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万能コード


少年の立っていた床のデータを取得しながら、フランシスが頭を指差して言った。


「あの少年は馬鹿ですね。

感情を構築するのは胸などではなく、こっちです。胸にあるのは心臓です。」



雪洞はそんなフランシスを見て

――見た目はどうであれ、やはりこれは機械なのだ

と、悲しそうにふっと笑った。



「にしても、黒幕はがただ者じゃないことは間違いないわね」


気付かれぬように深くため息をついて、雪洞は言った。

いつもの顔に、戻らなければ。


「そうですね。

これまでも襲撃されることはよくありましたが、いつも単純直接的な接触によるものでありました。

此処まで手の込んだことを行うにはそれなりに技術が要りますからね。

また、彼の依頼主は複数である点も特出しています。」


「目的は何なのかしら」


フランシスはタブレットを触りデータが残っていないか確認していた。


「セキュリティシステム人間の力でどうにかなるものではありません。

やはり、何らかの人工知能による接触が考えられましょう。」






タブレットは屋敷の写真以外に何かのデータを保持しているようだった。


フランシスはデータを開示しようと試みるが、何をやっても

「ピピピ」

と侵入を拒否される。


「お嬢様、何かがあるようなのですが復元ができません」

「ああもう、貸して!」

「これで…こうして…」


雪洞は自分がこれまで得た知識を総動員してデータの復元を試みていた。


「dV/dt=Im-(Va+Vb)gNa-…αx-β… 

Ψ(t,x)=Acos(ωt-…

ここに電子を…ああダメ、かぁ」


数字の渦の中だけは全てを忘れられる。

沈み込んだ自分を引き上げるように、雪洞は分析に没頭した。


しかし、何をやってもダメであった。



――仕方ないわね、あれを使いましょう


ここで引き下がることはできなかった。

何がなんでも、あの少年にもう一度会わなくてはならない。


雪洞は、フランシスの『キヲク』にも入れていない禁断のコードを用いることを決めた。


――これを使うのはいつぶりかしら。


そのコードとは、彼女が学生時代に発明したオリジナルの万能解読コードである。

それは実に巧妙にDNA鎖を解くヘリカーゼのように、どんなものでも解除してしまう。


とても便利な反面、いらぬことまで明らかにしてしまう大変厄介な代物だった。



彼女がまだ学生だった頃、厳重に固められたセキュリティを破ることが彼女の日課だった。

最初のうちそれは、一少女の純粋な楽しみにすぎなかった。


次第にハッカーとして名を馳せていた彼女は、ある日政府の管理する建物の地下に呼ばれた。

御遊びが過ぎると罰を受けるのだろう、と身を縮こまらせていた彼女に、国の最高意思決定者は言った。


「君の実力をかっている。雪洞・F・ケイマ、敵国の機密文章を入手してほしい」


「敵国の…」


当時は丁度、20世紀で言うところの冷戦のような

武力行使のに水面下であらゆる産物を楯に勃発する戦争が相次いでいる時だった。


「私に戦争に加担しろと」


もちろん断る――

そう言いたかった。


しかし、当時の彼女にはまだ大切な人々がいた。


断れば、彼らに火の粉が降りかかることは自明である。

雪洞は黙ってうなずくしかなかった。


「とはいえ、国レベルのハッカーって一度やってみたかったのよね」


まだいたいけな少女の好奇心は、わずか半年たらずで敵国のデータバンクへの侵入を達成させてしまった。

表沙汰にはならなかったものの、彼女は世界中で一躍有名になったのである。



そんなある時、コードが主人の意思に反して暴走し、いらぬ自国の機密事項まで入手してしまった。


「やっぱりまずいわよね、これ。」


ネックレス型データ保存機を見て、学生の雪洞が呟いた。

たまたま傍にいた友人が、「それ、なあに?」と言ってぱっと取り上げてしまった。


「大事なものなの、ほら返して」


「綺麗ね、これ。何かのデータ?」


友人は太陽にすかしてそれを覗き込んだ。


「危ないよ、それに触らない方がいいから、返して」


友人はきょとんとすると、くすりと笑って雪洞にデータを返した。


「また危ないことしてるんでしょう?ほどほどにしなきゃだめだよぅ。」


「うん。…ありがと」


どういたしまして、と笑った彼女の笑顔は、一国を取り仕切る大人たちよりよっぽど輝いて見えた。


彼女の後ろで静かに舞う、桜の花びらがやけに綺麗な午後だった。






その時は、なんともない、ただの子供同士のじゃれあいだと思っていた。


その友人は次の日、不遇の事故で還らぬ人となった。





「私にもう関わらないで。」


頑なに接触を拒む雪洞に対し、周囲は必死の交渉を繰り返した。

政府の弱みを握っているに等しい少女に対し、周囲は歯ぎしりをしながらもそれ以上の協力を強制できなかったのである。


そんな過去は露知らないとは言え、フランシスは誰に似たのか無闇に相手や社会の裏情報を手に入れたがる傾向がある。

思い出したくない記憶と相まって、雪洞はフランシスのキヲクにもそのコードに関する一切の情報を入れなかった。



そんな思い出に浸っていたときだった。


ガシャンッ

と小さく音がすると、

ガシャガシャガシャンッ

かみ合った歯車が回り出したようにデータが開いていった。


「はい、これでいい?後はお願いね」


雪洞はにやりと笑うとタブレットをフランシスに放り投げる。


「…後学のためにお聞きしますが、どのような手法を?」


「秘密よ。ひ・み・つ。」


「何故ですか」


「女はミステリアスな方が素敵じゃない。

それにあなたがそこまで知ってしまったら、私がフランシスに勝てるものが何も無くなるじゃない」


雪洞は髪をかきあげて言った。


「恐れながら、お嬢様。それが真意ではありませんね。

さほどではありませんが、いつもよりぎこちないですよ」


「しつこいわね。主人が秘密といったら秘密よ。それ以上の詮索は認めないわ」


雪洞は踵を返すと、ずんずんと歩いていく。



誰に似たのかフランシスは諦めなかった。


画面に付着する雪洞の指紋から行動経緯の推測を試みる。

しかし、指紋は既に綺麗に拭き取られていた。

ならば、と画面への接触による表面温度の微妙な差違から動きを読む。

しかしそれも、画面を体に押し当て体温で均一にした雪洞によって、阻止されていた。



―――ちっ…俺の行動なんて開発者であるお嬢様にはお見通しということか。


フランシスは悔しそうに舌打ちをすると、先ほどとは打って変わって従順になったデータを開いた。




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