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追いかけるフランシス お約束展開




「この、馬鹿野郎!!」


ガスッ と、雪洞のアッパーがフランシスのみぞおちにクリーンヒットした。



「がはっ!!」


差し出したむなしく右手が宙を切り、フランシスが膝をつく。

今度こそ本当の不意打ちであった。


さすがは設計者だけあって急所を心得ている。



「お、お嬢様…何を…」


このアマ…とはさすがに言わなかったが心底怨めしそうにフランシスが雪洞を見あげる。


と、突如目の前が暗くなった。


驚きのあまり一瞬息が詰まる。

フランシスは思わず、体を強張らせた。


状況を理解するのに数秒を要した。


そして雪洞が、自分を抱き締めたのだと気付いた。



「…?」



暗闇の中、フランシスは懸命に目を瞬かせる。


「お、お嬢様?」


突然の不可解すぎる主人の行動に、頭が混乱する。



「勝手なことしないでって、言ってるでしょ!」



すっかり硬直したフランシスを更にきつく抱きしめると、雪洞は声を震わせた。



「あんたまでいなくなったら、どうしたらいいの!」


二度も、二度も失うなんて嫌だ!」



――に、二度?


フランシスの鼓動が、波打って行く。


「あんたの行動なんてお見通しだったから、きっと無理にでも私を止めるだろうことは分かってた。


だから、私が気絶したらロボットが作動するように、咄嗟に仕掛けておいたの。


…おかしいよね。


あなたが倒れたとき、心臓が止まるかと思った。


それなのに、飛び出すこともせずに

陰からただ眺めてたのよ…」



くぐもった声で、雪洞は悲しそうに笑う。





体の痛みもどこかへ飛んでしまうほどに、フランシスはただただ錯綜する思考回路に戸惑っていた。


――お嬢様は、私を今確かに殴った。


殴るとは、即ち怒りの感情の現れ。

しかしその次にお嬢様は私を抱きしめている。

このように他人と肌を触れさせるのは、大抵その原因となるのは同情、感動、愛情…



どっどっどっ…と心拍数が上がっていくのを感じる。


121. 122..



「それでも…」


雪洞の腕に力がこもるのが分かった。



「それでも私がいなくなったら、あの人はどうなるの?


もしかしたら、まだどこかで私を待ってるかもしれない、

今、篝を捨てて行くことはできない。


そう思うと、死ぬこともできないの!!」


もはや嗚咽に近い声で、雪洞が叫ぶ。



「繰り返したく無いって言ってるのに、


いざとなったら、あんたより篝を優先じかけた自分が、怖い…!!」


じわっと、肩が温かくなるのを感じる。


――まさか


これは一般に言う「涙」…?


フランシスの人工知能はもはや稼働速度の限界に達していた。


言葉が頭の中でぐるぐると渦を巻く。


――涙、その原料は血液。9割以上が水で出来ており、タンパク質、リン酸塩なども含有。

涙腺内の毛細血管から得た血液から血球を除き、液体成分のみを取り出したもの…


違う、この場合は


その主要な役割は眼球の保護が主要な役割であるが


ヒト特有の現象として、分泌は感情の発現として分泌される


感情


何故?




「何故謝られるのですか?

あなたは一経営者として、最も合理的で正しい判断をなされたのですよ」



その言葉を聞いて、雪洞は肩を震わせて泣き始めた。


ごめん、というと、フランシスを抱く力が強くなる。




――悪化した。


何故だ


もはや何も分からぬ…



どこをどう仮定しても辻褄が会わなすぎる恐らく一種の精神撹乱だ――そう思おう


始めてここまで取り乱した主人を見たことも、無自覚のうちに混乱を助長したのだろう。


フランシスは、よく分からずとも

ただ 自分の行動が何かしら彼女の言動に負の感情を負わせた、ということだけは理解した。


泣きじゃくる雪洞をそっと離すと、フランシスは手袋を取って伝う涙を拭った。



「申し訳ありません。


…このような場合、


執事とはどのように行動すれば…」



訳が解らないまま、フランシスは今度は自分から雪洞をギュッとだきしめた。


いつか感情の勉強のために見た映画で

俳優が泣く女優を見てこうしていたのを思い出したのだった。


――あの時は、こんなものを覚えてなんの役に立つのだろうと思ったが

やはり学習しておいてよかった。


「人間」とは、複雑だ…


そしてフランシスは


雪洞を抱いたまま覆い被さるように


バサリと倒れた。




一瞬何が起こったのか理解できなかった。

スローモーションで周りの景色が反転していく。



ガツン!



「いっ!」


押し倒された拍子に、思い切り頭をぶつけた。


自分よりはるかに大きな体を受け止めながら

目の前が真っ白になる。



一瞬時が止まったのかと思われた。

しかし、カチャン、雪洞の携帯が地に落ちる音がして


それがわずか一秒足らずの時間であったことを知る。


雪洞は一気に我に返った。


そしてしばしの沈黙のあと、

今しがた自分が柄にも無く酷く泣き喚いたことを思い出すと

ぐあぁぁぁっと

凄まじい恥ずかしさが腹から頭の天辺へと急激にこみ上げる。



――やってしまった!!!



「フランシス、もう大丈夫だからどいてよ!」


すっかり頬を赤らめると、真っ白な天井に向かって叫ぶ。


慌てて体を動かすが、フランシスの重みで動けない。



今度は自分の心拍数が尋常で無いほど上がっていくのを感じながら、

雪洞は目を瞬かせた。



「フランシス…


フランシス?」



反応は無い。


フランシスの背中を優しく叩く。

しかしその体は、ぴくりとも動かなかった。



「あの…ちょっと?」



はっとして慌てて耳をそばだてると

かすかな規則正しい寝息が聞こえてきた。



――生きてる…。



雪洞は、ほっとため息をついた。



――さすがに、意識失ったのね。

まあ無理もないわ、頑張ったわね。


お疲れさま。 ゆっくり休みなさい。



よいしょとフランシスの体をどかして起き上がると

その綺麗な横顔を眺めた。



――薬を使っても意識を失うなんて

本当に、最後の力でここまで私を追って来たのね…




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