障害物競争@からくり屋敷
広々とした廊下は、そこが地下であることすら忘れさせるほどの広さを有していた。
所々に飾られる絵画が、人の気配で発火するロウソクの明かりでゆらりと揺れている。
フランシスは雪洞のかすかな残り香を追って一人ケイマ家の地下廊を走っていた。
壁に欠けられた花瓶の絵に触れると、くるりと壁が回転する。
「こっちか!」
ギイ…と開かれた暗い道に入ると、そこは行き止まりであった。
カチャリ
と頭上でかすかな物音がする。
はっと上を見上げると、巨大な剣山がフランシス目掛けて落ちてきたではないか。
「うわっ!」
ガシャーン!
と鋭利な金属が地面にぶつかるすれすれで、フランシスは壁をぶち抜き慌てて部屋を抜け出した。
「くそ…」
額の汗を拭って辺りを見渡す。
「全く、どんな道を行かれたのかお嬢様は…。この機会に俺を殺そうとしてるんじゃないだろうな」
地下の篝管理室から客間のある地上2Fまで続く道は、本来であれば階段一本である。
しかし誰が考案したのか、東洋の古典的防犯装置からくりが張り巡らされているケイマ邸は、主人しか知らぬような秘密の通路がいくつもあった。
一刻も速くシャナのもとへ駆けつけたい、そう考えているのだろう雪洞は
あらゆる非公式な通路を組み合わせ、割り出された最短距離を走っているのであった。
さすがのフランシスも、100は超えるだろう道順から雪洞に追い付くには少々時間を要していた。
ーー緊急時にボディーガードでもある俺を引き離してどうする、馬鹿なのかあの方は
焦りともどかしさから苛立ちが込み上げる。
しかし、ふと薄暗い経路を小さな体で懸命に走っている少女の姿を思い浮べた。
ひょいひょいと障害物を避ける姿はまるで床下を走り回る白鼠のようだ。
そう思うと、人知れず笑みが溢れた。
「…世話のかかる主人だ!」
フランシスは再び走り出した。
ーーこんなときだけ何故こうも速く走れるのか
これが、よく物語の主人公が家族や仲間を助けるときに能力以上の力を出すという、ヒトの"特別な力"か。
フランシスにはこの世界でまだまだ理解できぬ事柄が多くあった。
特に論理では説明できない、"感情"というもの。
時折見せる、屋敷の者への雪洞の異常なまでの執着などは、
フランシスには甚だ不可解だった。
「それにしても…」
ふと立ち止まって、フランシスは耳をそばだたせた。
ーー何かがおかしい
現実世界に戻ったときから、屋敷の異変を感じていた。
まるで何か、目に見えない細い糸が屋敷中に張り巡らされているように、ピーン、と空気が揺れている。
通常の人間では感知できないだろうくらいの、ごく微かな高音の電子音が鳴り止まない。
ーー何かを仕掛けているのか、ユリシス
かすかな悪寒が背筋をなぞる。
フランシスは速度を上げ、現れた階段をかけのぼった。
しかしーー
着いた部屋はまたしても行き止まりであった。
「だぁあっ、くそ!」
フランシスは心底悔しそうな唸り声をあげると、急いで来た道を引き返して行った。