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荒れる篝


近隣の奥様方の予想通り、ケイマ邸にはいくつものからくりが張り巡らされたいた。


一つだけ木目の違う壁を押せば、地下への扉が現れる。

雪洞はセキュリティに虹彩を読ませて倉庫に入り、大量に積みあげられれた本の一つを引いた。

ガコン、ゴゴゴゴ…という地鳴りと共に部屋が回転する。


「きをつけてね!お仕事がんばって!」と走り寄るシャナの頭をポンと叩くと

雪洞は屋敷の奥にある篝管理室の更に奥、

大きな半透明のカプセルが並ぶ手術室のように真っな部屋へ入って行った。


ジーッ

という音とともにドアが閉まり、赤外線が再び張り巡らされる。

同時にゆっくりと開いていくカプセル内に、雪洞はするりと体を潜りこませた。


橙色の液体―のようなもの―がカプセル内に満ちていく。


浮力に身を任せると


雪洞は除々に篝の中へと落ちて行った。





目をあけると、そこは戦場であった。



混乱に乗じて起こる窃盗、かろうじて残った所有物をめぐる争い、有名な権力者、セレブにスターが罵倒しあう声…

それらが渦となって雪洞を襲う。


――頭が痛い…


軽蔑と同情の眼差しを彼らに向けながら、雪洞はなるべく目立たぬように村を走り抜けた。




篝に入る際、人々は同意書に押印が求められる。


『篝内で生じる一切の事に、弊社は責任を持ちません。


万が一外部世界、日常生活へ何らかの影響が出た場合も、ご自身による対処をお願いします。


また弊社では万全の安全体制を整えておりますが、篝内における財産所有権の強制的譲渡、理不尽と思われる剥奪行為、疑似自然災害の発生も事前にご理解の上…』


別世界には連れてってやるが、あくまで自己責任。


何があっても文句は言うな、というのが原則である。



しかし理屈と感情は往々にして異なる。



高額な慰謝料や雪洞の失脚を求めて訴訟を起こす者も、実のところ今回ばかりではなかった。


それでも大抵が事なきを得てきたのは、彼らにとって最も恐ろしいのはが篝の利用停止であるからだ。




『篝とは新しいドラッグだ』



以前どこかの社会評論家が、巻き起こる篝現象を批判して言った。


相応のコストさえ払えば、篝内では顔も体も自由に変えて生きることできる。


すなわち、それまでのしがらみや鬱憤から解放された新たな生活を

新たな議事世界で試行的に営むことができるのである。


加えて町や物質も、現実のそれより遥かに美しく、便利なものが多い。


それはそうだ、本物では無いのだから



そのため、その高額な料金から利用者層はまだ一部の富裕層に限られてはいるものの

一度その解放感を味わった者は、もう篝無しには成り立たない生活になるのだった。



しかし現在の篝は、掲げられている崇高なユートピア構想とは裏腹に

人間の欲望の吐き場と化してしまっていた。





――どうしてこうもうまくいかないんだろう

私が作りたいのはこんな世界じゃないのに。


今すぐコイツらを消し去ってしまいたい…

そうだ、本当なら要らないんだ、篝にこんな汚いヤツらはいらないんだ


途中で「あっ」と声をあげると、雪洞は大きく体勢を崩した。


慌てて地面についた掌にうっすらと血が滲む。


「いったぁ…」


本当の体じゃ無いくせに、と思うと、今度は胸が痛んだ気がした。



雪洞は喧騒を聞きながら、手首を伝う血を眺めた。




--いつまでこうして、空を掴み続けるような真似をしていればいいの


本当に、『夢』が叶う日なんてくるんだろうか





雪洞はしばらく呆然と座り込んで、自分の掌を見つめていたが

ぶるっと頭を振ると、よたよたと歩き始めた。




フランシスは雨に濡れた体を気にもせず、優雅にベンチへ座って状況を眺めていた。


そんな彼に歩み寄って、声をかける。



「フランシス、この状況を説明して」


「見たままです」


表情を崩さずにフランシスが答えた。


「どうにかしてっていう意味よ!」


肩をすくめ立ち上がると、フランシスは


「武力介入でも?」


と首をかしげた。


「もう何だっていいわ。この胸クソ悪いやつらを黙らせて」


強張った表情の雪洞をまっすぐに見つめ、ふっと笑うと


「お任せ下さい」


と丁寧に頭を下げた。


くるりと体を反転させ、二人の近くで口論している男たちのもとへと向かっていく。



どうするつもりだろう、と雪洞が不安そうに見守っていると

フランシスは飄々と男たちに近づいていった。


周囲が振り返るほどの大声で争っていたのは、5.60代ほどのターバンを巻く黒人と

高級そうなスーツに身を包む白人の男である。


二人は近づいてくるフランシスにすら気付かない勢いで口論している。



「お前の家が私の敷地に倒れてきた!だから私のものだ!」


「何をふざけたことを…!それならお前の庭の木だってなあ!」


くっつくのではないか、と思われるほど顔を近付けて睨み合う二人の頭に、すっと長い腕が伸びた。



フランシスは二人の頭を掴むと、


次の瞬間



ガンッ!!



と勢いよく互いの頭にぶつけさせた。



突然のことにさすがの雪洞も驚いて声が出ない。


一人は一国の王、もう一人は名の知れた資産家である。


「なっなっなにを…」



「篝内での騒乱は禁じられております。原則通り体罰を決行させて頂きました」




呆然と立ち尽くす男たちに、爽やかな、しかしひどく冷たい笑みを向けると、

今度はその隣で物を奪いあっている老人と若者の元へ向かう。



しばらく若者の腕にすがりついていた老人であったが、ついに力負けしたのか

地面に倒れ込むと現れた今度はフランシスにすがるように言った。



「あれは、私がようやく妻のために手に入れた首飾りなのです。


それをあの若者がいきなり…」



フランシスは聞いているのかいないのか

表情一つ変えず若者の方へ近づく。


「な、なんだよ…」


突如現れた美青年に気圧されて、後ずさる若者の首を掴むと、


「篝内でも窃盗は禁じられております」


と、思い切り投げ飛ばしてしまった。



老人も周囲の人々も、目を丸くしてそれを見た。



始めは地獄に舞い降りた天使のごとく一人威光を放つ青年に、

思わず目を奪われていた住民たちであったが

獲物を探す鷹のようなその鋭い眼光を射すくめられると、

人々は顔を見合わせ、抱えていた財産を放りだし逃げ出し始めた。


そうしてちりぢりに人々がばらけていくのを

雪洞はぽかんと口をあけて眺めていた。



「はは…」


さすがフランシスだ。


彼はいつも、人間の予想のはるか先にあることをやってくれる。


そしてふっと、体が軽くなる。


――ああそうか、篝は精神世界だから、心が暗くなると体も重くなるのか


と思った拍子に、頬を涙が伝った。


「えっ」


と歪む視界に驚いて、慌ててそれを拭う。



もう一度あげた視線の先には、フランシスは

それでも残る財産を掴みあって離さぬ輩たちに向かって

くくく、と不気味に、しかしどこか品のある声で笑いながら歩み寄る。



「…ふふふ、良いだろう。


お嬢様の作られた世界を汚す輩を、掃除するのも私の務めさ。


いくらお客様でも、容赦はしない」



バキッとフランシスの拳が鳴る。




それに応えるように、いつの間に集まったのか頭上で旋回する鳶たちがヒューッと声をあげた。



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