良いのね。微かにだけれど、会話が聞こえていたわよ」
「あぁ、そうだったのか。まぁ、まともに会話が成立するだけ、仲が良いのかもな。ひどいところじゃあ顔も合わさないし、一言も口を聞かないって言うしな」
そうは言ってみたものの、小憎たらしいことには変わりないのだけれど。
「そう言えば、噂になっているらしいぞ」
「噂? 噂って?」
漫画に向かっていた視線が、こちらに向く。
「俺と十六夜の浮ついた噂」
「ふーん」
なんだ、そんなことか。とでも言うように、十六夜はさして気にした素振りもなく、また漫画に視線を落とした。
「嫌じゃあないのか?」
「べつに、いつものことよ。放って置けば噂はなくなるわ。人の噂も七十五日って言うでしょう? 言いたい人には言わせておけばいいのよ。ああいう手合いはいずれ、かならず飽きて別の話題に移るから」
「ふむ、なるほどね」
こう言った噂には慣れっこのようだ。花の女子高生、花も恥じらうような乙女だ。それも学園のアイドルと来れば、根も葉もない浮ついた話の一つや二つ、今までもあったのだろう。あしらい方を心得ていらっしゃる。
「……読み終わったか?」
「えぇ、続きが気になるところだけれど。それはまた今度の機会にするわ」
是非ともそうして貰いたいものだ。
「なら、おふざけは此処までだ。ちょいと予定が前倒しになったけれど、本題の話を進めよう」
十六夜が俺の家を訪ねた、そもそもの理由。今日、行うことになっていたクエストについて。
「昨日、言っていた通り。今日は徹底して防具の新調を目指すってことで良いんだよな?」
「えぇ、またあのゴブリンジェネラルや、ほかの強力なモンスターに乱入されるかも知れないから、それに備えようということで話は纏まったはずよ」
「それで、だ。自分なりに色々と調べてみたんだが、どうやらシリーズ装備が一番いいみたいだ」
「シリーズ装備。セットボーナス目当て、という訳ね」
「そう言うことだ」
ジュエリー・テールにおける装備品の中には、シリーズとして一括りにされた装備がある。それらを全て集め、装備を統一するとセットボーナスという追加効果の恩恵が受けられるのだ。
そのセットボーナスの種類は多岐にわたる。攻撃力、防御力の増加は勿論のこと。移動速度増加や属性耐性、打撃耐性、魔法耐性などなど。ありとあらゆる効果を発揮してくれる。それを手に入れることが出来れば、紙切れ同然の防御力も少しはマシになるというものだ。
「シリーズ装備のデザインや材質にもよるが、欲しいセットボーナスは防御力増加と、移動速度増加のどちらかだ。出来れば両方欲しいし、ほかの追加効果も欲張りたいところだけれど。目安としてはこの辺だな」
「そうね。動きやすくて防御の低い装備でも、防御力増加のセットボーナスがつけば文句なし。その逆の装備でも、移動速度増加がつけばなんとか戦えるものね」
「そう言うことだ。それで一応、条件を満たしつつ、それなりに高性能なシリーズ装備を一つ見付けたんだが、これが女性専用の装備でな。とりあえず、今日はそれを揃えていこうと思う」
「あら、私を優先してくれるのかしら?」
「まぁ、そうなるな。レディーファーストって奴だ」
「それも恋愛ドラマの影響?」
「かもな」
蛙の子は蛙だ。俺も母さんの血を受け継いでいやがる。
それが色恋沙汰に首を突っ込む、という形で現れなかっただけ、不幸中の幸いだ。なんとか、ドラマの影響を受けるだけに留まっている。これだけでも結構、アウトに近いラインなんだけれどな。
「なら、その言葉に甘えさせて貰うわ。私の装備を揃えてしまえば、あとの戦闘も楽になるでしょうしね」
「よし、じゃあクエストの方針も決まったことだし、予定してた場所に行くか。そのシリーズ装備の詳細は、行きながら話すよ」
話に一段落がつき、いよいよクエストを始める段階にまで漕ぎ着けた。
それにあたって、まず十六夜には先に家の外へと出てもらった。俺はその後、窓の戸締まりをしっかりとし、財布やその他もろもろの準備をして部屋を出る。そして階段を下り、玄関を通り過ぎると、いまのソファーにふんぞり返る母さんの所へ足を運ぶ。
「母さん。ちょいと遊びに行ってくる。今日の昼飯はいらないから」
「あぁ、言っておいで。誰と行くんだい?」
「誰でもいいだろ」
「ふむ、分かった。彼女だな? いつにはじめにも春が来たということか」
「ちげーよ。ただの友達だ。なんでもかんでも恋愛絡みの話にするのは止めろ。悪い癖だぞ、まったく。じゃあ、行ってくるから」
「あいよ。楽しんでおいで」
うちの女共はみんなこうだ。なにかにつけて恋愛、恋愛だ。
父さんは母さんのどこに惚れて結婚したんだろうか。いや、知らなくていい。知りたくない。両親のなれそめなんて想像しただけでも鳥肌が立つ。たぶん、一生俺からは聞かないだろうし、向こうからも話さないだろう。
唯のあたりが聞きそうではあるが、その時はそっと席を外すとしよう。
「うー、さむっ」
玄関で靴を履いて扉を開けてみると、身を切るような冷たさが頬を撫でた。
心なしか、十六夜を招き入れた時より寒くなっている気がする。これはあれか、部屋の暖房器具にスイッチを入れたからか。急激な温度の変化に身体がびっくりして、風邪を引きそうだ。寒い、寒い。
「うっし、行くか」
「えぇ、でもまずは貴方がログインできる場所を探さなくてはね」
しっかりと鍵を掛けて十六夜と合流し、目的地に向けて歩き出す。けれど、道中で人気のない場所に入ってログインしてからは、道を歩くのが面倒なので、屋根の上を跳んでいった。
Ⅱ
シリーズ装備、女神の聖鎧。
女神の祝福を受けたとされる聖なる鎧で、計四つの部位に分かれている。女神の足鎧。女神の籠手。女神の鎧。女神の兜。それらを入手するためには、女神と名の付く四つのクエスト、推奨レベル40の女神の教鞭。推奨レベル50の女神の試験。推奨レベル60の女神の挑戦。そして推奨レベル70の女神の試練をクリアしなくてはならない。
女神装備はレアアイテム扱い。それゆえに、クリア報酬として必ず女神装備が手に入るわけではなく。必然的に複数回クリアが前提となってくる。
運が良ければ四回で済むが、運が悪ければ何回やっても出てこない。
だが、くじけずにクリアし続ければ、いつかかならず手に入るということでもある。そのいつかを待ちわびながら、俺達プレイヤーは何度も何度もモンスターに挑戦していく宿命にあるのだ。




